ダイナマイト・バレンタイン
人生の成功者とはなんだろうか?
普通の大学に出て、それなりの企業に就職し、美人とは言えないけれど家庭的な妻を娶り、一人か二人の子供をもうけ、特に偉業もなしえずに歳をとりながら、孫が出来ればそれを愛で、最期にはゆっくりと息を引き取る。そんなどこにでもありふれた人生だろうか?
もしくは、家庭的とは言えなくても誰の目から見ても羨むほど美人な彼女とクリスマスやバレンタインというイベントを一緒に過ごし、甘い一時に全ての幸せを感じられる、そんな人生だろうか?
あるいは――、若い頃に事業を立ち上げ、仕事一筋の二十代、三十代前半を送り、三十代後半には一大企業の代表にまで上り詰め、妻や彼女がいない代わりに地位と名声を得る、そんな人生を送った者が成功者だろうか?
実を言うと、私はそれに当たる。
私は自らが起こした会社を大きくすることだけを考え、それ以外の事を全て切り捨ててきた。その中で取り分け女性との恋愛は最も不要と考えていたものだ。
元から私は女性から好かれるような顔ではないと自覚はしていたし、クリスマスやバレンタインデーに仲睦まじく寄り添うように街を歩く恋人たちを醒めた目で見ている自分にも気づいていた。
要するに私は、恋人や伴侶というものに興味がなかったのだ。そういった相手を見つけるための行動も、そういった者に費やす時間も全てが無駄だと思えてしまう。そんな労力や時間の余裕があるなら、自分が如何にして地位や名声を得ることが出来るのかを考えていた方が有意義だ。そんな考えを持っていた。
結果として、三十代後半にして恋愛経験は皆無ではあったが、私は私の起こした会社を世界でも有数の大企業になるまで押し上げることができた。
今では何千という部下を持つ社長であり、政界や様々な著名人にも顔が利くようになった。正しく地位と名声を手に入れたのだ。
だが、それは苦難の連続だった。全てが上手く来たように見えて、失敗とその経験を活かしての試行錯誤と犠牲の上に成り立っている。私の地位と名声は努力の上に努力を積み重ねて得た物であり、一瞬でも気を抜けば足を掬われ、全てを奪われる。私の得た物はそういう儚いものでもある。
だから、私に心も体も休まる時など片時もないと言っていい。
それでも、私にも心休まる瞬間がある。それは月数回のみではあるが、薄暗くて静かな昔馴染みのバーで独り酒を嗜むほんの短い時間。だが、誰にも邪魔されず休息を取れる唯一の時間であり、場所だった。
あの日も私はいつものようにバーに来て、いつも通りにカウンターに陣取って、酒を飲んでいた。
「お隣、いいかしら?」
声を掛けられて振り向くとそこには、黒髪ロングの女性が立っていた。
その女性は整った顔立ちで、一目見て美人だと分かる。年頃としては、二十代後半から三十代前半だろうか?
