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2日目 美しきかな紅月の鈴の音は

早朝。とある密室である人物は目覚めた。


―――…ここは…?―――


いつもなら自分のベッドで目を覚ますはずである。が、目覚めたのは硬い床の上であった。

徐々に自分が置かれている状況を理解し始める。手足が縛られて動けない。つまり…


―――捕まった…?!まさか…?!―――


「あら、やっと起きたのね。昼に寝てばっかりのあなたの事だから夜はあんまり寝ないのかと思ってたわ。美鈴」


拘束されたのは華人小娘・紅美鈴であった。

彼女の目の前には、自身を見下ろし、嘲笑を浮かべている咲夜がいた。


「…何のつもりですか。場合によってはいくら咲夜さんでも許しませんよ」


美鈴は咲夜を睨みつけた。この一連の行為が悪ふざけの類ではないと感じたからである。


「ふーん…」


咲夜はしゃがみ、美鈴の顎を掴んだ。


「いい事を教えてあげる。あなたは今日の夜の10時に死ぬ」


「はぁっ?!!咲夜さん?!!何を言って」


「うるさい」


咲夜は空いている手で美鈴の顔を殴った。美鈴は状況が理解出来ていないのか、冷たい床を見つめるだけであった。


「じゃあね。無能な門番さん」


咲夜は時を止めて、どこかへと消えていった。


「…どういう事なの…。咲夜さんが…こんなことをするなんて…」


━━━━━━━━━━


その頃、紅魔館でもある異変が起こっていた。


「ねぇ、美鈴知らない?」


大図書館にて、朝の本の整理を行っている小悪魔に、悪魔の妹・フランドール・スカーレットは眠い目を擦りながら話しかけた。


「はぁ、美鈴さんですか…。今朝はお見かけしてませんね」


「そう…。ならいいや」


「もし見かけたら、妹様が探しておられたと伝えておきますね」


「うん、ありがと」


フランはそのまま大図書館を後にした。


―――それにしてもどこに行っちゃったんだろう…―――


咲夜が不在の今、美鈴が一時的に咲夜の代行をしている。

しかし、その美鈴が朝から姿を見せない。起こしに来るはずなのに来ない。

最初は一言二言、文句でも言ってやろうかといきがっていたフランであるが、美鈴を探してあちこち回っているうちに、心配の念が大きくなっていたのである。

すれ違う小悪魔や、妖精メイドに尋ねると、答えは異口同音に『知らない』『見てない』ばかりであった。


―――これって本格的にヤバイやつなんじゃ…!!―――


フランが事の重大さに気づいた時、廊下の向こう側からレミリアが走ってきた。顔には焦りの表情が見える。


「フラン!」


「あっ、お姉様!」


「美鈴見てない?」


「ううん。お姉様は?」


「私もよ…。いくら何でもここまで姿を見せないのはおかしいわ」


「誰かに拐われたとか…」


「…1人だけやりそうな奴がいるわ」


レミリアが思い浮かべたのは、出会ったことがない映写であった。


「誰?」


フランは誰の事か分からず、困惑している。


「ああ、そういえばまだ話してなかったわね…。美鈴にも…。美鈴が見つかり次第話すわ。とりあえずパチェにも協力してもらいましょう」


レミリアは狭い廊下を全速力で、大図書館に向けて飛んでいった。


━━━━━━━━━━


白玉楼、寝室。

魔理沙は寒さで目が覚めた。


「うう…寒っ…」


なぜならかけられているはずの布団が剥がされており、両脇にいるはずの咲夜と妖夢がいないのである。


「あいつら朝早いなぁ…」


従者が主より遅くまで寝ているのは如何なものか。


「やっと起きたんですか?」


妖夢は既にいつもの服装に着替えていた。


「お気楽なものね。早くその可哀相な絶壁を隠したらどう?」


咲夜は嘲笑いながら魔理沙の胸の当たりを指した。寝間着がはだけて、大変な事になっていた。


「わ、悪かったな!」


魔理沙は顔を赤らめながら、慌てて胸元を隠した。

その頃、幽々子は居間にて暇を持て余していた。


「来ないわねぇ…。いつもならもう来てる時間なのに…」


幽々子は毎朝、文々。新聞をチェックするのが最近の趣味になっている。が、今日はその新聞が配られてこないのである。


「今日は休刊日だったかしら…」


「幽々子様~。朝食の準備が出来ました」


妖夢が4人分の朝食を乗せたお盆を乗せて、居間に入ってきた。


「ねぇ妖夢、新聞って今日お休みの日だったかしら?」


「いえ、確か来月の2日のはずでしたが」


「そう…」


「今日新聞来てないんですか?」


妖夢は朝食を配膳しながら幽々子に聞いた。


「ええ。風邪でも引いたのかしら」


呑気に構えている幽々子であるが、実際は風邪とは比べ物にならないほど酷い状態である。


━━━━━━━━━━


新聞の執筆者は今、早苗によって包帯を取り替えられていた。

文が妖怪というのが幸いしてか、治りはかなり早かった。

早苗が文の包帯を巻き終えた時、神社に訪ねてきた妖怪がいた。


「ごめんください。文さん来てませんか?」


下っ端哨戒天狗・犬走椛が面倒くさそうな表情で呼びかけた。


「椛ですか…。私ならここにいますよ」


文の声を確認した椛は、躊躇なく障子を開けた。

包帯を巻かれている文の姿を見て、ほんの少し驚いた表情になった。


「…また余計な事に首を突っ込んだんですか」


「またとはなんですか、またとは。ジャーナリストたるもの、危険な場所には自ら飛び込んで行くものですよ」


「その結果がそれですよね。…大天狗様がお怒りですよ。至急戻るようにと」


「見ての通り、あと数日は動けません。大天狗様には大怪我で移動は困難と伝えてください。あ、あと」


文はメモ帳とカメラを取り出して、椛に渡した。


「はたてに新聞の代筆をお願いしてください」


「また新聞ですか。あなたの道楽にも…」


しばしの沈黙。椛は文の真剣な目を見て、いつものゴシップ紛いの内容ではなく、かなり大事な内容が書かれていると察した。


「いいでしょう。…これに懲りて今後無茶はしないように」


椛は仏頂面を崩さずに、神社を後にした。

一連の話を聞いていた衣玖は、文に話しかけた。

いつもの服に着替えているが、中は包帯でグルグル巻きである。


「天狗というのは仲間意識がかなり強いと聞いていましたが…、あまり仲がいいとは思えませんね」


「組織としては強いですが、個人個人としてはそこまでないですよ。椛とはビジネスパートナーに近い関係ですし」


「色々と複雑なんですね」


文もいつもの服に着替えながら続けた。


「あまり親密な関係でないというのは意外と楽なものですよ。互いのプライベートに関与しない、されない。一人だけど独りじゃない。衣玖さんも天子さんとは本当はそのような関係ではないのですか?」


