17.冒険者登録
わたしは、自分の狩った獲物であるクロトカゲ二匹の皮を剥ぎ、血などの汚れを丁寧に洗い流した。水はナーシルが魔法でいくらでも出してくれるから、川まで移動する必要はない。わたしの婚約者って何から何までステキ。
クロトカゲは皮が固いから、それほど気をつかわずとも、皮を傷つける恐れはない。
問題は、ヒウサギだ。
レオンは、柔らかいヒウサギの皮を傷つけずに剥ぐのが苦手なようで、ナーシルに頭を下げて処理を頼んでいた。
ナーシルはとても器用に、柔らかいヒウサギの毛皮に穴ひとつ開けることなく、手際よく処理をしていった。わたしの婚約者って本当に(以下略。
「これは帰りにギルドへ寄って、買い取ってもらいます。……あの、もしよろしければ、その……、エリカ様もご一緒されますか?」
「行きます!」
即答するわたしに、兄が渋い表情になった。
ギルドとは、薬草の採取から個人傭兵の依頼、迷宮の探窟まで、幅広い仕事を請け負い、冒険者に発注する組織だ。全国に散らばる有象無象の冒険者を管理し、取りまとめているため、規模も大きく、国家がギルドに任務を依頼することもある。
ただ規模が大きい分、冒険者の質もピンキリで、貴族からすればギルドなど、無法者のたまり場のように見なされている節もある。
兄が良い顔をしないのも、ある意味、当然ではあるが、わたしは近い将来、冒険者になるのだ。いちいちギルドにビクついていたら何もできない。
それに何より、婚約者様が誘ってくださっているのだ。断るという選択肢はない!
わたしは気づかぬふりで、
「それではわたしはナーシル様とともにギルドへ寄ってから帰りますので、兄上はレオン様と一緒に帰っていただけます?」
「ふざけるな! 私もレオンと一緒に行く!」
「え、俺もか?」
なんで? と不思議そうな表情のレオンに、兄が噛みつくように言った。
「つべこべ言うな! いいからついてこい!」
「兄上、意外に横暴ですね」
わたしは、ニヤニヤしながら言った。兄との仲は良好だが、からかう隙があるならすかさずからかうのが、兄妹というものである。
「そんなセリフ、義姉上がお聞きになったら、嫌われてしまいますよ」
「そ……っ」
兄は慌ててわたしを見たが、からかわれているのに気づいてため息をついた。
「まったく、おまえは……」
絶好調のわたしに、怖いものなどない。
フフフ、ヘヘヘとニヤけるわたしを、ナーシルが微笑ましい眼差しで見つめていた。
王都の冒険者ギルドは、三階建てのかなり大きな建物だった。
「ギルドって、儲かるんですねえ」
わたしは感心して言ったが、ナーシルは小さく首を横に振った。
「いえ、王都は別格です。地方へ行くと、小さな部屋を一つ、間借りしているようなギルド支部もありますし」
そうか、地域格差はどんな組織にもあるんだなー。
毛皮の買い取りを待つ間、わたしはふと思いついて言った。
「せっかくですし、わたし、冒険者登録をいたしますわ」
エッ、とナーシルと兄が、驚愕の表情でわたしを見た。
「え……、え、しかし、ええ……?」
「待てエリカ、行動が早すぎだ。おまえはまだ、学園を卒業してもいないのに」
わたしは肩をすくめた。
「別に、学園に在籍中は、冒険者に登録できないなんて規定はありませんよ」
「そもそもそんな事しようなんて奴はいないからだ!」
兄が怒って言ったが、わたしは無視してナーシルに向き直った。
「ナーシル様、婚約者として保証人になって下さいます?」
「ちょっと待てエリカ!」
兄はわたしの肩をつかみ、焦ったように言った。
「わかった、仕方ない。……ならば、私がおまえの保証人になろう。ルカーチ家の次期当主であり、おまえの兄でもある。保証人として、私以上の適役はいないだろう」
んー、まあ、どっちでもいいけど。冒険者になれるなら。
わたしはギルドの受付に、兄を保証人として冒険者登録をしたい旨を伝えた。
受付係の中年の男性が、伯爵令嬢が冒険者登録!? と驚愕の眼差しでわたしを見たが、にっこり笑い返すと、慌てた様子で引き出しから紙を一枚、取り出した。
