『開花』 5.黒の華
黒の華
一曲が終わり、エドウィンとティアは一旦輪舞を抜けようと外に足を向けた。
「失礼、サンクペレルの若殿。ご令嬢のお相手を代わって頂きたいのですが、宜しいでしょうか。」
「え…!!!」
声をかけられ、振り返った先の人物に、ティアとエドウィンは絶句した。
まず目に入ったのは黒の騎士服。
見上げれば、鳶色の髪に、空色の鋭い瞳。
エドウィンは騎士服から、そしてティアは顔から、声の主が祝賀会のゲストである大公、アレス・フォン・マルク・レーネックであると理解する。
東方帝の従兄であり、第一騎士団団長、騎士団総帥。
リィザガロスのナンバー2。
「大公閣下…!はい、わ、私は構いません。」
エドウィンは混乱する頭をなんとか動かし、礼をする。
ティアは、数日前に騎士候補として面会したばかりだったため、エドウィンほど動揺はしなかった。
しかし貴族のお辞儀ではなく、騎士式の敬礼をしてしまう程度には、混乱していた。
「…あ」
そして慌てて、お辞儀をし直す。
その様子をアレスはどこか愛らしく感じてしまう。
女、である前に騎士として自分に接してくれたことを、嬉しく思った。
「私でよろしければ、お相手仕ります。」
そして手を差し出したアレスの手に、ティアは自分のそれを重ねた。
理解を超えた出来事にベルフェは絶句した。
大公が玉座から離れ、輪舞のそばによった時、きっと自分に声が掛けられると信じていた。
しかしそれは、目の前で打ち砕かれてしまった。
見下していた同級生が大公とダンス。
ベルフェを現実に戻したのは取り巻きの言葉。
「なんですの、あのお辞儀。この学校にいて、彼女は何を学んだのかしら?あんな礼儀知らずと同期なんて、私思われたくありませんわ。」
上ずった声は、彼女もベルフェと同じく動揺しているということを表していた。
「でも、なぜアレス様はティアなんかと踊るのかしら。」
「本当ですわ。ベルフェの方がよっぽどお似合いですのに!」
フォローしているのだろう。
しかしベルフェには、その言葉も苛つかせた。
高貴な自分が踊るのは、東方帝か大公、だと憚らなかった。
それが、崩れ去ろうとしている。
そんなベルフェ達の気持ちも知らず、当の二人は互いを観察していた。
男女の関心ではなく、人として、である。
アレスは、数日前に第七騎士団団長への就任を決めた少女の素顔が知りたいがために。
対してティアは、自分の上司がどういう人間か、というのを知るために、だ。
「…」
「…」
何かを話したいが、二人の共通の話題といえば騎士団の事ばかり。
しかし、ティアの内定は極秘事項であるため、輪舞で話せることは何もなかった。
輪舞も四半周したところで、漸くティアが口を開いた。
「…なぜ、私と?」
「君に興味があったから、かな。」
囁く声は低く、ティアも思わずドキリとした。
と同時に、何故かエドワードの言葉を思い出す。
当代の東方帝、大公は類まれなる才能があるが、情を交わした女は数知れず、ということ。
身分ある令嬢に手を出すことは滅多にないが、念の為二人きりで会う時は気をつけるようにとも言われていた。
「(こんな時に思い出すなんて。)」
ティアは顔が熱くなった。
その様子をアレスは面白そうに見つめた。
この場にいる令嬢達は、自分やリアスのことを熱っぽい目で見詰めているのだが、そこに重なる『顔』は、歪んでいた。
欲に塗れた、ギラギラした目。歪んだ口。
おそらく純粋に自分に対して恋慕している者もいるのだろうが、それが埋もれてしまう程の欲望が渦巻いている。
しかし目の前のティアは、どちらかと言うと自分を恥じるような、申し訳ないという『顔』をしている。
その前は、驚くことに『顔』は見えてはいなかった。
肉眼で見えているままの、不思議そうに自分を見ているだけだ。
数日前に感じていたことが確信に変わる。
ティアには『心眼』が殆ど効かない。
それでも稀に見えてくるのは、恥じらいや遠慮といったものばかり。
それに彼女の出自、悲惨な幼少期を鑑みても、言動や、立居振舞は堂々としている。