「…本当ならば、ですね」


支度を終えた早苗、文、衣玖は足速に出かけて行った。目的地は天界だ。


━━━━━━━━━━━


霊夢はというと、鈴仙の計らいで永遠亭に宿泊させて貰っていた。妹紅はすぐ近くの自宅に帰宅していた。

霊夢は甲高い金属音で目が覚めた。カン、カンと周期的に響く金属音。


「うるっさいわね…朝っぱらから何やってるのよ…」


不機嫌な霊夢はその音の正体を探るべく、永遠亭内を探した。

それはすぐに見つかった。月の頭脳・八意永琳の研究室から例の金属音は響いてきていた。


「医者から鍛冶屋にでもなったのかしら」


霊夢は何のためらいもなくドアを開けた。そこには永琳だけではなく、鈴仙も一心不乱に金属片に金槌を振り下ろしていた。

霊夢に気づいた永琳は金槌を振る手を止めた。鈴仙もそれに続いた。


「あら?起こしちゃった?」


「朝からあんな騒音出されたら嫌でも起きるわよ。で、何してたの」


霊夢はヅカヅカと研究室に入っていった。


「これは?」


霊夢が見たものは、壁に沿って配列された、金属加工された義手や義足、その他失われた体の一部となるようなものばかりであった。

このことに関して、鈴仙が説明する。


「常連さんからの要望で、義手とか義足を作ってくれないかって頼まれたんです。なんでも、その方の知り合いが不慮の事故で手足を切断してしまったとか…」


「…なるほどね。何かあの時の巨大ロボットを小型化したように見えるけど?」


霊夢にとっては金属の義手義足は全て緋想天則のパーツに見えるらしい。


「あんな物騒なものと一緒にしないでください!」


鈴仙が霊夢に対して突っ込むと同時に、永琳が最後の1パーツを完成させた。が、その顔は浮かない表情をしていた。


「うーん…。完成させたのはいいけど、ちゃんと動くかしら…」


永琳たちが完成させた義手と義足は、近未来的戦闘スーツのパーツの様な雰囲気を醸し出していた。


「あ、そうだ。鈴仙」


「嫌ですよ」


「なんで分かったの?!」


「いや、流石にわかるでしょう?!」


「そこを何とか!!手足4本切るだけでいいから!!」


「そんなんだからマッドサイエンティストだなんて言われるんですよ!!ご本人呼んできて調整すればいいじゃないですか!!」


まるで漫才のような掛け合いをする鈴仙と永琳に、霊夢はついていけないでいた。


「バカじゃないの…」


━━━━━━━━━━


その頃、永遠と須臾の罪人・蓬莱山輝夜は客人を迎えていた。


「こんな朝早くに来るなんて、アンタには常識というものはないの?」


「世の中の人間はとっくに起きて働いている時間だ。お前の時間感覚がおかしいんだ」


客人とは、輝夜と犬猿の中の妹紅であった。

妹紅が輝夜のもとを訪れたのは理由があった。


「そもそも、お前が来いって言ったんだろうが。てゐに頼んでな」


「あら?そうだったかしら?」


「長く生きすぎてついにボケが始まったか」


今回は輝夜が妹紅を招いたという形であった。招待というレベルには遠く及ばないが。

例に漏れず罵り合いである。


「で、なぜ私を呼んだ」


輝夜はこれが答えだと言わんばかりに、豪華な装飾が施された小箱を取り出した。


「開けてみなさい」


妹紅は言われるがままに、小箱の紐を解き、蓋を開けた。


「こ、これは…!!」


妹紅の目が大きく開かれた。

中に妹紅が不死の体となる原因となった薬が入っていたからである。


「驚いた?」


「…驚くなという方が無理だ。何故こんなものがここにあるんだ」


「私が開発したのよ。鈴仙が飲みたいって言うから」


「…元から桁外れで長生きのはずだろ」


「でも蓬莱の薬を服用したわけじゃないから、いずれ死ぬのよ」


「不老不死がいいという訳じゃない。それはお前もわかっているはずだ」


死があるから生が最高に輝く。

妹紅は薬を服用してからの1300年でそれを実感していたのだ。不死の体では、生の喜びが感じられない、と。


「ええ、そうね…。でも私は止めはしないわ」


「罪人は3人だけで十分だ。他のやつを巻き込むな」


「私は鈴仙の意思を尊重するわ」


「最近月の奴らと交流があったんだろ。綿月姉妹だったっけか?そいつらとも縁を切ることになるぞ」


「それは鈴仙も分かっているはずよ。分かった上で飲むって言っているのよ」


「…そうか」


妹紅は小箱の蓋を閉じ、輝夜に返した。表情からは輝夜に対してではなく永遠亭全体に対して呆れた感情が読み取れる。


「罪人を増やしたいなら勝手にしろ。私は止めはしない。どうせそのうちてゐもとか言い出すんだろ」


妹紅は輝夜のもとを後にした。


―――来るんじゃなかった。朝っぱらから気分が悪い―――


「浮かない顔だね」


永遠亭を後にしようとした妹紅の前に現れたのは、ニヤニヤと笑っている地上の兎・因幡てゐであった。


「お前知ってただろ。輝夜が蓬莱の薬を作ったことを」


「うん、知ってた」


てゐが妙に軽い感じがするのはいつもの事だが、妹紅にとって、今日はそれがイラつきを増大させるものとなっていた。


「怒ってる?」


「当たり前だ。本当はお前らに1発ずつぶん殴りたい所だが…、それをした所であの薬が消えやしない」


「…そんなに忌々しいものなの?」


「…死ねないってのは、なかなか辛いもんだ」


「そっか。そんなにあの薬が嫌いなら、あんたが使っちゃえば?」


「…何をぬかす」


妹紅は今にも爆発しそうな形相で、てゐに詰め寄った。


「蓬莱人である私がまたあの薬を服用したらどうなるか分かったもんじゃない。そもそも…」


妹紅がさらに続けようとした時、蓬莱の薬を服用としようとしている張本人がその場に現れた。


「朝から何の騒ぎですか?」


「お前…。話がある」


━━━━━━━━━━


人里離れた薄暗い森。

一般の人間は近寄らない。そのため、妖怪や妖精の住処となっている。


「んー?こんな所にお家なんてあったっけ?」


小さな小屋の前で首をかしげているのは、湖上の氷精・チルノであった。

彼女がいつも遊び場にしているこの森に、見慣れない小屋が建っていたのだ。


「んー、わかんない!」


チルノは開き直った。

が、その大声は小屋の中にも聞こえていた。


「あの声は…チルノちゃん…?」


床に転がっていた美鈴が虚ろな目を開かせた。

時刻は午前10時を軽く回った所。

監禁されてから約3時間半経っている。美鈴は咲夜が消えたあと、持ち前の腕力と能力で、すぐに拘束を解いた。

しかし、監禁されている部屋はそうもいかなかった。

渾身の力で殴っても、強力なスペルカードを使っても、壁や扉には傷1つつかなかったのだ。

そして、タイムリミットが午後10時な理由。それはここが完全なる密室であるということであった。

つまり、空気が入れ替わらない。

美鈴の呼吸で消費される空気中の酸素濃度が、生命活動維持が不可能な濃度まで低下するのが、午後10時なのだ。

なお、この時間は早くなっても遅くなることはない。

美鈴が暴れれば暴れるほど、酸素が消費される。さらに、この部屋はかなり狭く、幅は美鈴が座って足を真っ直ぐ伸ばせられない程で、高さは美鈴の身長―――約170cm―――ギリギリであった。

