恣意なシイナ
私がいなくて困る人なんているわけがないのだ。
――遙か昔に読んだ小説の内容を覚えているかと聞かれると、首をかしげそうになる。
階段の一番下の段で、長髪の少女は躍らずに佇んでいた。そこは高校の校舎で、窓から射す光が制服を燃やしていた。
「椎名ちゃん、おはよう」
長髪の少女は自分の名前が椎名だとようやく気が付き、名前を発した先を見つめていた。そいつのショートカットはまるで数字の『8』もしくは『9』で、平方根を慰していた。だけれど約4~6を理解してあげられることが悔しいのか、長髪は真顔でいた。
「次、数学だね。椎名ちゃんきっと難しい問題も沢山解けるんだろうなー」
そういうと少女は、壁にかかった順位表を眺めていた。「椎名」は5だった。だがそれが椎名にとっては当たり前で、苦労とか努力というものが脳内に存在はしなかった。
「すごく褒められてたよね、自慢の娘だって親御さんに」
父親だって母親だって、彼女の事を自慢の娘だと軽い言葉でいう。それが窮屈でしょうがないのだと椎名本人は感づいていたようで、まるで隣人を見る目でいた。
椎名は顔で『テストはあくまで国家が自分を数値的に表したものだ』と言う。だから人間的価値に等しいと、それこそ単純な人は言う。そう、短髪は単純だ。
「純名だって、歌うまいし絵書けるし。よっぽど羨ましいってこと」
純名は微笑んだ。だけれど違うスピード歩き、同じ制服だ。それでも二人とも人間とはそういうものだと、面で理解していた。
椎名と純名は水火のように歩く。交わることなんてないはずなのに、歩幅なんて合っているはずがないのに。それでも『歩いている』という現象に、純名の匂いに困惑してふらついた。そして互いに弾けあって、結局は二人で歩いて行くんだとも感じていた。
二人でいれば不可能なことは無く、愚行をする羽目にもならなかった。
「ごめん、松葉杖拾って」
彼女がそれを拾って渡せば、純名はようやく生活を得た。包帯からして明らかに骨折を患っていて、だけれど行動の選択肢が無い椎名は固まっていた。そしてそれによって引き起こったのは松葉杖とのデスマーチではなく、仲の欠損だった。
ちょうど、赤いランプが見える。
ちょうど、緊急手術の文字が見える。
そしてちょうど、そのランプが消えたとき、彼女は亡きものになったと告げられた。
椎名は深夜の道路の真ん中で、立ち止まっていた。
『彼女のいない世界なんて意味のない場所なんだ』その声はわずかに漏れる。どうしようもない焦燥感の支配する空気を吸い込み、彼女は車を待っていた。
――親はまた無責任に言うのだ。
「貴女は何も悪くないよのよ」
『違うよ私が悪いの。文章からしか人への対処ができない、こんな単純な、そう単純なのは私だ』
こんな友人を持ってしまった。否定的な考えは依然として彼女を拗らせ続けた。
『私がいなくて困る人なんているわけがないのだ。こんな身勝手な私なんて、それを許容している世界なんて、〈破裂してしまえばいいのに〉』