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3日目 想い人へ送るのは西行妖

白玉楼の朝は意外と早い。

日が登る直前に幽々子は目覚めた。


「今日は一段と冷えるわね…」


体をさすりながら吐く息は白くなっている。


「妖夢ー?妖夢ー?そっか、いないんだった…」


幽々子は妖夢がいないことを思い出し、重い体にムチを打って立ち上がった。

その足で向かったのは台所。妖夢ほどではないが幽々子も料理は出来る。


「久しぶりね…ここにこうして立つのも…」


幽々子は1人で微笑んだ。


「あの人は今どこで何してるんでしょうね…」


朝食―――塩おにぎりとお漬物、夜の残りの味噌汁―――を作った幽々子は、居間にて1人寂しく朝食を食べ始めた。

そこに現れたるは…。


「…お1人でご朝食でございますか、お嬢様」


枯山水の通路を、白玉楼に近づいてくるのは、西行寺幽々子の護衛であり魂魄妖夢の師。魂魄妖忌であった。


「…妖忌…?妖忌なの?!」


「この魂魄妖忌、ただいま戻りました」


縁側の近くまで到着した妖忌は、幽々子に向けて跪いた。


━━━━━━━━━━


魔法の森の奥、霧雨魔法店。


「……重い……。誰だ…?乗っかってんのは…」


苦しい顔で目を覚ました魔理沙は、自分の体にのしかかる何かに気づいた。


「むにゃむにゃ……わがはくろーけんにきれぬものは……」


「かなこさまー…すわこさまー…」


熟睡している妖夢と早苗の足が魔理沙の体の上にのしかかっていた。

魔理沙は昨晩、家がない霊夢を泊めるつもりだった。しかし、他のメンバー―――文、早苗、チルノ、妖夢。幽香は人里で宿を借りた―――が図々しく泊まったため、ぎゅうぎゅう詰めで睡眠しなければなかった。

なので、寝相が悪い者から被害を受けることとなる。


「金取ってやろうか…」


━━━━━━━━━━


宿、と言っても民宿レベルである。

幽香は何十年ぶりに宿を借りた。

実際、全速力で飛べば、日付が変わる前に自宅にたどり着けたが、何があるか分からないので、大事をとったのだ。


「…人に用意してもらう朝ご飯も悪くないわね」


民宿の食堂で、一般の人間に混じって朝食━━ご飯と味噌汁、焼き魚と漬物━━を取る幽香。全て宿主の奥さんの手作りだ。


「ご馳走様でした」


最後の一口を飲み込み、幽香は手を合わせて食材に感謝の意を示した。


「さてと、さっさと奴を探さないとね…。あら?」


食堂を後にしようとした幽香は、アリスとすれ違った。


「幽香?何してるのよ」


「別に?あんたこそ何してたのよ」


「私は華仙と一緒に霊夢を探してるだけよ」


「華仙?あの昨日のピンク色の人?」


アリスの後ろには華扇がついてきていた。


「私を色で判断しないで下さいますか?」


「それは悪かったわね。それよりもまだ探してたのね。霊夢なら魔理沙の家にいるわよ。じゃあ、私は用事があるから」


幽香はそのまま宿を後にした。


━━━━━━━━━━


「…はっ…!朝食の準備を…!!…って…」


永遠亭の客間にて咲夜は飛び起きた。隣には衣玖が眠っていた。


「永遠亭…?」


咲夜は美鈴が眠っている病室にやって来た。そこにはフランとパチュリーのベッドもあった。フランは吸血鬼特有の驚異的な回復力のおかげで全快に近い状態であったが、パチュリーはまだまだ回復に時間がかかる状態だった。


「妹様、パチュリー様、おはようございます」


「あっ、咲夜だ!おはよー!」


元気よく挨拶するフランと対照的に、気だるそうに返すのはパチュリーである。


「おはよう」


しかし、美鈴は挨拶を返さなかった。否、返せなかった。


「…まだ目を覚まさないんですね」


咲夜は美鈴のベッドの横に立ち、顔色を見た。安らかな寝顔だった。


「…こんな時まで居眠り癖出さなくていいのに」


咲夜はボソッと呟いた。フランとパチュリーには届かなかった様であった。

そこに、朝食を持ってきた鈴仙が部屋に入ってきた。


「おはようございます、朝食をお持ちしました。…あ、咲夜さん」


実は、鈴仙が咲夜と衣玖を布団に寝かせてあげたのだ。

永琳は起きるでそっとしておけと言っていたが、起きる気配など微塵もなく、壁に寄りかかったまま熟睡してたので、善意でしてあげたのだ。


「ちょっとこっちに…」


配膳した鈴仙は、咲夜を廊下に呼び出した。


「?」


咲夜はフランとパチュリーに頭を下げて、病室を後にした。


「咲夜さん、美鈴さんに何かしたんですか?」


「居眠りこいてる時にお仕置きしたことは何回か…いや、何百回かはあるけど、それがどうしたの?」


「美鈴さん、魘されてましたよ。ずっと『咲夜さん…咲夜さん…』って言ってました」


鈴仙の視線が咲夜に突き刺さる。鈴仙は咲夜が何かしたのではないかと疑っているのだ。


「美鈴はその程度で魘されるほどヤワな女じゃないわ。理由は直接本人から聞けばいいじゃない」


「それが一番手っ取り早いんですけどね。…あなたが何もしてないというのなら、何故美鈴さんは名前を連呼してたのでしょう?」


「この状況で考えられる理由は1つしかないわ。あの男が私に化けて美鈴を監禁したのよ」


「鏡乃映写…でしたっけ?」


「恐らくは。まだ顔も見たことないけど」


そこに、身なりを整えた衣玖がやって来た。眠たそうな眼は誤魔化せていない。


「おはようございます、咲夜さん、鈴仙さん」


「あら、おはよう」


「おはようございます」


「私としたことが、居眠りをこいて、そのまま朝まで爆睡…。ご迷惑をおかけしてしまいました。申し訳ありません」


衣玖が鈴仙に向けて深々と頭を下げて謝罪をした。


「いえ、泥のように眠ってたので、起こすのも忍びないかなと…」


「そこは起こしていただきたかったです…。ところで、何の話をされていたのですか?」


咲夜と鈴仙は今までしていた話を衣玖に説明した。


「なるほど。では私も知っている情報をお教えしましょう」


咲夜と鈴仙は衣玖に視線を向けた。衣玖はそれを確認して、話し始めた。


「残念ながら、鏡乃映写が何を目的として、あの様な行為をしているのかは、未だに不明です。しかし、彼の素の時の姿、スペルカードはこの目でしかと見ました。どちらからお話いたしましょう?」


「奴の特徴から教えてくれる?」


「わかりました。彼が何者にも変身していない時の特徴としては、比較的長身、執事の様な衣装、常に笑顔を絶やさない…と言ったところでしょうか。身長は…恐らく175センチ程度ですかね。笑顔というのも、ニコニコしているというわけではなく、どちらかと言うと気味が悪い感じでした。スペルカードに関しては、1つだけ確認できました。スペル名は『メモリートリック』。過去に受けたスペルをいっぺんに放ってきます。早苗さんがいなければ私は今頃美鈴さんの隣で眠っていたでしょう…。他にもいくつか所持していると思われます。フランさんやパチュリーさんにも伺ってみたらどうでしょう?」


その後、咲夜たちは主にフランから映写のスペルを聞いた。

相手のスペルを即座に発動する『ミラートリック』、相手のスペルを即座に跳ね返す『リターントリック』、スペルの威力や弾数を跳ね上げる『コピートリック』。


「私が知ってるのはその3つだけ」


「そう…ですか…。ありがとうございました」


咲夜は丁寧に頭を下げて、フランに感謝の意を表した。ついでに、既に空に食器を回収し、鈴仙が持っていたトレーに載せた。パチュリーはまだ半分も食べていなかった。

それらを台所へ持っていく最中、咲夜は口を開いた。


「2人とも、スペルは4つだけだと思う?」


咲夜の問いに、鈴仙が答えた。


「明らかに少ないと思います。仮にも、霊夢さんを倒し、レミリアさんやフランさん、パチュリーさんも退けた実力者です。それなのにたった4枚だけというのは考えにくいですね」