「あの、こちらに必要事項を記入し、保証人の方のサインをいただいて下さい。受付に提出していただきましたら、書類を精査いたします。登録が認定されましたら、ギルドカードの発行となります。登録料およびカード発行代金は、その時にいただきます」
ギルドの発行するカードとは、冒険者認定証のようなものだ。これがなければ、冒険者としてギルドから仕事を受注することはできない。その他にも金銭の一時預かりなどの機能もあり、冒険者にとっては必須アイテムといえる。
ギルドカード発行にかかる日数はだいたい一週間くらい、登録料込みで、料金は銀貨3枚だという。
銀貨3枚か……。ララとよく行くカフェ、三回分くらいの金額だが、わたしはお金を持っていない。一週間後までに、何とかして銀貨3枚を稼がないといけないわけか。
わたしは改めて、自分の現在の立ち位置について、考えさせられた。
ルカーチ伯爵家の令嬢として、王都のどのカフェで何を食べても、代金を請求されることはない。店側は、請求書をそのまま伯爵家へ回すからだ。
その代わり、わたしは何も持っていない。
見事な象眼のブローチも、金糸の刺繍がほどこされた豪華なガウンも、ルカーチ家の娘としてふさわしい装いをさせられているだけで、どんな高級品を身に着けていようと、それはわたし自身のものではない。それはルカーチ家の財産なのだ。父と兄には、自分で動かせる資産があるが、わたしにはそうしたものは一切ない。
通常、結婚の際に持参金として資産を分け与えられるが、わたしは婚約成立の時点で実家から絶縁されるため、そうした資産ももらえない。
それは承知の上だが、そもそも冒険者になるためにも、お金が必要なのだ。
そして、冒険者になった後は、武器や防具を購入しなければならない。野営のための様々な道具も必要だろう。何はさておき、先立つものがなければお話にならない。
貴族でなくなった瞬間、わたしはルカーチ伯爵家の恩恵を失うわけだから、それまでにある程度、元手となる資金を稼いでおく必要がある。
最初から、両親の用意してくれた宝飾品に手をつけるようでは、冒険者として早々に行き詰るだろう。
考え込んでいると、毛皮の買い取りが終わったようで、ナーシルとレオンが係の女性からお金を受け取っていた。
そういえば、ヒウサギとクロトカゲの毛皮の査定をしてもらってたんだっけ。
いくらくらいになったんだろう。
「エリカ様、どうぞ」
受付に戻ってくると、ナーシルがごく自然な様子でわたしにお金を差し出した。
「えっ?」
差し出された手の平に、銀貨1枚と銅貨が数枚、乗せられていた。
「クロトカゲ2匹分の皮の代金です」
わたしはナーシルと、彼の手の平に乗せられたお金を交互に見た。そして、やっと理解した。
そうか!
狩りで仕留めた獲物は、ギルドに持ち込めば買い取ってもらえる。それはつまり、お金を稼げるということだ。
知識として理解していたつもりだが、自分にもそれができるということが、頭からすっぽ抜けていた。
「ありがとうございます!」
わたしはナーシルからお金を受け取り、嬉しさに飛び上がった。
やった!
なんだろう、すごく嬉しい。
これ、わたしのお金なんだ。
わたしが、自分で稼いだお金なんだ。
クロトカゲ2匹でだいたい銀貨1枚とすると、あと4匹狩れば、ギルドカード分のお金を稼ぐことができる。
次は、クロトカゲ以外の獲物も探してみよう。
自力でどれだけ稼ぐことができるのか、試してみよう。
ウキウキの私を、兄が不思議そうな顔で見ている。
銀貨1枚で、なんでそんなに喜んでるんだろう、と思っているのが丸わかりだ。
道端に銀貨が落ちてても、きっと兄は拾いもしないんだろーなーと思い、わたしは少し笑ってしまった。
ちなみにヒウサギの毛皮は、銀貨3枚で買い取ってもらえたそうだ。レオンが対価を受け取っていた。
レオン……。なんか、色んな意味で負けてる気がして、ちょっと悔しい……。