だが、顔や年齢以上に目を引いたのは彼女の肉体だ。豊満な胸と括れた腰は男であれば釘付けにならない者はいないだろう。
そのボディに私も一瞬魅せられそうになりながらも、またかという思いが湧いた。
ハニートラップ。大企業の社長ともなれば、それなりに顔は知れる。こういった女性からの罠も多い。残念ながら異性に興味がない私にはこれっぽっちも効果はないのだが。
それでも、これまで私に言い寄ってきた女性と彼女ではタイプが違う。これまでは自分をよく見せようと、厚化粧に厚化粧を重ね、その顔は素顔とは別物に成り果てたケバい女性ばかりだったが、彼女はそうでない。あくまで素を引き立てるために軽い化粧をしているだけで、ケバさとは一切無縁だ。
素で勝負にきている。その一点だけは評価に値するだろう。
そんな彼女だからだろうか、ハニートラップと疑いながらも私は隣に座って酒を飲むくらいならいいかと気まぐれに思ってしまった。
「……どうぞ」
私が許可すると、彼女は柔らかな微笑みを浮かべながら「ありがとう」と言って、私の右隣に座る。
彼女は座ると同時にバーテンダーにトロピカルな名前のカクテルを注文する。
「いつもお一人で飲んでるわよね?」
彼女の事を気に掛けずグラスを傾けていると、彼女が尋ねてきた。
どうやら、彼女もよくこの店にきているようだ。いや、私に近づく為に私の行動を調べただけかもしれない。
「でも、お酒を楽しんでる感じじゃない。飲んでる時はいつも渋い顔してるし」
何も答えずにいると、彼女はまるでいままで見て来たかのような事を言ってくる。
だが、彼女の見立ては正しい。私は自分が飲んでいる酒を美味しいと思ったことはないし、酒を飲むことに楽しみを見出していない。その証拠に私が飲む酒は決まってバーボンのロック。それ以外の酒は飲まないし、そのバーボンですら美味しいと思ったことはない。単に注文が楽で、自分にとって口当たりが良いからそれ一筋なだけだ。
私は彼女に対して内心で驚きながらも表情には出さず、グラスに口をつける。
「あ、もしかして、カッコつけてるのかな? 渋い顔して、渋いお酒飲んでればカッコいいとか思ってるタチ?」
「……別に。と言うか、さっきから何ですか、あなたは……」
しつこく話し掛けてくるだけではなく、黙っていれば好き勝手言い始める彼女に私はつい言い返してしまった。
「何って……ここの客だけど?」
「それは見れば分かりますよ。私が言っているは、私に何か用でもあるのかって事です。まあ、想像はつきますけどね。誰に頼まれたかは知りませんけど、無駄ですよ? 私に取り入ろうとしたって……」
私が突き放しに掛かる。正直、これ以上私にとってこのオアシスな場所と時間を邪魔して欲しくない。
けれど、彼女はキョトンした顔をした。
「……ごめんなさい。アタシ、貴方が言ってる事の意味が分からないわ」
「え……」
彼女は心底分かりませんと言う怪訝そうな表情をしている。
「つかぬ事をお尋ねしますが、私が誰か知っていますか?」
「え? ここでいつも独りで難しい顔してバーボン飲んでる変わったおじさんでしょう?」
「……」
私は絶句した。彼女が私を変わったおじさんだと評した事にではない。彼女が私の事を全く知らないことにだ。
それは演技とは思えなかった。私に近づくことが目的の演技ならもっと上手くやる。間違っても本人を目の前にして『変わったおじさん』などとひょっとすると機嫌を損ねるかもしれない表現を使うはずがない。
彼女は、真実私の事を知らないのだ。
「驚いたな。私の事を知らないとは……」
「あれ? もしかして有名な人だった? だとしたら、ごめんなさい。アタシ、芸能系には疎くって」
彼女は謝るものも、悪びれた様子はあまり見せない。それもきっと私の事を本当に知らないが故だろう。
「いや、芸能人ってわけじゃありません。まあ、そっちに関係がなくもないですけど……。でも、知っていて当然ってほど有名でもないですし、気にすることはないですよ」
「ふうん、そうなんだ」