その圧迫感で、精神的に美鈴にはかなりのダメージを負わせていた。


「チルノちゃん?!そこにいるの?!!いたら返事をして!!!」


美鈴は腹の底から叫んだ。美鈴は一縷の希望をチルノに賭けようとしたのだ。


「あれっ?誰かあたいを呼んだ?」


小屋から去ろうとしたチルノは、微かにではあるが美鈴の声を聞き取った。しかし、誰の声か、どこから聞こえたかまでは把握出来なかった。


「チルノちゃあああああん!!!」


「もしかして、美鈴?」


美鈴の2度目の叫びで、チルノは声の主が美鈴で、小屋の中から聞こえて来ることに気がついた。


「そうよ!私よ!!」


「そんな所で何してるの?かくれんぼ?」


緊迫した状況までは伝わっていなかった。


「まあいいや…。チルノちゃん!!誰でもいいから呼んできて!!出来れば…そうね…妹様を!!!」


「フランちゃん?わかったー。呼んでくるよ」


チルノは解せないまま、飛び立って行った。

小屋の中の美鈴は安堵の表情を浮かべた。

フランの能力を借りて、この小屋を破壊出来ると考えたからだ。


「良かった…。何とか出れそうね…。それにしても…」


美鈴の中で疑問に思っていたのは、朝の咲夜の言動であった。


「咲夜さんが何でこんなことを…」


━━━━━━━━━━


その頃、紅魔館では、レミリアが中庭でとある来客と対面していた。手には真紅の長槍が握られていた。

背後にはフランとパチュリーもいる。


「こんな敵陣のど真ん中に来て、どういうつもり?」


「…さあ、ね」


来客である映写は不敵な笑みを浮かべた。


「仲間を1人人質に取られた感想を聞こうと思ってさ」


「やっぱりアンタだったのね…!」


レミリアは映写を睨みつけた。並の人間では恐怖で竦み上がっているであろう。

映写はなおも嘲笑しながら続けた。


「いやー、とても面白かったよ。ここのメイド長の姿で殴った時の表情、みんなに見せてあげたかったなぁ」


映写の言動に、一番最初にキレたのはフランであった。


「コイツ…美鈴と咲夜をバカにして…!!絶対に許さない!!『レーヴァテイン』!!」


「「フラン!!」」


レミリアとパチュリーの制止を振り切り、フランは灼熱の剣を構えて映写に突撃して行った。


「やれやれ、人が話してる時に…。これだから子供は。『ミラートリック』」


鏡符『ミラートリック』。相手が発動させたスペルの効果を得ることが出来る。変身をしていない映写にとってはかなり強力なスペルである。

映写もフランと同じ灼熱の剣を出現させ、フランの攻撃を受け止めた。


「ふん!形だけ真似ても所詮偽物は偽物!!」


フランはすぐさま別のスペルを唱えた。


「『フォーオブアカインド』!!」


灼熱の剣を持ったフランが、4人に分身した。


「ふーん…」


映写は余裕の笑みを浮かべている。


「「「「そのムカつく顔を壊してやる!!」」」」


4人のフランたちは一斉に映写に切りかかった。

直後。映写は咲夜に化けた。ご丁寧に三文芝居のおまけ付きで。


「妹様!!お止めください!!」


「「「「咲夜…!!」」」」


フランの動きが一瞬鈍った。咲夜映写はその隙を見逃さなかった。


「かかったね。『プライベートスクウェア』」


咲夜映写は時を止め、灼熱の剣4人のフランを連続で切りつけた。

3体の分身は体が維持出来ず消滅し、本体は深い切り傷を負った。


「トドメだ」


「そこまでよ!!『シルバードラゴン』!!」


フランにトドメを刺そうとしていた咲夜映写に飛んできたのは、美しい銀色をしたドラゴンであった。パチュリーのスペルである。


「おっと」


咲夜映写は空中に飛び、ドラゴンを回避した。

しかし、ドラゴンは執拗に咲夜映写を狙い続けた。


「…めんどくさいなぁ。悪いドラゴンにはお仕置きしなきゃね。『C.リコシェ』」


咲夜映写はナイフの代わりに灼熱の剣を構え、向かってくるドラゴンに向けて投擲した。

灼熱の剣はドラゴンの顔を直撃し、尾まで貫いた。

体を貫かれたドラゴンは灼熱の剣と共に消滅した。

ドラゴンの消滅を確認した咲夜映写は、元の姿に戻った。


「やれやれ、みんな荒っぽいんだから。女子力全然足りてないよ?」


