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ステータスが表示されないのは僕だけですか  作者: サイケデリックを君に
1章 シイナ 1話 忘れることのない出会いと別れ
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『その豊満なものを、な』

 荒野ゾーンに生える僅かな土盾に身をひそめ、女性は期を窺っていた。乾いた土煙を吸い込み、その場に呑みこまれていった。空中に現したタブメニューから、鎧の色を翡翠からトパーズへと変更し、そして「たった一つの真実槍」を装備した。そうしてメニューを閉じると、自動的に内容は変更された。従順な銀色の槍先を振り回し、彼女は右足を少し下げた。[シイナ]の眼は、巨大熊を目視していた。

 砂嵐のようなそれはどこの地の物か分からないが、彼女は走る。そこにあるのはただの肉塊でできたイメージだとしても、明日の糧のために走った。そしていつか彼女を見つけるために――


 熊は風船のように弾け、金髪は乱れる血の雨に濡れていた。


 流れるように温泉宿〈ジョイント〉へ向かって行った。『東京』民の利用率はほぼ100%に迫るほどのものであり、だがそれに似つかわしくないタワーマンション風造りが特徴的である――と広告は謳う。

 エレベーターに流れる音楽は毎日変わることのないテンプレートだ。「ヴィー」と鳴るギターに乗っかる明るいヴォーカルの声。それがシイナたちを総称するユーザーの精神安定剤で、生きがいになっていた。その音楽を聴くため、人らは足しげく〈ジョイント〉へ通った。


 とは言うもののシイナの本当の目的は、温泉の効能が美肌効果だ!ということだった。


 温泉宿と銘打っているもののあくまで個室ホテルの様なもので、小さなバスタブへ源泉を流しているようなものだった。15階の窓から見える夜景を、彼女は寂しそうな瞳で見つめていた。

 だが彼女はあるモノに気が付き、窓に張り付きながらそれを凝視した。明らかに人間だった。そして座標へと個人会話を申し出た。


『誰だ』


 どれほど遠い距離だろうとそのメッセージウィンドウは相手に届くはずなのに、一向に返答はなかった。仕方ないのでメッセージ履歴からお気に入り登録だけを済ませた。

 その一動だけで後は静かな空間に、シイナは土曜日夜11時頃くらいの退屈を感じていた。


『マスターさん、ちょいといいかい』

『ちょうど話し相手がほしかったところなの、でも手短がいいわ。のぼせそう』

『ついこの前アップデートがあってな、ちょいと説明聴いてもらうぜ』


 そう唸った白く発光する玉は、ただ空中に浮いているだけで肢体は無かった。だけれど御洒落に電子体のハットを身に着けていた。

 そこに充満する湿気と熱気に、シイナはもう出てしまいたいと半分思っていたが、玉はお構いなしにウインドウを開いた。


『ハーベスターデバイス、アップデートに伴い再度この世界の説明をさせてもらうぜ。

 この世界は〈ハーベスター機関〉によって運営されている世界だ。

 そこらの地形は地球からランダムに選択して生成されたもので、君らにはゲームを楽しんでいる感覚で生活してもらう。

 例えば、常人を凌駕する能力を持った君たちの生体を使って、わが社オリジナルモンスターを狩る!

 例えば、そのお手伝いとして鍛冶屋を営んだり。

 例えば、コミュニティーを作って生前の悔いを晴らしたり』

『なんでもありね……』

『それが良いところだからな。

 そんで君らには一人に一体サポーター、〈ピック〉が就きサポートする。

 んで次は――』


 思わずピックを丸掴みして、シイナは着替え室へと飛び出した。


『どうしたマスター、まだ話は終わってはおら』

『お前、私を蒸し焼きにする気か?』

『ほー、その豊満なものは食べてみたいがな』


 いつの間にか肌蹴ていたバスタオルをまき直し、接近するセクハラピックから身を守っていた。終始攻防が続き、ようやくピックが本性を現した。


『いいから一回揉ませろや!』

『斬るぞ』

『ごめんちゃい』


 その場にあったハサミを手に取ると簡単に身を引いた。例えどれだけ欲求に忠実だったとしても、ピックは自身が傷つくことを何よりも恐れていた。シイナは護身用の短刀の購入を検討しながら、笑ってベッドへ向かった。



 ジョイントから少し外れにある〈ラウラ・ボーイ公武店〉は今日も、壊れた電灯を直すことなく24時間開店を続けていた。ガラクタだらけの、ぱっと見ジャンク屋入口に置かれた配布ボックスに触れた。浮かんだウィンドウに、メールで受け取っていた配布パスワードを打ち込む。すると箱はシイナの顔辺りまで伸び、光沢でジャケットからグリーンアイまでを映し放った。

 取り出したのは、先日の戦いで若干の欠損が見られた〈たった一つの真実槍〉の代替えとして使用する予定の太刀だ。柄には〈トレードバズリトル〉と彫ってある。酷い名だ。槍同様、公武店販売担当の〈イシイ〉が決定権を持っていると窺ったが、果たしてどんなやつなのだろう。


『おはようございます』


 ガラクタの中から身を乗り出したからか、その声の方はかび臭くてとても真っ直ぐに見ることができない。必死に息を殺しそっちを向くと、シイナの眼にはあまりにもギャップの酷い人面があった。銀髪と、顔にかかった黒――ススのようなもの――が工場らしく、だが整った顔立ち。美しいと言っても過言ではなかった。


『あ、すいません。臭いっすよね』

『い、いや別に』

『その太刀、俺が打ったんす。いやー、丸4日はかかちゃって、はは』


 まるでコンビニバイト入りたて高校生のような口調に、彼女はもどかしさを感じていた。しかし、シイナはこうとも感じていた。その太刀はただモノではないと。手に感じる程よい重圧。だが振り易いように計算された重量、材質。センスはないが、やはり徹底した完成度だ。


『貴方、名前は?』

『イシイっす。なんか平凡っすよね』


 まさか目の前の臭いイケメンが〈イシイ〉だと判別し、今すぐ退社をシイナは願った。だが、だがそこは太刀を鞘におさめ、礼をいう事にした。


『4日の糧を金でしか返せないが、恩に着る。槍の方も、改修願います』

『ばっちしまかせてくださいよぉー。10年のワザ、魅せてやりますから』

『イシイ! 早く!』


 イシイは奥から聞こえた女性の声に呼ばれ、足早に工場へと去って行った。

 近世を生きていたシイナにとって、その雰囲気は生きている間に味わうことのできないものだと肌で感じていた。バスを帯刀し、足早に戦闘スペース入場口へ向かった。

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