背に負うもの
第三章第七節後半。お風呂タイム女の子verです。
下に広がるのは、磨かれた石畳に湯気立ち上る温泉。
上にはオレンジ色に広がる空。
手入れされた植栽も美しく、まるで南西諸島の高級温泉に来ているかのような錯覚を覚える。(行ったことは無いけれど)
ディノティクス帝都バルベロ、大公爵ミランダ・エレ・ガロッソの館。
天然温泉を敷地内に引き込み、こうして設える事が出来るのは由緒正しき大貴族ならではである。
夕食前で、この屋敷の人が使っていない時間帯に私と龍華ちゃんはお湯を頂くことにした。
私はともかく、龍華ちゃんはさっき街で一騒動あったたとだから埃と汗を落としたいだろうし、それならば私もと。
龍華ちゃんは服を全部脱いで鏡の前で確認している。
白くて、淡く光りさえするような肌が私の目に入る。
人種としては、私も白色の肌を持っているのだけど、龍華ちゃんの肌はまるで焼きたての白いパンのように、どこか柔らかい色だ。
思わず、目の前の二の腕に触ってしまう。
勿論右の。
「わっ!!」
「あ。ごめんなさい。つい…」
ふにふにとつつくと彼女はくすぐったそうに笑う。
「くすぐったいですよ!おかえしです!」
そう言って彼女も私の二の腕もつつく。
「きゃあ!もうっ、くすぐったいじゃない!」
「おかえしですってば!」
彼女はそう言って、ハンドタオルを一枚掴むとお風呂場に行ってしまった。
私も残りの服を脱いで髪の毛をまとめてお風呂場に続いた。
すう、と外気が私をつつむ。
寒い、とまでは行かないけれど湯が恋しい。
身体を洗う場所は、竹の低い囲いの中にあって、既に龍華ちゃんが使っている。
二つシャワーヘッドが並んでいたから、私が隣にいても大丈夫そうだ。
「よいしょっと」
バスチェアを持ってきて隣に座った。
備えてあったシャンプーとリンスを借りて頭を洗う。
隣の龍華ちゃんも同じだ。
私と彼女は長さが大体一緒くらいで、その長さと量の所為で二人して全身泡だらけになってしまう。
白い泡から零れ出る彼女の黒くて艶やかな髪の毛。
ブルネットではなくて、本当に黒色。
自分の髪が嫌いな訳じゃないけど少し憧れてしまう。
「ぷはっ!やっと洗い終わった!」
頭からお湯を被って泡を流す。
私も同じように泡を流して、次は身体を洗う。
お湯に入る前に身体をしっかりと洗う…公衆浴場では鉄則だとヴィガロスが言っていた。
彼が住んでいる紫羅では『セントウ』と呼ばれている公衆浴場の文化が発展していて、彼も毎週何度も通ったそうだ。
リィザガロスには、南のミシュレゲーテから入ってきた『ハマム』という蒸し風呂が一時流行ったこともあったけど今では何軒かか残るだけだ。
明確な『湯船』の文化があったのは紫羅と、このディノティクスくらい。
とはいっても文化は商品として輸出される昨今ではその差はあまり見られなくなってきたのだけど。
「ふあ~きもちいい……」
ざぶり、と二人で湯船につかる。
岩で縁取られた浴槽は天空城を思い出させる。
あのときは確か、マリアさんと入ったんだったけ。
花や薬草が浮かんでいて不思議な薫りが漂っていて、身体に染みこんでいた瘴気が無くなって……。
私はまた背中を意識してしまう。
十字の傷。
魔帝に傷つけられたそこは、やっぱりそのままで。
治ったと思っていたのに、今朝、出血した。
ヴィルさんがあの時対処してくれなかったら、もしかしたら今みたいにお風呂に入れなかったかもしれない。
帝都にも、たどり着けなかったかもしれない。
私自身の魔力暴走。この先、また起きるかもしれない発作のようなもの。
自分の身体だというのにままならないのは、とても歯がゆい。
「フェグさん、背中大丈夫ですか?」
「え!?」
「なんかちょっと、瘡蓋?みたいになってるから。」
よく見てる。この子は本当によく気が付く。
「大丈夫よ。ちょっと擦れたくらいだから。龍華ちゃんこそ、怪我とかは本当に大丈夫なの?」
「うん!平気です!なんか助けて貰った時に回復魔法か何かで治っちゃったみたいで……『左腕』も調節したんでばっちりですよ」
左腕でガッツポーズをとる。
彼女の左腕は、一見すると普通の腕に見える。
でもよく目を凝らすと二の腕上部に薄く線が横に走っている。
義腕だと言っていた。
幼少期に、ギガの近郊で瀕死の状態で見つかったと聞いている。
左腕は、その時の怪我で切断したとも。
今なら再生治療で腕を元に戻すことが出来るけど、彼女の魔力が特殊でかなりの『微調整』が必要、加えて成長期ということもあるから成人してからということになっているらしい。
私はふと思う…この背中の傷も、もしかしたら再生治療治せるかもしれない。
でも魔帝を倒すまではどのみち無理なのだけど。
魔帝を、倒す。
今の私達には太刀打ちできないけど大勢の仲間を見つけて、力を合わせて絶対に倒さなくてはいけない。
私はその役目を負っている。大切な役目を、全うしなくてはいけない。
背中の傷くらいで、立ち止まってはいけない。
「早く大人になって、私の腕、直したいです。そしてこの腕でいろんな機械を作って、いろんなプログラムを書いて、私を育ててくれた両親や先生に恩返しをしたいんです」
そう言って彼女は左腕を掲げて、眩しい笑顔を湛えた。