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この作品には 〔ボーイズラブ要素〕〔ガールズラブ要素〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

ランブル・ラブレター

 オレは恋愛が好きだ。とは言っても、自分で恋の舞台に上がりたいわけではない。観客席から舞台上の恋人達の行末を見守りたいのだ。

 小説、ドラマ、演劇、アニメ、現実。媒体はどれでもいい。

 男女の普通の恋もいい。年の差や身分の差があるのも悪くない。吸血鬼や人狼との異種族愛も好きだ。あまり吹聴は出来ないが男同士のカップリングもいける。

 変わり種だとロボットやAIとの恋愛もアリだ。近親間の禁断の恋もオレは全力で応援する。

 そんなオレの前に彼女は現れた。


「……あ、あの! 坂城(さかき)くんにこの手紙を渡してください!」


 そう言って、顔を赤らめながら手紙をオレに差し出しているのは隣のクラスの女子だった。

 名前は知らない。おそらく、彼女もオレの名前など知らないだろう。それなのにオレをラブレターの中継役に選んだのは慧眼だと褒め称えてやりたい。

 事これに関してはオレ以上の人選はない。


「坂城に? これを?」


 けれど、オレはこの手紙を素直に坂城へ中継するわけにはいかなかった。

 別に坂城と接点がないわけではない。むしろ、かなり仲が良い。幼稚園の頃からの腐れ縁だ。

 嫉妬や羨望もない。むしろ、他人の恋愛を特等席で見られる特別チケットを貰ったような気分だ。

 

「坂城の城の部分、微妙に間違ってるんだけど……」


 オレは封筒に記されている宛名の部分に誤字を見つけてしまった。

 

「ええ!? あ、あ、わたし、き、緊張してて……、あわわわわ」


 言葉の通りなのだろう。彼女は頭から湯気を出しそうな勢いで赤くなっている。

 これでは正常な思考など保てまい。恋する少女の微笑ましい一面だ。

 けれど、不安が過る。今、彼女は慌てて購買に新しい封筒を買いに行った。宛名を書き直す為だ。


「……中身は大丈夫か?」


 気になる。好きな人の名前を間違える状態の彼女が、果たしてまともな恋文を書けているのかどうか、非常に気になる。

 オレは恋愛が好きだ。破局するのも一興だと思っている。だが、それは創作の世界の話だ。現実で破局するカップルを見たいとまでは思わない。

 しかも、今回は片方が幼馴染だ。出来れば成功して欲しい。そして、かぶりつきの席で鑑賞させて欲しい。


「すまない。これは君の為なんだ」


 オレは封筒を開いた。そして、中身を見た。


「こ、これは……」


 丁度、彼女が帰って来た。


「あ、あー! ちょっと!? 中身を勝手に読むなんて酷い!!」

「酷いのはお前だ!!」

「ひえ!?」


 オレはキレた。ナイフのように鋭くキレた。


「ど、どど、どうしたの……?」

「お前! これを自分でちゃんと読み返したのか!?」

「え? い、いえ……、ラブレターなんて初めて書いたし……、その、恥ずかしくて書き終わったらすぐに封筒に仕舞い込んでしまったので……」

「読め!!」

「はえ!?」

「はえ!? じゃねーよ!! 自分で読み返してみろ!!」

「ひゃ、ひゃい!」


 彼女は恥ずかしそうにラブレターを受け取った。


「……えっと、『坂城くん好き!! 大好き!! わたしいつもあなたを見てたの!! あなたの胸板に顔をうずめたいです!! もう大好きなんです!! 付き合ってほしいです!! 結婚してほしいです!! お願いします!! どうかわたしと結婚してください!!!!!』です!」


 まさか朗読されるとは思わなかった。オレは大慌てで周囲を見回した。

 良かった。誰もいない。


「……と、とりあえず、分かったな?」

「ええ、完璧ですね!」

「どこが!?」


 オレだってラブレターを書いた事などない。だけど、小説や漫画の中で何度も何度もラブレターを読んできた。

 そんなオレでもこんなに酷いラブレターはこれまでお目に掛かった事がない。

 

