初めての銃と魔法使い
『狙うのは、敵の位置ではなく予測位置よ。でなければ機動力の高い敵に対して、なんの効果も発揮しないから』
『はい……』
初心者エリアで狙うイルミネイトの装備は、所謂マシンガンというやつだ。けれど弾丸パックも簡略化され、銃本来の「飛来する的を撃ち落とす」ことに適応していた。明らかに震える彼の指先をシイナが触れると、先ほどまでと違い冷静さを取り戻した。
『弾はそこまで遅くはない。あくまでほんの数センチ前方に。あの敵を撃ってみて』
鳥型エネミーを細い指が狙う。銃口は完全にそっちを向いていたが、いまだイルミネイトは発砲できずにいた。
『む、無理です……だって、鳥を殺すだなんて……』
『あれは鳥じゃない。画像を身にまとった的』
『随分と厳しい口調だなシイナ』
彼女は億劫を感じていた。あまりにも曖昧な理由と、行わなければならない行動に少なからず怠慢を隠していた。けれども必死に敵を狙う少年の瞳を裏切りたくもないとさえ思ってた。お人よしと呼ばれたことはなかったシイナだが、自分の介護癖を疑っていた。
*
彼の戦闘への慣れなさにその日の夜、シイナとピックによる小会議が開かれる運びとなった。
『あのマスター、もう数十分後じゃだめか。これからテレビで「アイドルシンパシー」が放送されるところなんだ。先週は見逃してしまったし、録画予約も間に合わなくてだな……』
『却下。あのね、どれだけ重大なことか分かってないんでしょ。アイドル一人に情熱かけるのもいいけど、こっちも考えてよね』
『分かっているさ! 分かっているとも! 番組予約すらできていないこんなやつを相手になんて……してくれないってことをね!』
『あーもううるさい』
結局会議は流れてしまい、ピックは暗い部屋の中番組を見、シイナは自室で思考を深めることとなった。自室の引き出しを開けると、「純名」と書かれたメモ書きを取り出した。
シイナもとい椎名の唯一の友人だ。裏にはびっしりとインクで殴り書きがされている。
「純名。この名前の人を、私は忘れてはいけない。生前、病気で死んでしまった。あなたの死を追う様に私はこの世界にやってきた。だから純名もこの世界にいるのかも知れない。病名は分からない。だけど私の友達」
暗闇で洋紙を照らすライトの光。その光を捕まえられることができるなら、どれだけ幸せなのだろうとシイナは考えた。けれど一向に光が見つかることは無かった。そして今後もないのだろうと否定的な考えに至る。とっくの昔に諦めは着いていた。隣にイルミネイトがいることに気付きもせず。
『誰かへの手紙ですか……純名?』
『私の友人よ、この世界にいるかどうかもわからないけれど』
『捜索依頼は出さないんですか?』
『出したよ、当の昔に数十回ね。でもこっちでどんな名前を使っているかもわからないし、結局見つかりはしないよ』
何十年も前、世界を歩き回って純名を探していたことをシイナは思いだしていた。各地方で情報を訪ねながら一つずつしらみつぶしをして、結果この東京を現時点が最終地点だ。だからもしこの地で彼女が見つからないのなら、いっそのこと死んでしまおうとも考えていた。
『……探しましょう! 東京中隈なく!』
『もう探したわ、散々ね。でもやっぱり名前や姿の情報が無いから、どうしようもないの』
『……複数チーム戦なら』
『マッチングしたって、全世界から人が寄ってくるのよ。たった一人を絞られるかしら』
『可能性が無いよりましだと思います』
イルミネイトの考えは妥当だった。ただやみくもに探索するよりも、いや既にそうしてしまった以上、彼女が戦場で遊んでいることを願い戦うしかないのだとシイナ自身感じ取った。
*
『マッチングは、全世界から4人チームを編成してミッションをクリアしていただくクエストになります。ご友人のお名前を御存知でしたら、こちらへお書きください』
今日は体験と銘打ち、シイナ単独で乗り込むことになった。まだ銃の扱いになれないイルミネイトが参戦し負傷でもされたら困るとシイナが考えたからだった。シイナは手渡されたウィンドウに、一応「ジュンナ」と書き入れた。そう、可能性は高めなければいけないからだ。
転移先は図書館マップで、数えきれないほどの本が辺りをひしめき合っていた。緑や赤のそれを包むように、黒色の陽が奥へと続く。メンバーは全員奥にいるのかと思いシイナは進み始めるが声すら聞こえない。ただ物々しい雰囲気が漂う。
次の瞬間、本は一斉に雪崩を起こし始めた。
ドサドサと開け閉めを繰り返しながら山を形成し、シイナの方へと向かってくる。暗闇を突き進んでいると木製のドアがあった。一時撤退という名目で、紫色の光が立ち込めるそこを開けた。
『なんだ、いったい……魔法か?』
その予想は的中で、シイナは体が重くなるのを感じた。辺り一面に紫色の円盤状が広がり、手から徐々に地面へと這いつくばり、自然と抵抗を失くされた。それがむしろ苦痛だった。
『へー、案外単純に引っかかるもんだね。お兄ちゃん』
『しょうがないよカリーナ、情報にも地上戦ばっかり熟してるし。よっぽど魔法には抵抗があったのかな』
『誰だ、貴様らは……』
シイナの瞳からはしっかりと似たような兄弟が映っていた。左にる水色の服を着た幼子が本を開くと、再び尋常ではない重力がシイナを襲った。
『キャハハ! 面白―い!』
『その辺にしときなよカリーナ』
右にいる朱色の服を着た青年が本を開くと、シイナはようやく重力から解放された。鎧の下にはびっしりと汗をかいていた。頭痛と怠惰に見舞われながらも、なんとか立ち上がり太刀を引き抜いた。
『おっと、待ってください。これは少し試しただけで、決して敵ではありませんよ』
『そうそう。ただの死人だってー』
『それは私もなのよ舐めてるの』
二人ともが本を閉じ、それに従う様に太刀を仕舞う。ただ完全には仕舞わず、あくまで注視していた。
『私は〈シンセロ〉、こちらは〈カリーナ〉です。私たち兄弟は物理の方にはいつも、どれほどの魔法耐性を持っているか試しているのです』
『魔法……耐性……』
『そう! お姉さん格闘ばっかりしてたから、念のため〈グラヴィタ〉を部屋にかけておいたんだけど、あんまりダメージはないっぽいね』
話を聞くに、兄の〈シンセロ〉は火を司る赤系統の魔法使いで、火素というものを使い魔法を起こすのだそう。妹の〈カリーナ〉は水を司る青系統のそれで、こちらも水素を使う詠唱を行うらしい。ただシイナは生まれてこのかた魔法使いの戦い方を知らなかったため、しばらく困惑を示していた。
『簡単に魔法を説明しましょうか。私たちはこの世界でしばらく魔法学校に通っておりまして、クラスによって学ぶことが違うのです。今使った〈グラヴィタ〉は紫系統で、私とカリーナの魔法を織り交ぜて放つことで発生するものです。
つまり、絵具と同じです。色どうしを混ぜ、その効果を引き出すのが私たちが使っている魔法です。本当は緑使いもいるのですが、このマッチングにはいないようですね』
『でも、もう一人いるはずだよねー。姿が見えないし、まあいいか』
すっかり疲労の溜まった体を奮い立て、シイナは自己紹介を済ませた。