第62話 プロ見習いは忠告される
『第1回戦全試合終了! これにて《RISE》MAO部門Day1は終了となります! 皆様、どうかお忘れ物なきようにお帰りくださーい!』
大会ってのは、意外に時間がかかるもんだ。
1回戦、全16試合を終えた頃には、夕方と言ってもいい時間だった。
2回戦以降は明日――祝日休みの月曜日に持ち越される。
「晩飯どうする? どっかで適当に食うか?」
「ホテルのレストラン、高そうですもんね……」
「……ホテルのレストラン……」
「……物欲しそうな目で見ても無理だからな、森果」
そりゃあ彼女とオシャレなレストランで夜景を眺めながらディナーしてみたいという願望がないわけでもないけども。
「っていうか森果、帰らなくて大丈夫なのか、お前」
「ご飯食べてから帰る」
「結構遅くならねーか?」
「だったらジンケの部屋に泊まるから大丈夫」
「魅力的な提案だが、明日に響くからダメ」
「ジンケ、ストイック……」
「あ、明日に響く……響く……」
オレの何気ない言葉に何やら動揺しているらしきプラムに、森果が目を怪しく輝かせて囁く。
「(ジンケのフェチはね……)」
「(ぇぇええっ……!? そんな……!?)」
「何を吹聴してんだ! 知ったかぶりだろそれ!」
実は仲いいんじゃねーのか。
東京ビッグサイトの入口前で、別部門に出場していたシルとも合流した。
「よお、シル先輩。調子はどうだ?」
「んっ!(ぶい)」
「勝ってるのか」
「んー(こくこく)」
EPSメンバーは全員好調らしい。
何よりである。
シルに行きたい店があるってことで、晩飯はそこに行くことにした。
帰路につく《RISE》観戦者たちに紛れて、ビッグサイトを離れていく。
「……? さっきからオレ、なんか見られてないか?」
「あー……それは、まあ……」
「うん」
プラムや森果が、妙に複雑そうな反応をした。
なんだ?
「ほら、あの……ジンケさんみたいな有名選手が、その……」
「女の子ばっかり侍らせてるから」
「あっ!? リリィさん、そんなはっきり……!」
……言われてみれば。
「……もしかしてオレ、すげーナンパ野郎に見えてる?」
「見えてるかもです……」
「見えてると思う」
「(くねくね)」
「無言でくねくねするな先輩」
なんてことだ。
プロデビュー前にして凄まじい風評被害を受けている気がする。
「仮にハーレム野郎に見えてたとしても」
しれっとナンパ野郎からランクアップさせながら、森果は腕を絡めてきた。
「こうしておけば、どう見ても正妻はわたし」
「……お前、それでいいのか?」
「浮気は1回までだけど、彼氏がモテてるように見えるのは、それはそれで気分がいい」
複雑な乙女心だな……。
プラムが困ったような愛想笑いを浮かべながら、
「ま、まあ、あたしたちはちょっと離れて歩きますので……」
「いや、いいよ。そんな気ぃ遣わなくても。オレの都合にお前を巻き込むのも変な話だし。堂々としてようぜ」
「ジンケさん……」
「お前も配信でリスナーに問いつめられても、堂々と答えろよ」
「そ、それは自信ありません……」
むしろあらぬ誤解を生みそうなプラムだったが、まあ、リスナーの制御は配信者であるこいつの仕事だ。
メンバーをよく見れば、EPSのメンバーでつるんでるだけだってわかるだろうし、やはり堂々としていよう。
「――――先輩。なんですか、さっきのは!」
と。
開き直ることにしたとき――オレたちに集まっていた視線が、別の方向に奪われた。
オレも反射的にそちらを見ると、二人の男女が、騒がしく喋りながら歩いていた。
「あーだのうーだのばっかりで全然ダメだったじゃないですか、インタビュー! あんなに練習したのに!」
「あーもううるせえなあ! 勝ったんだからいいだろ!」
「よくありません! みんな『こいつ全然オーラねえな』って顔してましたよ!」
「オーラなんてあるわけねえだろ、ただのゲーマーに」
「またこの人は……びっくりするくらい自覚がありませんね」
「はあ?」
「とにかく、明日はちゃんとしてくださいね! 『厳しい試合でしたが、可愛い後輩との練習のおかげで勝てました』。ハイ復唱!」
「誰が言うか!!」
小柄な女子とド突き合いみたいなやりとりをしているのは、誰あろうケージだった。
控え室で見たときとも、ステージ上で見たときとも、闘技場で見たときとも雰囲気が違う……。
もしかして、いま喋ってるあの女子って。
「……チェリーだ……」
「マジ? 本物のチェリー?」
「アバターと変わらなすぎねえ?」
「天使かよ……」
やはり……。
あの女子も、《マギックエイジ・オンライン・クロニクル》における主役格の一人。
MAO最強プレイヤー・ケージの相棒である、MAO最強の女性プレイヤー・《チェリー》だ。
《クロニクル》の描写では、いかにもライトノベルらしく、凄まじい美少女だってことなってたが……。
「…………マジじゃねーかよ」
「……ジンケ?」
「なんでもありません」
森果の声の温度が凄まじく低かった。怖い。
思えば昨日、下見の際に見かけたときも、あの女子が一緒だった。
森果のように、ケージの応援で駆けつけたってことだろう。
どこに住んでるのか知らないが、もし関東圏じゃなかったりしたら、確実に泊まり――しかも自腹。
「あれ、100パー付き合ってるよな?」
「付き合ってると思う」
「付き合ってますね」
「んーんー!(こくこく)」
満場一致だった。
《クロニクル》じゃあ、付き合ってることにはなってなかったが。
「わっかんねーよな……。ケージみたいなあからさまなオタクゲーマーに、どういう天の采配があったら、あんなとんでもなく可愛い彼女ができるんだ……?」
「……あの、ジンケさん。失礼ですが……」
「ん?」
「まったく同じことを、あたしはジンケさんとリリィさんに言いたいです」
「……なん……だと……」
オレって見るからにオタクゲーマーなの……?
