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最終話

           最終話【Side.R】


ある二つの報告が、僕に追い討ちをかけるように襲ってきた。

一つ目は、水無月が小林大河に胸を包丁で刺され死亡したこと。

二つ目は、その大河が屋上から飛び降りて自殺したということだ。


「ああ……」

いつのまにか、僕は一人ぼっちになってしまっていたのか。

そして、ある場所に自然と足が動いていた。

宮崎隼人がいる教室だ。


だが、宮崎はいなかった。

聞くところによると、先生達から職員室に呼ばれたらしい。

というのも、どうやら大河は自殺をする前に遺書を残しており、それが原因らしかった。


遺書の内容は、自分が今まで宮崎隼人からいじめられていたこと。脅迫されて財布の盗難や水無月の殺害をさせられたこと。

そういった内容の文章が、彼の丸みを帯びた小さな文字で、びっしりと書き(つづ)られていたのだ。


職員室に向かう途中、廊下で宮崎と会った。

どうやら、ちょうど職員室から出たところだったらしい。

宮崎は僕に気がつくと、不敵な笑みを浮かべて言った。


「こんな事なら、水無月も早い段階で殺しておくべきだったぜ」

「なんだと」

僕は思わず飛びかかりそうになった。


「あの女の分身(アバター)もすでに知っていたんだ。俺はあっちの世界では、記憶透視スキルが使えるからな」

「記憶透視?」


「文字通り、相手の記憶を見る事ができるスキルだよ。しかもこれの凄いところは、夢の世界の記憶だけじゃなく現実世界の記憶も見る事ができるってとこだ」


宮崎はため息をつきながら話を続けた。

「だがな。これを発動させるにには相手の近くまでいき、そいつの額に手で触れる必要があるんだ」


僕はその時思い出した。

初めてあの世界に来た日に見た、謎の画面の男がハヤトの額を手で覆うようにしていたあの光景を。


「そうか、だからあの時ハヤトの……純平の記憶を透視したのか」

「よく考えてもみろよ。自分と同じ顔をした人間が別の世界にいたんだぜ。そいつが誰なのか気になるってのが普通だろ」


「ちょっと待ってくれ。お前はさっき、水無月の分身(アバター)を知っていたと言っていたが、まさかあいつもあの世界に関わってるのか?」

「は? おいおい、嘘だろ。今になって知らなかったとでも言うつもりか」


宮崎は(あき)れた表情で僕の顔を見た。

「お前のパーティメンバーに狙撃手(スナイパー)の男がいただろ? あれが水無月だよ」


「え、でも、性別が違うじゃないか」

「それを言うなら、栗山義雄(くりやまよしお)だって現実では男性教師でありながら、あっちでは女のギルドマスターだったじゃないか」


「どうして、水無月はわざわざ性別を変えたんだよ」

「そんなこと知らねえよ。ただ……」

宮崎は興味なさそうに続けた。

「あの女はお前の事が好きだったらしいぜ」


保健室で、彼女が僕に告げたこと。

あれはもしかして、冗談ではなかったという事か。


「完全に別の人間になりすませば、お前に気軽に接触できるとでも思ったんじゃないのか。まったく、正直気持ち悪いよな」


以前、僕の食べかけのパンにかじりついたジュンを、ふと思い出した。あれは、水無月だったのか。

僕はなんだか複雑な気持ちになり、話を変える。


「ところで宮崎。なんでお前はああいう事をやってたんだ?」

「ああいう事? なんだ、小林へのいじめの事か?」

「いや、それもあるんだが、白鳥由紀(しらとりゆき)の件だってあるし、それに聞くところによればお前は中学時代も似たような問題を頻繁によく起こしてたみたいじゃないか」


「それはさ。まぁ、なんつーかよ……」

宮崎は、珍しく真剣な表情になった。


「俺はよく周りから、何でもできて羨ましいな、なんて羨ましがれるんだ。だけどよ、そういう完璧なやつの人生ってのは凄くつまらないもんなんだ。頑張らなくても欲しいものは簡単に手に入る」


