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ショートショートの小宇宙

二千年前の真実

作者: 駿平堂

「よし、遂に修復作業が終わったぞ」


 エフ博士とアール助手は、とある壁画の修復作業を行っていた。それは二千年ほど前に栄えていた文明の壁画であるが、その文明はこの壁画を最後にぱったりと途絶えたようであり、多くの研究者がこの壁画に注目していた。


「ようやく終わりましたね! しかし壊され方についての謎は結局、明らかにできませんでしたね」


 アール博士がそう言うのも、その壁画はおよそ当時の技術では不可能な高熱を用いて破壊されたことがわかっているからである。しかし今はそんなことよりも、一刻も早く壁画の内容を確認することが重要だった。


「まあ今はそのことは置いておこう。完成した壁画は、うーむ。これは何かの記号のようじゃな」


「ええ、そうですね。メインとなるのは七つの記号のようです。それと、それに付随する小さな記号がいくつかあります」


 一見すると何かの暗号のようであり、しばらく二人は壁画とにらめっこを続けてその解読を試みたが、その糸口すら掴めなかった。


「博士、これは私たちの力だけではどうしようもないのではないでしょうか」


「うむ、悔しいがわしらだけの力では限界がある。この文明の専門家の力を借りるとするか」


 エフ博士はこの文明について精通している考古学者に連絡を取り、壁画の解読を依頼した。幸いにもすぐに返事は来て、翌日エフ博士の研究所まで出向いてくれることになった。  


 あくる日の朝、エフ氏は研究所の入り口で考古学者を迎えていた。


「わざわざこんなところまで来ていただきありがとうございます。どうもよろしくお願いします」


「こちらこそ、昨晩は興奮して眠れませんでしたよ。なにせあの壁画が修復されて、そこに謎の記号があるだなんて言うんですから。ささ、早速見せてください」


 エフ博士とアール助手は、興奮冷めやらぬ様子の考古学者を研究室にある壁画の前まで案内した。


 壁画を前にするや否や、考古学者は修復された壁画を遠くから眺めたり、ルーペ越しにのぞいたりしながら、熱心に観察を続けた。そしてその作業が終わると一息ついてこう切り出した。


「エフ博士、まだ確証を得たわけではありませんが、これは譜面のようなものの可能性が高いと考えられます。実はこの壁画と同じ文明の遺跡から、木製の楽器が出土しているんです」


「なるほど。言われてみれば確かに、七つの音階とその他の記号という風にも見えますな」


「それではプロの音楽家に見てもらうというのはどうでしょう?」


 アール助手の提案は的を射ていた。ここにいる三人とも、音楽に関しては全くの門外漢だったのである。


「うむ。そうじゃな、それがいい。心当たりがあれば連絡してみてくれ」


「わかりました」


 アール助手はそう言うが早いか、駆け足で自分のパソコンまで向かい、コンタクトを取れそうな人物を探し始めた。


「では私はそろそろお暇いたします。音楽家の方からお返事が来たら私にも連絡をください。その楽器は私の研究所に保管されているので、今度それをお持ちしますよ」


「おお、それはそれは。是非ともお願いします」


 そうして考古学者が帰った後、しばらくすると音楽家から返事が返って来て、一週間後に研究所に来てもらえることになった。


 一週間後やってきたのは、まだ若く容姿端麗な女性の音楽家だった。アール氏と考古学者も交えて簡単にそれぞれが自己紹介を済ませると、エフ氏は音楽家を壁画まで案内し、早速本題に入った。


「これがその壁画です。どうですか、音楽家の方から見て」


 エフ博士に促されるままに音楽家は壁画を観察し、そして少しすると口を開いた。


「なるほど。確かにこの壁画に描かれている記号は譜面として読み取ることができそうです。しばらく時間をいただいてもよろしいですか? この壁画の内容を、現代の譜面に書き直してみます」


「本当ですか! 是非お願いします」


 こうして音楽家はしばらく壁画と向かい合い、それを現代の譜面に書き直すという作業に没頭した。他の三人は作業の邪魔をしないように、別の部屋で待機することにした。そして一時間が経とうとしていた時、いきなり研究室のドアが開いて興奮した様子の音楽家が飛び出してきた。


