シンカイ
『では参りましょうか。敵の反応はこの奥の部屋と、マップにはありますね』
『やっぱりここはシイナちゃんに特攻かけてもらって、後ろで援護が通例じゃない?』
『そうね、それがいいと』
『いえ、シイナさんは地上戦闘マップばかりプレイされていたようなのでご存じないかもしれませんが、ここ図書館は魔法を使うボスが設定されていることがあります』
シイナがマップウィンドウを確認すると、「マップ名〈図書館〉魔法ボスあり」と記されていたことに気がついた。今までそういった場面を経験していなかったシイナは、暗視を悔いた。そして目の前にいる先人の重要さを感じた。
『近接陣が少ないことですし、シイナさんには私たちが魔法で足止めをする際に突撃してもらうのがいいのではないかと考えます』
『なるほど、知識人は頼りになる』
先頭からシンセロとカリーナ、そこにシイナがついていく隊列になった。部屋を出てまた本ばかりの廊下を歩いて行くと、すぐに目的地へと出た。シンセロが指で3、2、1と示し、徐に扉を開けた。
『貴様が目標だな』
だがその声は魔法使いでも太刀持ちでもなく、まったく別の声色だった。3人が柵に寄ると、その声は真下に抜けた大きな広間からするものだった。
『あらイケメン』
カリーナが言う。
『君もそう思ったのか?』
『うっさい黙ってなさいよ』
『私のピックを遣します』
シンセロから淡い朱色の玉を下層へ向かわせた。そしてウィンドウを開くと、片手に銃を持つ青年が立っていた。その先にはシンセロ達の言う通り本を携えた黒ローブのボスがいた。
『一歩でも動いてみろ、引き金を引く』
『この人、4人目のメンバーさんかもね』
だが既に魔法が唱えられていたのか、部屋中に暗黒の魔法陣が敷き詰められた。シンセロが立ち上がり即刻本を開いた。〈ラルゴ〉と唱えられたそれは黒魔法を紅く上塗りにし、しかし青年の周りのみを対象としていた。その刹那周りの景色はすべて炎一色に変わり、シイナは下層へ向かった。だが敵には依然ダメージは無く、シンセロは大きく言い放った。
『予定は変更。彼を援護します!』
青年は驚いた表情を見せたが、すぐさま状況を理解したようでボスの方を向いた。再び張られた魔法陣をすかさずシンセロとカリーナが上塗りし、青年が銃で敵を狙いながらシイナが接近していった。シイナが馴れない太刀でボスを追う間にも、青年を狙った複数の黒い魔法が横から噴出する。けれどその度カリーナが氷の壁を周りに召喚し、防いでいた。まるで将棋の様に逃げ場を塞いでいき、壁を背にした敵の両サイドに魔法陣を張り全前方には青年。引き金を引き弾丸を発射するが、召喚された漆黒の剣で跳ね返す。しかしシイナが懐に忍び込んで、渾身の一太刀を振った。
*
『咄嗟の判断、助かった。俺はシンカイ』
ロビーに戻ったメンバーはそれぞれの自己紹介を済ませ、駄弁っていた。
『いえ、シイナさんがすぐ下に向かってくれたからこそです』
『よくあれだけ冷静に判断できたよねー』
『彼の顔に見とれなくてよかったな』
『黙れ。結果として、私一人だけでは何もできなかった。皆さんのおかげです』
『おっと、私たちはこのあたりで失礼します』
『まーたねー』
時計を確認しながら、兄弟は去って行った。ピックがシイナ耳元までやってきて、何やら話しかけていた。それは「銃使いであるシンセロとイルミネイトを合わせてみる」というものだった。確かに彼はまだ銃に不慣れだったこともあるので、シイナは賛成した。
『あのシンカイさん、少しご相談があるのですが。実は私の仲間に銃を使う方がいるのですが、なかなか扱い慣れずにいて。よかったら手ほどきしてもらえませんか?』
『成程……まあ、いいけれど私で大丈夫か?』
『はい。彼も喜ぶと思います』
*
『初めまして。イルミネイトです』
シンカイは困惑していた。それはおそらくシイナが「ただいま」と発言して帰った部屋に、少年がいたからだろう。もちろんその後事細かに事情を説明し疑問は解決してた。バグの事とソウランの名は伏せたが。だけれどやはりこの状況に異質なものを感じていたのか、ずっと不思議そうな目で少年を見つめていた。
『シンカイだ……銃の事で聞きたいことがあるそうだな』
『初心者スペースで何度か練習はしてようやく敵を倒すことへ億劫は感じなくなってきたようだが、肝心のエイムが無くて』
『そうなんです、狙っても当たらなくて』
二人が専門的な話を始め、シイナは自室で静かに純名の存在を確認できなかったことを悔いた。もちろんたった一度のマッチングで出会うなんてことを想像もしていなかったのだから、そこはどうでもいい。ただイルミネイトという、新しく気にしなければならない存在に悩みはせていた。つい今の様に頼れる人を探してしまう事。それによって本来の目的を見失ってしまうんじゃないかという心配が、シイナの心を支配していた。
『そんなに心配か、過去のパートナーが』
『当り前』
『……新しい相方ができれば変わると思ったのだがな、いい迷惑だったか』
『……ひょっとして、そのためにシンカイさんをここへ寄らせたの。何よそれ。いい男でもできれば大人しくなると思った?』
『ああ。だがそれだけ君は大人しくならなくちゃいけない。ここで生きる本当の目的は過去の憂さ晴らしだからな』
『なら、私にとってそれは純名に会う事なのよ……』
ベッドに寝転がり、二の腕で目を塞いだ――
*
しばらくすると窓から光りは無く、シイナは夜だということに気が付いた。それよりも、シンカイを一方的に遣したことに対しての方が大きかった。すぐさまイルミネイトの下へ行った。案の定、既に帰ってしまった後のようだった。
『すいません。お休みになっていたようだったので、話だけ聞かせてもらって帰らせてしまいました』
『いや、こちらこそすまない。急に眠気が襲ってきて……良いアドバイスはもらえた?』
『はい!』
依然としてシイナは疲れがたまっていたので、風呂に入ってからすぐ眠ることにした。お礼は後日行うこととなった。