12.学園にて
「エリカ、やったわね! おめでとう!」
週明け、学園に戻ると、ララがわたしに駆け寄ってきて言った。
第二王子に聞かれるのを恐れてか、声を低めてはいるが、瞳がキラキラと輝いている。
「婚約が決まったんでしょ? うちの商会に、ルカーチ家から特別注文が入ったわ!」
「ありがとう! 注文って、指輪のこと?」
平民との婚約のため、結納金は出さず絶縁、という形をとる代わりに、婚約指輪などの宝飾品を用意しよう、と親から言われている。いざという時は、それら宝飾品を売り払って金に換えられる。
「ええ、私からも、父にお願いしておいたわ。最高の職人に作らせるから、楽しみにしててね!」
ララがわたしと腕を組み、言った。
「ねえねえ、それで、お相手は? どんな方なの?」
わたしは小さく笑った。
「とても優しい方よ。優しくて、可愛らしいの。神官なんだけど、還俗後は冒険者になりたいっておっしゃってるわ」
「まあ」
ララは、少し驚いたような表情になった。
「冒険者? でも、それじゃ……」
「うん、それで、わたしも一緒に冒険者になろうかなって」
「えええ!?」
ララは大声を上げ、慌てて片手で口を覆った。
周囲を見回し、ララは声を低めて言った。
「冒険者って……、だって、それじゃ」
「平民と婚約した時点で、貴族じゃなくなる訳だから、わたしも手に職をつけなきゃいけないしね。で、考えてみたんだけど、冒険者が一番、向いてるかなって」
第二王子との因縁から、宮廷に出仕するのは避けたいところだし、そもそもガサツな性格のわたしに、細かい気遣い必須の侍女がつとまるとは思えない。
その点、冒険者なら、今まで無駄スキル扱いされていた攻撃魔法や無尽蔵の体力を生かすことができる。単なる趣味で取っていた学科、薬草学の知識も役立つだろう。考えれば考えるほど、わたしの進路は冒険者一択しかない。
「まあ……」
ララは、半ばあきれたような表情でわたしを見たが、
「……あなたらしいわ」
ララは小さくつぶやき、組んだ腕にぎゅっと力をこめた。
「私には考えられないことだけど……、でも、そうね、確かにあなたなら、冒険者になれるかもしれない。……それにしても、伯爵令嬢が冒険者になるなんて、前代未聞じゃない?」
「建国神話じゃ、冒険者だったリリーナ様が、どっかの貴族令嬢じゃなかったっけ?」
「何百年も前の話でしょ、それは!」
ララは笑い出した。
「まったくあなたってば! この話が広まったら、大騒ぎになるわよ!」
まあ実際は、平民になってから冒険者になるわけだが、この話が広まれば騒ぎになるだろうなというのはわかる。
「いつか、あなたの商会に直接依頼をされるような、すごい冒険者になれるよう頑張るわ!」
ララの実家は、国内のみならず、海の向こうの大陸にも支店を持つ大商会だ。
直接指名をもらえるような冒険者はわずかだし、ララの実家のような大商会からの依頼となると、さらにレベルは跳ね上がる。
「エリカなら、きっとなれるわ!」
ララが目を輝かせて言ってくれたが、まあ実際は、借金せずに暮らせる程度の稼ぎが得られれば、それでいいと思っている。
目指せ平和な未来。それが一番の目的だ。
ララと腕を組み、きゃっきゃしながら教室に向かっていると、
「……やあ、エリカ」
底冷えするような声が聞こえ、わたしとララは、びくりと立ち止まった。
「……ジグモンド様」
振り返るとそこには、諸悪の根源、ジグモンド第二王子が、小姓を後ろに従えて立っていた。