衣玖もそれに続いた。


「4枚のスペルの傾向から考えるに、彼のスペルは『鏡』『記憶』『転写』を元にして作られてると思われます。それを考慮した場合、倍はあるかと…」


「最低8枚になるのね…。それに変身した相手のスペルも使ってくるとなると…」


理論上、制限はあるものの数百枚あるいは千枚近くのスペルを自由に使えることになる。


「考えても始まらないわね。戦ってみないことには」


━━━━━━━━━━


白玉楼では妖忌が食後の皿洗いをしていた。

幽々子は縁側に座って食後のお茶を啜っていた。


「あら、茶柱が立ってる。何かいい事でも起きるのかしらねぇ…。もう起こった後だけど」


幽々子は1人で微笑んだ。


「お嬢様、お片付けが終わりました」


「あら、ありがとう」


妖忌は幽々子の隣に腰を下ろした。


「こうして、お嬢様と過ごすのも久し振りですな」


「そうね。急にいなくなったと思えば、今朝みたいにひょっこり現れる…。今まで何をしていたの?」


「人目につかない山奥にて、剣術の修行をしておりました」


「修行ならここでも出来たでしょう?なのに何故…」


「妖夢を1人前にさせるため、でもありました。いつまでも半人前である理由が私という存在ならば、どうすれば良いか…。それを考えた結果でございます」


妖忌は皺が深く刻まれた瞳で、1枚も葉をつけていない西行妖を眺めた。


「ところで、先程から妖夢の姿が見えませぬが…何処へ?」


「妖夢なら異変を解決しに行ったわ」


「ほぅ…。そこまで成長したか…妖夢よ」


「………」


幽々子は亡霊である。体が赤くなることは無い。

無いはずである。


━━久々に帰ってきたと思ったら妖夢の心配…?少しは私の事も気遣ってよ…!━━


淡い恋心は幽々子に嫉妬という感情を持たせた。

そしてそれは、重大な異変の引き金となる。


━━それに、さっきから西行妖ばっかり見て、ちっとも私を見てくれない…!……あれが咲けば、私の方を向いてくれるのかしら…━━


━━━━━━━━━


コンコン。

魔理沙の家のドアが叩かれた。

叩いたのはアリスであり、後ろには華扇がついていた。


「はいはーい」


呑気な返事とともに、魔理沙がドアを開けて顔を出した。


「よお、アリスに華扇。どうしたんだ?こんな朝早くに」


「もう早くないわよ。それよりも霊夢はいるかしら?」


「いるけど…何か様なのか?」


「私は神綺の所に行くように言うだけ。華仙は霊夢に小言」


「そうかそうか!じゃあ早速呼んでくるぜ!」


『華扇の小言』というワードが魔理沙のやる気を呼んだ。

しばしの後、霊夢が魔理沙の腕に引っ張られて出てきた。が、霊夢は何故か表に出ようとしない。


「ほら、お前に会うためにわざわざ来てくれたんだからさ、遠慮しないでさっさと出てこいよ」


「嫌よ。朝から華扇の小言を聞かされるなんてまっぴらごめんよ。だから早くその手を離しなさい!」


霊夢が無理やり魔理沙の手を振りほどこうとした。しかし、その手を華扇に掴まれた。


「霊夢?そんなに私の小言が嫌いですか?」


華扇は笑顔だが目が笑っていない。

その表情に霊夢が本能的な部分で危機感を感じた。


「あ、いや、その…」


「この馬鹿者!!!!!」


見事、小言が説教にランクアップしたのであった。

霊夢は華扇に引きづられ、家の外に出され、強制的に正座させられた。


「大体あなたはいつもそうです!この前だって…」


そんな中、魔理沙は華扇に気づかれぬようアリスを家の中に招き入れた。


「霊夢は犠牲となった。あいつの事は忘れるんだぜ」


「……コメントは差し控えるわ」


「ああなると小一時間は解放されないからな。お前はどこのお婆さんだよ?!っていう位にネチネチネチネチ…もうたまったもんじゃないぜ」


「色々大変なのね。それはそうとやけに賑やかね。お泊まりパーティーでもしたの?」


アリスの視線の先には、丸いテーブルを取り囲むように陣取り、どこから取り出したのか、ババ抜きを楽しんでいる文、妖夢、早苗、チルノがいた。

順番はチルノが妖夢のカードを引く番。妖夢が1枚所持しており、チルノが2枚、ほかの2人は0枚。つまりこの一手で勝敗が決まる緊迫(?)した状況であった。


「これだ!!……やったー!!上がったー!!」


「ああああああ!!また負けたああああ!!!」


両手をあげて喜ぶチルノと対照的に、妖夢はガックリと項垂れるのであった。


「これで妖夢さんは3連敗…約束通り罰ゲームをしてもらいますよ?」


ニヤニヤと笑いかけるのは2番上がりの早苗。

罰ゲームを指定できるのは1番上がりの文である。


「実はもう考えてあるんですよ?」


「ううっ…。お手柔らかに…」


「フッフッフ…それでは先程見つけたこの色鮮やかなキノコを食べてもらいます!」


「それ死ぬやつ!!!」


「あや?半霊が全霊になるだけですよ?そんな大した問題じゃありません」


「いや大問題です!!!」


「では食レポお願いししまーす」


「だから食べませんって、そんな得体の知れないやつ!!!」


ワチャワチャした展開となっている場に、魔理沙は乱入して行った。そして、ハンカチで手を包み、文が持っていたキノコを奪い取った。


「はしゃぐのはいいけど、こういうのには触らないでくれ」


魔理沙はそのキノコを部屋の隅のテーブルに置いた。


「こいつはつい最近見つけた新種のキノコなんだ。これを元にして新しい魔法を作るのも視野に入れてる」


魔理沙の言葉に、早速文が反応する。手には手帳とペンが握られていた。


「流石は研究熱心な魔理沙さん、と言ったところでしょうか?その新しい魔法のイメージというのは浮かんでいるのでしょうか?」


「あるぜ」


魔理沙は1つ咳払いをし、続けた。


「『ファイナルマスタースパーク』や『ドラゴンメテオ』も超えるド派手で超高火力なスペル…!」


「それは一体…?!」


文だけでなく、その場にいた一同が生唾を飲んだ。


「その名も……『スーパーノヴァ』だ!!!」


「おおっ!!!」


スーパーノヴァ。超新星爆発。

星型の弾幕やド派手で高威力のスペルを得意とする魔理沙にとって、ピッタリのスペル名とも言える。

魔理沙は高々と宣言したはいいものの、すぐに暗い表情になった。


「だけど、1つ致命的な欠点があってだな」


「それは何です?」


「あまりにも高威力過ぎて私の体がバラバラになる可能性が高いんだ」


「魔理沙さんなら大丈夫でしょう。色んな意味で」


「どういう意味だよ!」


そこに何かを思い出したような表情の早苗が割り込んできた。


「それなら、白蓮さんに頼んでみては?彼女、確か身体能力を向上する魔法を得意としてましたよね?その一種に体を鋼のようにさせる魔法があったはずです」


「そうか!その手があったか!じゃあ早速行かなきゃなぁ?早苗、妖夢」


「「えっ?」」


早苗と妖夢の声が揃った。

早苗は何で自分が行かなきゃならないのかという面倒くささ、妖夢は何の関係も無いのに行かなきゃならないのかという疑問という違いはあった。

その事で先に声を出したのは妖夢であった。


「何で私まで連れてかれるんですか?早苗さんみたいに異変を…異変って言えるかどうか怪しいレベルですけど…解決したならともかく…。私未関係ですよ?異変を解決したのはその次の異変で…」


