『開花』 6.蒼の華
蒼の華
「まあ!まあ!なんということでしょう!」
「あの田舎娘、身のほどを弁えずに陛下と!」
「たかが辺境伯のくせに!」
リアスと踊り始めたティアに、羨望と嫉妬が混じった視線をベルフェは向ける。
その様子を、エドウィンは静かに聞いていた。
ベルフェ・アーゼンロード。
自分よりも身分が下の令嬢や子息を虐め、まるで召使いのように扱っていた。
ティアは、そんな彼女の格好のターゲットであったが、彼女にとって同級生からの嫌がらせなど些末なことであった。
貴族としての教養、知識、そしてコネクション。
そのため、どのような身分の生徒とも別け隔てなく接した。
全てはサマー家再興のため。
高潔なその精神を、エドウィンは知っている。
だから、ティアが悪く言われるのは我慢ならなかった。
「陛下に色目を使って、厭らしい子!」
それは違う、と言おうか迷ったその時、会場の入口付近がざわめいた。
エドウィンの目に入ってきたのは、蒼の騎士服を纏う壮年の男性。
傍らにはライラック色のガウンドレスを纏う、シルバーブロンドの女性。
第三騎士団団長であり四大将軍の一人であるエドワード・レギノとその婦人、マリアベル・レギノだ。
「レギノ侯爵のご子息は学院にはいないはず…もしや、ご親戚がいらっしゃるのか!?」
周りも色めき立つ。
それを知ってか知らずか、二人はまずはと玉座を目指していた。
「…?陛下は?」
「あら、もしかして踊ってらっしゃるのかしら…あらあら、まあまあ。貴方、ご覧になって。」
マリアベルが視線で示した先には。
「ティア…?なぜ、陛下と。」
二人は顔を見合わせた。
ティアの後見人をしているのは、貴族の長でもあるリアスには既知の事実だが、まさか祝賀会で踊っているなど、想像だにしなかった。
「とにかく、玉座に参りましょう。アレス様もいらっしゃいますから。」
「そうだな。」
その場に留まっていれば、他の貴族たちからの挨拶云々で足止めされてしまう。
エドワードは横目でリアスとティアの様子を伺いながら、大公家の姉弟が鎮座する場所へと向かった。
「おや、君の叔父上と叔母上が到着したようだね。」
「え?…本当ですね。」
玉座にてアレスとラフォンヌに挨拶をする二人をティアは確認した。
そして二人が自分たちに視線を移したことがわかり、途端に顔が熱くなった。
「あの、陛下」
「ああ、分かっている。もうすぐ曲が終わりそうだから、一緒にあそこに行こうか。」
最後回って、男女互いに礼をする。
東方帝が踊ったためか、会場は破竹のような拍手の嵐に包まれて、同時に次は私だと、令嬢たちの視線が集まった。
だがリアスは次のパートナーを選ぶこともなく、ティアをエスコートしながら席に戻った。
アレスの時と同じく、会場はどよめく。
なぜティアを玉座に連れていくのか。
一瞬のうちに、貴族たちは様々な憶測を巡らせた。
「おや、エドウィン。こんなところにいたのか。」
「父上。」
「しかし、お前も隅に置けないな!ティア嬢と最初のダンスを踊るとは、私は嬉しいゾ!で、プロポーズはしたのか?」
「ちょっと、早とちりしないで下さい。僕は、ティアのことそんな風には…。」
「んんん?まあ、儂とて人の子だ。子供には好いた相手と添い遂げてほしいのだが…まあ、今はいいだろう。ティア嬢と踊ったのはグッジョブだったぞ!…エドワード殿がいらっしゃったようだな。儂はスキを見てご挨拶に向かうが、エドウィンはどうだ?」
「僕は、別に今じゃなくていいいですよ。」
エドウィンの父親、カロリン男爵はそうか、とだけ返して再び消えていった。
領地サンクペレルは葡萄、果実、漿果の栽培地域、またそれらを原料とした酒類を作り、流通させる手腕は地方貴族ながら経済界からは一目置かれている存在である。
地位向上への意欲を表に出して憚らない人物だが、実績とその明るい人格で敵はそれほど多くはなかった。
そして、ティアの後見人を知る数少ない人物でもある。
だが秘密は秘密だと、人に漏らすことは決してしなかった。
「(父上は本当に抜目がないなあ…あ、ティア、今度はエドワードおじさんと踊ってる。…やっぱり嬉しそうだなぁ、二人共。)」
蒼い服の二人は、他のどのペアよりも動きが優雅で、しかし凛々しかった。
「(さっきのアレス様も、リアス様もお似合いだったなあ…やっぱりティアはすっごい美人なんだなぁ…。)」
幼い頃から見慣れているせいか普通に接していたが、美丈夫とほまれ高い東方帝と騎士団総帥と並んでも違和感がないのは、ティアが人並み外れた美貌を持っていることの証明であると、エドウィンは痛感した。
対して自分は、頑張っても人並みである。
体力も知力も、平均的だ。
「(それでも、彼女の力になりたいって、思っててもいいよね…。)」
