20.わたしは恋愛小説家
「わたくしの婚約者は……」
わたしは言いかけ、第二王子ジグモンド様に、にっこりと微笑みかけた。
第二王子が、驚いたようにわたしを見返した。
「ローザ様、実はわたくしの婚約者につきましては、こちらの第二王子、ジグモンド様からもご質問いただいておりますの。……でもわたくし、ずっとその方のお名前を秘密にしていたのですわ」
「まあ、何故?」
わたしの言葉に、ローザ様が興味を惹かれたようにかすかに身を乗り出した。
わたしはしおらしく見えるよう、うつむいて言った。
「実はその方とわたくし、身分が違いすぎて……、婚約が成立しましたら、わたくし、実家から絶縁されますの」
「まあ」
ローザ様が驚いたような声を上げた。
同時に、抑えきれない興味の色も見てとれる。
そうでしょうとも。
王族として、何かにつけてぎっちぎちに厳しく行動を制限されている王女様にとって、身分違いの恋など、おとぎ話の中にしか存在しない夢物語でしょうからね。
わたしはさらに言った。
「ですから、わたくしが卒業して婚約が成立するまで、その方の素性は伏せておきたいのです。わたくしがその方の名を明かせば、その方にご迷惑がかかりますわ。……お相手は、身分も何もない、平民なのですもの。わたくしのせいで、その方に何かあったら、わたくし、生きていけませんわ」
「まああ!」
ローザ様は頬を紅潮させ、わたしを見つめた。
「まあ、なんてステ……いえ、そういうことでしたの。そういうことなら、ええ、もちろん、名を明かす必要などありませんわ。ええ、決して。……ジグモンドも、わかりましたわね? エリカ様をわずらわせるようなことなど、しないように」
「……もちろんです、姉上」
一拍遅れて返事をする第二王子に、わたしは思わずニヤリとした。
くくく、ざまーみろ。……などとは決して思っていない。ええ、淑女ですから。
「エリカ様」
ローザ様は瞳をきらきらさせてわたしを見た。
「エリカ様のご事情は、よくわかりましたわ。婚約者のお名前はお聞きしませんけれど……、その方との馴れ初めや、どういった経緯で婚約に至ったのか、支障のない範囲でお伺いできればと思いますわ」
「かしこまりました。お耳汚しでしょうけれど、機会がございましたら、ぜひ」
通常、こうしたやり取りは社交辞令であり、けっしてそうした機会などめぐってこないのだが、今回ばかりはそう思えない。ローザ様の瞳の輝きが尋常ではないからだ。
ていうか、わたし達のやり取りを息をこらして聞いていたらしい女生徒達の瞳も輝いている。
あー、貴族令嬢と平民の許されざる恋、なんて、そりゃ根掘り葉掘り聞きたいよね。
実際の当事者にはなりたくないけど、他人の恋バナだったら盛り上がるよね。
うーん。まあ、学園での噂話なんて、ナーシルの耳には入らないだろうし。
よし、ここは思いっきり、盛り盛りに盛った恋愛小説を創作して、王女殿下他に披露することにいたしましょう! 脳内タイトルは『運命にあらがう恋人たち~暁の瞳に恋におちて~』に決定だ!




