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ステータスが表示されないのは僕だけですか  作者: サイケデリックを君に
1章 シイナ 1話 忘れることのない出会いと別れ
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ちょっとした恋の発生と折れ

 その翌日、イルミネイトが一人で練習場に行っている間、シイナとピックは出かけていた。〈ジョイント〉を抜け、何度か傾いた後その家は見えた。黒塗りの大屋敷は如何にも富裕層の住居で、シイナを困惑させていた。先日イルミネイトに銃の稽古をつけたシンカイへ、お礼の品を届ける手はずだった。ただそこにあった異様なほどの建物に、ピック共々緊張の糸が張りつめていた。


『そうだったか……シンカイ殿が大富豪だったとはな』

『私、入りたくなくなってきたわ』

『意気地ないなマスターは』


 門構えの面はとても凛々しく、だが何故か構えられたインターホンがシュールだった。シイナ達からしてみれば本人にチャットで呼び出せばいいだけなのだが、どの世界にも社交辞令というものは存在する。二人は勇気を振り絞った。

 ピンポン。

 辺りの松園に響き渡る、異質な音。シンカイが現れるまでのたった1分ほどが、世界滅亡の、それこそ自らが死ぬ前の数分間よりも長く感じられた。シンカイは随分と華奢な様子で現れた。中途な髪をかき上げ、軽い挨拶だけを言った。


『話は中でも大丈夫か』

『はい』


 美しい装飾品の飾られた小部屋へと案内された二人は、それまでの緊張と共に息を吐いた。暗く灯った証明は冷たく、二人の緊張を加速させた


『そんなに緊張すべき場所ではない』

『いやはや、このような場面に出くわすとは思っても見なかったもので……こんなにも大きな家の家主が身近にいるとは、世間は狭い』

『悪いが、ここは私の家ではない。そもそも家自体この世界には存在しない』


 それもそうだ、とシイナは思った。この世界に生まれている時点で生体として存在しているはずだから、血のつながりはない。シンカイの身はあくまで一人の人間というだけだ。

 悲しい。この世界にいる人間は、繋がりをコミュニティ以外で確立できないのだと改めて理解し、シイナは俯いた。


 本人によると「付人」のようだ。領主の周りに付き、そして保護する役。チームマッチに参加していたのはその練習の一環で、休みの日に通い詰めていたらしい。ただ魔法使いとの戦闘で、警戒態勢の向上につながるとは考えにくいが。


『先日は急な誘いでしたが、イルミネイトの練習に付き合ってくれてありがとうございます』

『構わない。今日はどこへ』

『一人で練習に向かっている。好みの装備も、スタイルも確立できていたようだからな』


 次の瞬間、シンカイは額に汗をうかばせた。何か特別話すべきことがあるのかと二人は感じ、腕を組んだ。


『ちなみになんだが……あれはシイナの子か?』

『ち、違います!』

『その設定も面白そうだがな』


 シイナはピックを掴み、口を塞ぐ。ただ、それは光る球体なので、彼の声量から判断する必要があった。そうやって黙らせると、シイナとシンカイの間に不思議な雰囲気が発生した。それは魔法などではなく、ただ単に話下手が集まった時の様なものだ。シイナはシンカイの瞳を見つめていた。


『……何か付いているか?』

『い、いえ何も』

『なんだシイナ、気があるのか?』


 ピックの耳――球体のどこにあるかは分からない――に向かって「あんたは黙るってことを知れ」と罵り、再びシンカイと顔を合わせた。おそらく彼は「変な客だ」と二人を見ているだろう。何にも代え難いその状況がどうしようもなくて、シイナは『それでは失礼する』と言って席を立った。


『そうか今解ったぞ』


 門前でピックは口を開いた。


『君は男性とあまり交流したことが無いのだろう。それで珍しく出会ってしまったイルミネイトやシンカイに、あまり深く接せないのだ』

『何よ……何か悪い? もう男と関わりたくないよ。疲れるから』


 重たい体を持ち上げながら、二人はジョイントへ向かった。ただその前に、ピックが寄りたい場所があると言って、向かった先はラウラボーイだった。


 相変わらずのゴミっぷりかと思いきや、そこはまるで開店当日の如く整理整頓されていた。飛び散っていた石くずはゴミ箱へ、小太刀は店頭販売コーナーへ並んでいた。しばらく二人が立ちすくんでいると、奥から例の鬼先輩が現れた。


『おお、先日の客か。今日はちゃんと営めているよ、イシイがいないからな』

『彼の影響力ってすごかったんですね……ここまで綺麗になっているとは』

『うむ、これも私の力だな。あ、私は〈ドエル〉だ』


 ドエルが椅子に座ると、その幼体っぷりが目に見えて現れた。イルミネイトかそれ以下の成長過程で、生体の幅広さを思い知った。シイナ達を客だと思い込み、置かれた機銃や剣の紹介を始める。だがピックは既に帰りたそうにしていた。その様子をドエルが目視すると、おそらくピックにとって最重要の事項が耳に入ってきた。


『あー、あなた達もイシイ目的? あいつ商売上手だからね。でも鍛冶の才能だけは無いの』

『シンカイという男を見たことはあるか?』

『うん。常連さんだし、イシイの付人だからね』


 シイナの呆気にとられた顔をしり目に、ピックがパズルの答え合わせの様に頷く。彼によると、先ほどの豪邸にはご丁寧にも家名が彫ってあり、そこには「イシイ」と刻まれていたのだとか。ただシイナは、そんなことを知っていたのならば初めから言ってくれればいいのにと、苛立った。


『実は先程その付人と合ってきたところでな』

『あー、そうだったんだ。結構イケメンでしょ』


 二人が一斉にシイナの方を向き、少しだけ赤面をする。だが素直にイエスと頷けないシイナを、優しい瞳で眺めていた。


『まあこういうマスターなんだ、許してやってくれ。ところでなんだが私の光沢を見てくれどうだ?』

『ドエルさんを口説こうとするな。っていうか何光沢見てくれって』

『良い光だと思うが……蛍光灯は間に合ってるなぁ』


 ピックは次第に高度を下げて行き、シイナの中へ去って行った。今ここで僅かながらの恋心と、もう一つが砕かられたという事実をシイナは虚ろに感じていた。ドエルは何だか気に病んでいる様子で、小さなお守りをシイナに渡した。ペンダントの様なそれを懐に仕舞い、公武店を後にした。

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