22.短剣
「レオン様、兄をよろしくお願いいたします」
わたしがレオンに頭を下げると、
「逆だ! 私がレオンの面倒を見なきゃならないんだ!」
兄が怒って言った。
まあ確かに。
今日もナーシル、わたし、レオン、兄という面子で森に出かける予定だったのが、レオンが急きょ、手続き関係で騎士団に呼び出しをくらったため、念のため兄もついて行くことになったのだ。
バルタ家の屋敷につくと、レオンがわたし達を出迎えてくれた。
「アド、いつもすまんな」
レオンは爽やかに言ったが、ちょっと残念そうだ。
「今日は初めて、シシ以外の森に行けると楽しみにしていたのだが、団長じきじきに呼び出されては、無視するわけにもいかんしな……」
いや、なんであなたが楽しみにしてるんですか。これはわたしとナーシルのデートなんですけど。
……とは言えない。しょんぼりした大型犬を苛めるような、鬼畜な真似はできない。
「今回は、なんの手続きで差し戻しをくらったんだ? 婚約関係か?」
「うむ、わからん!」
レオンが元気よく答えた。
わからんのか、そうか……。兄もがっくりと肩を落としている。
「しかし、団長自らの呼び出しというのは、珍しい。通常は副団長から通達があるのだが」
レオンが首を傾げて言った。
なんでも騎士団では、書類などの手続き関係は、副団長にほとんど丸投げされているらしい。書類仕事大嫌いな団長とレオンは、たいそう馬が合うそうだ。
「その団長が呼び出さざるを得ないくらいの、大ポカをおまえがやらかしたんだろ!」
兄が怒って言ったが、レオンは考え込む様子を見せた。
「うむ、まあ、そうなのだろうが。……しかし、どうもな……、うまく言えんが、何かおかしい」
「おかしいのはおまえだ!」
兄がバシバシとレオンの肩を叩いているが、レオンは気にした風もない。
レオンはじっとわたしを見た。
「今日は、エリナ殿とナルシー殿は、テーベの森に行かれるのだったか?」
「はい、その予定です!」
わたしはウキウキで答えた。
レオンと兄には悪いが、騎士団からの呼び出しのおかげで、わたしとナーシル二人きりのお出かけが実現したのである。
婚約者となって、初めて! ナーシルと二人きりのデートだよー!
まあ、デートってか、森で獲物を狩るだけだけど、二人きりだしね! 立派なデートだよね!
第二王子の件も伝えなきゃだけど、でも、ナーシルに会えるのはそれだけで楽しみだ。幸せ。
ニヤニヤするわたしに、レオンが、
「アド、エリナ殿、ちょっと待っていてくれ。武器庫に行ってくる」
いきなりそう告げるや、レオンは部屋を出ていってしまった。
「……なんで武器庫?」
「私に聞くな」
残されたわたし達は、呆気にとられてその場に立ち尽くした。レオン、相変わらず自由すぎる。
ほどなくして戻ってきたレオンは、使い込まれた短剣を二振り、手にしていた。
「エリナ殿、これを」
短剣を差し出され、わたしは戸惑いながらもそれを手にした。
普段使っているダガーより、さらに小振りで軽く、手によくなじむ。
「レオン様、これは?」
「うむ、エリナ殿が使われているダガー、あれは物は良さそうだが、エリナ殿には少し重そうだと思ったのだ。こちらのほうが、エリナ殿には合うであろう」
まあ、うん、確かに。
わたしは両手に短剣を持ち、軽く動いてみた。腕を振りやすく、動きやすい。
「おお、やはり、こちらの短剣のほうがずっといい」
レオンは喜び、ニコニコして言った。
「それはエリナ殿に差し上げよう」
「え」
わたしと兄は顔を見合わせた。
「レオン、どうした。なぜ短剣をエリカに?」
「いや、気になってな。先日から、エリナ殿にあのダガーは、どうにも重そうだと思っていたのだ」
レオンはきっぱりと言った。
「武器は、己の筋力に見合ったものを使うのが、一番効率がよいのだ」
武器や筋肉に関して、レオンと言い争う気は毛頭ない。
「そうなんですか。ありがたく頂戴いたします」
わたしは素直に礼を言い、頭を下げた。
「礼はいい。次は、俺とアドも一緒に、テーベの森に連れていってくれ」
「いい加減にしろ!」
兄はプリプリ怒りながらも、レオンを連れて騎士団へと向かった。
わたしはにこやかに二人に手を振り、心の中で気合を入れた。
さあ、いよいよ、初めての! ナーシルと二人っきりのデートだー!