「…荒っぽくて結構」


レミリアは手にした真紅の長槍を背後から、映写の首元に突きつけた。


「女子力?そんなの要らないわ。大切な仲間を奪われる方がよっぽど辛いもの」


「へえー、仲間思いなんだね」


「アンタには分からないでしょうけど。分かって欲しくもない」


「そうかい…」


映写はレミリアと視線を合わせることなく姿を変えた。

映写が化けた人物は、レミリアの逆鱗に触れることとなる。


「…何のつもり?」


「何って?」


「どこまで馬鹿にすれば気が済むの…!!」


映写が化けたのは美鈴であった。

美鈴映写は振り返り、ニヤリと笑った顔をレミリアに向けた。


「馬鹿にしたつもりはないんだけどなぁ。ただ見下してるだけ?」


「いい加減にしろ!!!」


レミリアが怒鳴った。美鈴映写の胸ぐらを掴んだ。完全に殺気だっている。

美鈴映写はレミリアの、自分に向けられている殺気に怖気付くことなく、嘲笑している。


「アンタに美鈴を嘲笑う資格なんてないわ!!!その軽口、2度と叩けなくしてやる!!!」


━━━━━━━━━━


美鈴映写とレミリアの激しいバトルが繰り広げられている紅魔館上空。

文、早苗、衣玖は浮かない顔で飛んでいた。というのも…


「お2人とも申し訳ありません。この時間帯は、いつもならお屋敷にいらっしゃるのですが…」


衣玖は文と早苗に謝っていた。

3人で感謝の気持ちを天子に伝えようとしたのだが、天子は不在。おまけに周りの天人から執拗に嫌がらせを受けたため、早々に引き返したのである。

落ち込む衣玖を早苗が励ました。


「仕方ありませんよ。急に押しかけたのは私たちですし」


その言葉に文も続いた。


「あの天人の事ですから、素直に会ってくれるかどうかも怪しかったですけどね」


「はあ…」


文の言葉は励ましよりも皮肉の意味合いが強かった。


「なので、天子さんには衣玖さんの方から感謝の旨を伝えてください」


「分かりました」


その時、猛スピードで地上の方角から鉄砲水が飛んできた。


「あっ!」


「なっ?!」


「えっ?!」


3人は各々別方向に飛んでそれを回避した。

早苗は回避した時に乱れた服を直しながら言った。


「今のは…どう見てもスペルカードでしたね」


特徴的な赤いリボンのついた帽子の向きを正しながら、衣玖も続けた。


「大空にあのような大量の水を放てるのは、私が知る限りでは1人しかいません」


文は乱れた帽子を直し、カメラと天狗のうちわを取り出した。


「これは紅魔館で何かあったとしか思えませんね。行ってみましょう。面白いものが撮れるかも知れません」


3人は紅魔館に向けて飛んでいった。

途中、何回か流れ弾のようにスペルが飛んできたが、3人は難なく回避した。


━━━━━━━━━━


「『地龍天龍脚』」


「『スピア・ザ・グングニル』!!」


「『ロイヤルフレア』!!」


美鈴映写は空中へと跳躍し、地面から現れし龍と空から現れし龍を従えて、レミリアとパチュリーに向けて急降下キックを繰り出した。

レミリアは向かってくる美鈴映写に向けて、渾身の力を込めて長槍を投げた。パチュリーは魔法陣から燃え盛る炎を出現させ、『スピア・ザ・グングニル』に纏わせた。

単純な威力だけなら『スピア・ザ・グングニル』と『ロイヤルフレア』の組み合わせの方が桁違いに上である。


「そう来るか…」


美鈴映写は迫り来る2つスペルを冷静に見極めた。

そして、スペル同士がぶつかり合い、エネルギーが暴発した。

発生した爆風に、レミリアとパチュリーは吹き飛ばされそうになるが、なんとか耐えた。

しかし、そこに響いたのは美鈴映写の冷徹な声。


「…『大鵬墜撃拳』」


レミリアとパチュリーが気づいた時には、美鈴映写は頭上からエネルギーを込めた拳を2人に振り下ろす直前であった。

完全なる不意打ち。

レミリアとパチュリーは美鈴映写の渾身の一撃をもろに食らってしまった。

レミリアは殴り飛ばされ、紅魔館に激突した。レミリアの体は紅魔館を貫通た所で止まり、そこで意識を失った。パチュリーは綺麗に整備された庭の花壇を抉りながら途中で止まった。しかし、パチュリーは今の一撃で限界に来ていた。


