第83話 プロゲーマーは踏み込む
莉々の家は、何の変哲もないマンションだった。
家の人には、学校のほうから話を通してくれたという。
担任を含む教員側も、莉々の突然の不登校をどうにかしたいと考えていたようで、オレのほうから説得したいと言うと、トントン拍子に話が進んだのだ。
『……はい。森果です』
ロビーでインターホンを押すと、女の人の声が返ってきた。
莉々の母親か……?
名前を名乗って入口を開けてもらい、マンションの中に入る。
エレベーターで4階まで上がると、40代くらいの女性が、わざわざ出迎えてくれた。
「初めまして。莉々の叔母です」
「叔母さん……? ですか? 母親ではなく?」
「ええ、はい。詳しい事情は中で……」
家の中に通してもらう。
リビングで座っているように言われ、しばらく待っていると、莉々の叔母さんがお茶を出してくれた。
お礼を言って口を付ける。
……莉々がハウスで煎れるのと、少し似た味がする……。
「ごめんなさい。せっかく来ていただいたのに……。莉々はここ数日、家にもほとんど寄りついていないんです」
「え……? 帰ってないんですか?」
「私の知らないうちに、ときどきは帰ってきているようです。ですが、顔も合わせないうちにすぐに出ていってしまって……」
沈んだ声音と暗い瞳は、本気で心配している人間のそれだった。
……あいつ、マジで何やってんだよ……。
「……もしかしたら前の家にいるのかもと、ときどき探しに行ってみるんですけれど……」
「前の家?」
「ああ、えっと、さっきも申し上げた通り、私は莉々の母ではないんです。あの子の両親は、もう二人とも亡くなっていて……私は、あの子の母方の叔母に当たります」
両親が、いない……。
こんな重要なことも、オレにとっては初耳だった。
「前の家、というのは、あの子が実の両親と暮らしていた頃の家です……。ろくな管理もできなくて、荒れ放題なのですけど……莉々の希望で、まだ手放していないんです」
オレはテーブルの下で拳を握り締める。
覚悟が必要だった。
今まで知らなかった、莉々の内面に踏み込む覚悟が。
「……聞いても、いいですか」
莉々の叔母さんの顔を、できる限り真摯に見据えて、オレは言う。
「莉々がどういう環境で育ったのか――オレに、教えてください」
莉々の叔母さんはオレの視線を受け止めて、深くうなずいた。
「きっと、あなたには知る権利があると思います――ジンケさん」
そしてオレは、本当に今更に、莉々の生い立ちを聞いた――
「莉々の父親は、いわゆる武道家でした」
莉々の両親は、今時珍しい道場を二人で切り盛りしていたという。
中でも父親はその道では名の知れた人で、公的な格闘技大会でも多くの結果を残していたそうだ。
「ですが……あるとき……」
叔母さんの声音が不意に曇り、コップを握る手に力が籠もる。
「あの子の母親――私にとっては姉になりますが――が、義兄の留守中に侵入した強盗に……殺されて、しまったんです」
「……え……」
その言葉は、現実感を伴って響いてこなかった。
強盗に……殺された……?
「莉々が、まだ小さかった頃の話です……。あの子は、そのときのことはよく覚えていないようです」
「は……犯人は?」
「犯人は……捕まりました。義兄が自分の手で取り押さえたそうです。ですが……義兄は、それからおかしくなってしまいました」
そこから先は、いっそうつらそうな声で語られた……。
妻を喪ってからというもの、莉々の父親は、娘に厳しい訓練を課すようになったと言う。
およそ格闘技やスポーツのものとは思えない、まるで軍隊のような訓練を。
「義兄は言っていました――『莉々自身が強くなれば、おれが傍にいなくても危険ではない』と。
きっと義兄は、同じことを繰り返したくなかったんです。もし娘まで妻と同じ目に遭ったら、という強迫観念に駆られ……その結論として、『莉々自身を強くする』という答えを選んだ。すべては莉々のことを思っていればこそ……。
けれど……私から見れば……あの訓練は、虐待とそう変わりはありませんでした」
「……助けなかったんですか?」
「助けようとしましたとも! 義兄にやめるようにも言いましたし、莉々を預かろうともしました。
けれど……莉々自身が拒んだんです。義兄と同じように。
歳も、背丈も、顔つきも、大して似ていない親子なのに……私には、同じ人間が二人いるように見えました」
同じ人間が二人――
――同じ狂気が二つ。
「二人は呪文のようによく呟いていました。『強さとはなんなのか』『最強とはなんなのか』――」
その問いが、オレの胸に深々と突き刺さる。
――強さとはなんなのか?
――最強とはなんなのか?