エドウィンはティアに視線を戻す。
エドワードとは既に二曲目に入る。
二人はにこやかで、穏やかな表情をしている。
こんなにリラックスしているティアを見るのは久々だ、とエドウィンが思ったその時、不快な雑音が耳に届く。
「まあ!レギノ将軍とも踊るなんて!」
「さっきから本当に節操のないこと。とんだ尻軽女ね。」
ベルフェとその取り巻きが、また罵詈雑言を発していた。
いよいよエドウィンは、我慢の限界を超えた。
「さっきからティアの悪口を言っているけど、一緒に踊っている方々に対しても失礼だよ。ティアは色目なんて使ってないし。」
下衆の勘繰りが起こるのは仕方ないが、今は祝いの席だ。
ティアを悪く言われていることが何よりも我慢できないが、それだけではない。
「うるさいわ田舎者!辺境伯の分際で、軽々しく私に話しかけないで頂戴な。」
「本当よ。男爵位の、しかも次男坊じゃない。」
「ああ、でもそんなあなたにはティアがお似合いかもね。」
「あの呪われたサマー家の最後の一人それに田舎娘だもの貰い手がないわきっと。隣の領地のあなたくらいじゃないの?狙っているの。」
自分たち生徒たちばかりではない。
その父母も来ているのだ。
汚い言葉を発すれば発するほど、彼女自身の評価も、更にはその親への信用が揺らぐ事が、何故彼女たちにはわからない。
彼女達の幼稚さに、エドウィンは怒りを通り越して呆れすら覚え始めた。
「でも当の本人は、ああやって身のほどを弁えずに高貴な殿方にばっかり目をやっているから、大変ね。」
「結婚しても浮気されるんじゃなくて?」
「…秘密にしておいてって、言われたけどもう我慢できない。レギノ候夫人はティアの実の叔母なんだ。だから叔父とダンスするのは、社交界では普通なんじゃないのかい?」
エドワードがこの場に来たということは、ティアの後見人を明らかにすることと同意である。
だから、エドウィンは彼女達に真実を告げた。
聞き耳を立てていた周りの貴族も、エドウィン見つめた。
「嘘を言いなさい!」
「あんな田舎者が四大将軍家と、親戚だなんて!」
しかし、エドワードとティアの間の雰囲気はまさに父と娘のそれに似ていた。
男女の情けなど感じさせない。
ベルフェ達がエドウィンに攻撃の矛先を変えたその時
「あら、エドウィンお久しぶりね。」
ライラックのガウンドレスに、シルバーブロンド。
レギノ侯爵夫人その人が、間に入ってきたのだ。
彼女はティアの最初のダンスパートナーになったエドウィンにお礼を言おうと、彼を探していたのだ。
見つけてみると、ティアに対して耳障りの良くない事を話している令嬢が近くにいたため、様子を見ていたのだ。
ついにエドウィンが声を上げたため、騒ぎになる前にと仲裁に入ったのだ。
「少し会わない間に、随分と雰囲気がかわりましたね。」
「マダム・マリアベル!お久しぶりです。」
エドウィンは学院で習ったとおり、マリアベルの手をとりキスをする。
満足そうにエドウィンを見つめ、マリアベルは笑う。
「カロリン男爵には、毎年美味しい果実とワインを頂いて、感謝していますわ。特に葡萄は、ティアが大好きですの。」
「そうなんですか!ティアが葡萄好きなの初めて知りました。ちっとも僕には言ってくれないんですよ。」
「そうなのね。きっと、それを伝えたら貴方が沢山プレゼントしてくれるのではないかと、遠慮しているのかもしれないわ。」
二人のやり取りを眺め、エドウィンが述べたことが真実だと思い知る。
絶句するベルフェ達に視線を移し、マリアベルはにこりと微笑む。
「ご令嬢達を紹介してくださるかしら。エドウィン。」
「はい、えっと…」
「ここにいたかベルフェ!」
エドウィンが紹介しようとしたところで男性がベルフェの名を呼ぶ。
ベルフェの父親、アーゼンロード伯爵だった。
その後ろにはダンスを終えたエドワードとティアがいた。
「これはこれは夫人もいらっしゃいましたか!ご紹介します娘のベルフェです。レギノ侯爵の優秀な姪御さんと同級生とは、いやはや私も嬉しゅうございます!」
「…」
放心状態、という言葉がぴったりだとエドウィンは思う。
虐めていた相手が貴族の頂点にも近い相手の親戚だったのだから。
「ベルフェ、挨拶なさい。」
「…お初に、お目にかかります。ベルフェ・アーゼンロード、です。」
怒りか、混乱か。
あるいは報復の恐怖か。
ベルフェは震えながらレギノ夫婦にお辞儀をした。
レギノ夫婦はティアが学園でいじめられていたのを知っています。
教師を通さなくても、知る手段は沢山もっていますので。
内容がエスカレートしていけば止に入るつもりでしたが、そうなる前に落ち着いたので経過を見ていました。
ちなみに、ティアの領地は小麦の一大生産地ですので、国としてはかなり重要な土地になります。