「うっ!ゴホッゴホッ!!」


持病の喘息と、強力な一撃の前に、激しい咳を繰り返してしまった。


「おや、そこの紫のお嬢さんはもう終わりみたいだね」


美鈴映写はうずくまっているパチュリーを捉え、スタスタと近づいて行った。


「せめて苦しまないようにしてあげなくちゃ」


「待て…!!」


そんな美鈴映写の前に立ちはだかったのは深手を負ったフランであった。本来吸血鬼というのは自然治癒能力が高いのだが、それが間に合っていない程の深い傷である。


「あれ、まだ立ち上がれる体力あったんだ」


「吸血鬼を…舐めるなぁぁぁ!!!」


フランは舐め腐った態度の美鈴映写に向けて叫ぶと、弓矢を射る時の体制になった。


「『スターボウブレイク』!!!」


フランは自身から発せられた弾幕を弓と矢とし、美鈴映写に向けて強力な矢を射った。

至近距離で放たれたスペルは美鈴映写に命中した。

正確には、美鈴映写がスペルで受け止めたのだ。


「今から君に面白いものを見せてあげよう。『リターントリック』」


鏡符『リターントリック』。

自分に向けられたスペルを相手に跳ね返すスペルである。

『スターボウブレイク』の矢じりは、美鈴映写からフランに向けられた。

そこに組み合わせるスペルは…。


「『コピートリック』」


写符『コピートリック』。

放とうというスペルや攻撃の威力や、弾数を何倍にも引き上げるスペル。

今、『スターボウブレイク』の矢は『コピートリック』の効果で、何十という数になっていた。それらは全て、フランに照準を合わせていた。


「今度は起き上がれないかもね。永遠に」


『スターボウブレイク』は美鈴映写によって跳ね返された形となった。何十倍という威力となって。

かなり強大な力を有するフランであっても、無事では済まない。

自分が放ったスペルの前に、フランは倒れた。


「やれやれ、この程度か…」


美鈴映写は目の前で倒れているフランとパチュリーを鼻で笑った。


「まあ、主があの程度だったから仕方ないかな」


美鈴映写が飛び去ろうとした時、上空から3つのスペルが降ってきた。


「『天狗のマクロバースト』!」


「『五穀豊穣ライスシャワー』!」


「『エレキテルの龍宮』!」


突風が、米粒状の弾が、強烈な雷が美鈴映写を襲う。


「不意打ちか…」


美鈴映写は素早い身のこなしで、それらを回避した。

それと同時に、文、早苗、衣玖が紅魔館に降り立った。

今の紅魔館の状況に、疑問を持ったのは早苗であった。


「えっ?美鈴さん?何してるんですか?」


「なかなかお給料を上げてもらえなかったんで、ちょっと抗議してたんですよ」


「三文芝居は止めてもらいたいですね、大根役者」


文は何の前触れもなく美鈴映写にスペルを放った。


「『天孫降臨の道しるべ』」


突如発生した巨大な竜巻に、美鈴映写は飲み込まれた。

衣玖はその竜巻に向けてスペルを発動させた。


「その化けの皮、剥がさせていただきます。『神鳴り様の住処』」


先程よりも強力な雷が轟音とともに、竜巻の中央に落とされた。

2つのスペルが消え去り、中から現れたのは元の姿に戻った映写であった。

それと同時に、文はカメラのシャッターを押した。


「おや、俺は有名人じゃないよ?写真はよしてくれるかな」


「あやややや?これから有名人にするんですよ。超危険人物としてですけどね」


「なるほど。まあ、好きにするがいいさ。むしろその方が好都合だし。で…」


映写は持ち前の軽口を3人に向けて叩いた。


「さっきのお返し」


映写は4つ目のオリジナルスペルを唱えた。


「『メモリートリック』」


映符『メモリートリック』。

基本的な効果は『リターントリック』と同じであるが、1箇所だけ決定的に異なる部分がある。

『リターントリック』は現在受けているスペルを跳ね返すが、『メモリートリック』は過去に受けたスペルを相手に放つのである。

今、文と衣玖に向けられて、3人が放った5つのスペルが放たれようとしていた。


「危ない!『モーゼの奇跡』!」


早苗は放たれたスペルに向けて、『モーゼの奇跡』を発動させた。

2人に命中する直前で、映写が放ったスペルは真っ二つに割れ、2人は事なきを得た。


「いやぁ、危ない危ない」


「た、助かりました…」


どこか余裕そうな文と、安堵の表情を浮かべる衣玖。


「いえいえ…。あれっ?!消えた?!」


映写の不在にいち早く気づいたのは早苗であった。

『メモリートリック』を発動させた直後に、姿をくらませたのだ。


「気をつけてください。古明地こいしに化けてどこかに潜んでいるかも知れません」


同じミスは2度もしない。文に言われて、3人は再び厳戒態勢をとった。

2、3分の後、映写が本当にどこかへと去ったと判断した3人は、倒れているパチュリーとフランの元に向かった。

それと同時に、レミリアが意識を取り戻した。

レミリアの眼前には、紅魔館を貫通した大きな穴と、その向こう側で介抱されるパチュリーとフランの姿であった。


「……………」


レミリアは黙ってその光景を見ていた。自身もかなり酷い怪我を負っていながらも。


━━━━━━━━━━


文、早苗、衣玖はパチュリーとフランを永遠亭へと運ぶことにしだ。

彼女らが出発したと同時に、チルノは紅魔館に到着した。


「んー?あれはー?」


紅魔館の門を開けようとした時、通り過ぎる影に気づいた。

チルノが空を見上げると、5人が―――正確には3人が2人を抱えながら―――永遠亭の方角に飛び去っていく所だった。


「どこ行くんだろう」


当初の目的を忘れ、チルノは後を追うことにした。


━━━━━━━━━━


永遠亭。

の近くにある妹紅の自宅。永遠亭から徒歩2分。

あまり豪勢とは言えない家に怒号が響く。


「いい加減にしろっつってんだよこの大馬鹿兎がぁ!!!」


妹紅は鈴仙の顔をグーで殴り飛ばした。鈴仙はこれまで何回か殴られたのか、アザが何ヶ所か出来ていた。

壁に衝突した鈴仙の胸ぐらを、妹紅は荒々しく掴んだ。


「お前が理解するまで何度でも言ってやる。あの薬は飲むな。どんな理由があっても絶対に飲むんじゃねぇ」


「…妹紅さんがなんと言おうと、私は生涯、姫様や師匠にお仕えするつもりです。そのためには蓬莱の薬が必要なんです」


「まだそんなことを…!!」


「そろそろ止めてあげたら?」


激昴する妹紅を宥めたのは、霊夢であった。

霊夢は興味本位で妹紅について来たのだが、流石の彼女でさえも引いてしまうような妹紅の怒り具合である。


「それが鈴仙の意思なんでしょ。理解してあげなさいよ」


「ダメだ。あの薬を飲むことがどういう事かコイツは全くわかっていない」


「そう?誰しも1回ぐらいは不老不死に憧れるものよ?」


「老いることも死ぬこともなくなる事がどれほど辛いか…。私は馬鹿兎の為を思って言っているんだ」


妹紅は抵抗する素振りを見せない鈴仙を睨みつけた。


「これ以上ぶん殴られたくなければ、今すぐここで蓬莱の薬を飲まないと言え。さもなくば顔が何倍にも膨れ上がることになるぞ」


妹紅の目は本気であった。美形である鈴仙の顔を容赦なく潰すという意思があった。


「…私がそんな脅しで屈すると思ってるんですか?」


妹紅は問答無用で鈴仙の顔を殴った。鈴仙は黙ってそれを受けた。


「あの薬を口にすることがどんな意味を持つのか…それは重々承知の上です。妹紅さんからこの様な仕打ちを受けるのも、ある程度想定済みです。妹紅さんの気が済むまで…殴ればいいじゃないですか…!」


