19.王子様と王女様
楽しい週末の後は、死にたい学園生活が待っていた。
できれば視界に入れたくないジグモンド第二王子が、「週末は会えなくて寂しかったよ」とにこやかに近寄ってきたが、周囲の空気はピリピリしている。
国王が夏の巡幸から王都へ戻ってこられたためだ。
わたし達と同学年に在籍する第一王女も、国王および王太子と巡幸先で夏を過ごされ、今週、学園に戻られた。ジグモンド様は国王および王太子に嫌われているため、巡幸にお声がかからなかったのだ。ざまみろなんて、決して思っていない。
「エリカは、楽しい週末を過ごしたようだね。僕も嬉しいよ」
ジグモンド様がにこやかに言う。
わたしはため息をつくのをこらえ、微笑み返した。
第二王子(その背後に小姓)、わたしという潤いのない組み合わせで、昼食をいただいている。ララは実家の所用で明日、学園に戻ってくる予定だ。
あー、せっかくの昼食がマズくなる。学園の食堂はそこらのレストランよりも美味しいと評判だが、一緒に食事をする人間がアレだと、どんなに素晴らしい料理でも砂の味になるんだな。
「週末は、婚約者殿と一緒に過ごしたのかな?」
「……ええ、そうですね。兄も一緒でした」
微妙に話をそらしてみる。
そう、兄も一緒だったんですよ。
ルカーチ家次期当主であるアドリアン・ルカーチは、妹の婚約を容認してるんですよ。
婚約についてなんか仕掛けてきたら、兄が面目つぶされたって怒るかもしれませんね。
と、言外に匂わせてみると、
「……へえ。君の兄上が」
第二王子が考え込んだ。
「一度、君の兄上と話したことがあるよ」
うつむき加減に、第二王子は静かに言った。
「顔を見て、驚いた。君と瓜二つで、違いと言えば目の色くらいだったから」
うん、よく言われます。
「だが彼は、やはり君とは違うね。彼は領主の仕事に専念するということで、宮廷には代理の者を伺候させるということだったが、彼ならば宮廷でも十分出世できただろう」
それはつまり、兄と違っておまえに宮廷の仕事はつとまらないって言いたいんでしょうか。
まあ、当たってるけど。
「彼は、まさに貴族らしい貴族、ルカーチ家の次期当主たるにふさわしい人物だった。面白くもなんともない」
ジグモンド王子は、冷え冷えとした笑みをたたえ、わたしを見た。
「やはり僕は、エリカ、君でなくては駄目なんだと思い知らされたよ。いくら見た目が同じでも、魂が違えば意味がない」
「………………………」
魂が違うと、鞭打ちの甲斐がないということでしょうか。でも、抵抗できない無力な小姓にも、思い切り鞭ふるってましたよね。あれはどうなんでしょう、やっぱり小姓の魂にも、何か感じるものがあったので?
第二王子の屁理屈にムカついていると、
「まあ、ジグモンド、ここにいたの? 私の教室にいらっしゃいと言付けたはずでしょう」
やわらかい声が背後からかけられ、わたしは反射的に椅子から立ち上がった。
あの第二王子の名を呼び捨てにできる人物など、この学園に一人しかいない。
「殿下」
「姉上、わざわざこのような所に足をお運びいただくとは」
わたしと第二王子は、膝を折り、この国の第一王女、ローザ・コバス殿下に頭を下げた。
「ああ、いいのよ、そのように堅苦しい挨拶は抜きでいいわ。昼食の途中なのでしょう? 座って、食事を続けてちょうだい」
そういうと王女様は、あろうことかわたしの隣に腰を下ろした。
「どうぞ、お座りになって。あなたは確か……」
「エリカ・ルカーチと申します。殿下におかれましては、ご機嫌うるわしゅう」
「ああ、そうね、ルカーチ家の。あなたには、弟が迷惑をかけていると聞いているわ。姉として謝らなければと思っていたの」
王女の思いもよらぬ言葉に、わたしは硬直した。
ジグモンド王子も虚をつかれたようで、黙ってローザ様を見ている。
「お……、恐れ多いお言葉です……」
それ以外に言いようがない。
なんだなんだ。どういう意図での発言なんだ。
ローザ様とジグモンド様が、特別親しいという話は聞いたこともない。
むしろ、ローザ様は実の兄である王太子殿下とことのほか仲が良く、それもあって今回の巡幸に同行を許されたと聞いている。
と、いう事は、これはジグモンド様を遠回しに非難しているとみていいのだろうか。
いや、まだ決めつけるわけにはいかない。
当たり障りなく、無難にやり過ごすのが一番だろう。
と思った矢先、
「エリカ様は、バルタ家のレオン様と婚約されたのかしら?」
ローザ様のお言葉に、わたしは目を丸くした。
え、なんですかそれは。
何故そんなデマが、よりにもよって王女様のお耳に届いたんだ。
そして、わたしの目の前の席で、うっすら笑みを浮かべる第二王子。怖い。
こ、このデマ情報、どう処理すべき?
即、否定したら、じゃあ本当の相手は誰?ってなるよね。
第二王子相手なら、人の婚約に口出さないでよ、と突っぱねることも可能だが、第一王女となると、また話は別だ。
第一王女ローザ様は、王太子殿下と同じく正妃の血筋であり、正当な王位継承者だ。その権力は第二王子とは比べものにならない。わたしの対応次第で、ルカーチ家に迷惑がかかる事態にもなりかねないのだ。
わたしは腹をくくった。
「まあ、バルタ家のレオン様ですか? レオン様は、兄と仲が宜しいので、そのような噂が流れたのかもしれませんわね。でも、レオン様にはれっきとした婚約者がいらっしゃいますのよ。わたくしも、レオン様から婚約者について、惚気を聞かされましたわ」
これで、わたしの婚約からレオンの婚約へと話題が移ってくれないかなー、と期待したのだが、
「あら、それならエリカ様の婚約者は、どなたになりますの?」
ローザ様のお言葉に、食堂中が静まり返った。
わたしが、第二王子の追及にも、頑として婚約者の名を明かさなかったのは、学園中の生徒が知るところだ。
ここで婚約者の名を明かすのか、それとも第一王女ローザ様直々のご質問をさえ、拒否するのか。
食堂にいる生徒達の視線を痛いほど感じながら、わたしは覚悟を決めてローザ様を見つめ返した。
「わたくしの婚約者は……」




