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その場所は、凶悪な犯罪者ばかりを収容している、アメリカで最も堅牢で最高度のセキュリティを誇る刑務所だった。
最近、その刑務所に新たな凶悪犯が収容された。
凶悪犯はモデルもかくやと言わんばかりの美女だったが、その凶暴性と特殊能力の危険性は類を見ないものだったため、決して他の囚人とは対面できないように、隔離された独房に収監されている。
女は特殊な薬液に満たされた棺のような強化プラスチックケースに横たわっていた。自分で自分を傷つけることの無いよう、口と両手両足に拘束具を取り付けられ、特に両手の指の間を強制的に開かせたままにさせるための器具が厳重に取り付けられている。
遠くで足音がする。コツリコツリと響く足音は、しかしいつもの看守の足音とは違って妙に不規則だった。まるでステップを踏むように、だが確実に女の居る独房に近付いてくる。
コツリ――足音がついに女の独房前で止まる。
女は天井を見上げたまま、ジッと耳を澄ましていた。
しばらくして部屋の中からコツリ、と足音が響く。扉を開けた音もせず、だが足音は全身を薬液に浸けられた女の方へと近付いていく。
ふと女の眼前に、男の顔が現れた。
「おやおや、全く持って惨めなものですね」
男の顔には得も知れぬ愉悦が広がっていた。実際、男は楽しくて仕方なかったのだ。
「んー! うううっ!」
「なに? そんな獣のような唸り声では、何を言っているのか分かりませんよ」
わざとらしく男が耳に手を当てて女の顔に近づける。
「おっと、もしや喋れないのですか? これは失礼、私としたことが気付かずに一人でお喋りしてしまった。いやはやお恥ずかしいことだ」
男の手が女の口に嵌めてあった拘束具を取ってやる。途端、女が激昂した。
「今すぐ私をここから出しなさい! 早く!」
「ふふ、おかしな事を言うのですね。どうして私があなたを助ける必要があるのですか?」
「その為にアンタはここに来たんでしょうが!」
「まさか! 私はただ、あなたの無様な姿を一目見たかっただけですよ。もう充分堪能したので、そろそろ帰りますね」
男が被っていた帽子を胸に置き、一礼すると女から離れようとした。だが、女が許すはずはなかった。
女の口からどす黒い血の触手が男へと一直線に伸ばされる。そして、あと少しで男の首元へとたどり着こうかというところで、男が突然姿を変えた。
血の触手が貫いたのは、透明な液体だった。もちろん、男から血を吸い取ることもできない。
「あなたには学習能力というものが欠けているようですね。私にあなたの能力は通じないと、一体いつになれば理解するのでしょうか」
女が口から血を流しながら悔しげに唇を噛んでいる。分かっていたが、それでも今の状況からすぐにでも脱したい女にとって、形振り構っていられなかったのだ。
男は控え目に笑い声を上げながら、ドアの方へと向かっていく。
「待ちなさい! こんな事をして、ボスが黙っているとでも思ってるの!?」
女の言葉に男がピタリと歩みを止めた。そしてゆったりと女の方へと振り返ると、満面の笑みを浮かべて言った。
「そのボスからの伝言ですよ。”使う価値のないものに、用はない”だそうですよ」
男は再び背を向けると、氷が溶けるように姿を液状へと変化させると、独房のドアの隙間からスルリと這い出ていった。
しばらくすると、またコツリコツリと靴音がする。
「うそよ……嘘よ! 嘘よ! 嘘よ! ボスが私を見捨てるはずがない! 絶対に、あり得ないわ!」
女が絶叫する。嘘だと叫び続ける女の異変に気付いた看守たちが防護服を着用し、薬液が詰まっているタンクを背負って慌てて独房へとやってくる。
薬液を散布しながら独房の中に入ると、いつの間にか外されていた口の拘束具に驚き、急いで拘束し直す。乱暴に薬液の中へと頭を押し込まれた女は、息苦しさに悶えながらも声なき声で叫び続けていた。
「おい! どうして拘束具が外れてるんだ! 誰がした!? 監視カメラはどうなってる!」
「こちらC9独房。警備室、応答しろ」
看守の一人が無線機で返答を待つが、いつまで経っても返事がない。
ケースの中で狂ったように暴れる女を押さえつける看守たちの間に緊張が走る。
「今すぐ応答しろ! くそっ、見てくる!」
そう言って一人の看守が独房から飛び出していった。
その日、アメリカで最も堅牢で強固な警備システムで守られていたはずの刑務所で数名の死者が出たが、それは秘匿されたまま、決して報道されることはなかったという。
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