「お前って奴は…!」


妹紅は乱暴に鈴仙を離した。鈴仙は壁に後頭部を打ち付けた。


「殴る気も失せた。お前がそういう奴だとは思わなかった。4、50年の間でお前の本性を見抜けなかった私も私だが…」


妹紅は鈴仙を冷徹な目で睨みつけると、そのまま家を後にした。

妹紅の家に残されたのは鈴仙と霊夢であった。


「…霊夢さんは私に何か言いたい事はありますか。今なら黙って聞いてあげます」


「そうね…。私はアンタが薬を飲むことに賛同もしないし否定もしないわ」


霊夢の口調はどこか覚めていた。

そして鈴仙に背を向けたまま話を続けた。


「ただね、本当にそれで後悔しないか…。十分に考えて、自分が納得したなら飲んでもいいんじゃない?。それ以外で言える事は…そうね…100年後、私、魔理沙、咲夜は既にサボってばっかの死神と白黒閻魔のお世話になってるわ。2000年後、妖夢も同じ道を…。この調子で1万年後、2万年後、もっと行って10万年後…。この幻想郷にアンタが知ってる人なんて殆ど残ってないわよ。あの吸血鬼姉妹だってきっと死んでるわ」


霊夢は鈴仙の方を向き、じっと目を見据えながらさらに続けた。


「だけど、永遠亭のメンバーはほとんど変わらない姿で生きているんでしょうね。アンタも永琳も輝夜も、それに妹紅も…。アンタは、ずっと遺される側。遺す側になれない。終わりがあるから、輝けるものだってあるの。…その事を把握した上でなら、飲めば?」


「………………」


鈴仙はただ俯くだけであった。

自宅を後にした妹紅はその足で永遠亭に向かっていた。


―――アイツは本物の馬鹿だ。そんな簡単に決めていいものじゃないというのに…―――


妹紅は永遠亭の正面玄関についた。


「ん?何やってんだ?」


顔を上げると、文、早苗、衣玖がどうしようかと話し合っている所であった。


「永遠亭に用事か?鍵なら開いているから勝手に入ったらどうだ」


妹紅は3人に近づいて行った。

妹紅に気づいた3人を代表して、文が話をすることとなった。


「あっ、どうも、妹紅さん。清く正しい射命丸文と愉快な仲間達です。永琳さんって今ご在宅ですかね?」


「「愉快なって…」」というツッコミが入ったが妹紅は無視して続けた。


「今朝は見かけたが…。怪我人か?」


「ええ。急を要します」


「そうか。こっちだ」


妹紅は扉を開けて、文を招き入れた。

その後に、パチュリーをおぶった早苗、フランを抱えた衣玖が続いた。

怪我を負っている2人の姿を見て、妹紅は目を見開いて驚いた。


「なんじゃこりゃ…!」


パチュリーとフランはすぐに永琳の手によって適切な処置が施された。

付き添うのは例の3人。妹紅は永遠亭を再び訪れた、本来の目的が達成出来ずモヤモヤしていた。


―――永琳と話をし損ねてしまった。…だが、何故あの2人が運ばれてきた。…紅魔館で何かあったのか…?―――


妹紅がアレコレと考えながら廊下を歩いていると、窓から覗く視線に気づいた。


「誰だ」


じーっと中の様子を伺っていたのはチルノであった。


「何やってんだ?アイツ」


妹紅は窓を開け、外にいるチルノに話しかけた。


「お前、こんなところで何してんだ?」


「んーとね、紅魔館からいっぱい人が飛んでったから、気になって着いてきたの」


やはり紅魔館で異常が発生したなと、妹紅は察した。


「そうか。連れてこられた奴なら中にいるが、どうする?覗いていくか?」


「うん、そうするね」


チルノはそのまま窓から室内に入ってきた。


「そういえばお前、どうやって迷いの竹林抜けてきたんだ?」


「あのお姉ちゃんたちがスペルで竹を片っ端からぶっ飛ばしてから、あたいもそうしたんだよ!あたいったら最強ね!」


「揃いも揃って何やらかしてくれてんだよ」


━━━━━━━━━━


太陽が南の方角に高く登った頃、魔理沙、咲夜、妖夢はとある石碑を訪れていた。

形式的には、魔理沙がここに連れてきたということになっている。


「で、こんな人の気配が無いところまで連れてきて、何をするつもり?」


咲夜はここに連れてこられたことが不満であるらしく、うんざりした表情を隠そうともしない。


「まあ黙って見てなって」


そんな咲夜に魔理沙はニヤリと笑いかけた。

魔理沙は正面を向き、呪文の詠唱を始めた。

長い詠唱の後、魔理沙は八卦炉を石碑にかざした。石碑が突如黄緑色の光を発した。咲夜と妖夢は鬼が出るか蛇が出るかと、何が起こっても対処できるように、武器に手をかけた。