ショックを受けるオレの一方で、森果は得意げに薄い胸を張った。
「どうも、とんでもなく可愛い彼女です」
「はいはい。可愛い可愛い」
「……ジンケ、ちょっと冷たい」
ありゃ、むくれられた。
まあ、悪いけど今は少し我慢してもらおう――大会が終わったら、思う存分かまってやれるんだから。
「……でも、それにしても……」
プラムはケージたちの姿を見送りながら、少し暗い声で呟いた。
「あの、二人。…………完全に、ケージ選手が勝つ前提で喋ってましたね……」
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晩飯の席で、オレとプラムはケージの試合について検討を始めた。
プラムは2回戦――つまり次の試合でケージと当たるのだ。
「結局、スタイルは一つしか明かされませんでしたけど……」
「プレイヤースキルの暴力って感じだったからな。わざわざ別のスタイルを晒す理由がない――って意図だったらいいんだが」
ヤツの場合、特にそういう意図ではないかもしれない。
ただ、なんとなく、同じスタイルが使いたかった。
そんな意図だった可能性すら存在する……。
「試合で使われたスタイル――《軽剣士》クラスのあれなんですけど、中身を見て気付いたことがあるんです」
「気付いたこと?」
「はい」
頷いて、プラムはスタイル情報を映した端末を差し出してきた。
オレがそれを受け取ると、森果やシルも覗き込んでくる。
●クラス
《軽剣士》
(補正内訳:
HP↑ STR↑↑ AGI↑↑)
●スキル構成
《剣術》
《直感》
《縮地》
《受け流し》
《魔力武装》
《レジスト(雷)》(2枠)
●ステータス(ポイント)
HP:550(100)
MP:264(4)
STR:576(200)
VIT:430(160)
AGI:1016(500)
DEX:260(0)
MAT:380(100)
MDF:276(16)
「なにか変わってる?」
「……?」
森果とシルは首を傾げていた。
シルはMAOの対人戦はほぼやってないはずだし、わからないのは当たり前だが。
森果の言うとおり、予選でケージが使ったスタイルと、ほぼ同じ内容だった。
クラスも同じ、スキル構成もまったく同じ。
だが――
「……MDFを削って、VITに振ってるな」
そう。
ステ振りが違う。
以前は、MDFに76だけポイントが振ってあったはずだ――それが16に減って、その分、VITが増えている。
「魔法対策を切った……? そうか、予選で《ダンマシ》が不振だったから……」
魔法攻撃を主軸とするスタイルの中でも特に強力な《ダンシングマシンガンウィザード》が、予選ではあまり結果を出せなかった。
それを見て、本戦ではMDFの出番が減ると考えたのか……。
「だとしたら――やっぱりこいつ、いい加減にスタイルを作ってるわけじゃないのか?」
「そういうことになりますよね?」
プラムが気付いたことというのは、そのことらしい。
ケージは、決していい加減にスタイルを作っているわけじゃない。
何らかの意図があるのだ、と。
「……でもさ、《ダンマシ》の不振を見て魔法対策を切ったと考えても、だったらVITじゃなくてHPに振ったほうが無難じゃねーのかな。そのほうが対魔法の耐久力も上がるし、補正も乗るよな?」
「そうなんですよね……。やっぱり、なんとなく振り直しただけだったりするんでしょうか……」
「その可能性も、まあ、なくはないかもしれんが……」
オレとプラムが難しい顔をする横で、シルが不意にオレの手から端末を奪った。
「あっ」
オーバーオール姿のデジタルカードゲーマーは、スタイル情報を映した端末画面をじーっと凝視する。
いきなりどうしたんだ?
「…………ンター…………」
「「えっ?」」
いつもは全然喋らないシルが、ぽつりと何か呟いた気がした。
小さな声で、店内の喧噪にほとんどかき消されてしまったが、確かに……。
「シル先輩、何か気付いたのか?」
シルは迷うように端末画面とオレたちの間で視線を行き来させた。
やがて、ふるふると首を横に振って、端末をプラムに返す。
そして――
再び、口を開いた。
「一つだけ、言える」
普段は開かない口を、それでも今だけは開き、オレたち後輩ゲーマーに物語る。
「あたしがやっているデジタルカードゲームは、とても運要素の強いゲーム。―――それでも、高いレベルの試合では、勝つべきプレイヤーが、勝つべくして、勝つ」
勝つべき、プレイヤーが。
勝つべくして。
「勝利には、敗北には、必ず理由がある。勝つべきプレイヤーは、必ず、勝利の理由を持っている。だから――」
シル先輩は、おそらくは言いにくいはずのことを、それでもはっきりと、オレたちに告げた。
「――勝っているプレイヤーが、意味のわからないことをしていると感じたとき。……それは、自分の実力が、そのプレイヤーの域に達していない証拠」
「「…………!!」」
それは、逃げ道を塞ぐ忠告だった。
ケージはおかしなことをするから意味がわからなくても仕方がない、という、オレたちが無意識に使おうとしていた逃げ道を。
「時間はある。思考を停止しては、いけない。……外野のあたしから言えるのは、それだけ」