「ほら、関係あるじゃないか。解決した前の異変のお寺」


「理由が無茶苦茶すぎます!!!」


「理由は他にもあるぜ?この状況で1人で出歩いてみろ。紫もやしと吸血鬼姉妹を圧倒したやつが襲ってくる可能性があるんだぜ?みんなには悪いが、私はここにいる誰1人、奴に敵わないと思っている。だから複数人で行って、少しでも安全性を高めた方がいいと思ったんだか?」


映写の実力を知っている文と早苗は納得した表情になった。アリスと妖夢は複雑な表情を浮かべている。

そんな中、チルノだけは魔理沙に反論した。


「何で?!!あたいはさいきょーなんだよ?!!そいつだってすぐに倒せるさ!!!」


「バカは休み休み言えよ?お前なんか1発でやられてしまう。それじゃ行こうぜー」


魔理沙は早苗と妖夢を連れて裏口から命蓮寺へと向かった。


━━━━━━━━━━


時刻は10時半。

永遠亭には妹紅に連れられた、ある客人が訪れていた。


「着いたぞ」


「ありがとうございました。1度ならず2度までも…」


「いいってことよ。これが私の仕事だからな」


客人は妹紅に向かって深く頭を下げた。長い黒髪が陽の光に当たって輝いていた。

妹紅に笑顔を見せる彼女の四肢は無かった。

彼女は車椅子に乗せられてここまでやってきたのである。

彼女の名は空幻来愛(クウゲン ライア)という。

輝愛は車椅子ごと妹紅に押され、永遠亭の研究室に入っていった。

永琳は昨日完成した義手と義足を来愛に装着してあげた。


「どう?着け心地は」


「うーん、何かしっくり来ないです」


「そのうち慣れるわよ。河童にも協力してもらって、脳からの微弱電流を解読して、動かせるようにはなってるわ」


来愛は試しに右手を動かしていた。指は滑らかな動きでグーとパーを繰り返した。


「おお…!すごい!凄いですよ、これ!」


「あら、ありがとう。じゃあお代は後から請求しておくわね」


「はーい、わかりましたー。ちょっと中を見学させてもらってもいいですか?」


「ええ。何も触らなければ一向に構わないわ」


「ありがとうございます!」


来愛はぎこちない足取りで研究室から出ていった。

取り残されたのは妹紅である。


「あいつ、来愛とかいう患者、手足がないのは後天性みたいだな」


「あら、あなたにも分かったのね」


「伊達に1300年も生きてないからな。先天性なら指のなり損ないみたいなものがある。それが来愛には無かった。それだけだ。だが、右腕だけとか左足だけとかならしょっちゅう見るが、4本とも全部千切れたやつは滅多に見ない。何故だか分かるか?」


「私は不慮の事故としか聞かされてないわ。それに、傷を抉るような真似をしないの。絶対聞いちゃダメよ」


「分かってる」


永琳に鋭い目つきで警告をされた妹紅は、モンペのポケットに手を入れ、近くの椅子に座った。


━━永琳は何かを隠している様子はない…。妖怪に食われでもしたのか…?それだったら何故胴体部分を残した…?…まさか…━━


妹紅はある1つの仮説にたどり着いた。


「おい、永琳。まさかと思うが、あいつの手足が千切れた理由って───」


「恐らく私もあなたと同じ事を考えてるわよ」


永琳はカルテを纏めながら続けた。


「「事故ではなく事件…」」


妹紅と永琳の声が重なった。


「念を押すようだけど、本人にその事を聞いちゃダメよ」


「はいはい、わかったわかった。しばらくしたらアイツを人里に帰しに行く」


その頃、来愛は中庭の池の橋の柵にもたれかかり、池の鯉を眺めていた。

そこに、暇を持て余した様子の輝夜が現れ、来愛の背後から話しかけた。


「どう?うちの鯉は」


「すごく美しいです!何と言うか、こう…若々しさが感じられます!」


「ふふっ。そりゃそうよ。私の能力でずっと若いままでいさせているもの」


「えっ?!」


輝夜の能力━━永遠と須臾を操る程度の能力━━を応用させて、池の鯉たちに永遠に近い命を与えているのだ。


「そ、そんな能力があったとは…」


「蓬莱人をなめないことね」


「恐れ入ります…」


来愛は尊敬の目を輝夜に向けた。

輝夜はそれを受け流しながらも、機械仕掛けの手足に目を向けた。


━━なるほど…。この子が昨日永琳が言ってた…━━


輝夜は永琳がボソッと漏らしていたのをどこかで聞いていたようである。


━━それにしても両手両足が無くなるなんてねぇ…。普通の事故で全部無くなる事なんて滅多に無いし…人為的なものとしか考えられないわ…。……この頃外に行ってないし、少し位いいわよね…?━━


あることを思いついた輝夜は、それをオブラートに包みながら来愛に尋ねた。


「ねえ、あなたのお家にお邪魔してもいいかしら?」


「へっ?私の家ですか?」


「ええ。永遠亭の責任者として挨拶に行こうと思うの。迷惑かしら?」


責任者という立場はあながち間違いというわけでもないが、輝夜はそれを利用することにしたのだ。


「迷惑…ではないですけど…。わかりました、一緒に行きましょう!」


来愛は研究室に戻り、中を覗いた。妹紅はおろか、永琳の姿もなかった。


「あら、不在?仕方ない…書き置きしておこうかな」


来愛は帰宅するという旨を近くの紙にメモし、研究室を後にした。

そして輝夜と共に永遠亭を後にした。


━━━━━━━━━━


永琳と妹紅は目覚めない美鈴の容態を確認するために、研究室にいなかったのだ。

永琳は美鈴の脈拍を測ったり、聴診器で心音を確認したりと、検診をした。妹紅は鈴仙の代わり━━検診結果の記入━━をしていた。


「…この分だと今夜には目覚めそうね」


永琳は妹紅から渡された資料を見ながらこう予想づけた。

それを近くで聞いていたフランの顔がパッと明るくなった。


「美鈴起きるの?!」


「ええ。私の予想が正しければ、ね」


「やったー!ありがとう!永琳!」


フランは飛び跳ねて喜びを顕にした。


「これが私の仕事よ。あ、それと、目覚めたからって激しく揺すったりしないでね」


「はーい。咲夜のところ行こーっと」


フランは病室を後にした。ちなみにパチュリーは魔導書を読んでいる。


「さて、あの子はもう戻ってきたかしら?」


永琳が病室から出ようとすると、鈴仙が病室に入ってきた。


「あ、師匠、こんな所にいらっしゃったんですか?」


「あなたこそ何やってたの?さっきの検診、妹紅に手伝ってもらったんだから」


「そ、それは…ごめんなさい。それはそうと、こんな物が…」


鈴仙は永琳に紙切れを渡した。それは来愛が書き置きしたものだった。


「何々?『誠に勝手ながら、これにて帰宅することにいたしました。本当にありがとうございました。追伸、責任者の方が私の両親に挨拶をしたいという事なので、同行しております』」


