『開花』 1.常磐の王
常磐の王
オルロフ学院。
全寮制のここは、古くから貴族の子息令嬢が通う名門校であり、今日でも多くの貴族の子どもたちが通っている。
今日は祝の日。
学びを終えた学生が、羽ばたく日だ。
学園内には学生教員だけでなく、子どもたちの晴れ姿を見ようと学生の親戚縁者も詰めかけている。
皆、綺羅びやかな服を身に纏い足を運んでいた。
学舎の最上階の一室。
学園最高責任者の学園長の部屋。
入り口の両隣には黒衣の騎士が立ち、更に廊下にも並んでいる。
部屋の中には三人。
男が二人に、女が一人。
歳は三十ほど。
男の一人は黒衣の騎士服に、黒の綬。
胸には騎士団長の証たる勲章。
腰には鍔の無い、長い剣。
僅かに湾曲しているその形は、南の帝国のとある諸島に伝わる『刀』によく似ている。
鳶色の髪に青い瞳。
後ろ髪は束ねているが、前髪は少し眼に掛かっている。
髪の間から覗く目つきは鋭く、顔立ちは端整。
もう一人の男は、金糸で縁取られた濃緑のフロックコート。
綬の色は常磐色。
この色を身につけることが許されているのは、この国でただ一人。
国主たる東方帝、リアス・フォン・アドリアン・リィザガロス。
鳶色の髪に青い眼。
二人に対峙しているのは、妙齢の貴婦人。
豊かな鳶色の髪は波打ち、指先までに行き渡る優美さは、まさに貴婦人そのもの。
朱に彩られた唇はわずかに上がり、笑みを絶やさない。
片眼鏡の奥には、青い瞳。
三人は服装は違えど、同じ髪の色、目の色をしていた。
「これはこれは、東方帝陛下に大公閣下。ようこそ、紳士淑女の学び舎へ。お忙しい中お時間を割いて頂き、感謝申し上げますわ。」
「やあラフォンヌ。相変わらずお美しい。」
「とんでもございません。陛下もご機嫌麗しゅう。」
「姉さん、久しぶり。相変わらず元気そうで良かったよ。」
「大公閣下も、お元気そうですわね。」
「姉弟なんだから、畏まらなくてもいいじゃないか。」
「そうだよ。僕達も、血の繋がった従姉弟同士なのだから三人しか居ない場では堅苦しい言葉は無しにしよう。」
「そうは言いましても、外には大公閣下の部下達が沢山控えてらっしゃいますわ。個々でのやり取りが、漏れ聞こえてはお二人の威厳に関わりますわ。」
「今この部屋のすぐ外にいるのは私の腹心。特にテルヒア君は僕の運転手も兼任してくれている、公私共に頼れる部下だ。」
「ということは、貴方の『遊び』にも付き合っているのね。気の毒だわ。」
「気の毒とは失礼な。」
「気の毒じゃないか。アレス、僕の所まで噂は届いている。遊びもそこそこにしないと、恐ろしい罠に嵌ってしまうよ?」
「まさか陛下からそのお言葉を聞くことになるとは思っても居ませんでしたよ。陛下こそ、先日某子爵令嬢から結婚を迫られたとか。アレほど、ややこしくなりそうな子には手を出すなとお教えしたつもりですが。」
「既成事実はないよ。夜会の場で、二三言葉を交わしたくらいさ。ダンスも踊ったかな?」
「本当にそれだけですかな?口づけ位は交わしたのでは?」
「…まあね。」
二人のやりとりに、片眼鏡の貴婦人は盛大に溜息を吐いた。
「…二人とも相変わらずのようですわね。そろそろ良いお歳ですし、身を固められてはいかがかしら?そういったトラブルからも解放されるわよ?」
「そうしたいのは山々だけど、中々いい子が居なくてね。家柄は問題ではないけど、私自身を見てくれる人が良いんだ。大体の子は、『大公』しか見ないからね。」
「それもそうかもしれないわね。でも、今年の卒業生には中々見どころのある子が居るわよ?文武両道。おまけに容姿端麗。貴族だけど、身分に関わらず、人を人として見ている子よ。アレス、貴方の好みの子かもしれないわ。」
「ほう、それは僕も気になるよ、ラフォンヌ。そのご令嬢の名前は?」
「今夜の祝賀パーティーに出席しますから、それまで楽しみにしておいて下さいまし。さて、そろそろ卒業式典の時間ですわ。お二人とも、祝辞を宜しくお願い致しますわ。」
ガウンを羽織り、二人を入り口へと誘った。
「さあ、参りましょう。」
ティア、アレス、リアスの出会い編です。
時系列は『発芽』の事件解決直後くらいです。
ラフォンヌはアレスの姉で二人が唯一頭が上がらない人物です。