「な、なにか問題でも!?」

「ウソだろ!?」


 このラブレターを素面で書けるなら直接本人に渡せるはずだろう。

 

「便箋!!」

「ほえ?」

「便箋も買って来い!! あと、色鉛筆!! お前、ラブレターを舐めてんじゃね―ぞ!! 男はラブレターや女の子そのものに色々幻想を抱いてるもんなんだよ!! 文章だけじゃなくて模様とか絵も入れろ!!」

「え? え? え?」

「購買にダッシュ!!」

「は、はいぃぃぃぃ!!」


 見れば見るほど酷いラブレターだ。まず文章が酷いが、それ以外が無味乾燥過ぎる。

 あと、文章のバカっぽさに比べて文字自体が綺麗過ぎて余計カオスだ。

 こんな物をオレから坂城に渡したら、奴は間違いなくオレのイタズラだと思うだろう。

 オレは自分の机と前の高橋の机をくっつけた。


「買ってきました!!」

「よし! そこに座れ! 一から書き直すぞ!!」

「ええ!?」


 こうなったら意地だ。完璧なラブレターを完成させてこのバカの恋愛を成就させてみせるぜ!


 ◆


 わたしは忘れ物を取りに教室へ戻って来た一般通過の女子生徒。


「お弁当箱忘れるとかマジ卍~!」


 正直、マジ卍が何を意味しているのかわたしも知らない。みんなが使ってるから使っていたら口癖になってしまった。マジ卍ね。

 とにかくお弁当箱だ。ちゃんと持って帰らないとママに怒られちゃう。


「……くん好き!! 大好き!! わたしいつもあなたを見てたの!! あなたの胸板に顔をうずめたいです!! もう大好きなんです!! 付き合ってほしいです!! 結婚してほしいです!! お願いします!! どうかわたしと結婚してください!!!!!」


 教室に入る一歩手前でわたしは固まった。

 放課後の教室。もはや誰も残っていまいと思っていた場所でとんでもないラブシーンが展開していた。


「マ、マジ卍!?」


 こそっと覗き込むとクラスメイトの男子が隣のクラスの女子に迫られていた。

 真面目を絵に書いたような委員長タイプの彼があたふたしている姿はマジ卍だ。

 わたしは気配を消した。こんな面白い場面を見逃せるはずがない。

 さあ、委員長! 返事は!?


「……、――――。……!」


 聞こえない! 耳をすませよう。


「便箋!!」


 !?


「便箋も買って来い!! あと、色鉛筆!! お前、ラブレターを舐めてんじゃね―ぞ!! 男はラブレターや女の子そのものに色々幻想を抱いてるもんなんだよ!! 文章だけじゃなくて模様とか絵も入れろ!!」


 !?


「購買にダッシュ!!」


 !?


「マ、マジ卍!?」


 あの告白に対して、まさかのダメ出し。委員長は見た目通り真面目なタイプらしい。まさか、告白の仕方もキッチリさせようとしてくるなんて本当にマジ卍だ。

 ダメ出しを喰らった女子の方は購買に向かってすっ飛んでいった。凄いスピードだ。先生に見られたら絶対に怒られる。あの快足、思い出した。彼女は陸上部のエースだ。


「買ってきました!!」


 あっという間に戻って来た。先生には見つからなかったようだ。マジ卍。

 それから二人は寄せ合った机で額を突き合わせながらラブレターを書き始めた。

 渡す側と渡される側が一緒にラブレターを書く光景は本当にマジ卍だ。


「ど、どうなるの? これ、どうなるの?」


 まさか、ラブレターを添削しておいて断るわけはないよね?


「熱量が足りない!! 君の思いはそんなものなのか!?」


 委員長の怒声が響く。すごい。告白される立場で相手に熱量を求める人間なんて初めて見た。


「だから、句読点! いいか! これはラブレターなんだぞ! 相手に読みやすい文章を書け! 現国の授業で習っただろう!」


 残念だが、委員長。彼女は陸上部のエースであり、学業の成績は落第スレスレである事が有名なのだ。

 

「思い出はないのか!? 出会いの瞬間とか、君が恋に落ちた瞬間とか、そういう時の思い出をしっかり文章の中に取り入れるんだ!」


 アイツ、どういうメンタルしてるんだ?

