26.王家の魔道具
「最初に、レオン様からナーシル様がどんな方か、説明していただいたんです」
わたしはナーシルを見上げ、言った。
まあ、レオンが説明したというより、兄が聞きだしたと言うほうが正しいんだけど。
「その時、レオン様はナーシル様について、こうおっしゃいました。『背が高く、両刃斧を使いこなす。見事な銀髪に、美しい紫色の瞳をしている』と」
ナーシルはぴんと来ないようで、不思議そうな表情をしている。
わたしは少し、笑って言った。
「もしナーシル様の姿が、そのう、ふくよかに見えていたのなら、レオン様は、きっとそうおっしゃったはずですわ。あの方は、そうした事を伏せたりなさいませんもの。見たまま、ありのままの事実を、そのまま口にされるお方です。おそらくレオン様は、最初からナーシル様の本当の姿をご存じで、何かおかしいとは思われても、さして気に留めず、接していらっしゃったのではないでしょうか」
わたしの言葉に、そういえば、とナーシルは呟くように言った。
「私が見合いをするたびに、女性に逃げられてしまう、と言った時、レオン様は、『貴殿も名前を覚えられぬのか?』とおっしゃいました。そうではなく、姿を見たとたん、逃げ出されてしまうのだ、と告げても、何故なのかわからぬご様子で……、私の容姿が原因とは、露ほどもお考えではないようでした」
ナーシルは、手にした細い金鎖に目を落とした。
「その金鎖に、姿変えの魔術がかけられているのですか?」
「……ええ」
ナーシルは頷き、金鎖をわたしに渡した。
華奢な鎖は、どちらかと言うと女性物のような印象だが、今のナーシルなら、たいそう良く似合うだろう。そんなことを考えながら、鎖を触っていると、
「……え?」
なんとはなしに鎖の止め環を見た瞬間、わたしは目を疑った。
「え、これ。……この紋章って、ナーシル様」
「……これは、私の父が、母に贈ったものです」
ナーシルは静かに言った。
いや、ちょっと待て。
この鎖の止め環、紋章の意匠が施されているのだが、その紋章が鷹と剣……お、王家のものなんですけど。
「この金鎖は、コバス王家が所有する魔道具の一つです。所有者が変わるたび、所有者の願いを受けて、その姿を変化させてくれます。……しかし、心の強い者、純粋な者には、この魔術は通用しません。エリカ様もレオン様も、王家の魔道具などに惑わされぬ、強く清らかな心をお持ちでいらっしゃるのですね」
ナーシルが微笑んでわたしを見た。後光が差すレベルで麗しい。
って、いや、ちょっと待て待て。
「ナーシル様、その、ナーシル様のご両親は……」
ナーシルは表情をあらため、わたしに頭を下げた。
「私が孤児だというのは偽りです。エリカ様を騙しておりました。大変申し訳ありません」
「あ、いえ、そこはいいんで。大丈夫です」
わたしは息を整え、ナーシルを見た。
「まさか、ナーシル様のお父上は、王族……?」
「現国王、エドアール・コバス様です」
うっ。
想像以上の大物に、わたしは少し怯んだ。
言われてみればナーシル、たしかに顔立ちが、王家の皆さまに似ているような。まあ、ナーシルのほうが段違いに美しいけどね! ハハハ!
ヤケクソのように心の中で笑い、ナーシルを見る。そういえば、何となく鼻筋とか、ジグモンド王子にも似てるかも。まあ、あのロリコンサディストも、顔だけはいいしなあ。
ナーシルは続けて言った。
「そして私の母は、エレノア・ロストーツィ。……ジグモンド・コバス王子の母君、バルバラ・ロストーツィ様の異母妹となります」
「え!?」
わたしは驚き、ナーシルを見上げた。
ロストーツィ侯爵家。ジグモンド王子の母君のご実家だが、バルバラ様に異母妹なんかいたっけ。記憶にないが。
わたしの表情から、言いたいことを察したのか、ナーシルが苦く笑った。
「私の母の存在は、公にはされておりません。先代のロストーツィ侯爵が戯れに流れの踊り子に手をつけ、生まれたのが私の母親と聞いております。……ゆえに、私の母はロストーツィの系譜には載せられず、バルバラ様が王宮に上がられる際も、侍女として付き従ったのだとか」
おおっと。
実の姉に侍女として付き従うってあたり、なんかアレだなあ。
やだなあ、と思ってたら、やはり想像通りの筋書きだった。ナーシルが語ったところによると、
1.エレノア(ナーシルの母親)、とっても美人だった。
2.子どもの頃から、エレノアは、異母姉バルバラ(ジグモンド王子の母親)にその美貌を妬まれ、苛められていた。
3.バルバラの侍女として王宮に上がったら、王様にその美貌を見染められ、エレノアは、バルバラより先に子ども(ナーシル)を身ごもった。
4.バルバラ、怒り狂う。
5.命の危険を感じ、エレノア、王宮を脱出。
「その際、王が母にこの魔道具を渡したのです」
わたしの手にある金鎖を見つめ、ナーシルが静かに言った。
「姿を変え、生き延びよと。そしていつか、会いに来てほしい、と」
ええー……。
わたしは何とも言えない気持ちで、手の中にある華奢な金鎖を見つめた。
王様、命からがら王宮脱出するって人に、また戻ってこいって言うんですかあ……。自分で会いに行かないんですかあ……。
そりゃ警備とか諸々の問題はあるだろうけど、元々、王様がエレノア様に手を出したのが原因なんだからさあ。せめてどこか安全な場所に匿ってあげるとか、色々やりようはあったんじゃないの。
王様、ちょっと何ていうか……、うーん、これ以上は不敬になるから、考えないでおこう、うん。
「母は、平凡な見た目に姿を変えることを望み、この魔道具はその願いを叶えました。……それから病に倒れるまでの数年、母は初めて、穏やかな日々を送ることができたのです」
そっか……、良かった。
王様はアレだけど、結果的にエレノア様が幸せになれて、良かった良かった。
「そして母が亡くなった後、この魔道具の所有者は、私になりました。……私は魔道具に、醜くなりたい、と願いました。誰も私に近寄らぬよう、声をかけることすら厭うような、醜い姿になりたい、と」
おっと。これはまた、たいそう心が病まれてますね!
エレノア様が亡くなられた時、ナーシルはまだ八歳だったはず(レオン情報が正しければ)なのに、その時点でソレか……。辛すぎる。
「私は愚か者でした」
ナーシルは悲しげに言った。
「魔道具の力を借りて、私は現実から目を背け、逃げたのです。そのせいで、私は何もかも偽りの姿しか、エリカ様に知っていただけなかった。初めて愛した方を、騙すことしかできなかった」
「まあ」
わたしは思わず声を上げた。
「ナーシル様!」
がしっとナーシルの腕をつかむと、ナーシルはびっくりしたようにわたしを見た。
「ナーシル様、もう一回おっしゃって!」
「は、え……、もう一回? な、なにをでしょう?」
わたしはウキウキで叫んだ。
「わたしを! 愛していると! もう一度、大きな声でおっしゃってくださいませ!」
「ええっ!?」
ナーシルは目を見開き、真っ赤になった。
とんでもない美形だが、反応は前と一緒だ。可愛い。
ていうか、ナーシル、わたしのこと「初めて愛した方」って! そう言った! 間違いなく言った!
今回の話の中で、一番重要なことなのでもう一回、ハッキリきっちり言ってもらいたい! さあさあ、恥ずかしがらずにもう一度!




