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第十話

           第十話【Side.D】


僕はその日、偶然にも目撃してしまった。

錬金術師(アルケミスト)のジョーカーに腹を裂かれ、そのまま地面に倒れていくスノウの姿を。


「なッ!!!」

その光景に、僕は思わず固唾を飲んだ。

しかし、本当の恐怖はここからだった。


「さて、それでは今から面白いものをお見せしましょう」

ジョーカーがそう言うと、スノウの腹が徐々に膨れあがっていった。

いや、腹の肉はすでに裂かれているのだから、これはまた別の何かかもしれない。


「なんだよ、これ……何が起こってるんだよ」

嫌だ。見たくない。激しい嗚咽と嫌悪感が襲う。

それなのに目を背けることができない。

ひょっとすると、幽霊を見てしまった時に嫌でも凝視してしまうような感覚に似ているのかもしれない。


「うぁぁぁぁぁあああああっッ!!!!」

およそ人間とは思えないこの叫び声の主が一瞬誰なのかわからなかったが、どうやらそれはスノウの声だということを認識できた。

スノウはまだ生きている。しかし、それで安堵できるほど僕の頭は能天気ではない。

むしろこの場合、意識を失っていた方が幸せだったのかもしれないとさえ思った。


スノウはまるで、殺虫剤を浴びせられた羽虫(はむし)のように身体を暴れさせながら、(もだ)え苦しんでいた。

やがて、膨張を続ける腹の中の膜がついに耐え切れなくなったのか、それは豪快な破裂音と共に周囲に勢いよく霧散した。


まさに比喩ではなく、地獄絵図だった。


彼女の腹から現れたのは小さな緑色の鬼……言うならオークの赤ん坊だった。


僕はとうとう吐き気を抑えられず、胃の中のものを全部地面にぶちまけた。


「ふむふむ。錬金術、成功です」

ジョーカーは、まるでパフォーマンスが成功した手品師のように満足気な表情を浮かべている。


「お、お前……スノウに、一体何をしたんだ」

僕は、まるで夢でも見ているかのような気分だった。

いや、そういえばすでに夢の中だったな。

……あぁ、笑えない。


ジョーカーは答えず、かわりにオークの赤ん坊がおぼつかない四足歩行の足取りでこちらへと向かってくる。

その姿は、さながら本当の人間の赤ん坊のようだった。


近くで見ると、恐怖心や嫌悪感がよりいっそう強くなった。

だが不思議なことに、このオークの赤ん坊を見続けていると次第に涙が溢れてきた。

この子の醜い表情からは苦しみや悲しみ、そして憎しみや絶望、そんなものが感じ取られる。


本当はこんな姿にはなりたくなかった。自分にも明るい未来が与えられ、ちゃんと人並みの人生を歩みたかった。


おそらくはそんな事を訴えかけたいに違いない。

だが悲惨な事に、この子にはこの感情がなんなのかもきっと理解できてはいないのだろう。

そもそも命すら与えられなかったこの生き物には……。


このオークの赤ん坊も現実世界の誰かの分身だとするなら、それは一体なんだというのだろう。


「さて、それでは始めましょうか」

ジョーカーは指を鳴らすと、それを合図にしたのかオークの赤ん坊はみるみる大人の姿へと成長していった。

そして、じっとこちらに視線を向けた。


このまま僕はこの怪物に殺されてしまうのだろうか。怒りや憎悪に満ち溢れたオークの表情を見てそう悟った。

しかしなぜだろう。この怪物からは負の感情だけでなく、まるでこちらに助けを求めているような弱さも感じられた。


僕は彼に向かって優しい笑みを浮かべてあげた。実際にはどんな顔になってたのかはわからない。

ひょっとすると、不幸者を(あわれ)むような同情の眼差しになってしまっていたかもしれない。

それでも僕は、この怪物の苦しみに少しでも寄り添いたいと思ったんだ。


すると気のせいか、オークの表情もほんの少しだけ(ほが)らかになったような気がした。


「チッ……やれやれ、失敗じゃないですか」

ジョーカーはつまらなさそうに呟いた。

なぜなら、オークの身体が溶けていき次第に跡形もなく消えていったからである。


それはまるで、水に浸って溶けて無くなる綿菓子のように、無意味で無慈悲な消滅だった。



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