 泣きそうになっている彼女の事が心配になって来た。


「むっ!? 誰だ!!」


 しまった! バレた!


 ◆


 曲者だ。わたしは扉に向かってダッシュした。

 逃げる暇など与えない。ラブレターを添削してもらっている姿を見られて黙って返すわけにはいかない。

 せめて、坂城くんに渡すまでは秘密にしないといけない。口を封じなければ!!

 わたしは扉の傍にいた女子のすぐ隣の壁をドンと叩いた。


「ひぃ!?」


 明るい金髪。彼女は不良(ギャル)として有名な子だ。

 まずい。非常にまずい。彼女が口で言って秘密を守ってくれるタイプとは思えない。


「……仕方ない」


 拳をポキポキ言わせると彼女は「ひぃぃぃぃぃ」と涙を浮かべ始めた。

 けれど、容赦はしない。大丈夫。記憶をちょっと失ってもらうだけだ。


「おい、誰かいたのか!?」


 そこに彼がやって来た。


「君か! そうだ、丁度いいぞ!」

「ほえ?」

「はえ?」


 わたしと彼女は首を傾げた。


「そろそろ二人で考えていて煮詰まっていたところだ。ここは第三者の意見を聞こうじゃないか!」

「ええ!?」

「ええ!?」


 まさかの提案にわたしは目を丸くした。けれど、毒を食らわば皿までという言葉もある。


「……うん! 意見をお願い!」

「ええ!?」


 彼が椅子を新たに一つ追加する。わたしは彼女が後ずさっている事に気付いて回り込んだ。

 逃さない、絶対に。


「ひっ」


 椅子に座らせて、わたしは彼女に添削してもらったラブレターを読ませた。


「え、読むの? この状況でわたしが読むの!?」


 彼女は困惑しながらもラブレターを読み上げ始めた。


「『……突然のお手紙、ごめんなさい。どうしても知って欲しい事があるんです。わたしはあなたの事が好きです。入学式の日に道に迷っていたわたしを助けてくれた時からずっと好きでした。あなたの事が気になって、気がつけば目で追っている毎日でした。迷惑かもしれないけれど、どうしてもあなたに対する思いを我慢する事が出来ませんでした。どうか、わたしと付き合ってください!』」


 別に声を出して朗読する必要は無かったのだけど……。


「……ちょっと、普通過ぎねぇか?」


 !?


「あんた達の事だから、もっとぶっ飛んだ内容になってると思ったんだけどな……」


 ガッカリしている。わたしと彼が一生懸命考えた文章は第三者から見るとありきたりでつまらない物だったらしい。

 

「待ってくれ! ラブレターだぞ? ぶっ飛んだ内容になっていたら、それこそおかしいだろう!」

「いや、この状況がすでにおかしいから別にいいだろ」

「なんだって!?」


 確かに、言われてみると今の状況は結構おかしいのかもしれない。

 わたしのラブレターをほぼ初対面の二人に添削してもらっている状況。改めて考えるとすごく恥ずかしくなってきた。


「普通って事は変じゃないって事だよね!?」


 わたしが迫ると彼女は「お、おう」と頷いた。


「なら、これで!」

「いいんだな!? これで!」

「うん!」


 ラブレターが完成した。


「よし、行ってくるぜ!」

「どこに?」

 

 彼女の質問に彼は答えた。


「もちろん、坂城のところへだ!」


 彼は一直線に坂城くんの下へ向かう。今の時間、彼は丁度サッカー部の練習を終えた頃だ。タイミングはバッチリ!


