第十二話
第十二話【Side.R】
高坂純平の死。
ある程度予想はしていたが、その現実は、僕をショックで気絶させてしまうには充分すぎる内容だった。
気絶している間、僕はある夢を見た。
ハヤトの鎧を着た純平と話す夢だ。
「もう知ってるかもしれないが、俺さ、中学の頃ずっと宮崎に憧れてたんだ」
夢の中の純平はまるで自分の役目を終えきったかのような、疲れきった表情をしていた。
「だってあいつ、勉強もできてスポーツもできて、男女共に人気もあって、おまけに容姿もいいから恋人にも困った事がないんだぜ。ああいうやつになれたら、きっと人生楽しいんだろうなっていつも思っていたよ」
純平は泣いているのか、声が震えている。
「俺のような平凡な生徒とは違う、あんなやつになりたかったんだよ」
「ふざんけな!!!!!」
僕は気がつくと、自分でも驚くほど声を荒げていた。
「それで別の世界で、ずっとあんな男のふりをしてたのか? なにやってんだよ。なんで本当の事を言ってくれなかったんだよ。もしちゃんと話してくれれば、宮崎の正体をもっと早く掴めたかもしれない。そうすれば、白鳥由紀だって死なずに済んだかもしれないんだ!」
「ごめんな。俺、ほんと馬鹿だよな」
なぁ純平、お前ははずっと宮崎に憧れていたのかもしれないがな、僕は純平に憧れるよ。
あの世界で僕をいつも命がけで守ってくれた剣闘士のハヤトが――仲間思いで優しくて、いつも僕の隣にいてくれた、そんな高坂純平が、僕にとっては誰よりも憧れるヒーローだ。
――夢から覚めると、僕は保健室のベッドで寝ていた。
「あら、目が覚めたようね」
「水無月……」
僕の意識が戻るまで、ずっと待っててくれていたのだろうか。水無月は椅子に座って心配そうな目をしていた。
「具合はどう?」
「うん、だいぶ落ち着いたよ」
「そう、それは良かったわ」
「ところで和泉くん。急に話は変わるんだけどね」
「ん?」
「和泉くんは、その……まだ白鳥さんの事が好きなのかしら?」
どうしていきなりその話を?
僕がそう尋ねようとしたが、その前に水無月は続ける。
「私ね、初めてその事を知った時、ほんのちょっぴり嫌な気持ちになったのよ」
そういえば、みんなで文化祭の準備をしていたあの日、水無月は少し不機嫌で口数も極端に減っていたような……
そして水無月は、僕の瞳をまっすぐに見て告げた。
「私、和泉くんの事が好きみたい」
僕は思わず目を丸くし、口もぽかんと開けていた。
「み、水無月……」
「ふふ、なんてね。冗談よ。驚いたかしら」
「な、なんだ、冗談か。本気で信じてしまったよ」
もしかして、落ち込む僕の気分を紛らわせようとしてくれたのだろうか。
「さて、それじゃあ私、ちょっと行くところがあるから」
「行くところ?」
「和泉くんはしばらくここで休んで、放課後になったらどこにも寄らずに早く帰りなさい。いいわね?」
「わかった。じゃあ、これだけは言わせてほしい」
「何かしら」
「僕達に協力してくれて、いつも一緒にいてくれて、本当にありがとうな、水無月」
「……ふふ、どういたしまして。でもその台詞を言うのはまだ少し早いわ」
そう言って水無月は保健室を出た。その背中はまるで、今から一人で強敵に立ち向かうような、そんな力強い背中だった。
――さて、覚悟はできたわ。早く終わらせましょう。
私は裏庭へと向かった。この時間はちょうど、小林大河が宮崎隼人と会う時間――財布を盗んだ小林が宮崎にお金を届けに来る時間よね。
そして私の予想通り、彼らは裏庭で会い、金銭の受け渡しをおこなっていた。私は曲がり角に隠れ、スマホを使ってその光景を録画した。
