『開花』 4.花の円舞曲-ワルツ-
花の円舞曲-ワルツ-
貴族たちの参拝を中断させ、玉座の三人は踊る花たちを眺める。
あるものは生徒どうし、あるいは父娘と。
煌めく衣装が翻り、はためき、花園のようにホールを埋める。
「ダンスが始まりましたわ。さて、お二方は今日は?」
輪舞の外の令嬢たちの殆どは貴公子二人、東方帝と大公に視線を注いでいた。
二人は独身であり、適齢期。
卒業生である令嬢達は一回りも下だが、貴族社会では年齢差のある夫婦も未だに珍しくない。
ダンスの相手だけでも、と願う令嬢のなんと多いことか!
「今から踊り始めたら、全員と踊ることになりそうだ。それに、美しいご令嬢ばかり。誰か一人を、とは難しいよ。」
周りに聞こえるように、リアスはわざと大きな声で返事をした。
玉座近くの令嬢たちは、ああ、やはり、と落胆する。
これまでリアスが卒業祝賀会で踊ること珍しく、あったとしても従姉であるラフォンヌと最後の一曲ぐらいだったのだ。
例外は二年前に、ジェルマン・オールドワイズの孫娘、レイ・シスタルフィが卒業した時に彼女と踊ったくらいだが、その後二人にロマンスが発生することなく、レイは実家の領地に戻っていたのだ。
オールドワイズ程の家柄に連なる者でないと、やはり東方帝のお相手を務めるのは難しい…と令嬢たちは自身の身分を恨めしく思った。
当の本人達は家柄ではなく、興味のある令嬢を選んでいるだけなのだが。
「…そういえば、ラフォンヌ、さっき言っていた面白い子は誰?参拝の中にいた?」
「いいえ、まだこちらには来ていませんわ。先程、見かけたのですけど…あ」
ラフォンヌは輪舞の中に、ひときわ目を引く蒼を見つけた。
ドレスの形が他の令嬢と違うのもあるのだが、動きが郡を抜いて美しい。
光沢のある蒼の色ドレスとシースルーのレースのボレロ。
短く切った輝く金髪に銀細工のボンネ。
目立つアクセサリーはそれくらいなのだが、これでもかと装飾品を身に着けている令嬢が多い中、逆に目立っていた。
輪舞が動き、玉座に最も近付いた時に、ラフォンヌは耳打ちした。
「…あの青いドレスの令嬢です。リアス様。ティア・サマーです。」
「…なんと、あのサマー家の。いや、面白い子だとさっきから気になっていたのだけど、まさか彼女がラフォンヌのお気に入りだとは。先のタヴィル子爵の件でも活躍していたと聞いたから名前は知っていたけど、まさか、これほど美しいご令嬢だとは。…アレス、君は知っていたかい?」
「勿論。」
アレスは短く返すが、その視線はリアスと同じくティアを見ている。
「でも、いい動きしている。特に足運び。でもダンスというよりは…どこか武闘っぽいね。いや、粗暴という意味ではなく、型にはまりきっているところが。」
「…レギノ候が後見人ときいている。候は自身が魔法剣士、そしてご子息があの闘皇殿の弟子だ。交友のあるティアもなんらかの手ほどきは受けている、と聞いている。故に、自身の体の動かし方を熟知しているのやもな。」
饒舌になるアレスに、リアスは興味を示した。
「それは、実際に君は見た、ということで良いのかな?」
「…それはまたいずれ。姉さん、私も踊って構わないかい?」
弟の申し出に驚いたのはラフォンヌだ。
アレスこそ、これまで一度もこの祝賀会では踊ったことはないのだ。
「え、ええ。勿論構わないわ。」
「ありがとう。」
アレスはマントと、腰に下げた二本の剣のうち、短剣だけを腰に残して輪舞に繰り出した。
ティアとエドウィンが輪舞に加わった頃、ベルフェ・アーゼンロードは彼女の友人たちと共に同級生たちのドレスを見つめていた。
「やっぱり、ベルフェのドレスが一番豪華ね!流石、名家アーゼンロードね。」
「カチューシャもものすごく綺麗だもの。」
「うふふ、当然よ!我がアーゼンロード家は名家中の名家よ。一級品のみ、その身に身につけることを許すの。」
ベルフェの視線の先には同級生でもある、辺境伯の令嬢。
辺境伯の中にはティアやエドウィンのように広大な農地を有している家も多いため裕福であるのだが、都市部に住み流行に敏い中央貴族に比べればドレスの色彩やデザインも幾分かシンプルである。
輪舞にベルフェは目を向けた。
そして目に入ったのは、蒼色。
見たこともないドレスの形で、しかしそれを纏う人間を確認し、表情を曇らせた。
「…御覧なさい。ティアよ。」
手に持った扇子で躊躇なく指し示す。
友人、もとい取り巻きの二人はその姿を確認すると
「まあ、なんて姿でしょう。あんな形のドレス、見たことないわ!」
「この国のドレスでは無いんじゃないの?やっぱり、親がいない子は、常識を知らないのね。」
口々に罵詈雑言を浮かべる。
「それに見なさいな、パートナーのなんと野暮ったいこと!ティアだって、優雅さの欠片もない動きよ!」
「この学校のダンスの授業で、ティアは何を学んだのかしら?同級生として恥ずかしいわ!」
その様子をベルフェは満足そうに見る。
「本当にそうよ。ああ、本当に、あんな姿をリアス様とアレス様の御前に晒すなんて、本当にティアは恥知らずだわ。」
悪口を言っているな、とエドウィンはベルフェ達を見つけてから、なんとなく感じていた。
「エドウィン?どうかしたの?私の踊り、なにか変かしら?」
出来るだけティアの視界に彼女達を入れないように気を付けてダンスをしてしまったせいか、動きがぎこちなくなってしまい、ティアは不安になる。
「いや、大丈夫だよ。ほら、人が多いからちょっと緊張しちゃってね。」
「そう?それならいいのだけど。」
「…そいうえば、ティア。君は卒業後、どうするんだい?…僕は父上の言いつけで兄上の手伝いをすることになったんだ。財務の管理の勉強が必要だから、手伝いながら学校には通うんだけどね。」
「そうなのね。私は…まだ少しだけ、ここに、中央に残ることになっているの。家を継ぐには、まだちょっと不安だから。それで…」
第七騎士団の団長に、という話は明後日内定が出る予定である。
それまでは極秘であり、国の上層部以外には漏らしてはいけないのだ。
「そうなんだね。じゃあ、上の学校に進学するってことかな?」
「ごめんなさい、エドウィン。まだ、はっきりとは答えられなくて。でも、近いうちに分かるからきっと教えるわ。」
エドウィンはどこかの学校の合否待ちなのだと理解した。
もしかして、他国へ留学するのかも、とも。
「…貴女を応援するよ。ティア、行き先が決まったら絶対教えてね。」
「ええ、約束するわ。」