「お待たせしました! やはりこれは譜面のようです!」


「おお、本当ですか!」


「ええ、こんな譜面今まで見たこともありませんが、間違いありません。早速演奏してみてもよろしいでしょうか?」


「では演奏はこちらの楽器でお願いします。壁画と同じ文明の遺跡から出土したものです。演奏法は今ご説明しますね」


 そう言うと考古学者は自分のカバンから厳重に包まれた楽器を取り出した。見た目はオカリナのようで、演奏の仕方もそれに近いらしかった。考古学者が音の出し方を音楽家に説明すると、音楽家はすぐに覚えることができた。


「では、いきます」


 音楽家は大きく息を吸うと、楽器に息を吹き込んだ。聞こえてきたのは低く大きく響く音で、その音色はオカリナと言うよりもほら貝に近かった。またその旋律は、現代に存在するどのようなジャンルとも異なるリズムと音程で構成され、通りすがりの人がこれを耳にしても、とても音楽として認識できないようなものだった。


 一分ほどで演奏は終わった。四人はしばらく余韻に浸っていた。そして次の瞬間聞こえてきたのは、誰の声でもなく、何か大きなもの同士がぶつかったかのような激しい衝突音だった。

 

 四人は慌てて外に出た。するとそこには、人が一人ようやく入れるくらいの大きさの丸い窓のようなものがついた銀色の球体が地面に転がっていた。周囲に舞う砂煙が、それがたった今空から落ちて来たであろうことを示していた。

 

 四人が茫然としていると、突如音もなくその物体に切れ込みが入り、左右に開いた。そこから出てきたのは、人の半分くらいの大きさをした人型の生き物で、銀色の服に身を包んでいた。どうやら宇宙人がやって来たようだったが、ここにいる誰もこの状況に対して理解が追いついていなかった。何の反応もしない四人にしびれを切らしたのかどうかはわからないが、先に宇宙人が口を開いた。


「どうもこんにちは。お疲れ様です。先ほど皆様が演奏された音楽は我々の星が生み出したものですので、使用料をいただきたく伺いました」


 宇宙人からの思わぬ言葉に、固まっていたエフ博士もようやく口を開いた。


「使用料、ですか?」


「左様でございます。同様のことがあった場合は、他の星の住民の方にも同じ対応を取っておりますので、ご理解のほどよろしくお願いいたします」


 いきなり空から宇宙人が現れたと思ったら、今度は壁画の音楽に対する使用料を請求されるだなんて、寝耳に水どころの騒ぎではなかった。しかし冷静さを取り戻してきたエフ博士は、うまく事が進めば宇宙人との交流が深まるかもしれないと考え、ひとまず、その代金を聞くことにした。


「なるほど、そうなんですね、その使用料はおいくらほどになりますか?」


「この星の価値で言いますと、金一トンくらいですかね」


 どう考えても支払える額ではなかった。どんな大富豪だって、そんな量の金を持ってはいないだろう。こうなるとなんとかごねて見逃してもらう他なかった。


「金一トン! そんな法外な。とても我々が払える額ではありません。すみませんが、見逃してもらうことはできませんか? この旋律があなたがたの著作であるとは全く知らなかったものでして」


「うーん、あまりこういうことは言いたくありませんが、皆さん一回目の時も同じことをおっしゃっていましたよね」


「一回目の時?」


「ええ、この星で言うと、二千年くらい前でしょうか。その時にもうこの演奏を行えないように譜面は壊しておいたと思うのですが。跡形もなく塵にしておくべきでしたかね」


 まさか壊された壁画の真実がそんなものだったとは。


「そ、そうだったんですね。すみません、二千年前なんて私たちには大昔のことでして、そんなことがあったなんて全く知らなかったんです」


 そしてここでエフ博士は、壁画を最後にこの文明が断絶していることを思い出した。嫌な予感がした。


「わかりました。こちらにも譜面を修復できる状態で残してしまったという非はあるようですしね。それでは一回目の時と同じく、皆さんに私たちの星で労働していただくということで手を打ちましょうか」


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