18.何もかも失って(ナーシル視点)
今日もエリカ様とお会いできた。
先週お会いしたばかりなのに、また今週もお会いできるなんて、夢のようだ。ほんとに夢だったらどうしようと心配していたが、朝早くレオン様が迎えにいらしたので、現実なのだと実感できた。
レオン様は、「今度はもっと遠くの森へ行きたい」とおっしゃるが、エリカ様はどうだろうか。
エリカ様は、冒険者になりたいと仰せだったが、あれは社交辞令か、それとも冗談なのか?
まさか本気ではあるまいとは思うものの、もしエリカ様が冒険者になられたら、どんなに嬉しいだろうと思ってしまう。
エリカ様は魔力量も豊富で、身のこなしも優雅で素早い。
何より、魔獣に対する反応が早く、対処も適切だ。そうした対応を瞬時にこなす能力は、教わって上達するというより、ほとんどセンスの問題なので、エリカ様はそういった意味でも冒険者の適性がある。
レオン様の言う通り、本気なら凄腕の冒険者となられるだろう。
いやいや、まさか。ルカーチ家の姫君が、本気で冒険者になど、なるわけがない。そんな冗談を真に受けては、いかに世間知らずの神官とはいえ、物の道理もわきまえぬ愚か者よと、笑いものにされるだろう。
……とぐるぐる考え込んでいたら、なんとエリカ様は、本当に冒険者登録をしてしまった。
なんという行動力。
もし万が一、冒険者になるのだとしても、学園を卒業されてからだと思っていた。
アドリアン様も、エリカ様の行動の早さと思い切りの良さに目を回していたが、それでも冒険者登録の際の保証人になっていた。仲の良い兄妹だと思う。
しかし、まさかと思ったが、エリカ様は、本気だったのか。
いや、エリカ様が嘘をつくような方だとは思わないが、それにしても。
私は、ドキドキとうるさい心臓を押さえ、神殿内にある自室の、粗末な寝台に座り込んだ。
どうしよう。
エリカ様が冒険者になったら、学園卒業後、一緒に……、いや、そんなはずはない! あり得ない! 何を考えているんだ私は!
でもエリカ様は、私に「ナーシル様とともに、冒険者として生きてゆきたい」とおっしゃって下さった。それが本当なら……、いや本当のはずはない! 本当であっても、そんなことは許されない!
私は寝台に突っ伏した。
走ったわけでもないのに、息が苦しい。胸が痛い。
どちらにせよ、エリカ様は本当の私を知らない。何もかも偽物の私しか知らない。
どこかですれ違っても、エリカ様は、私に気づくことはない。当然だ。私は自分自身を偽っているのだから。
自業自得なのに、死にたいほど辛い。
どうして私はこうなってしまったのだろう。
私がエリカ様を騙していたと知ったら、きっとエリカ様は怒るだろう。
たぶん、いや間違いなく嫌われる。軽蔑されるかもしれない。
それくらいなら、いっそ逃げてしまいたいが、そうすると、エリカ様とはもう会えなくなってしまう。そんなの耐えられない。
どうしよう。どうすればいいのだ。
私は目を閉じ、歯を食いしばった。
こんな時でさえ、神に祈る気にはなれない。
母と、前の神官長が亡くなってから、私は信仰の対象さえ失っていた。
何もかもすべて失ったと思っていたのに、この上、さらに失うものがあったとは。
いや違う。失うわけではない。
存在しないただの虚像が、何を失うことがあるだろう。
だって私は、エリカ様に嘘をついている。
エリカ様が笑いかけ、一緒に冒険者として生きてゆきたいと願った人間は、初めから、どこにも存在しないのだから。




