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1.猟奇的な思い出

夏の暑さもだいぶやわらぎ、過ごしやすくなってきた。

涼しい風がテラス席を吹き抜ける。


大好きなパフェを前に、わたしはスプーンを握る気力もなくうなだれた。

「もう国を出るしかない……」

わたしは呻くように言った。


もうダメだ。

学園卒業まで、あと三ヶ月しかない。

この一年、血を吐く思いで婚活してきたが、全滅だった。

あと三ヶ月で恋人を見つけ、婚約までこぎ着けるなんて無理だ。一年で出来なかったことを、三ヶ月で出来るとは思えない。


「待ってエリカ、早まらないで!」

二個目のケーキに取り掛かろうとしていたフォークを置き、ララが慌てたように言った。

どうでもいいが、ララ、ダイエット中だと言ってなかったか。

なぜ君の前には、ケーキが三つもあるんだね。


「何も国を出なくても……。第二王子はしょせん、側室のお血筋でしょ? そこまで怖がらなくてもいいんじゃない?」

わたしはララを見た。


赤毛に青い瞳をした、ちょっぴり太目の優しい友人、ララ。

彼女には、いつも助けられてきた。

第二王子に目を付けられてからというもの、地獄のような学園生活を送ることになったわたしを、何くれとなく気づかい、支えてくれた。

しかし、ララは常に前向きなため、物事を楽観視するきらいがある。


「……ララだって、ジグモンド様のことは知ってるでしょ。学園でも有名じゃない、あのサド……、いや、その、冷酷なお方だって」

「まあ確かに、いろいろ、そのう、問題のあるお方だとは聞いてるけど」

「聞いてるだけじゃないでしょ! 見たでしょ、ララ!」

わたしは思わず大声を上げた。


思い出すだに身の毛もよだつ。

二年前、わたしは学園内で偶然、第二王子ジグモンド様が、小姓を折檻しているのを目撃してしまったのだ。


王都内に一つだけある学園は、12歳以上の貴族の子女を受け入れる教育機関で、国内の主だった貴族子弟はほぼすべて、ここに入学する。


学園内での暴力行為は厳しく禁じられているし、入学してしまえば親の爵位などは関係なく、生徒はみな平等な立場となる――というのが建前だが、もちろん平等など存在しない。学園は貴族社会の縮図だ。

しかも、貴族同士の諍いというならまだしも、小姓への暴力となると、教師であっても手出しはしづらい。


わたしは校舎の影に隠れ、鞭打たれる小姓の悲鳴を聞きながら、自分も悲鳴を上げないように両手で口を覆った。


ジグモンド様は、執拗に小姓へ鞭をふるっていた。

何度も何度も鞭を打ちおろし、小姓の悲鳴を楽しむように暴言を吐いた。

「ほら、這いつくばって謝れよ。まったくおまえにはウンザリさせられる。もっと鞭で打たれたいのか?」

お許しください、申し訳ありません、どうかお許しください、と小姓は泣きながら謝ったが、鞭の音は止まなかった。

しばらくして、ジグモンド様は「おまえのせいで授業に遅れそうだ」と小姓に鞭を叩きつけ、その場を去っていった。


わたしはジグモンド様の姿が見えなくなったことを確認してから、慌てて小姓に走り寄った。

小姓は血まみれで、意識も朦朧としている様子だった。

治癒魔法が使えれば、とこれほど思ったことはない。


わたしはそこそこ魔力量が多いのだが、なぜか攻撃魔法しか適性がなく、治癒魔法が使えないのだ。


その後、授業に現れないわたしを心配して探しに来てくれたララと一緒に、わたしは何とか第二王子の小姓を治療室まで運んだ。


雇人が召使を鞭打つのは、往々にして耳にする話だ。

しかし王族、それも第二王子のような貴人が、あれほど執拗に暴力をふるうのは、常軌を逸している。


そんな異常者に目を付けられてはたまらない、とわたしは治療室の先生に口止めをお願いした。

小姓も意識を失っていたし、わたしが王子の暴力行為を目撃したことは、誰も知らないはずだ。

それなのに、なぜかそれ以降、ジグモンド王子に執拗に付きまとわれるようになったのだ。


ある日わたしは、勇気をふるってジグモンド王子に聞いてみた。

「なぜジグモンド様は、わたくしのようなつまらぬ者を、そのようにお気にかけてくださいますの? わたくしなど、何のとりえもない、面白味のない人間でございますのに」

だからもう付きまとわないで、ほっといてくれ! と遠まわしに言ってみたのだが、


「面白味がないなど、とんでもない」

ジグモンド王子は、酷薄そうな薄い唇をゆがめ、わたしを見た。

王族だけあって、ジグモンド王子は整った容姿をしている。

ゆるく波打つ金髪、薄い青い瞳の貴族的な美貌は、少女の夢見る王子様そのままの姿だろう。しかしわたしは、背筋が寒くなる思いで王子を見返した。


「君は、とても美しいよ。このつややかな黒髪、大きな黒い瞳に、白い肌。……そう、この白い肌」

ジグモンド王子は手を伸ばし、わたしの頬を撫でた。ゾッとして飛びのきそうになるのを、わたしは必死にこらえた。


「この白い肌が裂け、血が流れたら、どんなに美しいだろう。……ねえ、エリカ、君は、悲鳴を我慢するのが得意のようだね。君は我慢強く、自分の心を律するすべを知っているようだ」


ジグモンド王子の言葉に、わたしは血の気が引く思いがした。

それはもしかして、あの時のことを言っているのか。


「……しかし僕は、どうしても君の悲鳴が聞きたい。君を鞭打ち、血を流させてやりたいんだ。僕は、君をとても気に入っている。正室にはできないが、君を側室として迎えたいと思っているんだ」

……その場で卒倒しなかった自分を褒めてやりたい。


王子はあの時、隠れていたわたしに気づいていたのだ。

気づいて、そして、小姓を助けたわたしに興味を持った。


やってしまった! と後悔しても、もう遅い。

それに、たとえ気づかれていたとわかっていても、あの時、小姓を助けず逃げ去るという選択肢はない。


わたしはとっさに言った。

「お、おお恐れ多いお言葉ですわ。し、しかしながら、わたくし、すでに婚約しておりますの……」


ジグモンド王子は、驚いたようにわたしを見た。

「……へえ? ルカーチ家が君の縁談をまとめたなんて話、聞いたことはないけど」

「あっ、あー、ええ、まあ、お相手のご事情で、その、婚約のことは伏せてありますの。ええと、卒業と同時に、婚約を発表する予定ですわ」

ふうん、とジグモンド王子はじろじろとわたしの顔をみつめ、言った。


「それはおめでとう。……卒業と同時に婚約か。僕からもお祝いを贈らないといけないな」

「そっ……、お、恐れ多うございますわ……」

「どうしたの? 顔色が悪いよ、エリカ」

寒気のするような微笑を浮かべ、ジグモンド王子は言った。


「僕のお気に入りのエリカが婚約するんだから、盛大に祝わなければ。ルカーチ伯爵にも、くれぐれも宜しく伝えておいてくれ。いいね、エリカ」



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