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 サクラがようやく帰宅できたその日、子供たちは心の底から母親の帰還を喜んだ。

「ママぁ! わたしね、すごくイイ子にしてたのよ。お洋服だって自分で選んだし、髪だってパパと一緒に結んだの。でもね、パパってばすごく下手なの。ママみたいにきれいにわたしの髪を編めないのよ」

「そう、頑張ったのね、偉いわ。ママも嬉しいわ」

 娘のケイトが瞳に涙を浮かべてサクラに抱きついている。結局我慢出来ずに泣き始めてしまった。

 愛おしそうに娘を抱きしめながら、父親譲りの金色の髪を撫でてやっていると、息子のエリックが不機嫌そうな顔で話し掛けてきた。

「おかえり……父さんだけだと、この家メチャクチャになっちゃうよ」

 視線を逸しながらも、ぶっきらぼうに告げる息子にサクラは愛おしさがこみ上げてくる。だからケイトから離れると、エリックも抱きしめてあげた。

「ただいまエリック。パパから聞いたわよ。一所懸命にパパの手助けをしてくれたんですってね。あなたが私の息子で本当に良かったわ」

「大げさすぎ。父さんのほうが、母さんがいなくて情けなかったし」

 いつもならハグするのを嫌がる息子も、この時ばかりは素直にサクラの腕の中に収まっていた。

 子供たちと妻のやり取りを黙って見守っていたアレックスは、想像以上に子供たちを心配させてしまっていた事に申し訳なく思っていた。

「あーう」

 アレックスの腕の中にいた次男のコリンが、自分も忘れるなと言わんばかりに声を上げた。

「コリン! 私の可愛いベイビー、あなたもいい子にしてたかしら?」

 サクラがコリンのふっくらとした頬を突くと、薄いブラウンの瞳を細めながら両手をバタつかせて笑い声を上げた。

「母さん、本当に怪我の方は大丈夫なの?」

 いつもならコリンを真っ先に抱き上げるはずのサクラが、そうしない事に目敏く気付いたエリックが問う。

「だいぶ良くなったわ。ただ、お腹にまだ力を入れたりできないのよ。普通にしてれば、すぐに元通りよ」

「ママ、おなかイタイの? ごはん食べれる?」

 ケイトが心配そうにサクラの腹部を見つめてくる。

「ふふ、大丈夫よ。ご飯もちゃんと食べられるから。ほらほら、みんなして暗い顔しないでちょうだい」

 子供たちの背中を押してリビングへと向かう妻の背中を見つめながら、アレックスは改めて決意していた。

 二度と、サクラを危ない目に遭わせないと。そして、絶対に家族を守り抜こうと。





 子供たちが寝静まった後、アレックスとサクラはソファに並んで座っていた。

 テレビではノイジーシティーの守護者を名乗る男についての討論が交わされていた。

『彼がしていることは、たしかに立派なことかもしれない。だが、我々には法律というものがある。法律に則って行動しない正義は、果たして正義と言えるんでしょうか?』

『でも実際、警察や消防が助けられないような人々を彼は幾度も救ってきた事実がある。それに法律や警察にも限界がある。全ての人を救えない今の現状で、彼のような逸脱した存在は、ある意味必要だと私は考えますがね』

『そこが問題なんです! 人知を超える力を持つ彼が、果たしてずっと我々の味方だと言えるのか? もし彼が気まぐれで正義の味方をしていると仮定して、その気まぐれが悪い方へと転がってしまった場合、我々市民は途端に危険に晒されてしまう恐れがある』

 アレックスの肩に頭を凭れかけていたサクラは、テレビの向こうで必死に非難するコメンテーターを見て顔を顰めた。

「嫌な人ね。彼が(、、)そんなことするはずないのに」

 妻の不機嫌さを感じ取ったアレックスは小さく笑った。

「まあ、人は自分と異なる存在には過敏になる生き物だからね」

 宥めるように妻の肩をアレックスは擦った。テレビの中では激しい議論が交わされ続けていたが、突如そこへ割って入った人物がいる。

『アタシはね、彼のこと評価してるのよ。特に新しいコスチュームのデザインは凄くイケてる。前は見てるこっちが死にたくなるようなダサいデザインだったけどね』

 今までの議論とはまるで関係のない事を言い出したのは、デザイナーとして近頃注目を浴びている男だった。

『彼って見惚れちゃうくらい立派な体してるじゃない? でもそういう人に合う服――いえ、彼の場合はコスチュームなんだけど、とにかくデザインするのが難しいのよね。その点、今のデザインは彼の体のラインを強調しつつも、下品にならないように上手く作られてるのよ。それにパープルをポイントごとに取り入れてるのも良いわ。パープルは使いすぎると、まるで田舎のおばあちゃんみたいになっちゃうのよ。あらやだ、アタシってば喋りすぎたかしら?』

