哀と翠に蝕まれた純名
シイナの眼が冴えたのはたった一つのメッセージが原因だった。それは腐った通信会社からの迷惑メールでも、イシイの新作武器発表でもなく、本当にたった2行の文字列だった。窓から漏れる陽がまるで希望の様に、そしてピックは困惑していた。ベッドを叩いて立ち上がっても、彼女の鼻息が絶えることは無かった。
そう、ようやく彼女が見つかったのだ。
もちろん確証はない。ただ、「ジュンナ」というユーザーをサーチした結果、1件当てが見つかったという機関からの通知だ。行動まで10分もかからなかった。いつも通り髪を整えホワイトジャンパースカートを着、冷えを嫌うブーツを履いて二人は近場の公園へと向かう。そこにはスタッフがおり、数分もしたら彼女が来るという。
『こちらの方です。〈ジュンナ〉様は東京に生まれ、その後魔法学校に入校。しかしすぐ退学し、その後の詳細は不明です』
辺りは依然として冷気が漂っていた。シイナ達は冷感によるスクランブルの中、親愛なる友人を待っていた。
――しかし、よく見つかったものだとも考えた。
シイナが全国を行脚してまでも見つけられなかった唯一の存在を、たった一度の検索で探し当てるほどの労力。二人はまともではいられなかった。ソラングの下で私たちの支援をしているのか、はたまた偶然か。善意か悪魔か。ずっと目を閉じていた。答えを待っていた。ただ足音のする方向を見つめ、シイナは不確かな頬を引きつった。
確かに、純名、だった。
『貴女に興味はないの』
興味どころではなかった。彼女は深緑のフードを被り、確かにあの芸術肌美少女だった。だけれど目の下のくまが、彼女のどす黒い部分を全て包括していた。確かにあの藝術者だ。そうだ。シイナは悶絶していた。
『純名……興味が無いってどういうこと?』
『興味を持ちたくないの。天才ちゃんと一緒はもう嫌』
スタッフを帰し、二人っきりの躍りが始まった。だがそこからいくら会話を重ねたとしても、何か新しい種が芽生えることはないと分かり切っていたし、そうする気にもならなかった。
『ええ、ずっと一人でいて解ったわ。椎名、貴女は天才なの。賢いの。だからもう私に関わらないで。ミステイクだらけで生きていたいの』
『頼む。何が原因なのかくらい教えて欲しい』
『ふふ、無理よ。ねえ、そこの玉を黙らせてよ。そうしたら教えてあげる』
そんな理不尽な提案をシイナは飲み込むわけにもいかず、ただ黙っていた。黙ってつばを飲み込み、黙って純名の鼻を見つめた。そうしていればこの状況が覆ることもなければ、常に安全牌を引くことができると判断したからだ。ところで、それではらちが明かないと彼女は気づく。それはフクロウの様に、純名を見つめた。
『……? まあいい、無理というのなら、私はまた身を消すよ椎名』
『純名……どうして』
『いいか! もう関わるなと言ったんだ口をきくな! 目を合わせるな! 再び会うような奇跡が起こらない限り、君と愚息なそいつを信用するわけにはいかない。そうじゃなきゃ、また真っ当な野郎に成り下がってしまうからな』
内含した意を、シイナはすべて汲み取ることができずにいた。ただ帰宅間の夕焼けに、彼女との再びの出会いを期待するばかりだった。何故彼女は期待する?そう天才だからだ。彼女は天才で賢いのだ。だが最低な未来を拒み、ただ地獄のような状況を少しでも改善しようという善意を裏に隠し、イルミネイトの下へ帰った。
その日、シイナは食事をとらなかった。自室のベッドに倒れ込み、ピックとイルミネイト二人だけの会食だ。引き出しを開くと、彼女を探し旅に出た黙示録を見つけた。そうして何ページも開くたび涙は頬を伝い、胸を濡らした。怪しく陰る照明が藍らしく壊れた顔面を照らし、そして泣いていた。泣き張れた目をこすりながら、暗がりのベッドで呟くように語る。
『さよなら。私の友達よ。もういないんだね、私たちお互い愛し合っていたあの頃を、まだ忘れずにいる。消えたいよ。消えたい。死にたい。私の目的だったのに。あなた以外要らなかったのに……
私は天才でも何でもない。ただの死人よ』
ナンセンスの詩を一人ベラベラ言い、語彙の限界を感じ彼女は眠りにつくことを決めた。ただ、彼女は一つ決意を抱いた。
『私にできることをしよう』
ただそれは破壊の終点へと向かうものだと、おそらくピックは分かっていた。だがそう口にすることは無く、翌日になってバトルロビーに向かってもただ見守っているばかり。
『イルミネイト、今日は初めての正式ミッションだ。気を引き締めよう』
『はい! 任せてください! ステータスを持った私に、敵はいません!』
張り切る少年を横目に、シイナは静かに悲しみを〈たった一つの真実槍〉に込め、戦いへと向かった。今回選択したのは確かに初心者向けの易しいものだったが、おそらく数分で片が付くだろうとシイナは予想した。彼の向上は凄まじいスピードだ。もう苦悩なんて存在していないだろう。
確かにそうだった。シイナと負けず劣らずのスピードで敵の懐まで突っ込みフェイントをかけ、上空から腹部を撃ち抜いた。そして着地と同時に変速ダッシュをかけ、両腕から恐ろしいほどの数が敵を襲う。片手で飛び上がり、マシンガンから出る一発一発を全て命中させていった。黒い髪が駆け巡り終わると、辺りは惨劇と化していた。
『恐ろしいな。どんな魔法だ?』
『猛者はいくらでも見てきたけれど、これじゃまるで覇者ね』
『……なあシイナ。おかしくないか? 君もそうだが、すべての事象がまるで覆っていく感覚が気持ち悪すぎるんだ』
『そんなこと知らないわ。私が今できることは彼の教育だけだもの』
シイナは哀を笑った。