教育者たれ
イルミネイトを通報した際に、シイナは無事バグを取り除き帰還することができた。だが再び〈ジョイント〉へシイナが帰ってきても、機関から連絡が来ることは無かった。
後日、搬入されたと聞いた病院施設へシイナは向かうことにした。だがそこでいくら名前を言っても、少年の安否を確認することはできなかった。ただ、公式からようやく連絡が入っていた。
『ユーザー〈シイナ〉様。この度は名称未登録ユーザーを発見、通報していただきありがとうございました。お礼がしたいので、東京にある〈ジョイント〉で合いませんか』
その文面から、シイナは怪しげな雰囲気を読み取っていた。内容の稚拙さから、内部の人間によるものではないのかと考えていた。そして導かれるように、シイナとピックはジョイントへ向かった。
『あぁ! 初めまして! 私、ハーベスター代表取締役〈ソウラン〉と申します』
ソウランと名乗る彼は、妙に俗世間的な格好で現れた。服装から、随分と若々しい印象を受ける。いや、現れてしまったというべきなんだろうかと彼女は困惑する。仮にも代表取締役だ、甘い話ではない。謎の決意が、シイナには宿っていた。
『彼は今、どこにいるんですか?』
『はい、私たちハーベスター内の施設で療養中です。いやぁ、助かりました。マジで』
『何か大切な存在で』
『そりゃあそうですよ! 大切なユーザー様です。でもですねぇ、記憶障害があるようで……でも当方としては、なるべく大事にしたくないのです』
当然だろうとシイナは考える。頻発とは言えないが、偶発したバグによって一人のニンゲンを気絶させ、記憶障害を起こした。そんなことがこの世界中に情報としてばら撒かれたら、公式も終わりだ。もちろんこのチャットも完全非公開で、数時間後に削除されるのだろう。痕跡はない。
『そこでですねぇ! 貴女にちょっとした教育役を演じてもらおうかなと! 考えてるんですが!』
『教育役?』
『怪しいな。師弟関係はともかく、コミュニティーを形成して活動することがマスター等の本来の目的なのにもかかわらず、教育は必要ないはずだ。それは前世社会で学んだことが引き継がれるはずじゃないのか?』
『もちろん! ですが、ここでいう「教育」はあくまで面倒見です。そんな厳しいものじゃあないですよぉー』
おそらく、シイナにとってそれは「木の枝がある。拾いますか?」という質問に対して、はい、YES、OFF COURSEの三択しか用意されていないことと同意義だった。そしてもちろんハーベスターの玩具であるピックも同様だった。そういえば彼にも一人ピックがいるはずだとシイナは思い返した。
『いやぁー、ありがたやー。ただでさえ最近は反発的なユーザーが増加傾向にありましたので、内心冷や冷や南極時代で。いや、これもシイナ様そしてピックのおかげでございます』
ソウランは持ち込んだカバンを引っ提げ、静かに去って行った。
『臭い。あまりにも臭すぎるな』
『私の体付近で言わないで。勘違いされる』
『人なんていないだろ、わざわざそこを選択されたわけだしな。――――の様子を見るに……おっと、さっそく彼のユーザー名が公式NGリストに入れられたようだ』
〈ソウラン〉というユーザー名、そしてその存在がこの瞬間世界から消失した事実に、シイナは静かな巨力を感じていた。それもハーベスター最高責任者だ。一筋縄ではいかないだろうとシイナの頭では考えていた――
翌日部屋の扉を開けると、見覚えのある少年が立っていた。
『あ、あの』
『えーっと、〈イルミネイト〉?』
『は、はい。助けて頂いたとソラングから聞きました』
早速の偽名だ。ソウランでなく、ソラング。この世界に来た時点で、彼女らはあくまで人間をやめ、ニンゲンになる。だから、人の本心を探ることなんてできないのだろうけれど、ただ彼は違った。
そうステータスが無いのだ。シイナが再び確認をしても現れることのない表示。そして不思議そうに見つめるイルミネイトの童顔に、シイナは感じたことのないときめきを感じていた。初めて告白を受けたような、それでいて子供の様な甘露な味をうまく処理できずにいた。
『イルミネイト、貴方は海岸で倒れていたのだけれど、それ以前にメッセンジャーを名乗る人とであったことはないかしら』
『メッセンジャー、ですか? うーん……ちょっとわかりません。初めて見たのが、ソラングだったので』
シイナの思考にある憶測が働く――どうやら「教育」するのはシイナではなく、すでにソウランによって「教育」された後なのだろう。都合の良い記憶を与えているのだろう――
いずれにせよ、彼女に反逆の機会はなかった。メッセージの送信はリアルタイムで監視されているし、行動だって同じだ。穴があるとしたら、ハーベスターの管理していないこの土地古来の場所ならなんとかなるかもしれないが。
『……あなた、戦は好き?』
『まだやったことがないので何も言えません』
ソファの隣に座ったイルミネイトは、足を抱える。
『これから行こうか、戦闘スペース』
『いきなり戦闘か? まずは初心者ゾーンからだぞ』
……きっと、これでいいのだろうとシイナの思考は止まっていた。ソウランの言う「教育」はこの世界にイルミネイトを慣れさせることで、それには戦いが一番ちょうどいい。そうしていれば彼は生活の方法を覚え、そしてシイナもいずれ探し人を見つけ出すことだって容易にすむだろうと。
ピックは静かに浮かんでいた。