23.デートのはずだった
テーベの森は、王都の外れにある迷宮の外側に位置している。
その迷宮にはあまり強い魔物は出現せず、外側の森にも、ちょろちょろと弱い魔獣が出る程度で、冒険者成り立てレベルでも十分対応可なところだ。
ただ、木々が密集しているため昼間でも薄暗く、細い獣道だらけで迷いやすい。常に位置把握をしながら進む必要がある。
……というような情報を、狩りを始める前に、ナーシル先生がきっちり説明してくれた。
はい、よくわかりました、先生!
「そういう事なら、しばらく手をつないで歩いてもらえませんか?」
わたしが手を差し出すと、ナーシルは、えっ!? とわかりやすくうろたえた。
「迷ってしまったら、困りますから」
わたしはやや強引にナーシルと手をつなぎ、歩き出した。ちらりと横を見ると、ナーシルは頬を赤く染めてうつむいている。
「……イヤだったら、手、放します」
わたしがそう言うと、ナーシルは黙ったまま、きゅっとわたしの手を握り返した。まったく、可愛いにも程がある!
「ナーシル様、お話したいことがありますの」
こんないい雰囲気の中、出したい話題ではないが、早めに伝えておかねば。
わたしは手短に、ジグモンド第二王子の婚約についてナーシルに説明した。
「ナーシル様、身辺には十分にご注意ください。もしよろしければ、王都を出るまでルカーチ家に身を寄せていただいてもかまいません」
「それは……」
わたしはナーシルの手を強く握って言った。
「ジグモンド様は、こう言ってはなんですが、間違いなく異常者です。王族という尊い御身ではありますが、その行動には、品位のかけらもない。弱い者、抵抗できない者をいたぶって喜ぶ、下衆ですわ」
「……承知しております」
ナーシルは顔を上げ、わたしを見た。
「第二王子のことは、よく、存じております」
おや、と思ってわたしは足を止めた。
ナーシルは、どこか苦しそうな表情で続けた。
「……私は、ずっとエリカ様をたばかっておりました。私は、本当は……」
言いかけて、ナーシルはハッとしたように動きを止めた。
「ナーシル様?」
しっ、とナーシルが人差し指を唇にあてた。そのまま動きを止め、周囲の物音に耳を澄ませている。
わたしもナーシルにならい、周囲の気配を探った。なにか大物の魔獣でも現れたのかな、と思ったのだが。
――草を踏みしだく複数の足音、金属がこすれる耳障りな音がする。
わたしは首を傾げた。
他の冒険者たちが近づいているのだろうか。
だが、それにしては足音が重いような気もする。
「エリカ様」
ナーシルが、ほとんど唇の動きだけでわたしの名を呼んだ。
わたしはナーシルの唇に耳を寄せ、彼のささやき声を聞き取ろうとした。
「私が合図したら、逃げてください」
わたしは驚いてナーシルを見た。ナーシルは真剣な表情でわたしを見下ろしている。一瞬、その姿が二重にぶれ、いつかシシの森で見た、別人の顔になった。
「逃げて!」
ほとんど突き飛ばすように、ナーシルがわたしの体を後ろに押しやった。
「走ってください、振り返らないで!」
言いざま、ナーシルはその場から大きく跳躍した。
次の瞬間、さっきまでナーシルが立っていた場所に槍が突き刺さり、わたしは思わず声を上げた。
「ナーシル様!」
「走って、森を抜けてください、早く!」
前方に、明らかに冒険者とは様相の違う、鎖帷子を身に着けた兵士たちが数人現れ、無言でナーシルに斬りかかってきた。兵士たちは顎まで覆う鉄兜をかぶっているため、顔が見えない。
ナーシルは両刃斧の柄の中ほどを持ち、木々の間を縫うように動き、兵士たちと打ち合いをはじめた。ナーシルの力はすさまじく、一撃で兵士を吹っ飛ばしている。
と、兵士たちの後ろに、黒いローブを纏った人間が立っているのに気がついた。
魔術師だ、とわたしは直感的に悟った。
明らかに職業軍人らしい兵士たちと、魔術師が組んで襲ってくるなんて、どう考えても単なる野盗ではない。
いったい誰が、なんの為に。
その時、魔術師が風の攻撃魔法をナーシルに向けて打とうとしているのに気づき、わたしはとっさに魔術師めがけて短剣を投げつけた。
「ぐぁっ」
魔術師が低くうめき、肩をおさえて地面に膝をつく。
「この女!」
魔術師が憎々しげにわたしを睨み、途中まで詠唱していた風の攻撃魔法を、わたしに向けて放った。
「よせ、女は殺すなと言われただろ!」
兵士の一人が魔術師に叫ぶ。わたしはすれすれで攻撃魔法をかわし、地面を転がった。
魔術師は兵士に叫び返した。
「少々傷をつけるくらいはかまわぬ、との仰せだ! 要は殺さねばいいのだ!」
え。
続けざまに放たれる攻撃魔法をかわしつつ、わたしは魔術師の言葉を反芻した。
「女は殺すな」「少々傷つけるくらいはかまわぬ」
すっごくすっごく、そういうこと言いそうな下衆に、心当たりがあるんですけど!




