第75話 プロゲーマー見習い VS MAO最強の男:孤高なる咆哮Ⅰ
ケージが手に握ったバスタード・ソード――魔法剣を見据えながら、オレは情報を思い出す。
《魔法剣士》。
その名の通り、剣技と魔法を両方使いこなすクラスだ。
単純なカッコよさからプレイヤーからの人気はかなり高いが、性能があまりにピーキーなため、真に使いこなせる人間は一握りだという。
《魔法剣士》を使っている人間の99%は地雷――要するに凄まじく下手な奴――だと言われているくらい、扱いの難しいクラスだ。
その特徴は、大きく分けて二つ。
その1、攻撃面に異常に偏ったクラス補正。
STR、MATといった攻撃ステータスに大幅な補正がつく代わりに、HP、VIT、MDFといった耐久ステータスが軒並み下がる。
PvPにおいてもPvEにおいても、防御は重要視される項目だ。
やられる前にやればいい、と言えば簡単だが、実際にそのプレイスタイルを実行できるのはごく一部に限られる。
しかも《魔法剣士》の場合、耐久を犠牲にした分の補正がSTRとMATに均等に割り振られている。
これがどちらかに集中していたのなら、PvPでも攻撃の鬼と化して暴れ回っていたことだろうが、両方に割り振られているために、近接での剣技と遠隔での魔法運用の両方を十二分に使いこなせるプレイヤーでなければ、宝の持ち腐れなのだ。
そして、特徴のその2。
《魔法剣士》クラスを発現させるのに必須となる武器種《魔法剣》。
これは、何らかの魔法を無償発動できるようになる特典が付いた剣だと考えればいい。
剣の鍛造時にランダム発生したり、モンスターからたまにドロップしたりするレアアイテムなのだが、仕様が極めて曲者で、何の魔法が宿るのかはほとんどランダムらしいのだ。
ただでさえレアなのに、宿る魔法は自分で決められない――どころか、そのほとんどが下級魔法。
そのうえ、装備すればピーキーな性能の《魔法剣士》になってしまうとなれば、カッコよさだけで手を出すにはリスクが高すぎる、という判断になるのもむべなるかなといったところだ。
そういうわけで、《魔法剣士》を真の意味で使いこなせるのは、剣技と魔法の両方に精通した達人でありつつ、極小の確率を潜り抜けて実用的な魔法剣を手にした、全体の1パーセントにも満たないごく少数だけなのだ。
だが――と、オレは思う。
ケージは、MAO最強のPvEプレイヤーとすら呼び習わされる男だ。
こいつならば、その厳しい条件をクリアしているんじゃないか?
《クロニクル》を読んだ限り、ケージが魔法剣を使ったことはない。
こいつが愛剣としていたのはまた別の剣で、それは『使用武器はレア度7以下のみ』という大会レギュレーションに引っかかって使用できない。
だが、MAOプレイヤーとして膨大な経験を積んできたこいつなら、持ってるんじゃないか?
うまくレギュレーションをすり抜けつつも、強大な魔法を宿している魔法剣を……!
バスタード・ソードの刀身の根元に刻まれた魔法陣を注視して警戒する。
あの剣――いったい何の魔法が籠もってるんだ?
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『どのような魔法が籠もっているのでしょうね、コノメタさん?』
『そうだね……《ファラゾーガ》を連発できる剣、というのは聞いたことがあるよ。魔法剣で発動した魔法は、クールタイムも普通より短かったりするからね』
『そ、それは凄まじいですね……。上級魔法でダンシングマシンガンができるということになりますからね』
『その剣はレア度が高すぎて対人戦では使えなかったみたいだけどね。
それに、上級魔法が籠もった魔法剣の発生確率は、およそ0.5パーセントだと言われている。魔法剣という武器自体の入手難度も考慮に入れたら気の遠くなるような確率だ。
実際、上級魔法入りの魔法剣にリアルマネートレードで数十万円の値がついた、なんて話もある』
『ひ、ひええー……!!』
『もちろんRMTは規約違反だからやめるように。とにかく、いくらケージ選手といえども、それほど強力な魔法剣は持っていないはずだってことさ。使い勝手を考えても、下級魔法や中級魔法を補助的に使っていくんじゃないかな――』
実況席での会話をよそに、第3セット開始のカウントダウンが始まる。
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「ジンケ……だったっけ?」
オレはハッと顔を上げた。
ケージが初めて、オレの名を呼んで話しかけてきたのだ。
「言い訳になるけど……俺はさ、さすがにどうなんだって思ったんだ」
困ったような曖昧な表情を作りながら、ケージは言う。
「でもチェリーの奴がこう言ったんだ――『レギュレーションに違反してない以上、使わない選択肢はありません』ってさ」
……何の話だ?