「責任者って誰なんですか?永遠亭で一番偉いのって師匠か姫様のどっちか………えっ?!!まさかそんな?!!」


鈴仙がことの重大さに気づき、ハッとした顔になった。


「そうとしか考えられんだろ。あのバカが。どうせ『しばらく外出する機会が無かったから』とかいう理由で外に行ったんだろ」


妹紅の予想は大体合っていた。


「姫様を貶すのはやめてください!!と、と、とにかく探しに行かないと!!」


「もちろんだ。行くぞ」


鈴仙と妹紅はバタバタと病室を後にした。


「全く、大人しくしてくれればいいのに…」


頭を抱える永琳であった。


━━━━━━━━━━


昼前になって、華扇の説教は終わりを迎えようとしていた。


「いいですか?!2度とこんな真似しないように!!」


「はいはい…」


霊夢がふてぶてしい態度をとった時、2人の元に寒風が吹いた。


「寒っ!もう終わったでしょ?!早く中に入れさせて!」


「え、ええ、そうしましょう!」


腕をさすりながら、2人は魔理沙の家に入っていった。


「で、何であんたが私のとこに来たのよ。説教が目的だって言うならぶっ飛ばすわよ」


「そうでしたね…。神社、何で壊れたんですか?」


「壊れたんじゃなくて壊されたのよ。ていうか知らないの?」


「何がです?」


「私たちが狙われていることよ」


「ええっ?!いつ悪い事したんですか?!」


「そうじゃなくて!」


俗世に疎い華扇ではあるが、ここまで来ると一種の異変レベルだと霊夢は呆れていた。

そこに、ニヤニヤと笑いながら文が乱入してきた。


「霊夢さん、1つ間違えてませんか?『いつ』ではなく『いつも』では?」


「あんたねぇ…焼き鳥にされたいの?」


「それは勘弁願いたいですね」


文は華扇に視線を向けた。


「お久しぶりですね、華扇さん。以前にお会いしたのは何年前でしたっけ?」


「30年…?いや、もっと前だった様な…。正確には覚えてないですね。ところであちらの方は?」


華扇は1人でアリスの上海人形を凍りつかせて遊んでいるチルノに視線を向けた。


「あれは放っておいていいんじゃない?」


と、どうでも良さそうな視線を向ける霊夢。


「で、アリスは私に何の用?」


アリスは人形を壊されやしないかとハラハラしながらチルノを見ていた。


「神綺が霊夢のこと呼んでたわよ。昨日のお茶会来なかったでしょ」


「あんな状況で行けるかって話よ」


「魔理沙は来たわよ。ちゃんと」


「それはあいつが能天気だからよ…。仕方ない…あの湿気た面でも拝んでやりましょうかね…」


霊夢は渋々、神綺の元に向かうため魔理沙の家を後にした。


「霊夢?!またそんな事言って!」


「神綺…興味深い人物ですね」


華扇と文も理由は異なるが霊夢の後について行った。


「やっとうるさいのがいなくなったわね。この子は返してもらうわよ」


アリスはチルノの手の上でうめき声をあげている上海人形を取り上げた。


「あっ!あたいのお人形さん!」


「あんたにあげたつもりなんかないわ。じゃ、私は帰るわね。あんたも早く帰りなさい」


チルノは返事の変わりに、むーっと頬を膨らませた。


━━━━━━━━━━


昼過ぎ、幽香は太陽の畑に起こりつつある異変に苛立ちを覚えていた。


「…いきなり気温が下がったと思えばこれ…か…」


季節問わず咲き乱れていた無数の向日葵が、突如として枯れ始めたのだ。


「前にも似たような事があったわね…。ちょっと怒鳴り込んでこようかしら」


━━━━━━━━━━


一方その頃、来愛は自宅に帰宅した。


「ここが私の家です!」


ジャーンっ!と紹介した家は、家とは程遠い、掘っ建て小屋のようなものであった。人里から遠く離れており、敷地面積も相当狭いものであった。


「…これはまた凄いところに住んでるのね…」


そのボロさに輝夜は言葉を失った。

妹紅の家に遊びに━━襲撃しに━━行ったことは何回かあるが、来愛の家と比べると、かなりの豪邸と言える。その位来愛の家は酷かった。


「狭いかも知れませんが、上がってください!」


━━狭いどころの問題じゃないと思うわ…━━


輝夜は家の中に入った。

住居スペースは1間しかないが、外見と違って綺麗に整頓された空間であった。そのギャップに輝夜はまた驚かされた。


「失礼なことを聞くようだけど、ご両親は?」


「両親は…いません」


お茶を用意する来愛の手が一瞬止まった。


「今は…将来を約束した相手と住んでます」


「あらまぁ…」


━━━━━━━━━━


輝夜が来愛の家に上がったのと同時刻、人里を鈴仙と妹紅は探していた。

団子屋の店員に話を聞いたが、何の収穫もなく店を後にした。


「ここも手がかり無しか…」


妹紅は購入した三色団子を頬張りながら言った。


「結構探しましたから…この人里には住んでいないんでしょうか?」


鈴仙の手にも三色団子が握られていた。


「客人はともかく、目立つ輝夜の目撃情報も無いからな…。多分そうだろう」


その時、2人の背後から輝夜の声がした。


「私ならここにいるわよ」


「輝夜?!」


「姫様?!」


2人は後ろを振り返った。いなかったはずの輝夜がそこにいて、驚きを隠せなかった。

輝夜の能力を応用すれば、第三者視点で、一瞬で移動することも可能ではある。

しかし、形は違えど長年連れ添ってる2人にとって、目の前の輝夜に違和感を覚えていた。


「お前、本当に輝夜か?」


「何かがおかしいんですよね…」


「…やれやれ。勘がいいね、君たち」


輝夜であったものは姿を変えた。

不気味な笑顔をしている映写が変身していたのだ。


「なるほど、こいつが鏡乃映写って奴か」


「私も生で見るのは初めてなので何とも…」


「そう、俺が鏡乃映写。よろしく」


映写の気味悪い笑顔に、妹紅と鈴仙は旋律を覚えた。

恐怖を振り払い、妹紅は映写を睨みつける。


「輝夜に化けて何するつもりだ。それに、こんな所で暴れてみろ。関係ない人たちに被害が及ぶ」


「ああ、それなら問題は無い」


映写は霊夢に化けた。

霊夢映写は結界を張り巡らし、通りを全て結界でおおってしまった。


「ねっ?」


「くっ…。狙いはあくまで私たちってことか」


「そういうこと。あ、後さっきのは気紛れだから」


鈴仙も映写の特徴を掴んでおこうと、霊夢映写に言葉を投げかける。


「何故私たちを狙うような真似をするんですか?」


「それはまだ言えないかな」


霊夢映写は数枚の博麗の御札を取り出した。それを見た妹紅と鈴仙は臨戦態勢を取った。


「とにかく、今は俺と戦うことに集中してよ。『夢想封印』」


霊夢映写は御札を妹紅と鈴仙に向けて投げた。その御札は2人の目の前で爆発した。

しかし、妹紅は炎のバリア、鈴仙は弾丸状の弾幕で撃ち落とし、身を守った。


「こちらからも行くぞ。『火の鳥━不死伝説━』」


「『月面波紋(ルナウェーブ)』!」


妹紅は炎の翼を宿し、霊夢映写に突っ込んでいった。

鈴仙は狂瞳化した目で、空間に振動をを発生させた。


「おっと、こいつはまずいね『二重結界』『天覇風神脚』」


霊夢映写は『二重結界』で『月面波紋』を防ぎつつ、『天覇風神脚』を妹紅の『火の鳥━不死伝説━』を迎え撃った。

霊夢映写の蹴りと、妹紅の炎の拳が衝突する。


「2つのスペルを同時に発動させるとは…」


「どう?凄いでしょ」


「調子に乗るな!」


妹紅は右腕に力を篭めた。それに応じて霊夢映写の足にも力が篭もり、両者の力は拮抗した。