彼は次第に早口になり、言葉にも熱がこもる。

誰かにこんな話をするのは初めてだったのだろう。


「だから、刺激が欲しかったんだよ。モラルとか道徳心とかに反した、そんな常識を外れたことに俺は強く()かれていったんだ」


「……それで、いじめや暴力を繰り返していたのか」


「俺からしてみればさ、お前らみたいな平凡な奴らの方が羨ましいよ。だって、人生退屈しなさそうだもんな」


僕はなんだか笑えてくる。

純平は以前、宮崎隼人に憧れていたと話していた。

平凡な自分は、ああいう人間になりたかったんだと。

だがその宮崎の方は、むしろ純平のような平凡な人間を心の中では憧れていたのだ。


改めて思うと、本当に奇妙な話だ。


「そうそう。さっき先生達が話しているのを聞いたんだけどよ、今日はもう学校の授業は一時中断で、全員帰らせるらしいぜ。部活も無いらしい」


どうやら、続けてこれだけの生徒の突然死や殺人事件、さらには自殺まで起きてしまい、学校側も忙しいようだ。


「そんじゃ、俺は帰るんで」

宮崎はとっくに鞄を背負っており、帰りだそうとしていた。


「あ、ちょっと待て!!!」

ここでこいつを帰らせてはいけない。直感的に僕はそう思い、後ろから宮崎の手を掴んだ。


「痛いな、離せよ!!!」

しかし容易(たやす)く振り(ほど)かれ、宮崎はそのまま走り出した。


鞄は教室に置いてきたままだが関係ない。僕はそのまま、逃げる宮崎の後を追いかけて行った。

宮崎も絶対に捕まるものかといった感じで、靴も履き替えずに校内シューズのまま校舎を飛び出した。僕もそれに続く。


外は激しい雨が降っていた。

天気予報でも言われており、僕も宮崎も傘を持ってきてはいた。

だが、靴と同様に傘立てには目もくれなかったので、ずぶ濡れになりながらお互い走った。


緊迫した表情を浮かべ、傘も持たずにずぶ濡れ状態で追いかけっこをする男子生徒。周りから見るとなかなか異様な光景だろう。

僕は必死に走ったが、サッカー部と帰宅部ではやはり相当な差が出てしまった。


肺が張り裂けてしまいそう――


喉が潰れてしまいそう――


鼓膜が破裂してしまいそう――


眼球が飛び出してしまいそう――


脚が砕けてしまいそう――


今にも死んでしまいそう――


それでも僕は、全力で走った。

雨に打たれながらも、必死に追いかけた。


20分ほどが経過した頃だろうか。

宮崎はあるマンションに入っていた。

だいぶ距離を離されていたが、見失ってない分まだマシだった。

僕は少し遅れてそのマンションの中に入る。


さて、どうしたものだろうか。なんと、エントランスの自動ドアによって外からは入れないようになっていた。

入るためには内側から開けてもらうか、暗証番号を入力する必要がある。


自動ドアの向こう側では、勝ち誇ったような笑みをこちらに向ける宮崎が、余裕といった感じでエレベーターを待っていた。


だが、運は僕に味方してくれたようだ。

エレベーターはどうやら最上階から降りてきているらしく、宮崎を長い間逃さないようにしてくれた。


よし。ひょっとしたらエレベーターが降りてくる前に、偶然このマンションの住民がこの自動ドアを通るかもしれない。

僕は微かな希望に託した。


しかしあいつは、こんな状況でもしぶとい男だ。

痺れを切らした宮崎は、ついに階段を使い逃走し始めた。


いや、絶対に逃さないからな。

僕は郵便受けを見回すと『宮崎』という名前が表示されているポストがないか、まるで速読をするかのように探した。

そして見つけた。宮崎の部屋番号は『501』だ。


ちょうどその時、最上階からエレベーターが到着した。

中からは、杖をついて歩く腰が曲がったお爺さんが出てきた。


お爺さんは少しずつ、ゆっくりとこちらへ歩み寄る。

僕は高鳴る胸の鼓動をなんとか抑えていた。


自動ドアが開いた。

それでも僕は万が一怪我をさせてしまわないよう、杖を歩くその老人がドアを完全に通過し終えるまで我慢した。

この間にエレベーターが上がってしまわないだろうか。次第に吐く息が荒くなる。

そして――


今だ!!!

その時が来ると、一直線にエレベーターへと走った。

向かうべきは五階。そしてその『501』の部屋だ。


エレベーターが五階に到着すると、僕は飛び出した。『501』の部屋を探そうとした。しかしその必要はなかった。


僕の学校の教師が、ある家の玄関前で女性と話していたのだ。おそらく宮崎の母親だ。

そして教師達は、小林へのいじめ関与の件について、宮崎の親に直接話をしに来たのだろう。


どういうことだ。母親や先生達は、宮崎が帰っているという事を知らないのか。

いや考えられることは一つ。

宮崎も先にこの光景を目撃してしまい、その場しのぎで再び階段を使い逃走したということだ。


このまま教師達が立ち去るまで家に帰らないつもりなのか。

なんてしぶといやつなんだよ、あの男は。

僕は急いで階段を駆け下りた。そして、階段の途中で発見した。


頭から血を流して倒れている、宮崎隼人の姿を。


僕はひどく衝撃を受けていた。それは、この男が死んでしまったという事に対してではなく、

この男の最後はこんなにも呆気(あっけ)ないものなのかという事に対しての衝撃だった。


雨で全身や床も濡れているため、階段を踏み外して転倒してしまったのか。それも運悪く、頭から強打してしまったのか。

よく見るとまだ意識はあった。本当にしぶといやつだ。


この男の顔を見ると、どうしてもハヤトのことを思い出す。

そして、初めてあの世界に来た日のことも。

本当に、色々な事があったよ。たくさんの人が苦しんだ。


純平。水無月。大河。白鳥さん……

彼ら彼女らのことを思い出すと、やはり無意識にこの男への憎悪が膨らんでしまう。


「人は果たして、死んだ後は夢を見るのだろうか」


気がつくと、僕の腕は宮崎の首を絞めていた。


「なぁ隼人(はやと)。もしも、死んだ後でも夢を見ることができたなら――」


僕は、宮崎の首を絞める手に力を込めながら言った。


「異世界ファンタジーは、また夢の中で」



【完】

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