私は私自身の事をなるべく大きく見せぬように語ったが、彼女はそんな事にはあまり興味がなさそうな反応を示すだけだった。
「あ、でも、貴方がどんな仕事してるかは分かるかなぁ」
彼女は得意げな表情で予想外な事を語りだす。
「貴方の仕事って、結構気苦労の多い仕事でしょう? もしくは、そういう立場にある、でしょ?」
「……どうしてそう思うのです?」
内心で驚きつつ、私は尋ね返す。
「どうしてって……そりゃあね。こんなバーで誰も連れずに一人酒してれば、そう思うわよ。いつもいつも周りに誰かいて心休まる場所がない。だから、せめてお酒を飲んでいる時ぐらいは……って思いつつも、その楽しみ方も知らないから、渋い酒を渋い顔して飲んで過ごしてるんでしょう? どう? 何か間違ってる?」
「……」
私は驚きを通り越して面食らっていた。まさかついさっき出会った女性にそこまで言い当てられてしまうとは……。
彼女は私の様子など気にもかける様子もなく、バーテンダーが差し出したグラスを手にする。グラスの中にも名前に負けず劣らずトロピカルな色の液体が注がれている。
「でもさ、そういうのつまらなくない? 折角こんな雰囲気のあるバーに来てるんだから楽しまないと、ね」
彼女は笑顔を浮かべてそう言うと、グラスに注がれたカクテルを口に含み、美味しそうに頬を綻ばせる。
彼女のその表情に私はゴクリと喉を鳴らした。
彼女がカクテルを飲む姿を見て、悔しい事に私は美味そうだと思ってしまった。彼女と同じものを飲んでみたいと思ってしまった。
「……バーテンダー、隣の彼女と同じものを」
彼女は私の注文を聞くと、「うふふ」と笑う。まるで彼女には私がそうする事が分かっていたようで、それにも悔しい気持ちになる。だが、不思議と悪い気はしなかった。
暫くして、バーテンダーが彼女の飲んでいるのと同じ色のしたカクテルを差し出してきた。私はそれに恐る恐る口をつける。
「……あれ? 美味しい」
驚いて、つい素直な感想を漏らしてしまった。
そのカクテルは美味かった。バーボンなんかよりも遥かに。
カクテルなんて美味いと感じたことなんて今迄一度もなかったのにどうして……。
彼女は私の口から漏れ出た感想を聞いて、また「うふふ」と笑った。
小馬鹿にされている……わけではない。彼女は私に美味しいと言ってもらえた事に喜んでいるようだった。と同時に、彼女にはこうなる事が初めから分かっていたように思える。
そんな彼女のミステリアスさに私は次第と惹かれていった。
それから私は彼女と様々な話で盛り上がった。
彼女には私がどのような人間なのかも話した。若くして大企業の社長となった事を話すと彼女は驚いた反応したが、だからと言って私への態度は変わらずフレンドリーなもののままだった。
彼女との会話は、彼女と過ごす時間は、心地よかった。
その後、私はバーを訪れる度彼女と出会い、彼女と飲み、彼女と語り合った。
回を重ねる度に親密になっていくのが分かった。そうして、気付けば私達はバー以外の場所でも会い、共にいる時間を増やしていった。
ショッピングモールでの買い物や、レストランでの食事、有名な夜景スポット。私は僅かな時間の合間を縫って、彼女と様々な場所を訪れた。それは、これまで私が経験したことがなく、そして私が敬遠していた恋人と過ごす時間に他ならなかった。
だが、私はその時間が無駄だと思えなかった。思えなくなっていた。彼女と過ごす時間、彼女とのデートは私にとってこれまで経験したことのない喜びと癒しを与えてくれていたから。
そうして、彼女と出会って半年が経ったある夜、私は遂に彼女と結ばれた。
隣で穏やかな寝息を立てる彼女の横顔に私はこの上ない幸せを実感できた。それは、どんなに金や名誉を得たとしても、得る事のできない穏やかな幸せ。
私は、この時になって初めて人間としての幸福を得たのだと信じて疑わなかった。
私は、この幸せの為なら努力の積み重ねで得た地位も名声も捨てられる。そんな風にさえ思えたのだ。
私は彼女との時間を大切にしたかった。だが、私の立場上、彼女ばかりにかまけているわけにはいかない。だから、私は少しでも長く一緒にいる為に、彼女との同棲の道を選んだ。