 真面目なやり取りをしていたはずが、デザイナーの斬新過ぎる切り口により、スタジオ内の空気が急に弛緩していくのが、テレビを見ているこちら側にまで伝わってくる。

『まあお喋りついでに言うけど、あのパープルは正確にはモーブっていう色なのよ。抑え気味の色味をしてるんだけど、上手くお洋服に取り入れると凄くエレガントに見えるのよ。あぁ、そうだわ、彼って名前のない謎のヒーローなんでしょ? だったらどうかしら、彼のこと”モーブマン”って言うのは』

 スタジオ内が困惑するのを見つめつつ、アレックスは肩口を見下ろした。

「凄いよサクラ。君の考えたデザイン、プロのデザイナーに褒められてる」

「……別に誰かに褒められたくて作ったわけじゃないわ。ただ、あなたの良さを引き出せる物を作りたかっただけよ」

 素っ気ない言葉は、サクラの照れ隠しの現れでもある。アレックスは彼女に見えないように、こっそりと口元を綻ばせた。

「じゃあ彼の言う通り、僕の体のラインを強調するように作ったの?」

「ちょっと! 変な意味に取らないでよ。あなたってば、いつも自分の体のラインを隠すような服しか着ないじゃない。せっかく素敵な身体つきしてるのに」

「そう言う君だって同じじゃないか。ベッドの上でしかそのセクシーな体のラインを拝めないのは残念だよ」

 ニヤニヤと笑う今のアレックスは意地悪だ。サクラは赤くなった顔を隠すように夫の肩へと強く頭を押し付けた。

 夜のアレックスは、どうにも昔の癖が出てきてしまうことがある。要するに、獰猛で、本能に忠実だった頃のアレックスだ。

 しかし、サクラへの不埒な想いを抱き始めていたアレックスの聴覚が異変をキャッチする。

「アレックス?」

 急にソファから立ち上がった夫をサクラは不思議そうに見上げた。

「行かなくちゃならない。君は先に寝ていてくれ」

 アレックスの険しい顔付きで全てを察したサクラは、同じように立ち上がって夫の顔を両手で包み込んで自分の方へと向けた。

「無茶なことだけはしないでね」

「ヒーローは無茶をしてこそ、ヒーローだろ?」

 サクラへと触れるだけのキスを交わすと、アレックスはリビングから飛び出していった。もうコソコソと裏口や窓から出入りする必要はないのだ。

 夜空へと飛び立っていく夫のことを想いながら、サクラはただただ無事を祈るばかりだった。




◇ ◇ ◇ ◇ 




「おい! 早くしろ! サツが来ちまうだろうが!」

「随分と楽しそうだね。僕も混ぜてくれないか?」

 宝飾品店の裏口をこじ開けようとしていた強盗犯たちは、背後から突然話し掛けられたせいで、全員飛び上がらんばかりに驚きながら後ろを振り返った。

 そこには黒を基調とし、紫が怪しくも威嚇するようなスーツを身にまとった男が立っていた。

「な、なんだテメェ! 邪魔するつもりか!」

 強盗犯たちが男に向かってショットガンを向ける。男は肩をすくめたと思えば、瞬間移動でもしたのかと錯覚するスピードで、気付けばショットガンを向ける男の目の前に立っていた。

「なっ……」

 持っていたショットガンの銃口を掴むと、男はグニャリと銃身を曲げて銃の先を強盗犯の方へと向けた。

「人の物を盗まない、人に意味もなく銃を向けてはならない。ママから教わらなかったのか?」

「ふ、ふざけんな!」

 唖然としていた他の強盗犯の一人がアレックスに向けて引き金を引いた。

「まったく、僕じゃなかったら今頃ドデカイ穴が頭に空いてたところだよ」

 放たれた銃弾を掴み取った男は、これ見よがしに溜息をつく。

 強盗犯たちがパニックに陥る中、男は次々に犯人たちを地面に叩き伏せていく。

 全員が銃を奪われて苦痛の呻き声を上げる中、犯人の一人が男を憎々しげに見上げながら問いかけた。

「テメェ、いったい何者だ……」

 男はその問いに、暫しの間沈黙したあと、酷く楽しげに告げた。

「僕はノイジーシティーの守護者、モーブマン(、、、、、)だ」





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