それを見た鈴仙は『月面波紋』を切り、別のスペルを発動した。


「これならどう?『離円花冠(カローラヴィジョン)』」


両手から放たれた高密度の“波”が霊夢映写を襲った。

霊夢映写はそれによってバランスを崩した。それを見逃さなかった妹紅は霊夢映写を蹴り飛ばした。霊夢映写は結界の壁に叩きつけられた。


「こんなもんか」


「案外弱いもんですね」


ぐったりしている霊夢映写に向けてセリフを吐く2人。それを 霊夢映写は顔色1つ変えずに聞いていた。


「そう思いたきゃそう思えばいいさ」


その手にはミニ八卦路が握られていた。


「そいつは!」


「その武器は!」


「あんまり使いたくはないんだけどなぁ。仕方ない。『アナザートリック・ファイナルスパーク』」


映符『アナザートリック・○○』。変身している人物と他の人物のスペルを使用することが出来る。今回は霊夢の姿で魔理沙のスペルを利用するのだ。

妹紅と鈴仙が行動するよりも早く、霊夢映写のミニ八卦路から超極太の光線、『ファイナルスパーク』が放たれた。

『ファイナルスパーク』は地面を抉り、妹紅と鈴仙を直撃した。


「さてと、こんなもんかな」


霊夢映写はミニ八卦路を投げ捨て、結界を解除した。そして反対側の結界の壁に衝突したと思われる妹紅と鈴仙に近づいて行った。2人とも深刻なダメージを負っている。


「じゃあ俺はこれで。次会った時はどうなるかなぁ…」


霊夢映写は変身を解き、どこかへと飛び去って行った。


「くっそ…!」


「あの威力…単なる偽物という訳では無さそうですね…!」


「だな…!純粋な火力だけで見ればあの白黒と同じだ…!」


そこに血相を変えた慧音が2人のもとに走ってきた。眼鏡をかけており、授業を放り出して来たのかもしれない。


「大丈夫か?!」


「慧音か…?」


「寺子屋の…先生…?」


「ひどい怪我…!ひとまず私の家に!!」


慧音は里の住民らの協力を得て、2人を寺子屋に隣接している自宅に運んだ。

慧音は授業に戻ったが、心配そうな表情は消えていなかった。


「鈴仙、今のうちに考えとけ。永琳に対する言い訳をな」


「言い訳も何も…起こったことをそのまま報告するしかないでしょう。私は妹紅さんみたいに蘇生で傷跡を消せるわけじゃないんですから」


「…そうだな。輝夜もだがあいつも探さないといけない。で、もう1つ。昼過ぎてから急激に冷えてきてないか?」


「言われてみれば…。今日は小春日和だって聞いたんですけどね…」


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白玉楼の西行妖は、その並の大木と見間違える太さの枝に緑色の桜の蕾を生やしていた。


━━この調子なら、夜には咲きそうね…━━


その様子を、幽々子は白玉楼の縁側に座って眺めていた。


━━━━━━━━━━


魔界、パンデモニウム。

昨日お茶会を開いただだっ広いリビングにて、霊夢が来たことでテンションがマックスの神綺と、大量の料理を運んでくる夢子。


「本当に霊夢が無事でよかったわよ!!さあ、遠慮しないでどんどん食べて!!」


と、神綺ははしゃぎながら言うものの、提供された料理は、うねうねグニョグニョ動いていた。

これを食べるのか?と視線で聞く文。私は食べたくない、とジェスチャーする華扇。そんな2人を尻目に、霊夢は正体不明の生き物のような料理にかぶりつくのであった。


「うん、相変わらずの味ね」


「あら?これでも腕を磨いてるつもりよ?」


霊夢と夢子のやり取りを、文と華扇は目を丸くして聞いていた。


「…華仙さん」


「なんでしょう?」


「じゃんけん3本勝負でどうです?」


「お断りします」


本当に食べれるのかと疑う文と華扇だが、霊夢は気にすることなくバクバク食べていた。


「やっぱり癖になるわね、これ。時々無性に食べたくなるのよ」


神綺の『何で食べないの?』と言わんばかりの空気感と、夢子の『早く食べろ』と言わんばかりの視線が、容赦なく文と華扇を襲う。

華扇はその形容しがたい料理を手に取り、夢子に質問した。


「し、失礼を承知の上でお伺いいたしますが夢子さん」


「何かしら?」


「この料理のお名前は何というのでしょう?」


「¥#@∋¥←⊂☆Σゝよ」


「…はい?」


「だから、¥#@∋¥←⊂☆Σゝよ?略して夢子スペシャル」


━━どこをどう略したらそうなるの?!━━


華扇はその事を口に出さないよう必死だった。

それを察したのか、2つ目を食べようとした霊夢は華扇と文に耳打ちした。


「騙されたと思って食べてみなさいよ」


文と華扇は霊夢に促されたことで、渋々、その料理を齧ってみた。


「…お、おおっ?!」


「こ…これは…!」


咀嚼して飲み込む。この僅かな時間の中で、2人の表情は劇的に変わった。


「美味しい?!!何ですかこれは?!今まで食べた事がない味です!!」


「コクはあるけどこってりし過ぎず、魚ともお肉とも違う味…!」


文と華扇の反応を見て、夢子と神綺はニヤニヤ笑っていた。

ここで、神綺が取ってつけたように弁明をした。


「ごめんね〜!魔界にはあなた達が見慣れている様な生物がいないのよ。だから初めて魔界のご飯を食べる子には毎回毎回申し訳ないな〜って!でも栄養満点だし、味も最高なのよ!」


神綺に悪びれる様子は微塵もなかった。

早くも半分ほど食べた文が、何か思いついたように神綺に話しかけた。


「あの、もしこの後時間があるなら、取材をさせて欲しいのですが」


「取材?いいわよ!いくらでもしていってちょうだい!」


「ありがとうございます!」


━━━━━━━━━


同時刻、魔理沙、早苗、妖夢は命蓮寺の門の前に到着した。が、魔理沙はすぐに異変に気づいた。


「ん?おかしいな。いつもならここで響子が掃除をしてるはずなんだけどな」


普段、命蓮寺の門の付近を門前の妖怪小娘・幽谷響子が掃除している。しかし、今日は響子の姿が見えない。


「とりあえず中に───」


魔理沙が門の扉に手をかけたその時だった。

何者かが扉を突き破って飛び出してきた。突然の事で魔理沙は対応出来ずに、衝突してしまった。


「魔理沙さん?!」


「大丈夫ですか?!」


そこに妖夢と早苗が駆け寄ってきた。

魔理沙と衝突したのは水難事故の念縛霊・村紗水蜜だった。


「いって〜…。おい村紗…何やってんだよ」


「誰かと思えばいつぞやの白黒魔法使い…。悪いことは言わない。すぐここから立ち去るのよ」


「はあ?お前何を言って───」


魔理沙が言いかけたその時だった。村紗の背後に大きな刀を持った妖怪が突如として現れ、その刀を村紗に振り下ろそうとした。

反応したのは妖夢であった。背中に装備してる楼観剣を僅かに抜き、その刃の部分で刀を受け止めた。

そのままその妖怪を後ろに蹴り飛ばし、楼観剣を完全に抜いて、十字に切り裂いた。


「危なかったですね…。何が起こってるんですか?」


「突然大量の妖怪が寺に侵入してきた。白蓮は星と一輪を連れて出かけてるから、私たちが追っ払っているのよ」


「それは一大事ですね。加勢しましょう」


妖夢は楼観剣を構えて一足先に命蓮寺の中に駆けて行った。


「人が困っているのを見過ごす訳にはいきません!」


「もちろんだぜ。さっさと蹴散らそうぜ」


「ありがとう。みんな」


早苗と魔理沙と村紗も命蓮寺の中に駆けて行った。

命蓮寺の中は妖怪で溢れかえっていた。およそ500を超える妖怪を、これまで村紗、未確認幻想飛行少女・封獣ぬえ、化け狸十変化・二ッ岩マミゾウの3人で相手していたのである。

