第三話
第三話【Side.R】
純平と教室に行く途中、僕は廊下で思いがけない人物を見かけた。
夢の中に出てきたあの剣士。そう、ハヤトだ。
思わず背筋が凍ってしまった。鳥肌も立っている。
ただ偶然似ているだけなんじゃないか。
しかし目を凝らして見れば見るほど、
皮肉にも同一人物のような気が一層強くなってしまった。
「あぁ、あいつは宮崎隼人だよ。サッカー部で男女共に人気があって、おまけに頭も良いんだ。俺あいつと同じ中学だったんだけど、まさに俺みたいな平凡な生徒からすれば、憧れの存在みたいなやつだよ」
「僕、あの人と会ったことある」
「え、そりゃ、廊下とかですれ違うだろうよ」
「そうじゃなくて!!」
僕は純平にやや強く言い放つと、いつの間にかハヤトがいる方へ
足を進ませていた。
「……俺になにか用か?」
近くで見るとそれは確信に繋がった。この金髪の男は間違いなく、僕が夢の中で出会ったハヤトだ。僕を、ゴブリンから守ってくれた剣闘士だ。
「あの……助けてくれてありがとう、ハヤト」
僕がそう言うと、ハヤトは少し考えてから答えた。
「は? 誰だお前、いきなり気持ち悪いな」
「暉って、宮崎隼人と知り合いだったのかよ」
「いや、知り合いっていうか、なんというか」
今にして思うと僕は何を言ってしまったんだ。
いくら夢で助けてくれた人物と似ていたからって、いきなりあれは不気味がられて当然だろ。
そう思いながら教室のドアを開けると、中から出てきた女子生徒とぶつかった。
僕も相手も反動で尻もちをついてしまい、女子生徒は本を落としてしまった。
「いたた……って、ごめんなさい!」
「いや、大丈夫だよ。それよりも君の持っていた本を落としてしまったね」
僕は女子生徒が落とした本を慎重に拾い、渡した。
「あ、ありがとう……」
女子生徒は軽く会釈をすると、逃げるように去っていった。
「さっきの女子生徒、水無月優子だよ」
教室で純平とスマホでゲームをしていると、ふと教えてくれた。
「俺、水無月とも同じ中学なんだよ」
「純平、おな中多いな」
「しかもな、中学時代、宮崎隼人と水無月優子は付き合っていたんだ。まぁ、水無月も一見すると地味だが、よく見ると美人だし、宮崎は言わずと知れたイケメンだからさ、まさにお似合いカップルって感じだったよ」
「それよりも暉、石貯まったからガチャ引こうぜ」
今僕とやっているスマホゲームの話だ。
「今回の武器ガチャで欲しいやつがあるんだ! あのカッコいい銃!!」
「本当に好きだよね、銃」
そういえば夢の中にも、銃を持っていた人がいたような。
「ちょっと高坂くん。今日までに提出する英語のプリントは
もう終わったの?」
「げっ、艶島みどり……」
「委員長、おはようございます」
「和泉暉くんおはよ。あなたからも高坂くんに言ってあげてよ。本当はもうとっくに提出期限切れてるんだからね」
「純平、まだ出して無かったのか! それ本当は二週間くらい前に出すやつだよな!?」
「あ、あと少しなんだよ。全部で10枚くらいあるからなかなか終わらないんだよ」
「このクラスで出してないの、高坂くんだけよ」
「純平……」
「まったく、ゲームなんてする余裕ないっていうのに。……仕方ないわね、今日の放課後私も残って手伝ってあげるから、絶対に終わらせてよね。逃げるんじゃないわよ」
「ところで和泉くん。変なことを聞くようだけど、あなた、宮崎隼人くんと仲が良かったりするの?」
「え、いや、なんというか、自分でもよくわからないんですけど、少なくとも仲良しではないです」
「……そう。急に変な事聞いてごめんね。それじゃ、またね」
宮崎隼人。一体彼は何者なんだ。
放課後、僕達は図書室で純平の英語の課題を手伝っていた。
「えっと、3月は英語でなんだっけ?」
「ちょっとあなた、高校生にもなってそんな問題もわからないの? 3月はMarchよ」
「March……」
「そして4月はApril、5月はMay」
「なるほど、なんか覚えてきた」
「よし、だったらこれなんか覚えやすいんじゃないかしら? 6月は英語でJun。純平のジュンよ」
「純平のジュン。お、確かにそれは覚えやすい!」
二人が課題に集中している間、僕は別のことを考えていた。
純平のジュン……あ!思い出した!狙撃手のジュンだ!