アレスには彼女が眩しかった。
「君のドレスは、リィザガロスではあまり見ない、変わった形をしてるね。」
「は、い。ディノティクスのドレスです。ノウエンというブランドの、若年向けのレーベルがありまして。…従兄に、手伝ってもらって、探したんです。」
「ああ、それならいいモノだね。とても似合っている。」
従兄、とはレギノ侯爵の子息、レオン・レギノのことだとアレスは理解する。
ティアの後見人は明らかにはされていないが、騎士団に関わるあらゆる全てを把握しているアレスにっとては、既知である。
「…きっと叔父上も、君の美しい姿に喜ばれるよ。」
振り付けで密着した時に耳元で囁く。
ぞわぞわと、不快とは違うなにかが、ティアの背を駆け上った。
「あ、ありがとうございます。」
一曲終わるが、アレスは彼女を放したく無かった。
この短い時間は、踊っているというのに、まるで共に武闘演舞をしているかのような、高揚感をもたらした。
そして踊っている間も、彼女は媚びたり、色目を使ってくることはなかった。
「(特に騎士団長のポストを手に入れるために媚びへつらう貴族が多い中で、ここまで潔いのは珍しい。年若く、女性と言う立場でありながら、毅然としている。レギノ叔父との関係をひけらかす様なこともしていないと聞く。…益々、素晴らしい女性だ。)」
あっという間に二曲目が終わる。
「すみません、そろそろ叔父上が来る頃ですので。」
「ああ、すまない。つい、長く引き止めてしまった。サンクペレルの若殿にも宜しく伝えてくれると嬉しい。」
そしてアレスは、ごく自然な動きでティアに顔を寄せた。
ざわり、と会場がざわめく。
しかしのその唇が重なる直前に、ティアは手で封じた。
「私は、サマー家の当主となる身です。例え相手が大公爵様であっても、浮いた話などあってはいけないのです。そのキスは、然るべき、ふさわしい婦人にお贈り下さい。」
その声はほんの僅か上擦り震えている。
そのいじらしさにアレスはさらにキスを送りたくなるが、周りの貴族たちの視線が険しくなるのを感じ断念した。
「失礼した。どうか、許してほしい。…楽しい時間を過ごすことができた。感謝する。」
「お楽しみいただけたなら、嬉しゅうございます。」
ティアはお辞儀をし、輪舞から外れ、エドウィンの元に戻った
玉座に戻るまで周囲から針の様な視線を感じながら、アレスは席に腰を降ろした。
「驚いたよ。さて、ティア・サマーはどうだった?」
「…彼女は、素晴らしい女性だ。」
「ほう?女性をそのように褒めるのは初めてだね。大切な従兄殿が楽しめたお礼を、僕からも言わないとね。」
リアスは、立ち上がり玉座を後にした。
人が割れ、リアスの為の道が出来る。
その先にいるのは、蒼いドレスのティアだ。
ティアとリアスの視線が交わり、彼女に向かっていることを悟る。
ティアは片膝を折り、ドレスが床につくの構わず跪いた。
騎士式の最敬礼。
それを見たリアスは、笑みを浮かべる。
ティアの前に辿り着き、今一度彼女を眺める。
短いが、豪華な光沢のブロンド。
非常に細かい銀細工のボンネに、光沢のある深い青のドレスは、他の令嬢に比べて大人びている。
しかし跪くその姿は騎士団長達を思わせ、凛々しく感じた。
騎士登用試験の合格者である、との報告を思い出し、なるほど騎士になるのかと、リアスは合点した。
「君は、騎士としてこの場にいるのかい?」
「はい。私は女性である前にサマー家の当主です。貴方の、臣下です。」
リアスの問いに間髪入れず答えた。
「そうか。では、ダンスの相手などはしてはくれないのかな?」
「お望みとあらば、あなたの命に従います。」
ティアは立ち上がり、お辞儀をする。
東方帝の衣の色に似た常磐色の瞳。
国の長たる東方帝を前にしても動じない、その度胸。
女子達から受ける羨望や恋慕とは違う、忠誠心にリアスは心打たれた。
「どうか私とダンスを、レディ」
ティアは大地母神の生まれ変わりなので、体型はかなりグラマーです。
鍛えているので腹筋もうっすら割れています。誰得情報。