「よし、行こう!」

「ん? ん? ん? なんで、坂城のとこに??」


 わたしは彼女の手を掴んで廊下を駆け抜けた。わたしの快足について来れる者はいない。

 鬼の形相を浮かべている先生達を彼方に置き去り、わたしはサッカー部の練習場の近くにある大きな木に向かった。約束の木とも呼ばれている我が校のシンボル的な木だ。

 そこで告白したカップルは必ず結ばれるというジンクスがある。彼はわたしの為にラブレターを渡す場所をそこに選んでくれたみたいだ。

 ありがとう。


「……ところでよ」

「なに?」

「お前、名前は?」

「え? 天音美咲だよ?」

「いや、それは知ってるけどよ……。ラブレターや封筒にお前の名前……、書いてなくね?」

「え?」


 ◆


 部活の練習の後、オレは幼馴染に呼び出された。

 帰宅部のくせにこんな時間まで何をしていたんだろう。

 不思議に思いながらついて行くと、そこは約束の木の下だった。

 オレはドキッとした。


「……こ、こんな所に呼び出して、どうしたんだ?」

「真悟」


 彼はオレの名前を呼んだ。真剣な眼差しだ。オレは生唾を呑み込んだ。


「秀平……?」

 

 播磨秀平。それが彼の名前だ。


「これを受け取って欲しい」

「……これは」


 可愛らしい封筒だった。オレは震える手で封筒を受け取った。

 まさか、まさか、まさか、まさか……!!


「こ、これは……」


 そこにはラブレターが入っていた。


「……入学式の日? ああ、あれか!」


 ラブレターには入学式の日の思い出が記されていた。クラス割の表の中から自分の名前を中々見つけ出せなかった彼に同じクラスだと教えた。

 まさか、あんな些細な事が切っ掛けとは思わなかった。そもそも、あの状況を道に迷うと表現するのは詩人が過ぎると思った。

 意外な一面だ。だけど、悪くない。幼稚園の頃からずっと一緒に過ごして来たのに、まだまだ彼の知らない一面がたくさんある。それはむしろ歓迎すべき事だ。

 

「どうだ? 思いは伝わったか?」

「ああ、伝わったよ!!」


 彼は破顔した。よほど嬉しかったのだろう。オレも嬉しいぜ!


「愛しているぜ、秀平!!」

「……え?」


 オレは熱いベーゼで秀平の想いに答えた。


 ◆


 隣で一緒にその光景を見ていたヤツが死んだ。

 真っ白になって涙を流しながら横たわっている。


「あばばばばばばばばばばば」


 わたしの中で点と点が繋がった。どうやら天音は坂城が好きでラブレターを出そうとしていたらしい。そのラブレターを坂城の幼馴染である播磨に託した。

 そして、播磨が何故かラブレターを添削する事になり、完成したラブレターを当初の予定通りに播磨が坂城に渡した。

 けれど問題が起きた。そう、天音は封筒に自分の名前を書き忘れたのだ。そして、封筒に名前が無かった為に坂城はラブレターを播磨自身が書いたものだと勘違いしてしまった。

 結果、ここにBLカップルが誕生してしまったというわけだ。


「……ま、マジ卍」


 坂城にキスされていた播磨がこっちに走ってくる。

 彼は泣いている。


「違うんだぁぁぁぁ!! オレは当事者になりたいんじゃなくて、傍観者でいたいんだぁぁぁぁ!!」

「待ってくれ、播磨!! 恥ずかしがっているのかい!? でも、漸く思いが通じ合ったんだ!! 絶対に離さないぞ!!」

「ひぃぃぃぃ!?」


 何も通じ合っていない二人が走り去っていく。

 そんな二人の背中を見ていると天音がわたしの足を掴んだ。


「ひっ!?」

「……慰めて」

「へ?」

「慰めてよぉぉぉぉ!!!」


 わたしは天音に膝枕しながらおでこを撫でつつ思った。

 他人の恋路に興味本位で関わってはいけない。これを教訓として生きていこうと。


「……島谷さん」

「ん?」

「由佳ちゃんって呼んでもいい?」

「え? いいけど……?」


 島谷由佳。それがわたしの名前だ。


「えへへ、ありがとう……」


 わたしは首を傾げながらも涙を拭って微笑む天音を慰め続けたのだった。

 彼女からラブレターを渡されたのはその数日後だった。


「ま、マジ卍……」

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