ぬえは愛用の三叉槍を駆使して、マミゾウは妖術を操り、妖怪を倒していた。


「くそっ…!いくら倒してもキリがないじゃない!」


目の前の妖怪を三叉槍で薙ぎ払うぬえの表情には疲れの色が見え隠れしていた。


「そう苛つくでないぞ。じきに終わりは来る。それまでの辛抱だと思うのじゃ」


マミゾウは目の前の妖怪を小さな昆虫へと化けさせ、叩き落とした。

そこに村紗に連れられて魔理沙、妖夢、早苗の救援隊が到着した。


「おい、大丈夫か?」


魔理沙は妖怪の攻撃を掻い潜りながらぬえとマミゾウの様子を見た。


「魔理沙、妖夢、早苗?!なんでお前たちがここに?!」


「白蓮に用があってきたんだが、今はどうでもいい。加勢するぜ」


「お主たちがいれば百人力じゃ。感謝するぞい」


「よっしゃ!行くぜ!『ブレイジングスター』!!」


魔理沙は魔法の箒に飛び乗り、ミニ八卦路を後ろに構え、そこから魔力を放出し、爆発的な速度を持った突進を繰り出した。大量の妖怪を撃破した。


「私も負けてられません!『未来永劫斬』!!」


スペル詠唱をした妖夢が前方の妖怪の集団に向けて駆けて行った。直後、妖夢は妖怪の集団に向けてすれ違いざまに抜刀斬りを繰り出した。楼観剣を鞘に収めると、数十の太刀筋が妖怪の集団走り、妖怪の集団はバラバラに切り裂かれた。


「まだ沢山いるようですね…。それなら!『八坂の神風』!!」


早苗の前に黄緑色の魔法陣が出現した。早苗が魔法陣の中心に右手を突き出すと、魔法陣から強烈な神風が発生した。神風は鋭い刃と化し、直線上にいた妖怪を全て木っ端微塵にした。


「『撃沈アンカー』!!」


村紗は錨型の武器を上空に投擲した。その武器は頂点で巨大化した上で分身し、妖怪の集団に豪雨のように降り注いだ。多数の妖怪を押し潰した。


「『アンディファインドダークネス』!!」


太陽がほぼ真南の方角から照らしているのにも関わらず、ぬえは突如として現れた暗闇に紛れた。その暗闇は周囲にいた妖怪も巻き込んだ。次の瞬間、暗闇の中で連続して爆発が起こった。ぬえが四方八方に弾幕を放ち、暗闇中の妖怪を全て撃破したのだった。


「最後じゃ。『百鬼妖界の門』」


マミゾウの前に赤い神社の鳥居が出現した。そこから鬼や河童、一反木綿やろくろっ首等といったありとあらゆる妖怪が飛び出し、残った妖怪を殲滅して行った。その後、呼び出された妖怪は鳥居から元の世界へと戻って行った。

静けさを取り戻した命蓮寺ではあったが、所々壊れている箇所があった。

村紗、ぬえ、マミゾウは命蓮寺の住居スペースに魔理沙たちを招いた。そこで、簡単な軽食とお茶を提供した。


「さて、お主たちのことじゃろうから、もう動いておるとは思うが」


マミゾウは文々。新聞を広げて、軽食を食べている魔理沙たちに見せた。


「こやつの事について何か知っておるか?」


おにぎりを食べている魔理沙が答えた。


「ああ、鏡乃映写だろ?私が知ってるのは博麗神社をぶっ壊して、紅魔館の奴らをコテンパンにして、門番を監禁したくらいか?そういえば、昨日も妖怪の大軍と遭遇したよな?」


「はい」


「そうですね」


早苗と妖夢が頷く。


「ふむ…恐らく、先ほどの妖怪は、その男の手先じゃ。そしてもう1つ。気づいて無いとは言わせぬぞ。そこの庭師」


マミゾウの視線が妖夢に向けられた。マミゾウだけでなく、ぬえや村紗の視線も妖夢に突き刺さった。


「急に気温が低下し、今はまるで真冬のようじゃ。聞くところによると、『春雪異変』の特徴と酷似しておるようじゃが?」


「…幽々子様を疑ってらっしゃるのですか?」


「儂はただ1つの可能性を示したまでじゃ。お前さんの主人がやったとは誰も言うとらん。かの男がやったかも知れん」


「確かに1度、幽々子様は異変を起こしました。それは桜を、西行妖を咲かせるためであって…。今となっては起こす理由がありません」


「我々とて平穏に暮らしておきたいからの。起こしてないならないで構わぬ。むしろその方が良い。さて、魔理沙は白蓮に用事があったんじゃな。白蓮は夕方にならんと戻って来ない。それまでどうするつもりじゃ?」


おにぎりを平らげ、お茶を飲んでいた魔理沙は何かを考えるように俯いた。


「…白玉楼に行くぜ」


「ほう。お主も気になるか」


「妖夢を信じていないわけじゃない。ただ、外から来たお前にはわかりにくいと思うが、ここは幻想郷だ。好き勝手な理由で異変を起こす。もしまた幽々子が異変を起こしたってなら、もう1度退治するまでだぜ」


『退治する』という言葉に、妖夢が反応した。


「ちょっと魔理沙さん?!」


「悪いな、妖夢。異変は解決されるものだぜ。例えお前でも、異変に加担するなら容赦はしない」


魔理沙は妖夢の目を見据えて言った。

納得のいっていない妖夢に、早苗がフォローに入る。


「ほら、妖夢さん、私も行きますから、3人で確かめに行きましょうよ」


「………分かりました。………もし幽々子様が異変を起こしていたなら、お2人で止めてください。私には…止める勇気がありません」


「最初からそのつもりだぜ」


「わかりました」


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日が傾き、空がオレンジ色に染まった頃、輝夜は永遠亭に到着した。


━━さすがに永琳怒ってるよね…━━


輝夜は窓から中の様子を覗いた。窓から見る限りでは、中に誰もいなかった。


━━誰もいないみたいね…。今のうちに…━━


「…輝夜」


「?!!」


輝夜がドアノブに手をかけたその時、背後から永琳の低い声が聞こえてきた。

輝夜がバッと振り返ると、こめかみに青筋を浮かび上がらせた永琳が、輝夜を睨んでいた。


「え、永琳?!」


「今まで何をしてたの?!!こんな書き置きまで書かせてから!!」


永琳は来愛が残した書き置きを輝夜に見せつけた。


「ち、違うのよ?!!これは彼女が勝手に書いたのであって……」


「全て吐き出すまでご飯抜き!!」


「えーーーっ?!!」


その騒ぎを聞きつけたのか、咲夜と衣玖が窓からその光景を覗いた。


「誰かと思えば…お姫様が戻ってきたのね」


「何故主というのはこうも身勝手なのでしょうか…」


「考え方を変えるのよ。主だから身勝手じゃなくて身勝手だから主。だから私たちみたいな従者がいないと何も出来ない」


咲夜の言葉に衣玖はクスッと笑った。


「確かにそうですね。惣領娘様も私がいないと何も出来ませんもの」


「お嬢様も似たようなものよ。それにしても鈴仙も妹紅も遅いわね」


昼間、鈴仙と妹紅がバタバタして永遠亭を出ていくのをこの2人は目撃していた。その理由を永琳に聞き、『我儘なお姫様を拉致しに行った』という事も知っていた。


「すれ違いになってしまったみたいですね。…むしろそうであると信じたいです」


「私もよ」


その時だった。

すっかり元気になったフランがあたりをキョロキョロしながら咲夜たちがいる部屋にやって来て、咲夜を発見するとすぐに駆け寄ってきた。


「あっ、咲夜!」


「妹様?どうされたのですか?」


「美鈴が!美鈴が起きたよ!!」


「ええっ?!!」


咲夜は衣玖とフランを置いて、急いで病室に向かった。

残されたフランは衣玖に話しかけた。


「あなたも来る?」


「そうですね…。美鈴さんとは何回か戦ったことはあり、縁も浅からぬ関係ですが…とりあえず永琳さんに報告してからにします」


「ふーん。わかった」


フランは咲夜の後を追いかけて行った。


━━咲夜さんは上司、フランドールさんに至っては主人の様な関係なのに…。愛されているのですね、彼女は…━━


衣玖は永琳に報告するため、玄関へと向かった。良かった……

咲夜が病室に到着した時、美鈴はベッドから上半身を起こして、窓から外の景色を眺めていた。


「美鈴!」


咲夜の呼びかけに、美鈴は顔だけを咲夜の方に向けた。


「咲夜…さん?」


咲夜は美鈴に駆け寄った。


「よかった…。あなたが目覚めてくれて…」


咲夜は心底嬉しそうな表情をしているが、美鈴は複雑な表情である。


「は、はあ…」


「…美鈴?」


「いえ、ちょっと…」


そこに、フランも戻ってきた。

フランも美鈴の元に駆け寄ると、ベッドの空いてるスペースに座った。

そして、美鈴が咲夜に抱いている疑問を聞き出すため、フランはある質問をした。


「ねえ、美鈴、咲夜のこと嫌いになったの?」


「………咲夜さんがあんな真似をするはずがありません」


美鈴は自分の頬に手を添えた。そこは前日、咲夜に化けた映写に殴られた箇所だった。


「確かに私が居眠りをしてしまって、お仕置きをされることもありますけど、それは私の為を思って、愛の鞭みたいなものだと思っています。しかし、昨日は違いました。全てを蔑むような雰囲気と、あらゆるものを破壊する狂気…。咲夜さん、私はあなたがあのような仕打ちをするとは全く思ってませんでした。それなのに…」


