第八話
第八話【Side.D】
今日はずっと、ギルドマスターのマロンを監視する事になった。
なぜかはわからないが、ジュンがいきなりそう言い出したのである。いったいどういうことなのだろう。
やがて監視に疲れて僕があくびをしそうになった時、その瞬間は訪れた。
ある男が突然、マロンに飛び掛かろうとしたのである。
「来やがったか!」
ジュンはそう言うと男に向かって銃弾を発射した。
弾は命中するかのように思えたが、その男はなんと空中で後転移動し、銃弾を華麗にかわし着地した。
その男には見覚えがあった。
スノウと同じパーティメンバーである獣戦士の虎丸だ。初めて会った時、僕のことをずっと睨みつけていた男。
「アキラ! そいつをそのまま逃すな!」
別の場所で待機していたハヤトが駆けつけ、虎丸に攻撃を入れようとした。しかし――
「氷結の壁!!」
地面から突如現れた巨大な氷の壁によって、ハヤトの攻撃は防がれた。そこにはスノウの姿があった。
咄嗟の出来事に困惑しながらも、僕はあらかじめジュンと打ち合わせしていたので隠密スキルで気配を隠し、ハヤト達が戦っている隙にマロンを連れて避難しようとした。
「おっと、そうはさせませんよ」
僕の足に鎖が巻きつく。振り返ってみると、声の主は錬金術師のジョーカーであった。
「アキラ!! 逃げろ!」
ジュンの狙撃によって、僕は鎖から解放された。
再び追いかけようとするジョーカーに対しても、ジュンは再び的確な狙撃で足止めをしてくれた。
「……まったく、目障りですね。仕方ない。先にあなたから始末してあげましょう」
ジョーカーは目にも止まらぬスピードで、ジュンの方へと向かっていった。
距離を詰められないようにと、ジュンも必死に銃を連射する。
だが、銃弾の合間をくぐるようにかわされ、気が付くとジュンのすぐ側まで接近されていた。
「ジュン!!」
「俺に構うな! お前は早くマロンさんを連れて遠くへ逃げろ!!」
攻撃される。僕はそう思ったが、なぜかジョーカーは攻撃せずにジュンの額を手で覆うようなしぐさをした。
この光景は以前どこかで見た事がある。
そうだ。確か僕が初めてこの世界に来た日、謎の仮面の男がハヤトにやったのと同じ動きだ。
「ほほう。やはりあなたでしたか」
ジュンの額から手を離したジョーカーが言った。
それに対してジュンも、鋭い視線を向けて言い返した。
「それはこっちの台詞だ」
「お前のその紳士ぶったような丁寧口調にそろそろ吐き気がするんだが」
「おやおや。それを言うなら、あなたもいい加減その気持ち悪い演技をやめてはいかがですか?」
二人は何か話しているようだったが、僕には聞こえなかった。
ジュンとジョーカーが戦っている間、ハヤトとスノウの二人もまた相対していた。
「ねぇ、あなたって、現実世界の記憶ないわけ?」
「……」
ハヤトは黙っていた。
「ちょっと、なんとか言いなさいよ。アタシはあなたのせいで……あなたのせいで……」
スノウは今にも泣きそうだった。
「俺は、一体お前に何をしたんだ?」
ハヤトがそう尋ねると、スノウは泣くのをやめ、まるで抜け殻のように気迫が感じられない顔になった。
「そんなこと……はぁ、もういい。もういいよ。アタシ、どうしたらいいかわからないから……もう、どうでもいいよ」
「夢の中だったら、殺しちゃっても構わないよね?」
ヒステリックな笑みを浮かべたスノウは、氷柱の魔法を休むことなくハヤトに放った。
「わ、わかった。ちょっと待て! お前は一つ誤解をしている。よく聞けよスノウ! 俺は……」
――みんな、大丈夫だろうか。
僕は隠密スキルを使ってマロンと一緒に遠くへ避難していた。
「……あの、いったい何が起こってるんです?」
マロンは困惑しながらも聞いてきた。
「いや、なんか本当すみません。僕にもちょっと何が起きてるのかわかんなくて」
とにかく今は、マロンをあいつらから守ることだけを考えよう。
「大丈夫。マロンさんは絶対に僕達が守るから……」
そう言って振り返った僕は、恐怖で全身の血の気が引いた。
マロンの首が切断され、顔がなくなっていたのである。
今僕が握っているのは、頭部のない胴体の手だった。
「うわぁぁぁぁっ!!!!」
あまりの予期せぬ事態に僕は思わず悲鳴を上げ、後ろにのけぞってしまった。震えが止まらない。
「なぁ、お前、暉だよな?」
そこに立っていたのは虎丸だった。しかも驚愕する事に、足元にはマロンの生首が置かれていた。
僕はその生首と目があってしまった。
人は首を切られたあとも数秒間はまだ意識があるという話をどこかで聞いたことがある。
マロン本人は自分が死んだ事に気づいていないのか、目を丸くさせキョトンとした表情でこちらを見つめていた。
そしてやがて、マロンの瞳から完全に光が消えていった。
虎丸が言う。
「アキラ……和泉暉……僕はお前を許さない」
声を聞いてすぐにわかった。
「……もしかして、大河なのか?」
「この世界では、人を殺してもバレないんだってさ」
「大河、お前、こんな事して……」
「なぁ暉。弱いやつは力あるものには逆らえないんだよ。それはお前が一番わかってる事だろ。弱い僕を見捨てたお前が」
大河の今の表情をなんと形容しようか。怒り?悲しみ?憎しみ?
いや、きっとそんな言葉じゃ言い表せないほどに、複雑で大きな感情が彼を襲っているんだろうな。
「獣変化スキル」
大河がそう言うと、彼の身体の周りが光り始め、そしてたちまち獣の姿へと豹変した。鋭い牙と爪、殺意のこもった瞳。
大河が変身したのは禍々しいオーラを纏った虎だった。
なるほど、隠密スキルで遠くへ逃げたはずなのにすぐに追って来られたのは、虎の足の速さと嗅覚があったからなのか。
「いくぞ!!」
大河はすさまじい速さで一瞬のうちに距離を詰めた。
鋭利な爪が僕の喉に向かってくる。やばい。
「神速スキル!!」
かろうじて僕はスキルを使い、間一髪のところでかわした。
「ひょっとしたらな、暉、お前が僕を裏切りさえしなければ、高校でもお前の親友としていられたかもしれないんだぞ」
「大河……本当にごめん。本当に……僕は……」
卑怯で臆病で情けない自分への憎悪と、かつての親友の想像以上の苦しみを前に、僕は涙を流すことしかできなかった。
「もう遅いんだよ。一度壊れてしまったものは、二度と元には戻らないんだ」
「じゃあ、大河……今ここで僕を殺してくれ」
「……暉」
もしもそれでお前の気が済むなら、僕はお前に殺されたって構わない。きっとそれだけの罪を犯してしまったんだよな。
「いや、やっぱりお前は殺さない。その代わり、あいつを殺す事にしたよ」
「え、一体誰のことを言ってるんだ」
「……」
おい、一体誰を殺すつもりなんだよ。頼む、答えてくれよ……なぁ、大河!!