本当はすぐにでも結婚したかったのだが、彼女にも彼女の生活があり、私も私で多忙を極めていて、その選択を取ることは現状では難しかったのだ。
私と彼女のその蜜月の時間は、数か月にも及んだ。
だが、それもそろそろ潮時だ。男なら、覚悟というものを決めないといけない。
ある夜、高級ホテルの最上に階にあるレストランで私たちは食事を取っていた。
「な、なあ」
「うん? どうしたの?」
「その、なんだ……今度の2月14日って何か予定あるかな?」
「ううん。何もないわよ。貴方と過ごす初めてのバレンタインデーですもの。予定なんて入れるわけないじゃない」
「そうか。なら良かった」
ほっと胸を撫で下ろしていると、彼女は不思議そうな顔で見つめてくる。
「その、だな……その日、ある政治家の誕生日パーティーが開かれる予定になっていて、私も招待されているんだ」
「……そう、なんだ」
何を誤解したのか、彼女は少し悲しげな微笑みを浮かべた。きっと、バレンタインデーを一緒に過ごせないと思っているのだろう。
「そ、それでだな……流石に大きなパーティーだから、誰も連れずに行くのは相手にも失礼に当たる。出来れば、多少は華やかさのある女性なんかを連れて行くと、私としても鼻が高いと言うか何というか……」
「ええっと……つまり、どういうことかしら?」
彼女は煮え切らない私に対して、真剣な眼差しで問いかけてきた。
私は彼女の瞳を直視することが出来ない程、緊張している。こんな事、初めてだった。
「つ、つまりだな……。き、キミを私の……つ、妻として同行させたいのだ!」
「え……」
言った。遂に言い切った。どうしもなく情けないプロポーズではあるけれど、それが不器用な私の精一杯だった。
彼女はそんな私のプロポーズに絶句し、呆然としている。
「あ、いや、今直ぐ正式な妻となってくれと言う訳じゃないんだ。内縁の妻、と言う形での紹介にもなると思う。だが、私としては……」
私は取り繕うように説明する。それに対し、彼女は黙ったまま俯いていた。
もしかして、怒らせてしまっただろうか?
こんな格好のつかないプロポーズだ。彼女がお気に召さなくても不思議ではない。
だが、そんな私の心配をよそに彼女の口にから飛び出してきたのは、思いもしない言葉だった。
「……嬉しい! ずっと、ずっとそう言ってくれる事を待ってたの!」
彼女は今迄見せたことない程弾けた笑顔で、私のプロポーズへの返答を返してくれた。
遂に、私は彼女と本当の意味で結ばれ、一緒になったのだと実感した。
そして、2月14日を迎えた。
私にとって、この日は初めて周りに彼女の存在を知らしめる一世一代の仕事をする日だ。
珍しく朝から緊張なんてものをしていて、自分が浮かれていることに気付いた。
だが、運命とは思いの外、上手くはできていないらしい。
その日、仕事上のトラブルにより私は予定していたパーティーへの出席を取りやめることになってしまったのだ。
既に招待状を彼女に渡している手前、気が引けたが、彼女にはその旨を電話で伝えることにした。約束を反故にして済まない、と。
すると、彼女は「そう。残念ね」と言いながらも、その声はあまり落ち込んでいる様子がなく、私としては安心した。
「お仕事、頑張ってね」
「ああ、ありがとう。この埋め合わせは、いつか必ず」
「ええ、無理しないでね」
そんな短い会話だけをして電話を切ると、私は仕事に戻った。
結局その日、私が家路に帰り着いたのは夜遅くだった。
疲弊した体を引きずりながらも、家の中に入ると、どこも真っ暗だった。きっと彼女はもう寝てしまったのだろう。そう思っていた。
リビングに明かりを灯し、テレビを付けてからソファに身を投げる。
すると、テレビのスピーカーからは聞えてきたのは、騒々しいレポーターの声だった。
何か大きな事件があったらしい。
私は聞き流す程度と思って付けたテレビを注視する。すると、そこには予想外の映像が映っていた。
「え……」
私は絶句した。
