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ステータスが表示されないのは僕だけですか  作者: サイケデリックを君に
1章 シイナ 1話 忘れることのない出会いと別れ
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躍る彼女

 シイナはただ静かに瞳を開き、そして世界を確認した。照明の点いていない暗夜のような部屋とぼやける雫。それはシイナの涙だった。ただ無限に噴出する湧水をただ顔にぶっかけ、それで満足したかのように体を濡らす。体育座り。袖の短いTシャツ。そしてたった一つだけ存在するデスクの様にシイナは留まっていた。眼球とくまのコントラストをまるで指揮するかのように月光が射す。シイナはただ泣いていた。泣いていたのだ、服を濡らしてやがて肌で感じ取るまで、脊髄に情報が渡るまで。精悍なままの言葉が――翠の魔女の、深刻で、卑劣な叫び――響いている。その耳にメッセージウィンドウが届くまでは。


『こんばんは、スヴェートです。シイナさんのピックからお聞きしました、心中お察しします。私でよければ、心の支えにならせていただきたいのです。近場にあるカフェに行きませんか?』


 シイナは悶絶した。今すぐにでも瞳を長い爪で引っ掻き回しそうなくらいに、残酷で同情的だ。純情で冷静沈着な紳士からのお誘いを断るほどの語彙を持ち合わせていないことに気が付き、腕を摩った。ただ信用のできないインフォメイションが脳内を侵す。


 解らなかった。何故|彼女(純名)は私に興味を示さないのか。いや違う。何故彼女はそう私に言ったのか?ひたすらに懊悩の輪廻が、脳内を走る。前世であそこまで信頼を示してくれてた彼女が、そう発言したのか。シイナは解らなかった。批准したはずだった二人の仲が

たった一度の面会で崩壊していく様を、彼女は信じられていなかった。そして白い壁を摩る。何かに寄り添う存在を欲していた。ピックでもイルミネイトでもない。それはシンカイでも良かったのかもしれないが、アプローチファーストはスヴェートだ。固い白壁を愛でる。そして何かに取りつかれたかのように、思い出の詰まったデスクを尻目に扉の前へと立ったのだ。


 だが彼女は女子高校生だった。そしてそこを開ければ異世界だということも、本人は理解していた。井底な彼女は、周りから与えられた情報を恐れる。怖い。畏怖の表情を必死に抑え、そうすればようやく重扉の存在を容認することができた。


 紅い照明が眩しい。明るい。幸せの文字が心を押さえつける。爛れた心情を薬で成型するかのように、いらっしゃいませの声を聞く。劣等感はあった。だがそこは異常なほどの吸引力で、椎名という少女の心を魅了することなんて容易のだった。娯楽溢れる天国。血に塗れながら魔女を探す旅なんて、もうやめだ!そうだピック、余生を楽しむのが私の生きがいだと言わんばかりに綻ぶ表情筋。陽気なミュージック――歌い手はビリー・シザーズ率いる“自称も自傷ペテン師集団”マリークアンタムだ!というナレーション――それは単調な「ヴィー」というギターの音とは違い、歌詞があった。それはシイナがこの世で聞いた初めての歌声だった。ライブステージを抜け、マーケットエリアを通り、やがてその場所は訪れる。定めの様に、男は現れたのだ。


『やあ、シイナさん。本当に来てくれるなんて、嬉しいな』

『いえ、その、どうしたらいいか分からなくて』

『大丈夫だよ』


 スヴェートはまさしくジェントルマンだった。常用していた厚服を脱ぎ棄て、そのままシイナと椎名を奥へと引き込んだ。ああ、堕ちるのかとシイナは思った。だがそれは全国の女子アンケートで100%を取るであろう思考で、またこれも残酷なものだった。彼は珈琲を飲んでいた。真黒のそれに注がれたミルクをかきまぜ、シイナは飲む。死にたいと何度も思った。自分に関与してきたすべての人を裏切る気分だった。気にかけてくれる男性に溺れることを覚悟した瞬間に、心臓は破裂する勢いでペースメーカーを労働させる。鋭いまぶたは、こちらへと向けられていた。