「そりゃそうよ。だって私じゃないもの」


「えっ?」


咲夜はこの3日間で起こっていることを美鈴に説明した。


「そんな事が…。とにかく、あれが咲夜さんじゃなくて安心しました」


「バカね。私があんなことする訳ないじゃない」


「出来れば居眠りも見逃して欲しいなーなんて…」


「んー?何か言った?」


「咲夜さんの空耳じゃないんですか?」


目覚めてから初めて、美鈴は笑顔になった。

その表情を見て、咲夜は安堵した。

その後、フランと、隣のベッドで本を読んでいたパチュリーも含めて談笑した。

約10分後に、永琳と衣玖が病室に入ってきた。輝夜は縄で拘束され、その縄の端を永琳に掴まれていた。

そんな永琳の首には聴診器が掛けられており、空いている手には幻想郷では高級品の医療用ペンライト、水銀が用いられている体温計が握られていた。


「お話中申し訳ないけど、美鈴の容態を見るわ。2人とも、ちょっと離れてて」


永琳は輝夜が逃げ出さないように、縄をベッドに縛り付けると、美鈴の検診を始めた。

ほんの数分で検診は終了した。


「………異常は無いみたいね」


永琳は聴診器を耳から外した。それと同時に美鈴はたくしあげていた服の裾を下ろした。


「健康そのもの。だけど念のために丸1日は安静にね」


「はい、分かりました」


美鈴は座ったままであるが、頭を下げた。


「そろそろお夕飯…と言いたいところだけど、鈴仙が帰ってきてないのよね…。久しぶりに私が作るしかないか」


「今日は私に作らせてくれないかしら?」


永琳が台所に向かおうとしたのを、咲夜は止めた。


「あら?少なくとも今のあなたはお客様よ?お客様の手を煩わすのは失礼になるわ」


「今永遠亭にいるのは7人、そのうちの半数以上が紅魔館の住人。私が用意した方がいいんじゃなくて?」


「………まあいいわ。ただし、あんまり汚さないでね。あ、後6人分でいいわよ」


永琳の言葉に、輝夜は驚いた顔で反応した。


「永琳?!」


「まだ終わってないでしょ?」


輝夜はしゅんと小さくなってしまった。


「それでは皆さま、少々お待ちください」


咲夜はそう言うと、1つお辞儀をして、病室を後にした。


━━━━━━━━━━


それと同時刻、慧音の自宅では妹紅と鈴仙を交えて、夕食を取っていた。3人であるため、隣接している寺子屋の教室で食べていた。


「2人とも、今夜は泊まっていくといい」


焼き魚を食べながら慧音は、突然かのような事を言い出した。


「いいのか?」


「永遠亭を開けるわけには…」


「まあ待て。怪我人を放り出すほど私も鬼じゃない。それに、また襲撃してくる可能性もある。万全の状態でそのざまだ。今襲われたらたまったもんじゃないだろう。永遠亭には後日、私の方から説明しに行く。それと…」


慧音は卵焼きを1口食べてから続けた。


「さっき紅魔館の連中の歴史を調べてみたが、どうも3対1で映写に敗北した歴史があるみたいだ。そんなのと戦ってよくその怪我で済んだものだ」


妹紅と鈴仙は顔だけを動かし、互いの怪我を見た。妹紅は両腕に包帯、右頬にガーゼ。鈴仙は頭と上半身に包帯が巻かれていた。


「そして、ついでに映写の歴史についても調べてみたんだが…」


慧音は言葉を濁した。その態度から目立った結果が得られていないのは確かであった。


「奴の歴史は幻想郷に来てからの分しか無かった」


「「えっ?」」


「どうやら奴は外から来たらしい。しかも、つい1年前程だ」


「たった1年であんな力をつけるのか…」


「にわかには信じ難いですね…」


「奴が何を企んでいるのかはまだ不明だ。それが何であれ、奴を野放しにしておくわけにはいかない。奴を撃退するためにも、今は休め」


慧音は味噌汁の残りを飲み干した。


━━━━━━━━━━


完全に日が落ち、辺りが暗くなった頃、魔理沙、妖夢、早苗は冥界へと続く道を飛んでいた。気温はさらに低下してる…と思いきや、冥界に近づくにつれて上昇していた。

それに比例するように、妖夢の表情は青ざめて行った。無論、それに気づかない魔理沙と早苗ではない。


「…妖夢、引き返すなら今のうちだぜ」


「無理なら私たちに任せてもらってもいいんですよ?」


「………」


妖夢は答えなかった。否、答えられなかった。その右手は震えながら、背中に装備している楼観剣に向かっていた。


「幽々子には逆らえない……ってか?」


「気持ちは分かりますが……私たちは今争うべきではないですよ?」


「………私だって分かってます。しかし、私は幽々子様の護衛係。幽々子様にかかる危険を排除しなきゃならないんです…!それが例え魔理沙さんや早苗さんでも……倒さなきゃいけないんです!!!」