それを止めるよう諭したのは、魔理沙であった。


「そんなピリピリすんなって」


魔理沙が言い終わると同時に、石碑はゲートの様な形に変化していた。門として通過する場所は、見ているだけで吸い込まれそうな、禍々しいオーラが渦巻いていた。


「よーし、行くぜ」


「行くって…この中にですか?」


「流石にちょっと躊躇うわね…」


妖夢と咲夜の反応は当然といえば当然である。

得体の知れないものに自ら突入していくのは『勇敢』ではなく、『無謀』だからだ。魔理沙という、信用できる人物がいるが、それでも躊躇してしまうものである。


「大丈夫だって。アリスと幽香もあん中にいるからよ。さあ、入った入った」


「ま、魔理沙さん?!」


「ちょ、ちょっと?!」


魔理沙は妖夢と咲夜の背中を押して、ゲートの中に押し込んだ。そして、魔理沙もその中に入っていった。

3人がワープした先は常闇の世界であった。

木々は枯れ果て、沼はブクブクと常に泡立っており、どこからとも無く正体不明の鳴き声が聞こえてきた。


「さーて、場所はここで合ってるはずなんだが…。おっ、来た来た」


警戒して辺りを確認している咲夜と妖夢を尻目に、魔理沙は近くにいた人物を手招きした。

金髪ロングの赤いメイド服。胸元には黒いリボン。


「よう、夢子。久しぶりだな」


その正体は魔界メイド・夢子であった。


「1ヶ月前にも遊びに来たじゃない…。まあいいわ。アリスも幽香ももう来てるから、急ぐわよ。そちらの方は?」


「紅魔館でメイド長をしている、十六夜咲夜よ」


「白玉楼で庭師をしております、魂魄妖夢です」


「咲夜さんに妖夢さんですね。私は夢子。パンデモニウムでメイドをしておりますわ」


メイドという単語を聞いて反応したのは、もう1人のメイドであった。


「あなたもメイドなのね」


「ええ、そうですよ。最近は…」


メイド談義に火がついてしまった。と言っても主人に対する愚痴ばかりであったが。

それを横で聞いていた妖夢は、逸れていた話を元に戻した。


「…アリスさんと幽香さんを待たせてるんでしょ?急ぎましょう。その…パンドラニウムとかに」


妖夢の間違いを魔理沙がやんわりと訂正する。


「パンデモニウムな。道なら私も知ってるから、先に行ってようぜ。咲夜は夢子が連れてくるだろ」


魔理沙と妖夢は未だ話に熱中している咲夜と夢子を放置し、妖夢と共にパンデモニウムに向かった。

道中、妖夢は率直な疑問を魔理沙に投げかけた。


「そういえば、ここはどこなんですか?」


「ここは魔界だ」


「魔界?」


「ああ」


「通りで見たことも無い草木が生えてる訳か…」


そうこうしているうちに、魔理沙と妖夢はパンデモニウムに到着した。

紅魔館とは違った、禍々しいオーラが漂うお屋敷である。


「神綺ー、邪魔するぜー」


その玄関扉を魔理沙は何の躊躇もなく開けた。まるで自分の家に帰宅したかのように。

広いエントランスには誰もいなかった。

魔理沙は2階に通ずる、幅の大きな階段を上がって行った。妖夢もそれに続いた。

2階の一室から話し声が聞こえてくる。魔理沙はやはり何の躊躇もなくドアを開けた。


「やっぱりみんなここだったか」


巨大なテーブルの上に立てられた、いくつものローソク立て。

中世ヨーロッパの上級貴族が使用しているテーブルや椅子と言えば想像も容易い。


「あっ、やっときたのね」


膝に上海人形を寝かせ、頭を撫でているのは七色の魔法使い・アリス・マーガトロイドである。


「この私を待たせるなんていい度胸じゃない」


紅茶を飲み、魔理沙に高圧的な態度をとるのは四季のフラワーマスター・風見幽香である。

そして、2人の中央に鎮座し、1番魔理沙の登場を期待していたのは…。


「魔理沙ー!こっちよこっち!早くこっちきてー!」


魔界の神・神綺であった。


「言われなくてもすぐ行くって」


魔理沙は神綺の正面に座った。


―――何か…どう見ても主人なのに一番幼いような…。さっきの夢子さんの方がよっぽど…。はっ!!―――


神綺の様子を見て、1人呆れていた妖夢だが、ある重要なことに気がついてしまった。


―――メイドを取ると色んなところが幼くなってしまうのでは…?!―――


「おーい、妖夢」


魔理沙に呼ばれ、妖夢は現実の世界に帰ってきた。


「はい?」


「お前も座れよ」


「はあ…」


妖夢は横目で神綺を見た。神綺は妖夢を歓迎する素振りを見せ、座るようジェスチャーした。


「じゃあ遠慮なく…」


妖夢は魔理沙の隣に座った。妖夢が座るや否や、神綺はいきなり妖夢に話しかけた。


「あなた、魔界は初めて?」


「初めても何も、存在していることすら知らなかったです」


「あら…残念ね…。私は神綺よ。魔界にようこそ!」


「魂魄妖夢です。よろしくお願いします」


その後、咲夜を連れた夢子も到着した。

幽香が優雅に紅茶を飲みながら、魔理沙にある疑問を訪ねた。


「そういえば魔理沙、何で霊夢じゃなくて悪魔の犬と半人半霊を連れてきたの?」


幽香に貶されている感じがした咲夜と妖夢はムッとした表情になった。これが普段の幽香であるため、何も言わなかったが。

魔理沙は夢子から出されたコーヒーを飲みながら答えた。


「ちょっとしたゴタゴタがあってな、霊夢は来れない事になった。その代わり…という訳でもないんだが、咲夜と妖夢はに来てもらった」


「そのゴタゴタっていうのは…」


傍で聴いていたアリスが一部の新聞を取り出し、その一部を読み上げた。


「『幻想郷崩壊の危機?!強敵、鏡乃映写現る!!』。これの事?」


「ああ、そうだ」


「家を出る直前にこの新聞が来たのよ。配ってたのははたてだったけど」


「…ちょっとそいつをこっちに」


アリスは魔理沙に新聞を手渡した。

魔理沙は新聞を広げた。咲夜と妖夢は覗き込むように新聞を見た。


「…内容は文が書いたものみたいだが、字が違うな」


魔理沙たちは1面の右下の小さな欄に、『編集者・射命丸文 代筆・姫海棠はたて』と書かれているのを発見した。

