ステータスの一時的存在
早朝、〈ラウラ・ボーイ公武店〉から受け取ったチャット音でシイナは目覚めた。ウィンドウから宛名を確認すると例の〈イシイ〉で、〈たった一つの真実槍〉の改修終了メールだった。シイナは寝ぼけた頭でイシイの顔を思い出し、臭い方のイケメンだったと呟いた。
『変な話だな。ここで生活しているのはあくまで生体で、意識だけが純正のもののはずなのに』
『不細工な体に宿らされても、迷惑な話だわ』
身支度を整え外へ出ると、シイナの生体に冷気が襲い掛かる。あまりにも突然な気象変化に、ピックでさえ困惑していた。手を擦り合わせ、二人は公武店へ向かった。
*
相変わらずのゴミ屋敷っぷりに、二人は苦笑していた。シイナがいくら呼びかけても彼は現れなかったため、仕方なくそのアスレチックステージを進むことにした。見たことのないコードや石、それに商売道具である小刀までもが辺りに散乱し、困難を極めた。
ようやくジャンクの山を抜け小さな扉の手前までやってくると、中から揉め声が聞こえてきた。シイナが取っ手を持ち引こうとするが鍵をかけられているかのごとく異様に固く、だが錠はかかっていなかった。だが何度か全力で挑むと、遂にこじ開けることに成功した。そこにいたのはイシイ一人ではなく、小さな女の子も一緒だった。ただ二人には、圧倒的にイシイが喝を入れられているように見受けられた。
『アンタね、何度化学反応を起こそうとしたら気が済むの!? 加熱性の素材を加工した後は火を入れるなって、何回言ったらわかるのかしら! バカなの!? 確かに奥の鍛冶場は耐火素材でできているわ。でもだからって粉じん爆発巻き起こそうとするやつってなんなの!?』
『ホントすんませんっ……』
イシイが何かやらかしたのだという状況を見て取ることは容易いが、シイナ達にとっては身長差から、シュールな情景しか見えていなかった。
『あ、シイナさん。はいこれ、槍です』
『ど、どうも。修羅場にお邪魔してしまったようで申し訳ないです』
『まったくです』
『誰が修羅だって?』
イシイの身体をシイナが匂っても、今日はまったく臭くはなかった。耳伝いに聞くと、先日訪れた際あの少女――先輩――に一喝され、それ以降匂いに気を使っているのだとか。鬼のような先輩を持った物だ。そしてその先輩は鍛冶場らしくないラフな服装で、西洋風だった。だがよく見ると下駄をはいている。
『客人か、申し訳ないがこいつにはまだまだ説教があるの。いいかイシイ! 同じミスを犯したらメルトダウンで即刻地獄行だからの!』
『は、はい……』
『ここは一旦離れた方がいい。目的は果たしたのだからな』
唖然としていたシイナをピックが誘い、ようやく公武店からの脱却が成功した。
*
『恐ろしいな、職場とは』
『すべてがああではないが、なかなか辛い場所ではある。君の生前社会でもそうだったようだぞ』
シイナの顔色は中々に酷なものとなり、しばらく近くの公園で身を休めることにした。だが今度はピックが物々しい雰囲気を感じ取ったのか、すぐさまシイナの生体に紛れ込んだ。依然としてシイナ本人はその状況を感じ取れず、付近のユーザー情報を表示した。だが誰もいない。ただ寒々とした風の中、神経を尖らせていた。
『お久しぶりです! 〈ソウラン〉改め〈ソラング〉と申しますよ!』
その声を聞くや、真っ先に背筋が凍る。気が付けば辺りに霧が立ちこみ、人など誰もいない状況になっていた。
『改名で?』
『はい! 時にはイメージチェンジしてはと思いましてね。それで、少年はどんなご様子ですか?』
『彼はこちらでしっかり見守っていますし、何も心配することは』
『ええ分かっていますとも。ただ私は運営として状況確認の義務があります故。体調に変化はありますか? 好物は何ですか? 変なことをしませんか? っていう具合にね』
ソラングの様子は前回と打って変わって冷静で、やはりシイナは不気味さすら感じる。
『……特に変化は』
『そうですか。それは良かった! ところで、彼に戦闘はさせますか?その時にどの武器種を使うのでしょう』
『……銃だが』
『左様ですか! では彼に見合った商品をお送りさせていただきます! それでは失礼します』
それだけ言うと真っ直ぐ来た方向へ戻って行き、すると次第に霧が晴れた。彼が来た理由をピックが簡単に推理した。
『よほどイルミネイトに強い思念があるのだろう。私たちを味方に付け、何か仕出かす可能性はある。商品がただの贈り物だとしても、それならこんな結界の様な物なんて張らず、本人の下へ行けばいいだけなのだが……』
何故イルミネイトだけステータスが存在しないのだろうとシイナは考えていた。例えその数値が存在せずとも、彼はこうして初心者エリアでマシンガンを構えることができたのだ。命中率だって確実に上昇傾向にある。リロード速度だって。シンカイと出会い確実にレベルアップしているはずなのだが……
『全弾命中! やりました!』
『おめでとう』
ロビーに戻ったが、イルミネイトはまだ練習したいと言って聞かなかった。ピックが例の商品をロビーから受け取り、それを試してみるという提案を促した。シイナは少し戸惑いを見せたが、イルミネイトにしては嬉しい物だった。
それは負担の少ない、片手持ちの二丁マシンガンだった。なるほど彼の身体的特徴である軽さを利用し高速移動を重視とした設計なのか、石よりも軽い。だがシイナはそれよりも、装備の特殊効果にある〈解放〉という見たことのないアビリティに注視していた。
イルミネイトが装備し実戦を行うと、ウィンドウに『一時的装備ステータス』と表示され、HPから攻撃力などが追加されていた。そうしてイルミネイトの生体はシイナ並の機動力で相手の懐へ突っ込み、確実に狙いを定めてた。
シイナは突然の出来事に、茫然としていた。
『どうやら一時的にステータスを存在させる固有アビリティのようだが、こんなもの見たことが無いな』
『いったい誰から贈られた物なんですか?』
『ソラングよ』
イルミネイトの固まった表情に、シイナはどう切り替えしていいのか分からずにいた。ただ彼は嬉しそうに、「ステータスがある」と喜んでいた。シイナとピックは、やはり議論すべきかと考えていた。