「だから、悪く思うなよ――こういうのも含めて、俺というプレイヤーの全力なんだからな」
上空にホログラムで表示されたカウントダウンがゼロを示すと同時。
ケージが両手で握った魔法剣――その刀身に刻まれた魔法陣が、眩しい光を放った。
「―――《メテオ・ファラゾーガ》」
次の瞬間、視界のすべてが炎に包まれた。
◆◆◆―――――――◆◆◆―――――――◆◆◆
「きゃああああああっ!?」
「うわああああああ――――っ!?」
観客席が悲鳴に包まれた。
アリーナ全体がぐらぐらと衝撃に揺れる。凄まじい轟音と閃光が、五感のすべてを塗り潰していた。
それらが引いて、プラムがそうっと目を開けたとき……闘技場は、粉塵に包まれていた。
悲鳴や衝撃が治まると、合わせるように粉塵のカーテンも薄まってゆく。
闘技場の全貌が再び露わになると同時、誰もが絶句した。
極めて高い耐久度を与えられているはずの闘技場の地面に、隕石でも落ちたようなクレーターが、穿たれていたのだ。
『こ……これ、は……?』
愕然とした実況の声が、事態の異常さを物語る。
大会運営を含めた誰もが、予測不可能なことが起こったのだ、と。
『……め、《メテオ・ファラゾーガ》……? お――奥義級魔法だって!?』
コノメタの呻きを聞いて、観客たちがにわかにざわつき始める。
奥義級。
ひとつの魔法流派にひとつまでしか設定できない、ゲーム中最高クラスに位置づけられる魔法等級だ。
『奥義級……って、上級魔法のさらに上じゃあないですか! 確か上級でも発生確率0.5パーセント――』
『当然、奥義級魔法が魔法剣に宿る確率はさらに低い。確か……発生確率、0.1パーセント』
気の遠くなるような確率だった。
魔法剣という武器自体、そう何本も手に入るものじゃない。
その数本の中に、1000本に1本の業物が紛れていたと―――?
『おいおいおい……なんてものを持ち込んでるんだ、彼は! あんなものをMPゼロで連発できるって言うのか!?』
『あ、あのう……奥義級魔法って、下手なボスなら一撃でぶっ飛ばせる威力だったりしますよね……? こ、これって、いいんでしょうか? レギュレーション的にアリなんですか!?』
『……魔法剣は、宿った魔法の強さに応じてレア度が上がる。見たところ元となっている剣は、どこにでもあるバスタード・ソードだ。レア度はせいぜい3というところだろう。奥義級魔法が宿っていることで4ランク上がると考えてもレア度7――レギュレーション内だ!』
観客たちのざわめきが加速する。
「あんなのアリかよ!」
「チートすぎるだろ!?」
「でもルールには反してないんだよね……?」
「そんな武器で無双して楽しいか卑怯者!」
「実力で勝負しろおーっ!!」
一部の観客からブーイングが巻き起こった。
それは時を追うごとに増大し、アリーナ中を呑み込んでゆく。
――しかし。
たったひとつの声が、そのすべてを鋭く引き裂いた。
『――鎮まりなさい!』
その声は、実況の星空るるではない。
解説のコノメタでもない。
プラムは驚いて後ろを振り返る。
いない。
ついさっきまでそこにいたミナハがいない!
『えっ!? ミナハちゃん!? ダメだよ、ここ来ちゃ!』
『ごめんなさい、コノメタさん。少しだけ喋らせて』
声の主が《五闘神》に数えられるプロゲーマー・ミナハであることがわかり、観客たちにまた別のざわめきが広がった。
『……レギュレーション内とはいえ、入手難度の高い強力な武器によって優劣が決まってしまうことに不満がある方が、どうやら多いみたいですね。
そういう意見に共感はしますが、同時に、その意見の瑕疵も無数に思いつきます。それは格闘ゲーム的な倫理観であって、このゲームがMMORPGであることを忘れている――とかね』
抑えの利いたミナハの言葉に、観客たちは静まり返る。
『これは、この場の議論で答えの出るようなものではありません。次回以降、大会運営のほうで判断してもらうことにしましょう。
そんなことより、重要なことがある』
実況席に立ったミナハが、すっと闘技場を指差した。
巨大なクレーターが穿たれた地面。
その縁で―――
『あなたたちが栓のないブーイングをしている間も――彼は一瞬たりとも、勝負を諦めていなかったみたいよ?』
―――一人の少年が、立っていた。
ジンケが、立ち上がっていた。
◆◆◆―――――――◆◆◆―――――――◆◆◆
「……か、ははっ……! はははははははっ……!!」
笑える。
笑えるぜ。
これが笑わずにいられるか!?
まさか――こんな奥の手があったとは!
「めちゃくちゃだ。めちゃくちゃだよ。こんなのアリかよ! ははははははははっ!!」
笑い続けるオレに、ケージが申し訳なさそうに訊いてくる。
「……卑怯だと、思うか?」
「思わねーな。まったく思わねーよ」
オレは即答した。
どうしてそういう話になるんだかまるでわかんねー。
オレが膨大な時間をかけて反射神経やコンボ精度を鍛え上げたように、こいつは膨大な時間をかけて強力な武器を入手した――それだけのことだろ?
積み上げた努力が、別の形に結実しただけだ。
そして、何よりも。
きっとケージは、あの剣を使わなくたって、オレと互角以上に闘うことができたはずだ。
だが、そうはしなかった。
卑怯と罵られることを覚悟してでも、初っ端から全力を解放することを選択した。
これは宣言だ。
どんな手を使ってでも勝ちに行く、という宣言なのだ。
何よりも遊ぶことを重視するこの男が、勝ち負けを重視するオレの土俵に乗ってきてくれたのだ!
そこには、確かな敬意がある。
オレは、その敬意に対し、全力で応えなければならない!
「……言い訳は、最初からいらなかったみたいだな」
苦笑を滲ませながら、ケージが言った。
「むしろ見物だろ?」
オレは見せつけるように笑って告げる。
「さあ、決めようぜ。あんたが積み上げた武器と、オレが積み上げた技術――一体どちらが上なのか!」
ケージはにっと楽しそうに笑い、今一度、両手で握った魔法剣をオレに向けた。
「――《メテオ・ファラゾーガ》!!」




