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【書籍化】第二王子の側室になりたくないと思っていたら、側室ではなく正室になってしまいました  作者: 倉本縞
本編

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25/55

25.月の精霊

「ナーシル様、泣かないで」

はらはらと涙を流すナーシルに、わたしはどうしたらいいのか途方に暮れた。


こういう時は、ハンカチを渡すべきだろうか。

しかし、わたしの手は比喩でなく血まみれなので、この状態でハンカチを手にしたら、血みどろのハンカチをナーシルに渡すことになってしまう。

それに、

「ナーシル様、この……襲撃犯たちの死体、どうしましょうか」

目の前には、首を斬られた魔術師やナーシルに一撃で殺された兵士たちの死体が、累々と転がっている。


獲物なら皮を剥ぎ、血抜きなどの処理を行うが、今回のように、襲ってきた人間を返り討ちにした場合は、どうすればいいんだろう。

「お、王都の警備隊と……、私はギルドに、届け出を、出します。襲撃犯……の、持っていた、け、剣や指輪、などを持っていき、じ……事情を、説明、する必要があります」

ナーシルが泣きながら、一生懸命教えてくれた。

そっかー。

「じゃ、わたし、ちょっと死体を確認してきますね」

「ま、待ってください、エリカ様」

ナーシルは慌てたようにわたしの袖をつかんだ。

「あの、あのちょっとだけ、待って……」

ていうか、ナーシルまだ泣いている。いい加減泣きやんでほしい。


ナーシルはわたしから体を離すと、焦ったように首の回りを両手で探った。

なにやってるんだろう、と思ったら、ナーシルの三重顎の下から、細い金の鎖が現れた。


ナーシル、こんな華奢な首飾りをつけてたのか。顎の肉に埋もれてわからなかった。


ナーシルは震える指で金鎖を探り、その止め環を外した。

しゃらん、と軽い音をたてて鎖が外れ、ナーシルの手に落ちる。


その瞬間、目の前のナーシルの姿が歪み、そこだけ蜃気楼のように揺らめいて見えた。


「ナーシル様!?」

わたしは驚いて声を上げた。


巨大な白豚のようなナーシルの姿が消え、代わりに、いつかシシの森で見た、恐ろしいほど美しい青年がそこに立っていた。


その青年は、涙に濡れた紫色の瞳をわたしに向けた。

「私は……、エリカ様を、たばかっておりました」

震える声で彼は言った。


「何もかも、嘘だったのです。これが、私の、本当の姿です」


暁の空のように美しい瞳から、涙がとめどなくあふれている。

美しい人ってのは、泣いてても美しいものなんだな。


いや、しかし。

「あの……、ナーシル様?」

わたしは、人間とは思えぬほど美しい青年に、おそるおそる声をかけた。

銀髪、紫色の瞳はたしかにナーシルのものだが、本当にこれ、ナーシルなのか。


鼻筋は通り、瞼は彫刻家が細心の注意を払って彫り上げたような、くっきりと美しい弧を描いている。頬は少し削げ、以前のふくふくした白豚の面影はどこにもない。顎もすっきりと形よく、唇は紅をひいたように赤い。

女性とも男性ともつかぬ、月の精霊のように非人間的な美貌だ。


「エリカ様……」

ナーシル(なのか?)は、はらはらと涙を流しながら言った。

「エリカ様、怒っていらっしゃいますか」

辛そうに顔を歪めるナーシル(仮)に、わたしは首を傾げた。


「怒るって、なんでですか」

怒るというより、驚いた。

ていうか本当にこの美青年、ナーシルでいいの?


「わ、私は、エリカ様に嘘をついて……、エ、エリカ様は、私、と、一緒に生きたい、と、おっしゃって……、くださった、のに」

涙、涙でつっかえながらしゃべる姿に、あーこれ、間違いなくナーシルだ、とわたしは確信した。

姿形は変わっても、うじうじ……いや、繊細な性格は変わらない。


そう、ナーシルは、心優しく繊細で、内気な可愛い人なんだよ!

わたしの大好きな婚約者! 泣かないで!


わたしは手が血まみれなので、肘でナーシルの背中をつんつん突いた。

「ナーシル様、泣かないでください。怒ってなんていませんから」

「エリカ様」

「よかったらハンカチ使ってください。右側のポケットに入ってます。いまわたし、手が汚れてるんで」

そう言うとナーシルは、ハッとしたようにわたしの手を見て、慌てて水魔法でわたしの手を洗ってくれた。

優しい。好き。


わたしはきれいになった手でハンカチを取り出し、ナーシルの涙をぬぐった。

拭いても拭いても、ナーシルの涙は止まらない。


「ナーシル様、ほんとわたし、怒ってないんで、泣かないでください」

このままでは脱水症状になるんじゃないかと心配だ。


「なぜ……、怒らないのですか?」

ナーシルは泣きながら、不思議そうに言った。

「私は、エリカ様に嘘をついていたのに……」

何故と言われても。


「ナーシル様が、何か隠してたことはわかってましたから。それに、そのお姿も、一瞬ですけど、何度か目にしましたし」

そう、一緒に狩りをしている間も、ふっとナーシルの姿がぶれて、今の姿が見えたことがあった。

何か魔術で姿変えをしているか、目くらましの術をかけてるか、どっちかなんだろうなあ、とは思っていたのだ。


そう伝えると、ナーシルは驚いたような表情になった。

「え。気づいていらっしゃったのですか」

「まあ、何となく。それに、ナーシル様はとても美しい手をされているでしょう? 通常、太った方は、指まで太っているものです。それもあって、何らかの術をかけていらっしゃるのではないか、とは思っていました」

「そうだったのですか……」

「ええ、しかし改めて拝見して、正直、驚きました。ナーシル様は、まるで月の精霊のようにお美しいのですね」

わたしの言葉に、ナーシルはぽっと頬を染めた。

以前は、こういうところが可愛いと思っていたが、今は可愛いだけでなく、色っぽい。

これ、男女問わずすごいモテるだろうなあ。


それに、

「わたしだけじゃなくて、たぶん、レオン様も気づいてると思いますよ」

「えっ!?」

ナーシルは仰天し、わたしを見た。

驚きのあまり、涙が止まっている。


もー、レオンで涙を止められるとか、なんか婚約者として負けた気がするんですけど!



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