そしてもう一つ気になっていることがあった。
僕達が図書室にいる間、図書委員の水無月優子がずっとこちらを観察しているようかのように見えた。
まぁ、たぶん気のせいかもしれない。
「さて、課題も提出したことだし、早く帰ろうぜ暉」
僕達は互いに帰宅部なので、帰宅するのが部活である。
「おい! 危ないぞ!」
「遠くから声がした」
もの凄いスピードで飛んできたサッカーボールが純平の目の前すれすれを通過していったのだ。
「ひ、ひぇえ……」
「おっとすまない、当たらなくて運が良かったな」
駆け寄って来たのはハヤトだった。
「純平、大丈夫?」
僕は聞いた。
「いや、まぁ、怪我は無いんだけどさ、咄嗟の出来事で、
おしっこちびったわ」
「え、ちょ、うわぁ……」
「いや、冗談だから!!」
僕達がそんな馬鹿げた会話をしている間に、ハヤトはボールを持って練習に戻っていった。
第三話【Side.D】
「よし、今日もゴブリン討伐成功だな」
ハヤトがすました顔でそう言うと
「いや、当たり前でしょ」
と、オリーブあきれた口調で返す。
「アキラはだいぶ、戦いには慣れたか?」
「うん。二人のおかげで、少しは戦えるようなったよ」
僕は最初に比べると、レベルも多少上がっていた。
「じゃあ、俺は少し水浴びしてくる」
「確かにその装備じゃ汗かきそうだもんね。私はアキラと一緒にここで休んでいるわ」
ハヤトが水浴びをしている間、二人で日陰で休憩していると、オリーブが急に思いがけないことを口にした。
「ねぇ、あなた、もしかして、和泉暉くん?」
「……え」
「初めて見た時からずっと気になってたの。ただの勘違いかとも思ったけど、声や雰囲気があまりにも似過ぎていたから」
思考が着いていけず、頭の中が硬直してしまった。しかし追い討ちをかけるようにこう言われた。
「私ね。艶島みどりなの」
「い、委員長……?」
「大変だ!! ギガプラントが出現したぞ!!」
水浴びから戻ったきたハヤトがひどく戸惑いながら、こちらに駆けてきた。
「え、ギガプラントですって!?」
そこにいたのは、クレーン車くらいはあるだろう大きさの巨大な植物のモンスターがいた。
「アキラ! 危ない!!」
気がつくと、巨大な蔓が僕を切り裂こうとしていたが、ハヤトが盾で守り、剣で蔓を真っ二つにしてくれた。
またしても、この男は僕を守ってくれたんだ。
「きゃあっ!!!」
「オリーブ!!」
僕は血の気が引いた。地中から生えた植物が、オリーブを丸呑みにしてしまったのだ。
「ハヤト!!オリーブを助けて!!!」
「駄目だ、今はお前を守るので手一杯だ。ここで俺が動けば、蔓の一斉攻撃がお前を襲ってしまう」
……それなら、
「隠密スキル発動!!!!」
その瞬間、アキラを襲う連続攻撃が止まった。
「今だ!!!」
ハヤトはオリーブを丸呑みにした植物の根っこを切り裂いた。
そして中から、無事にオリーブが出てきた。
「逃げるぞ!!!」
ハヤトはオリーブを背負って言った。
ギガプラントはまだ追ってくる。
その時、銃の発砲音が聞こえた。
「ここは俺に任せろ!」
そこにいたのは、以前僕がぶつかってしまったあの男だった。
「狙撃手のジュン!!!」
「お前達の帰りが遅いもんだから、心配になって来てみたんだ。ギガプラントは俺が食い止める。早くその女をギルドに連れて行け! 今ならまだ治癒が間に合うかもしれねぇ!」
「悪いな。よしアキラ行くぞ!!」
でも……と言いかけたが、僕は必死に走った。
結論から言うとオリーブは助からなかった。
どうやらあのギガプラントは、同じ植物属性の保持者であるオリーブの魔力エネルギーをすべて吸収してしまったようだ。
なので、ギルドマスターのマロンがいくら治癒魔法をかけても、すでに手遅れだった。
険しい表情を浮かべたハヤトに、僕は思い切って質問してみた。
「ねぇ、ハヤト。宮崎隼人って名前に、心当たりはない?」
ハヤトは少し考えてからこう答えた。
「いや、知らない」