愛利(アリ)と蟋蟀(キリギリス)
愛利は、家族思いの娘でした。愛利には、沢山の兄妹たちがおり、兄妹たちと共に毎日一生懸命働きました。愛利や、兄妹たちは皆、理解をしていたのです。今、温かい内に冬ごもりの為の薪や、保存食を長い冬の期間分蓄えなければ、あの冬ごもりを出来る熊のように春に起き上がることは出来ず、あの、恐ろしい狼達のように極寒の中、外に食料を探しに出なければならないことになるやもしれません。高齢の母は、愛利たちに毎日のように言い聞かせておりました。
「良いかい?お前達、今している蓄えは、辛いことであるやもしれない。けれど我慢するんだよ?極寒の中、狼達のように痩せ細り動けなくならないように、家は補修をし、薪は充分に集め、食料を備蓄し、万全な備えで冬を迎えなければ、大変なことになるのだから」
言い聞かせられていた愛利たちは、毎日のように薪となる木を割り、保存食を手がぼろぼろになるまで酷使して蓄えようとしました。寒さに凍えぬように、灯油を蓄え、動物の毛皮でコートやあたたかな服を縫いつけたりもしました。
そのように愛利たちが冬ごもりの準備に追われていたある日のことです。どこからともなくパレードの音が聞こえてきました。愛利は、その音に引かれ、丘の美しい河辺の辺りにふらっと、立ち寄ってしまいます。そこには、美しいヴァイオリンの音色を響かせる青年、蟋蟀が居りました。優雅に踊る人々の群れ。愛利は、驚いて蟋蟀に思わず駆け寄りました。
「蟋蟀、また、なにを遊んでいるの?あなたは、冬ごもりの為に準備をしなくとも良いの?冬は、もうすぐよ?冬になれば、兎も、お魚すらも捕れなくなってしまうのよ」
必死にそう、蟋蟀に駆け寄る愛利の姿に興を削がれた人々はつまらなそうに言いました。
「まあ、面白い。私たちは、蟋蟀と遊んでいるのに。心配要らないわ。蟋蟀。冬なんてまた、私たちと、冬など関係のない街に繰り出してダンスパーティでもしましょうよ。気にすることなんて無いわ」
蟋蟀は、その言葉を聞いて大喜びの上機嫌。すっかり人々の言葉に酔ったようになって、愛利をはねのけると生き生きと美しいヴァイオリンの音色を響かせました。愛利は、その姿に蟋蟀は変わってしまったと、沈んだ顔をして、家族が待つ家へととぼとぼと帰っていきました。
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肌寒い風がとうとう冬を連れてきて、いよいよ、愛利たちが恐れる極寒の冬がやって来ました。愛利は、温かな家の中で蟋蟀は、もう街へ行ったのかしら。と考えていました。
温かな家の中で愛利たちは冬ごもりをし、いよいよずっと待っていた春になりました。指折り数え印をつけた、カレンダー。ずっと見ることのなかったお日様の光。愛利は、嬉しくてたまらず、外に駆け出しました。一等好きないつも蟋蟀がヴァイオリンの音色を響かせていたなだらかな丘から河辺をみて、愛利は、いぶかしげな顔をします。慌てて、河辺へと降りて、そこに近づいて、それは、核心に変わりました。……それは、蟋蟀の大切に大切にしていたヴァイオリンと、まだ溶けきらない雪に埋もれかろうじて顔を出した蟋蟀の冷たくなった姿でした。……蟋蟀は、置いていかれて、そのまま、命を落としたのかもしれません。最後まで美しいヴァイオリンの音色を響かせていたのでしょうか?愛利は、涙がとまらずに、ずっとずっと泣き続けました。