妖夢は楼観剣を抜き、魔理沙と妖夢の前に対峙した。肩で息をし、小刻みに震えていることから、自分がやらなきゃいけない事とやりたい事が真逆だという事が伺える。


「そうか……仕方ないな」


「…手加減はしません」


魔理沙はミニ八卦炉、早苗は御幣を取り出し、戦闘態勢を取った。

場はまさに一触即発。

そこに待ったをかける人物がいた。


「あらあら。随分と面白そうな展開になってるじゃない」


夜なのにもかかわらず、お気に入りの日傘をさして後方から飛んできたのは幽香であった。


「幽香…」


「あの人が噂の…」


幽香と1度も対面したことの無い早苗はキョトンとしていた。


「……ああ。太陽の畑の事か」


それに対して、魔理沙は幽香がここに来た理由について、大体の察しがついていた。


「大切に育てていた花を荒らされたら怒るでしょ?」


「そうだな」


幽香を加えた魔理沙と早苗たち3人は再び、妖夢の方を向いた。

幽香は魔理沙と早苗の間を抜け、1歩前に出た。


「さてと、そこの庭師、今すぐどいた方が身のためよ。さもないと怪我じゃ済まさないわよ?」


「くっ…!」


分が悪いと踏んだ妖夢は、3人に背を向け、逃走を始めた。


「おい待て!」


「妖夢さん!」


魔理沙と早苗はすぐに後を追いかけた。


「全く…」


幽香もそれに続いた。

後方から放たれる攻撃━━主に幽香の弾幕━━をかわしながら、妖夢が逃げた先は白玉楼だった。


「あっ…!」


そこで、妖夢は見てはいけないものを見てしまった。

全てを飲み込むかの様に枝を伸ばし、満開の西行妖。


「そんな…!」


自分の主人が再び異変を起こそうとしていた事への落胆と、恐れていた事が現実になってしまった事に対する落胆。

妖夢は膝をつき、刀を手放してしまった。

そこに背後から肩を叩かれた。


「…決まりだな」


そこには魔理沙だけではなく早苗と幽香もいた。


「お前には悪いが、幽々子を倒す。いいな?」


「………私には止められません。あなたたちも…幽々子様も…」


3人が西行妖に向かおうとした時、ある人物がその前に対峙した。


「…ここはそなたたちが来るような場所ではない。即刻立ち去れば危害は加えぬ」


他でもない妖忌であった。

突然の妖忌の出現に一番驚いたのは妖夢であった。


「お師匠様?!!」


「妖夢よ………私はお前をそんな軟弱者に育てた覚えはないぞ」


そこに、騒ぎを聞きつけた幽々子も登場した。


「これはこれは皆さんお揃いで。ようこそ白玉楼へ」


口調は穏やかだが、戦う気満々である。

それを妖忌は抜いた刀で制した。


「お嬢様はお下がり下さい。ここは私にお任せを」


妖忌が再び前を向いたその時だった。

妖夢が妖忌に楼観剣を振り下ろそうとしていた。妖忌はそれを冷静に刀で受け止めた。


「………何のつもりだ。妖夢」


「…………馴れ馴れしく私の名前を呼ばないでくれますか。鏡乃映写…!!!」


「………なるほど」


妖忌は妖夢を蹴り飛ばした。妖夢は数メートル飛ばされ、魔理沙と早苗に受け止められた。


「大丈夫か?」


「大丈夫ですか?」


「はい、何ともないです」


妖夢が体制を立て直すと同時に、幽々子が妖忌に駆け寄った。


「………妖忌?」


「………面白かったよ」


妖忌は幽々子の肩に峰打ちをし、腹を蹴り飛ばした。


「幽々子様!!!」


妖夢が幽々子に駆け寄ろうとしたが、妖忌に刀を突きつけられ、動けなかった。

その直後、妖忌は姿を変え、元の映写の姿になった。


「うん、はじめましてが3人、お久しぶりが1人かな」


相変わらずの不気味な笑みを浮かべている映写は、刀を肩に担いだ。


「いやぁ、こんな美しい桜は見たことがないよ。いいものが見れた。礼を言うよ。ありがとう」


映写は仰々しく、肩を押さえてうずくまっている幽々子に礼をした。


「………ないの…?」


「ん?何だって?」


「……あなたは……妖忌じゃないの…?」


「違うね」


「………」


約300年ぶりに帰ってきた妖忌に見せたかった西行妖。

異変を起こしてまで咲かせた西行妖。

好きな人と見たかった西行妖。

それら全てが単なる虚像にしか過ぎなかった。


「……嘘よ…」


「何が嘘なのかい?魂魄妖忌の存在がかい?それとも…まんまと騙されて無意味な桜を咲かせたことかい?」


幽々子の表情はどんどん絶望と憎しみに満ちて行った。

普段、おっとりとした性格の幽々子からは想像もつかない形相で映写を睨みつけ、とあるスペルを唱えた。


「…『生者必滅の理-毒蛾-』」


幽々子の右手から、死へと誘う、無数の蛾のような弾幕が放たれた。その弾幕は映写を包み込み、映写の体を独の鱗粉で蝕んだ。

幽々子の能力、『死を操る程度の能力』。その能力の強大さから、幽々子は滅多に使わない。

しかし、その能力を映写に向けて使った。それほどの怒りが、憎しみが幽々子の中にあるのだ。


「やれやれ。人を死を操るなら、死という概念がない人に化ければいい。そんな簡単な事も思いつかないのかな?」


映写は刀で自分の周りの蛾を切り落した。映写の姿は妹紅にそっくりだった。


「んで、俺のターン。『コネクトリック・六根清浄斬・炎』」


併符『コネクトリック』。化けている人物と他の人物のスペルに、化けている人物の属性を付与して放つスペル。今回は妹紅の属性『炎』に妖夢のスペルを合わせている。

6人に分身した妹紅映写は、連続で幽々子をきりつけていった。

それに黙っていない妖夢である。


「いい加減にしろ、このクズがぁ!!!」


自分の主人を貶された怒りで、我を忘れているようである。


「『六根清浄斬』!!!」


本家本元の『六根清浄斬』。

6人に分身した妖夢は妹紅映写の分身体を幽々子から引き剥がしつつ、幽々子を守るように取り囲んだ。それを見た妹紅映写は分身体を消した。

さらにその妹紅映写の四方を妖夢の本体、魔理沙、早苗、幽香が取り囲んだ。


「…ったく…。幽々子を懲らしめに来たはずなんだけどな」


魔理沙はミニ八卦炉を妹紅映写に向けて構えた。


「こんな仕打ち…許せません!」


早苗は御幣をビシィっ!と妹紅映写に突きつけた。


「私を怒らせた罪は重いわよ。人間」


幽香は閉じた傘の先を妹紅映写に突きつけた。


「ふむ…4対1か。うん、ちょっと分が悪いかな」


妹紅映写は顎に手を当て、考える素振りを見せた。

その隙を見逃さない4人である。


「先手必勝!『ドラゴンメテオ』!」


「『九字刺し』!」


「『フォレストスパーク』」


「『餓鬼十王の報い』!」


魔理沙はミニ八卦炉から竜の咆哮と共に、星型の魔弾を連射した。

早苗はレーザー状の弾幕を出現させ、上下左右から妹紅映写を攻撃した。

幽香は傘の先に溜めたエネルギーを、妹紅映写に向けて最大出力で放出した。

妖夢は怨念の篭った斬撃を複数回、妹紅映写に向けて飛ばした。

全弾命中。幻想郷の実力者である彼女達のフルパワーのスペルをまともに食らった妹紅映写は今、爆発によって生まれた煙の中にいた。


「…酷いなぁ。せっかく人が考え事してるっていうのに」


煙の中から映写の声がした。


4人が再び戦闘態勢を取るよりも先に、何かが飛び出してきて、4人の首に巻きついた。


「そんな悪い子にはお仕置きをしなきゃね」


煙が晴れ、中から姿を現したのは、ヤマメに化けた映写であった。ヤマメ映写は両手から極太の蜘蛛の糸を4本出していた。


「ぐっ…!離しやがれ…!!」


「断る」


魔理沙の訴えも虚しく。ヤマメ映写は蜘蛛の糸を縦横無尽に振り回した。当然、蜘蛛の糸によって拘束されている4人はそれにつられる事になる。

枯山水の地面や岩、桜の木、小舟が浮いている池、白玉楼の壁にこれでもかというほど叩きつけられた。

最後は4人を1ヶ所に纏めるように、思いっきり地面に叩きつけた。


「死ぬまでせいぜいもがき苦しんでね。『原因不明の熱病』」


ヤマメ映写の右手から紫色の霧が噴出され、4人を包み込んだ。


「半即効性のウイルスを散布した。幻覚、幻聴、呼吸困難、動悸、脱力感、全身麻痺、発熱、意識障害、その他もろもろ、全部セットにしておいたよ。誰がどれを引き当てるかは俺にもわからない」


ヤマメ映写は変身を解き、元の映写の姿に戻った。


「じゃ、そういうことで。西行妖、全部散っちゃったね」


映写はゆっくりとした足取りで冥界を去った。

残されたのは、全身に深い切り傷を負って倒れている幽々子と、明後日の方向を向いて何かを必死に拒否している早苗と、苦しそうな表情で胸を押さえている幽香と、仰向けの状態のまま動くことの出来なくなっている魔理沙と、青ざめた顔な上に虚ろな目で映写の背中を見つめる妖夢であった。


「ま……て………!!」


妖夢が伸ばした手はどこにも届くことなく、パタリと地面に落ちた。


幽香さんの『フォレストスパーク』は元祖マスタースパークみたいなやつですね、というかそれですね←


※2017/03/15

文のセリフを一部改訂致しました。

華扇さんがゲームキャラとして出てきたのが深秘録だけだから書籍系はとある大百科からしか情報を仕入れられない…文と交流があったなんて知らなかった…。

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