第72話 プロゲーマー見習い VS MAO最強の男:瞳の輝きⅢ
――くっそっ!!
ふと思い出したのは、筐体を乱暴に叩く『ガンッ!』という音。
何戦かに一回、オレはその音を聞いていた。
叩くのは対戦相手だったり、あるいは自分自身だったりもした。
言うまでもなくマナー違反――というか下手したら犯罪で、店員に見つかったらこっぴどく叱られる。
けれど、やってしまうときはいつだって衝動的で、自分では制動なんて利きはしなかった。
――おーい。台パンすんなよー。
――店員呼ぶぞー。
――ちょっ、バカ! チクんなって!
――ハハハハハ……。
冗談で茶化して笑うのは、他の連中がどうだったかは知らないが、少なくともオレにとっては真剣さを誤魔化すためだった。
たとえゲームといえども、勝ち負けを繰り返していると、だんだんマジになってくる。
本気になることそのものが恥ずかしいみたいな、小中学生特有の風潮の中にあってさえ、それを避けることは不可能だ。
マジになると、自分の中で膿んでくるものがある。
あるいは、それをプライドと呼ぶのかもしれない。
勝てば見下し、負ければ苛立ち、そんなことを繰り返して膨らんだ『膿み』は、やがて楽しむことよりも優先されるようになってくる。
楽しい、面白いと思って始めたゲームなのに――いつしか、自分の中の『膿み』を守ることに必死になってしまっているのだ。
のめりこめばのめりこむほど、その気持ちからは逃げられない。
時には『つまんねー』と吐き捨てた。
そうしながら、当然のようにコインを筐体に投入した。
本当につまらないならやめればいいのに――もはやそのときには、目的が変わってしまっているのだ。
ゲームがゲームでなくなってしまっているのだ。
だからほとんどの連中は、『膿み』が膨らみすぎる前にやめていく。
そして決まって言うのだ。
――もう飽きたわ。
――まだあんなゲームやってんの?
――マジになんなよ、たかがゲームに。
当時のオレは、どうして好きだったものを自分で馬鹿にするんだと憤ったものだったが、今なら奴らの気持ちもわかる気がする。
奴らが自分の『膿み』を守るには、それしか方法がなかったのだ。
勝ち負けに応じて膨らんでいく『膿み』。
それを守るためには、強くなり続けるか……勝負そのものを否定するしかない。
『膿み』の存在自体をなかったことにするしかない。
強くなれなかった人間は、その事実から自分を守るために、強くなろうとしている人間を茶化し、強くなろうとしていた自分を笑うしかないのだ。
オレは違った。
オレには南羽がいた。
南羽がいたから、オレは強くならなければならなかった。
自分の『膿み』と向き合わなければならなかった。
その果てに、《JINK》の伝説が誕生したあの夜があったのだ。
オレの人生において、史上最強を記録したあの夜。
周囲ばかりが沸き上がる中で、当のオレには、ゲームを楽しむなんて気持ちはこれっぽっちも存在しなかった。
楽しいだけでは強くなれない。
強くなろうとすればするほど、つらいことが増えていく。
それでも強くなりたい奴だけが、最強という頂に届くのだ。
そうだと思っていた。
そうだと、思っていたんだ―――
◆◆◆―――――――◆◆◆―――――――◆◆◆
―――なんで、笑ってるんだよ。
そんなに強いのに。
オレより強いのに。
どうしてオレより楽しそうなんだよ、あんたは―――!!
第3ラウンドが始まっていた。
オレが歯を食いしばりながら振るう槍を、ケージは口元に笑みを刻みながら捌いていく。
なんで通じない?
なんで届かない?
なんでっ―――
―――馬鹿野郎ッ、苛立つなッ!!
過熱する脳を叱咤した。
苛立てば攻撃がワンパターンになる! 通じないのは当然だ! 冷静になれッ!!
思考だ、思考だ、思考しろ。
思考だけが勝利を見つけだす目だ。
勝ち筋を探し出せ……!!
幾十通りものパターンが脳裏にひらめく。
シミュレーション上のケージが、一瞬でその9割以上を叩き潰した。
しかし、1割弱が、残る。
その中で、一番ケージが引っかかりそうなもの……!
―――これだ。
深めに踏み込んで槍を振るい、ケージを後ろに退がらせた。
壁際に追いつめる。
有利になったとは思わない。
オレはさっき、このポジショニングで負けたんだ。
しかし、だからこそ、その敗北を利用できる。
《雷翔戟》。
雷を纏った槍が、オレの手から投げ放たれる。
ケージの反応は完璧だった。
またしても、《雷翔戟》の衝撃を利用して、壁に貼りついてみせる……!
そこからジャンプして、オレの頭上に影が躍った。
――それを待ってたんだ。
手元の槍が炎を纏う。
さっきの《雷翔戟》で、準備は整っていた。
「―――空中なら、避けようがねーだろ」
ケージの表情が変わった。
直後に、オレは頭上に向けて《炎翔戟》を放った。
◆◆◆―――――――◆◆◆―――――――◆◆◆
空中でケージが串刺しになった瞬間、アリーナ中が叫んでいた。
『一発目ええ――――――っ!!!』
砕けた槍がジンケの手元に復活し、今度は雷を纏う。
ケージの身体はまだ空中にあった。
『二発目ええ――――――っ!!!』
串刺しになった衝撃で、ケージのアバターが少しだけ上方に浮く。
その間に、再びジンケの手に槍が戻った。
『三発目ええ――――――っ!!!』
どれほどのAGIがあったところで、空中を走れるようにはなりはしない。
MPはギリギリ足りていた。
なすすべなく、ケージの身体が最後の槍に貫かれる。
『四発目っ! 決まったああああ――――っ!! 空中に跳んだ一瞬の隙を突いて一気にK・O!! ジンケ選手、ここまで無敗を誇ったケージ選手から、第1セットを先取しましたあああ――――っ!!!』
◆◆◆―――――――◆◆◆―――――――◆◆◆
「……勝った……」
オレは深く息をつく。
こいつなら、きっと同じ風に対応してくると思ってはいたが、確率はそこまで高くなかった。
上に向けて投擲系の体技魔法を使う機会もあまりなかったから、四回連続で当てられるかどうかも怪しかった。
一度でも外せば、MPは尽き、武器はボロボロで、なすすべなく負けていただろう。
だが、勝った。
オレが勝ったのだ。
脳裏に蘇ったのは、ゲーセンの筐体に当たり散らす同級生の姿。
そして、それを茶化すように注意する当時のオレ自身。
それは、無意識の期待だった。
非VRの格闘ゲームで流れる勝利演出みたいに、そういうシーンが次に来ることを、望むでもなく望んでいた。
しかし。
オレの耳朶を打ったのは、ガンッ! という台パンの音ではなく―――
「―――お前、すげえな!!」
今までで一番大きく、そして弾んだ、そいつの声だった。
振り向けばそこには、瞳の輝きがあった。
無邪気で。
素直で。
純粋な。
もうオレにはない輝きがあった。
……なんで……。
負けたのに、なんで。
ぶるりと身体が震える。
身体の芯が冷たくなってゆく。
オレの中の何かが、その瞳の輝きに呑み込まれていった。