『騒がしいね、こっちにまで音が潜り込んでくる。私はあまりロックを聞かなくてね』

『私もです』


 その世界に愛の塊は存在しなかった。その過程すら、万死に値するものだった。そしてそれは二度目の死を意味する。逃げ出したいと何度も思った。少女の心は、大人の身体を巻き込み、さらなる懊悩へと加速した。もう知るか、私の人生なのだ――だが違う。この命はかりそめの物なのだ。ハーベスター機関という見たことのない、だが全人類に聞き覚えのある政府の管理する存在。それを分かっていながら、彼女は嘘の愛に溺れていたいと思った。時計は23時をとうの昔に過ぎていた。


『もうこんな時間ですね。シイナさんのお気持ちが少しでも晴れたのなら、私は満足です』

『スヴェートさん、私……眠れそうにありません。もう、誰の声も聴きたくなくて……』

『では、二人きりでお話しましょうか』


 シイナは彼の裾をほんの少しの力で握り、だが確実に掴んでた。離したくない。そして、その身をささげる覚悟を静かに決めていたのだ。逃げ場のない欲求を、慰めるように囁く彼を。少女には彼しか見えていなかった。だが……シイナの耳には確かにペテン師の声が届いていた。


――やあやあ!全世界の反逆者ども!世界不適合者の掃き溜め!イルミネイトの付け方も知らないお子ちゃまが、おしゃぶりしゃぶってパンクに躍ってらぁ。


 イルミネイト。イルミネイト?そう、シイナが教育するべき、言わば子だ。もちろん血縁はなくとも、事実上立ち位置はそうなる。そう、シイナは母親となるべき存在なのだ。彼女は絶望した。かつて自身を身勝手に評価した両親は、今の自分なのだと悲しみに包まれる。涙が出る。その成分は、哀でも憂いでもなく愛しさからなる物質だった。ああどれだけ彼を身勝手に評価しただろう。私が、母親なのだと感じていた。シイナはあっという間に、自らのすべきことを思い返した。過去犯した母親の罪を、何故同じように繰り返す?何故、人は繰り返す?そのために。そのためにシイナはこの世界へとやってきたのだ。誰かを見つけるとか、愛し合った人共に余生を過ごすことなんかじゃない。


 それは、生前で行えなかったことをすべて完了することだった。


『ごめんなさい……私、イルミネイトのところに行かないと』

『でも、誰も信じられないのだろう?』

『いいえ、信じられるわ……だって、それが人生だもの』


 彼のごつい手を振り払い、その場を抜け出した。辺りには冷気と、それに負けないほどの静かな活気が確かにあった――ああ、そうだ!この感覚だ!シイナは歓喜した。自らが生きている理由。全人類が知りたがっているであろう最終目的をその脳内に取り込むことで、彼女はようやく自由を手に入れた。誰がために。愛する者のために。そんなんじゃあない。やりたいこと、すべてをやるのだ。それが今じゃなくたっていい。いつか、それこそ10年後20年後だっていい。それでもいいから、今こうして雨に打たれ、まるでイカれた奴を見る目で見られたって、すべてをこの手につかむんだ。


 お月様とロンド。さあ躍るよ二人で、楽しそうに笑ってる。シイナの心は天に上り、少女の心はあっという間に神聖化した。回転する。両手を軸に、自由回転。雨が彼女を嫌って、シイナだけライトアップされる。今この場所では、彼女が、彼女だけが主人公だった。ペテン師でも、純名でもない。たった一人の少女が、人生の階段を上って行った。そして彼女を見つめる彼にこう言った。


――さようなら、一度目の愛した人よ!私には、もっともっと愛すべき人がいるの!


 スヴェールは終始睨んでいた。

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