テレビに映し出されていたのは、本来、私と彼女が参加するはずだったパーティー会場のある高級ホテルだ。
そのホテルが、真っ赤に炎上している。
「なんだこれは……」
テレビに映し出されている映像が信じられなかった。私達が訪れるはずだった場所の無残な光景に私は戦慄していた。
ニュースのテロップには『パーティー会場で爆発事件』とか『死傷者多数』なんて文字情報が流れてくる。挙句の果ては、コメンテーターがテロの可能性なんか示唆する始末だ。
そんな憶測が飛ぶことは当然とも言える。あのパーティー会場には、角界の著名人が参列していたはずだ。政界に通ずる重鎮だっていた事だろう。そんな場所での爆発事件なのだから、テロが真っ先に疑われるのは当然の事だ。
大変な事になった。そう思った私は彼女を起こしに寝室に向かった。だが、寝室に入った私は首を傾げるしかなかった。
彼女は寝室にはいなかったのだ。
家中を探したが彼女の姿は何処にもなかった。携帯を鳴らしてみても、電源が切られていて応答がない。
「ま、まさか……」
嫌な予感がした。
私はテレビに噛り付く。
被害者の名前を読み上げていくキャスターの声に耳を澄ましていく。
そこに、彼女の名前があった。
失意の中、一睡もすることなく夜が明ける。それと同時に、呼び鈴が鳴った。
私は慌てて玄関に向かった。
良かった。彼女が帰ってきたのだ。昨日のニュースは何かの間違いで、きっとあの場に居合わせることなかったのだ。大方、約束を反故された腹いせに夜歩きをしていたに違いない。そして、頭も冷えたから戻ってきてくれたのだ。
そんな期待に満ちた願望を胸に玄関を開けると、そこにいたのは彼女などではなかった。そこにいたのは、背広姿の数人の男だった。
彼らは警察だと名乗った。つまりは刑事だ。
刑事たちは、私に昨日のホテル爆破事件について事情を聴きに来たようだった。本来ならば、私もあそこにいるはずだったからだろう。
私はパーティーに参加できなくなった経緯と恋人が巻き込まれた事を彼らに話した。
すると、刑事の一人が私に写真を見せてきた。そこに映っていたのは、見知らぬ女性の顔。そして、刑事から聞いた事もない名前を聞かされた。
刑事が言うには、その写真の女性こそがホテルを爆破した容疑者らしく、その女性もあの爆発に巻き込まれて死亡したそうだ。つまりは自爆テロということだ。
私は思い余って怒りを発露した。
どうして彼女がこんな見ず知らずの女に殺されなければならなかったのか、と。
その女の事が憎くて憎くて堪らなかった。けれど、その憎い女もまた既に死んでいたという事実が私には受け入れ難かった。
刑事は私を落ち着かせると、もう一枚写真を取り出した。そこには彼女の顔が映っていた。私の恋人である彼女が。
刑事は「この女性が貴方の恋人か?」と尋ねてきたので、私は「そうだ」と答えた。
すると一転、刑事は厳しい面持ちになりこういった。
「先程の写真の女性とこの写真の女性、つまり貴方の恋人とは、同一人物です」
「……は?」
私は刑事が言っている意味が分からず、間の抜けた声を発してしまった。
そんな私に刑事は懇切丁寧に説明してくれた。自爆テロを起こした女が整形し、名前を変えたのが私の恋人なのだと。
そんな話、信じられる訳がない。それでも、刑事はそれが真実だと何度も語って聞かせてきた。
私が愛した女性は、テロリストだったのだ。
ここから先は、後日談的なものだ。もはや、私にとってどうでもいい事に過ぎない。
私はあの後刑事たちに連行された。容疑はテロの共犯。彼女と一つ屋根の下で暮らしていたのだから当然と言えば当然の容疑だ。
その疑いも晴れ、釈放された頃には、私は全てを失っていた。
世間は私をテロに手を貸した男と凶弾した。あるいは、テロリストの女に騙された哀れな男として罵り嘲笑った。
そんな私に帰る場所は既になかった。社長の席は奪われ、会社に私の居場所は何処にもなくなっていた。
私は彼女と一緒になれるなら地位も名声も金も何もかも失っていいとさえ思ったていたが、真実、私は彼女を愛したことで全てを失ったのだ。