それは、ゲームの世界に戻ったオレが、ずっと考え続けているのと同じ疑問。
「心労が祟ったのか、莉々が中学1年生の頃に、義兄は病に倒れ、この世を去りました。それからは、私が預かって面倒を見ています……」
そこまで語り終えてようやく、叔母さんは表情を緩めた。
「最初は、何を考えているかわからない子だったんですけどね。最近は、ジンケさん――あなたの話をよくしてくれて、安心していたんです。ああ、この子も、好きな男の子に夢中になれる、普通の女の子になれたんだって。……なのに……」
緩んだ表情はすぐに強張り、リビングに暗い沈黙が落ちる。
……莉々には、こんなに思ってくれている家族がいるのだ。
なのに、あいつは一体、どこで何をやってるんだ……?
あまり長居するのもなんなので、お茶を飲みきったところでお暇することにした。
玄関で靴を履いていると、ふと気になったことがあって、オレは莉々の叔母さんに振り返る。
「最後に、ひとつだけ訊いてもいいですか?」
「あ、はい」
「莉々がゲームをやり始めたのは、いつ頃のことですか?」
話を聞いた限り、少なくとも父親が生きていた頃は、ゲームなんかできる環境じゃなかったはずだ。
だとしたら、一体いつ、何の切っ掛けで……?
「ああ、それは確か、私があの子を引き取って間もない頃ですから……中学1年生の冬――3年くらい前のことだったと思います」
ぞくりと、冬の空気のような冷たさが、背筋に走る。
3年前。
それは――オレが、あの伝説の夜を演じたのと同じ頃。
「……ありがとうございます」
オレは靴を履くと、叔母さんに向き直って頭を下げ、あらん限りの意思を込めて告げた。
「莉々は、オレが必ず、この家に引っ張り戻します」
◆◆◆―――――――◆◆◆―――――――◆◆◆
オレはその足で、莉々の生家を訪ねた。
表札には、見覚えのない苗字がそのままになっている。
『森果』は母方の苗字らしいから……これが莉々の旧姓なのか。
今時珍しい和風の平屋建てだ。
ろくに管理もできていない、という叔母さんの言葉通り、すっかり荒れ放題で、幽霊屋敷めいた風情すら纏っている。
敷地内に入ったオレは、家の周囲をぐるりと回っていった。
叔母さんから許可は得たとはいえ、空き家に勝手に入るのには勇気がいる。
やがて、離れが目に入った。
……いや、離れにしてはデカいな。
もしかして……道場か?
なんとなく足音を忍ばせて近付き、引き戸を開ける。
広い道場だった。
詳しくは知らないが、柔道の試合だったら二つくらいは同時にできるんじゃないか。
木材で組まれた床には、白い埃が厚く降り積もっている。
3年も放置していたんなら、こんな風にもなるか。
かつてはそこそこの数の門下生がいたというから、無常さを感じてしまう……。
「……ん……?」
オレは目を凝らした。
床に積もった埃に……わずかだが、足跡がついている。
行きと帰りで、二筋。
オレはそっと道場に踏み入ると、その足跡を辿った。
中央でいったん止まっている。
そこには……おそらく、正座をした跡があった。
「……正座……」
思えば……莉々がオレの家に来たときは、決まって床に正座をしていた。
あれも、この道場で、父親に教え込まれたことだったのかもしれない……。
「……っ……」
……もし。
もし、莉々の父親のように、好きな人が――莉々が、自分の手の届かないところで、理不尽に殺されてしまったら。
想像するだけで、叫び出したくなる。
そのとき、きっとオレはこう思うだろう。
――強さってなんなんだ?
――オレが今まで積み上げてきたものは、一体なんだったんだ?
足跡は、正座の場所からまだ奥に続いていた。
その先にあるのは、掛け軸が掲げられた床の間だ。
そこに視線を向けた瞬間、全身がぶるりと震えた。
それが何の震えなのか、自分でもよくわからない。
恐怖でもなかった。
興奮でもなかった。
ただ、掛け軸に記された、あまりにも力強い書に――心の底が、強く揺さぶられたのだ。
掛け軸にはこう書かれている。
――『最強ジンケ』。
『最強』は古い字だが、『ジンケ』はごく最近に書かれたものに見えた。
莉々が、これを書いたのか?
意味すらわからないその文字に、オレはひたすら見入っていた……。
――ポケットの中で、端末が着信音を鳴らす。
我に返りながら慌てて応答すると、コノメタの声がした。
『ジンケ君。リリィちゃんのものらしき情報を掴んだ――どうやら彼女、PKクランを潰して回っているみたいだ』
【告知】
マギックエイジ・オンラインを舞台とした小説の第三弾が連載を開始します。
『灰色の人生でも(ゲームの)無人島を開拓することはできる』
(直リンクはページ下部)
タイトルはまだ変わるかもしれないんですが、
いわゆるマインクラフト系の話になります。
時間軸は、本作で言うとジンケが《RISE》に向けて
スタイルを作ってた頃くらいのつもり。
ヒロインはウザい後輩系の鍛冶職人とロリダークエルフのお姫様(推測)です。
会社を辞めて無人島を開拓したい人に贈る。