成功だわ。あとは職員室に行って、この映像を先生達に見せるだけ。
和泉くんはあの時こう話していたわよね。一度は見捨ててしまったかつての親友を、今度こそは絶対に助けると。
その思い、私は全力でサポートするわ。
これが終わったら和泉くん、褒めてくれるかしら。
私の気持ちは結局伝わらなかったけど、急がなくてもいずれその日がやってくるかもしれないわね。
よし、この階段を上りきったら職員室よ。
そう思ったんだけどね、人生っていうのはそう思い通りにはならないみたい。
「よお、そんなに急いでどうしたんだよ、水無月」
今一番会いたくない奴と会ってしまった。これなら正直、ゴブリンの群れに遭遇した方がまだマシだったわ。
「お前もしかして、さっきそのスマホで俺達のことを盗撮してやがったのか?」
あら、気づいてやがったのね。ほんとこんなところまで注意が行き届いてて抜け目のない男。
「そのスマホ貸せよ」
「いやよ」
「そうか、それは残念だ」
「うぉぉぉぉぉおっ!!!」
突然後ろから叫び声がしたものだから、思わず私は振り向いてしまったわ。
咄嗟の事とはいえ、この行動は完全に失敗だったわね。
だっておかげで、包丁を持った小林大河に正面から胸を刺されてしまったもの。
助けようとしていた相手から殺されるってのも、まったくおかしな話よね。とてもじゃないけど笑えないわ。
それにしても小林くん。まさか現実世界でも罪を犯せるほどの度胸があなたにあったとはね。
脅されていただろうとはいえ、もう完全に宮崎の従順なペットじゃない。まぁ、あっちの世界では獣戦士だものね。
さて、こんな事なら和泉くんに最後まできちんと私の気持ちを伝え切るべきだったわ。私が死んだら、悲しんでくれるかしら。
夢の世界で彼と過ごした時間、とても楽しかった……。
私の名前、水無月っていうのは旧暦で6月を意味しているのよ。そして6月を英語で発音すると、ほら、なんて言ったかしらね。
そう、6月は英語で――
第十二話【Side.D】
ジュンがいない。
僕はあちこち探し回った。
そういえば、彼はいったい誰の分身だったのだろう。
僕はてっきり、純平がジュンなのだとずっと思っていた。だが、純平の正体はハヤトだった。
だとすると、ジュンの正体は誰になる?
二つの世界の関係性はリンクしている。確か水無月はそんな事を言っていた。
狙撃手のジュン。彼もこちらの世界ではよく助けてくれて頼りになるやつだった。
確か、いきなり現れたギガプラントから僕らを逃してくれたのが始まりだったっけ。
いつかちゃんと、ありがとうって伝えられたらいいな。
しばらく森を歩いていると、前方から誰かが、足もおぼつかない様子でこちらに近づいてきた。
虎丸――つまり小林大河だ。
「大河!! どうしたんだ、いったい!!」
僕は倒れそうになる大河を受け止める。
「……よ、ようやく解放されたんだ。はは、やっと……やっと眠りにつく事ができるんだ……」
そう言った大河の顔は、とても清々しく穏やかな表情だった。
「お前、なんか消えかかってるじゃないか。大丈夫なのかよ、これ……なぁ!」
「はは、こんなのどうって事ないさ。あれだけ多くの人を殺してしまったんだ。当然の報いってやつだろ」
僕の腕が大河の身体ををすり抜ける。
咄嗟にまだ消えかかっていない彼の両手を握る。
すると大河は、嬉しそうに涙を浮かべながらこう言った。
「あぁ、暉。あの時もこうやって、僕の手をずっと離さないでいてほしかったな」
「大河……」
「暉の隣には他の誰でもない……本当は僕がずっとお前の隣にいたかったよ」
そう言い残して、かつての親友は静かに消えていった。
僕は一人ぼっちになった。




