鋼鉄
「お嬢様。タンデヴィシュ皇国騎士団長のトルス様と言う方がお嬢様に相談したいそうなのですが、いかがいたしますか?」
誘致合戦から数日経ち、執務室で工場の計画書を纏めていたら、来客のようで、マリアが知らせて来た。
「会議室に通しておいてください。あと、お茶もお願いします。」
「畏まりました。」
会議室へ移動し、部屋に入ると、銀色の鉄でできている甲冑を身に纏い、マントを羽織った大柄の30代中程くらいの男性が椅子に腰かけていた。
「初めまして。リバーサイド鉱業商会会頭のフィナ・リバーサイドです。」
「私はタンデヴィシュ皇国騎士団長のトルス・オルグスと言う。」
「本日はどのようなご用件で参られたのですか?」
「実は、これなんだが。」
テーブルに置かれたのは刃こぼれしているが、柄の部分は真新しそうな剣で、剣先も少し欠けてしまっている。
「今までに鉄の剣を色んなところで作らせているのだが、少し使っただけでこの有り様で、修理費や買い換えに金がかかって仕方がないのだ。」
剣を手に取り、鉄を虫眼鏡で見たり、少し叩いて音を聞いてみて。
「確かにあまり質がよろしくありませんね。これでは少し実戦に使ったり、何か斬れば、すぐに痛んでしまいます。」
「そうなのだ。現にその剣も1回だけ山賊退治をして、その有り様なのだ。」
「なるほど。それで、私のところに来られたのですね。」
「うむ。この商会で作られる鉄の質が良いと評判で、試しに剣を作って貰おうかと。」
「事情はわかりました。ですが、うちの鉄を使っても長持ちはしません。」
「そうか...」
「ですが、ご期待に沿える材料に心当たりがありますので、1本だけ試しに作って、試作品を試してもらっても良いですか?」
「おお!是非、頼む!」
その後、契約書で試作品の性能を見た上で、要望に沿ったものが出来れば、騎士団全ての武器や防具に採用すると言った内容で契約し、費用や値段に関しては、試作品から割り出すと言う事になった。
「お嬢様、この契約書ですが、本当に大丈夫なのですか?」
マリアは騎士団との契約書を読み、剣や防具の材料が本当にちゃんと作れるのか心配している様子で。
「ええ。もちろん。凄く簡単に作れるわ。何なら、明日にでも材料は揃えられるのよ?」
「え!?そんなに簡単にですか?!」
「ええ。この配合で鉄の精練を製鉄所に指示してちょうだい。」
マリアに試作品の鉄について材料の配合比を書き込んだ指示書を渡し。
「え?本当にこれでいいのですか?」
「はい。それでいいです。完成したら騎士団長様が指定された工房に材料を届けて、試作品の作成を依頼してください。」
「は、はい。」
無事に指示書通りの配合で精練され、工房に送られて、試作品の作成に取りかかった。
そして、あっという間に完成し、早速、試作品を持って、騎士団の駐屯所に行き、通された応接室で騎士団長を待っていて。
「フィナ殿!お待たせした!本当にもう出来たのか!」
「はい。工房の職人さんもかなり力を入れられて、最優先で作ってくれたそうです。」
「おお。それはそれは、後で感謝の手紙を書かねば。」
「その前に試作品のテストをしましょう。訓練所に早速、運び込ませて頂きましたので。」
早速、駐屯所内にある訓練所に移動すると何処からか噂を嗅ぎ付けた騎士達が集まっており、多くのギャラリーが出来ていて。
「では、テストを開始しますが、誰か参加されませんか?」
「は、はい!俺やります!」
手を上げたのはまだ新人といった雰囲気の若い青年で。
「では、よろしくお願いいたします。用意したのは鎧一式と剣と槍です。比較対象に従来の物も用意させて頂きました。」
青年の騎士はまず、鎧を着たところから驚きの表情を見せて。
「こ、こんなに薄くて軽いので大丈夫なのですか!?」
「今までの鎧は脆かったので分厚くして耐久性を維持していましたが、新しい鎧に使った鉄は薄くても十分な強度を有しているので、薄くしても大丈夫なのです。」
「なるほど。確かに軽くて動きやすいですね。」
青年の騎士は今までの鎧では出来なかった軽やかな動きを見せ、ギャラリーからも「お~!」「すげ~!」など驚きの声が上がり。
「次は剣ですが、これも今までだとすぐ刃こぼれしたり、欠けたり、折れたりしましたが、その心配もありません。試しに、鎧を切ってみてください。」
従来の鎧を剣で切りつけると、鎧は大きな傷が深くつき、剣の方は刃こぼれもせず、ひびも無く全くの無傷の状態で。
因みに、古い剣だとこの時点で刃こぼれして切れなくなってしまう。
「次は槍です。」
槍で従来の鎧を貫くことは今までは不可能なのだが、新素材の槍で従来の鎧を突くと、貫通し、鎧には貫通したところから四方にひびが入り、今にも壊れそうになっており。
「なっ!馬鹿なっ!」
ギャラリーも次々と今まで使ってた鎧が壊されていくため、茫然としてしまい、新素材の防具が今までの防具より遥かに優れている事が良くわかり、手元の防具が子供の玩具のように感じ、恥ずかしくなってきてしまい。
「これは申し分ないどころか、期待を良い意味で裏切る驚異的な威力だな。フィナ殿。是非、この新たな鉄を売って下され!」
「はい。勿論です。お値段は従来の鉄より1割ほど値段が上がりますが、よろしいですか?」
「なんと!これだけの差がありながら1割しか変わらんのですか!?」
「はい。従来の精練に一手間加えただけで、変わったことはそんなにしていないので。」
「そ、そうですか。わかった。後、もしかするとこの鉄は皇帝陛下の勅命で生産に規制が出来るかもしれないが、それは仕方がないと思ってくれ。」
「分かりました。では、また詳細な納入計画書を作って、持ってきます。」
「うむ。頼んだ。」
その後、皇帝陛下の勅命で、精練する量を正確に申告する義務が発生し、販売先も騎士団に限定された。
そして、この新たな鉄が鋼鉄と呼ばれるようになり、各地の製鉄所は鋼鉄の作成に取り組み、一向に成果を得られず、苦労したと言う。