15.ナーシル先生とわたし
「エリカ様は、たいへん魔力量がおありなのですね。それならば、群れで襲いかかってくる小型魔獣などにも、対応可能な魔法が使えると思います」
優しいナーシル先生が、丁寧に説明してくれる。幸せ。
「わたし、風と火と氷の攻撃魔法が使えます! 魔獣の属性がわからない時は、どの魔法を使用すべきでしょうか?」
草原を歩きながら、わたしはナーシルを見上げた。
兄は一応、気をつかってくれているのか、少し離れた右上方向を、レオンと一緒に歩いている。
ナーシルは、考えながら言った。
「そうですね……、比較的、属性の影響を受けづらいのは、風魔法でしょうか。しかし、火魔法のほうが威力は高い。火属性の魔獣は、毛皮など見た目が赤いものが多いので、それ以外の魔獣の場合は、火魔法を使用するのが無難でしょう」
ナーシルは、見本をみせるように目の前に小さな水球を無数に生み出し、それらを鳥の群れのように自在に動かしてみせた。
「私は火魔法が使えないので、水になってしまいますが、このように点を生み出し、それを塊として動かすのです。慣れてくれば、このように……」
ナーシルは、中央の小さな水球に別の魔法を乗せた。
「こうして印をつけたものを目当ての魔獣に当て、他の水球を誘導するのです。そうすれば、こちらで操作しなくとも、勝手に魔法が獲物に当たります」
ナーシルは、印をつけた水球を、少し離れた場所を飛んでいた鳥へとぶつけた。
すると、他の水球も吸い寄せらせるようにその鳥を追いかける。水球はパチパチと音をたてて鳥に当たり、すぐに鳥を地面に落とした。
「わー、すごい!」
「……このように、自動的に追撃してくれるので、魔法を自分で制御せずとも済みます。複数の魔獣を倒す場合に使用すると、便利ですよ」
先生すごーい! と褒めたたえると、ナーシルはくすぐったそうな表情で、ほんのり頬を染めた。
いや、でもほんとすごい。役に立つ。
学園での授業(女子用)は実践に即してないから、こういう現実的な戦い方を教えてくれるの、ほんと助かる。
まあ学園も、まさか貴族令嬢が冒険者になるとは思ってないだろうから、現実的な戦闘魔法より、見栄え重視の曲芸魔法に力を入れててもしょうがないんだけど。
「その、……エリカ様は、本気で冒険者になるおつもりなのですか?」
地面に落ちた鳥を拾い上げ、ナーシルが言った。落ちたのはテハという小鳥で、串焼きなどがよく広場で売られている。
数がなければ引き取ってもらえないらしいが、これは昼食にすればいいだろう。
「ええ、そのつもりです。というか、それしか選択肢がないのです」
「……そんなことはないと思いますが」
ナーシルは、手の中の鳥を見ながら、呟くように言った。
「あなたは私とは違う。……美しく、高貴な家柄の出で、魔力もあり、才知にあふれていらっしゃる。私のような卑しく醜い者にも親切にしてくださる、お優しい心をお持ちです。あなたを望まぬ者など、どこにもおらぬでしょう」
望まない者だらけだから、この一年、苦労したんですが。
ていうか、ナーシルてば。
「ナーシル様は、わたしを美しいと思って下さるのですね」
わたしの言葉に、ナーシルは足をもつれさせて転びそうになった。
「ナーシル様、大丈夫ですか?」
「……だ、だいじょうぶです……」
わたしの視線を避けるように横を向いているが、ナーシル、首まで赤くなってる。可愛い。
「そのように褒めていただいて、光栄ですわ」
いや、ほんとに。
第二王子の嫌がらせにささくれだった心が、癒されていくのを感じる。
「……わたし、ナーシル様のようにお優しい方が婚約者で、とても幸せです」
そう言うと、ナーシルは驚いたようにわたしを見た。
真っ赤な顔でわたしを見つめていたが、やがてナーシルはうつむき、言った。
「……私には、そのようなお言葉をかけていただく価値などありません」
「ナーシル様?」
「すみません……」
巨体を縮めるようにして謝るナーシルを、わたしはじっと見つめた。
うーん。まあ、ナーシルにも色々あるんだろうけど。
でも、そんな悲しそうな顔をされると、こっちも辛くなる。
第二王子のように、無抵抗の相手を意識不明になるまで鞭打った過去があるとかなら別だけど、ナーシルはそんな事しないと思うんだけどなあ……。




