11.あなたと一緒に
「……私の子ども時代は……」
ナーシルが言いかけた時、
「ああ、ここにいたのか! やっと着いた、ああ、疲れた!」
兄アドリアンの声が後ろで聞こえた。
振り返ると、兄は、疲労困憊の体で草むらに座り込んでいた。
「アドリアン様、大丈夫ですか?」
ナーシルはオロオロと、座り込む兄に手を差し伸べた。
「兄上、もう少し体力をつけられたほうが宜しいのでは?」
「おまえという奴は……」
わたしの言葉にぶつぶつ文句を言いながらも、兄はナーシルの手を借りて立ち上がった。
「ありがとう、ナーシル殿。……おや、何か良い匂いがするな。何か仕留められたのか?」
「ヒウサギだそうです。わたしは先ほどお誘いいただいて、ご相伴にあずかることになりましたの」
「……………」
兄が何か言いたげな視線をわたしに向けたが、気づかぬふりでにっこり笑うと、ため息をつかれた。
「……しかたない、それでは私も一緒に……」
「いえ、兄上までご一緒されては、レオン様とナーシル様の召し上がる分がなくなってしまいますわ。兄上はご遠慮なさってくださいまし」
「そんな……」
絶望の表情を浮かべる兄に、ナーシルが慌てたように言った。
「あの、よろしければ、アドリアン様もぜひ、お召し上がりください。お口に合わぬかもしれませんが……」
「ありがとう、ナーシル殿」
兄がフッと勝ち誇った笑みを浮かべ、わたしを見た。小癪な。
「自分が食べた分は、自分で補充するべきですわ。兄上、ヒウサギをもう一羽、狩ってくださいませ」
わたしの言葉に、兄が明らかに焦った様子で言い返した。
「そ、その言い分でいけば、おまえもヒウサギを狩る必要があると思うぞ」
「わたしはナーシル様の婚約者ですもの。婚約者同士は一心同体! ……ですけれど、必要とあらば、わたしも狩りをいたしますわ」
狩りなんて子どもの頃、少しやっただけだが、とても楽しかった。
罠を仕掛けるのも、飛ぶ鳥を射落とすのも、わたしはとても得意で、仲間の誰よりも多く獲物をしとめることができた。
「焼けたぞ! ……と思うんだが、ナンシー殿、確認していただけるか?」
レオンが少し自信なさげにナーシルに声をかけた。
「レオンは、ずいぶんナーシル殿と親しくなったようだな」
兄が感心したように言った。
「名前は間違ってますけどね」
わたしの指摘に、兄は肩をすくめた。
「そこはレオンだ、仕方ない。……だが、レオンはああ見えて人を選ぶ。どれほど剣技が優れていても、心根の卑しい者とは、決して親しくなろうとしない。……ナーシル殿は、間違いなく素晴らしい人物だ。体型は、まあ、アレだが、おまえはいい婚約者を選んだようだな」
「わたしが選んだんじゃなくて、お願いして婚約者になっていただいたんですよ。……それに、その理屈でいくと、兄上も素晴らしい人物ってことになりますけど、それはどうなんですかね」
言ったな、と兄に頭を小突かれ、わたしは笑った。
ああ、本当に楽しい。
第二王子に目をつけられてから、たまりまくった鬱屈が晴れていく心地がする。
肉は無事、焼けていたようで、ナーシルが器用に短いナイフで肉を切り分ける。
「ど……、どうぞ」
ナーシルが遠慮がちに、こんがり焼けたモモ肉を差し出してくれた。
遠慮なく受け取り、かぶりつく。
「おいしい! ……ですわ! 塩だけでなく、香草も使ってますのね!」
わたしの言葉に、ナーシルがほっとしたように笑顔を見せた。
「良かった。……ええ、これにはシシの森で採れるメノーを使っていて……」
嬉しそうに説明するナーシルの姿が、一瞬、認識阻害をかけられたようにぶれて見え、わたしは目をパチパチさせた。
「……エリカ様? どうかなさいましたか?」
「あ、いえ、何でもないです、大丈夫」
心配そうにこちらを見つめるナーシルに、わたしは慌てて言った。
……一体、なんだろう、さっきの映像は。
一瞬だが、ナーシル神官の姿がまるで……。
「おお、これは旨い!」
レオンが大声を上げ、ヒウサギの肉に舌鼓を打った。
「行軍中の食事も、これくらい旨ければなあ」
「あれは当たり外れが激しいからな」
レオンの言葉に、兄がうんうんと頷きながら渡された肉を頬張った。
「ナーシル様は、野外での調理に慣れていらっしゃいますのね」
わたしの言葉に、ナーシルが苦く笑った。
「そうですね……。いつも戦場にいましたから、自然と慣れてしまいました」
「あ、ああ、そうでしたの。あの、でも、これからは冒険者におなりになるのでしょう? それなら、その技術は、ナーシル様にとってかけがえのない財産となりますわ」
おいしい料理は大切ですもの! と言うと、ナーシルは驚いたようにわたしを見た。
「私の、財産……」
「そうですわ。獲物を狩る技術、調理する技術、すべてがナーシル様の今後のお役に立つことでしょう。どなたかと組んで行動されるとしても、きっとそのお相手も喜ばれますわ」
わたしの言葉に、ナーシルはぶんぶんと首を横に振った。
「私などと、組んでくださる方はいません」
「まあ、そうですの?」
わたしは少し考え、ナーシルに言った。
「それなら、ナーシル様、わたしと組んでいただけますか? ……わたし、ナーシル様と一緒に、冒険者になりたいと思います」
は!? とナーシルと兄が、驚愕の表情でわたしを見た。
「楽しそうですな! 俺もぜひ、ご一緒させてください!」
レオンの言葉に、兄が慌てて「おまえは騎士だろ!」とツッコミを入れた。
「騎士だと、冒険者にはなれんのか?」
「なれるわけないだろ!」
「休日だけなら、よろしいんじゃありません?」
わたしが口を出すと、おまえは黙っていろ! と鬼のような形相で兄が言った。
「万が一にも、レオンが騎士団をやめるようなことになったら、騎士団長に私が殺される!」
兄上、なぜかレオンの保護者と見なされてますもんね。
「じゃ、やっぱりわたし達二人だけで冒険者になりましょう! よろしくお願いしますナーシル様!」
「えっ、え? は、はい……」
脂で汚れた手をドレスの裾で拭き、ナーシルに差し出すと、ナーシルはうろうろと視線をさまよわせてから、そっと手を重ねてくれた。
頬を染め、うつむくナーシルに、わたしはニヤニヤした。
なに、ちょっとこれ、可愛い。
わたしの婚約者、可愛いんですけど!
「おまえら勝手に話をすすめるな!」
兄が怒鳴っているが、気にしない。
フフ、わたしは婚活の勝者。恐れるものなど、何もない!