この1コマを見て3人が思ったことはただ1つ。

文が映写の襲撃を受けた可能性が高いということである。


「私も見たわよ、それ」


魔理沙、咲夜、妖夢はやはり高圧的な幽香に視線を向けた。


「あのお強い天狗を新聞が書けなくなるくらいに倒したんでしょうねぇ。1度戦ってみたいものだわ」


今度は神綺である。その顔には誰かを心配している表情が浮かんでいた。


「その映写っていう子、霊夢の神社壊しちゃったんでしょ?霊夢は今無事なの?」


「無事どころかブチキレてどっか行っちゃた」


「あらら…よし、決めたわ!!」


何かを思いついたように、神綺は自信満々の顔で立ち上がって、宣言した。


「霊夢に会いに行くわ!!」


「神綺様、私たちはあのゲートを通過できないことをお忘れですか?」


夢子が言うあのゲートとは、幻想郷から魔界に通ずる石碑のことである。


「むう…」


神綺はガックリと項垂れて、ションボリと座ってしまった。


「代わりと言っちゃあれだけど、私なら行ってあげてもいいわよ」


アリスの口調はどこか得意気であった。


「私もついて行こうかしら。目的は全く違うけど」


幽香の目は、猟奇的な殺人犯のそれであった。


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タイムリミットまで残り9時間ほど。

かなり狭い小屋に監禁されている美鈴に、高山病のような症状が出始めていた。

特に酷いのが頭痛、吐き気、目眩であった。


―――…今……何時だろう…―――


密室の部屋には窓も時計も無い。

正確な時刻が分からないという恐怖も美鈴の精神をすり減らしている。

自力で出ることが不可能と判明してからは、出来るだけ動かずに、地べたに座っている。それでも美鈴の体力は確実に奪われている。


―――私……ここで死ぬのかな……―――


何も無い空間に1人閉じ込められた時、人間は精神崩壊を来すと言われている。妖怪も例外ではない。脱出できる妖怪も多数いるが。

思考は徐々に負の方へ傾き、最悪の事ばかり想像してしまう。

精神的な面でも、追い込まれるのだ。


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倒壊した博麗神社に、とある人物が訪れていた。

右手に巻かれた包帯。ピンクの髪と中華風の装い。


「やれやれ…久々に来てみれば…。何なんですかこの有様は」


両手を腰に当て、呆れた表情を浮かべているのは片腕有角の仙人・茨木華扇であった。

華扇は誰か来るかと思っていたが、宛が外れてしまった。


「不在のようですね…。仕方ない、探しに行きますか」


華扇は宛もなくどこかへ飛んでいった。

その直後、神社の真上を飛んでいく5人の影。

その中の1人に咲夜がいた。


「あら?あれって博麗神社?」


「気づかなかったのか?」


その隣を飛んでいた魔理沙が茶化すように言った。


「あの石碑は神社の裏手にあったんだぜ?」


「常識よね」


「知らないなんて恥ずかしいったらありゃしないわ」


魔理沙に同調する幽香とアリス。


「みんなまとめて微塵切りにしてやりましょうか」


「私は乱切りで」


今にも爆発しそうな妖夢と咲夜であった。


「まあ落ち着けって。…ん?あれは誰だ?華扇か?」


妖夢と咲夜を宥めた魔理沙は前方に小さく見える華扇を発見した。


「おーい、かせーん!!」


魔理沙は華扇を大声で呼んだ。

華扇は自身を呼ばれたことに気づき、後ろを振り返った。華扇に向けて、魔理沙は大きく手を振っていた。


「あれは?魔理沙?」


華扇が飛行するスピードを緩めると、魔理沙たちはすぐに追いついた。


「やっぱり華扇だったか」


「お久しぶりですね、魔理沙、咲夜。初めての方もいるようですね。私は茨華仙。どうぞ宜しく」


華扇は軽く会釈をした。


「ところで、霊夢知りませんか?」


「霊夢?昨日から会ってないから分かんないな。適当に回ってみたらどうだ?」


「やはり地道に探すしかありませんか…」


「あなたも霊夢を探しているの?」


話を聞いていたアリスは口を開いた。


「ええ、まあ」


「ちょうど私も霊夢を探そうと思っていたところよ。出来ればでいいから手伝ってくれないかしら?」


「是非ともお願いします」


華扇はアリスに軽く頭を下げ、アリスもまた、それに応えるように手を挙げた。

華扇とアリスは2人で霊夢を探しにどこかへ飛び去って行った。


「さーて、とりあえずどこ行く?」


アリスが居なくなったので、魔理沙が仕切り直した。


「お嬢様が心配だわ。一旦紅魔館に戻らせてくれない?」


「紅魔館か…。ここからだったら一番近いしな。行くか」


魔理沙たちは紅魔館へと向かった。


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紅魔館に到着した魔理沙たちは、風穴が空いた建物や、抉られた地面など、惨状を見て驚愕していた。


「何これ…!はっ!お嬢様…!」


咲夜はレミリアの安否を心配し、血相を変えて建物内に飛び込んでいった。


「…間違いないわね。映写とやらは相当な実力者」


幽香は激しい戦闘の跡が残る花壇を眺めながら言った。


「楽しみだわ…。本当に楽しみ」


幽香はしゃがみ、1輪の花に手をかざした。茎が折れ、もう長くない花は元気を取り戻し、伸び伸びと咲いた。

咲夜は館内を走り、レミリアを探した。


「お嬢様!!この咲夜、只今戻りました!!いらっしゃったら返事を…」


レミリアはまだ中庭にいた。

地面に座って壁に寄りかかって、ボーッと空を眺めていた。


「お嬢様!!」


咲夜はレミリアに駆け寄った。

レミリアの酷い状態を見て、みるみるうちに顔が青ざめて行った。


「酷い怪我…!!今すぐに手当を!!」


「いいのよ」


「…えっ?」


「いいから…。今は1人にさせて」


「しかし…」


「命令」


レミリアは咲夜の方を一切見ずに、命じた。

咲夜は戸惑いながらもそれに従った。


「…わかりました。何かあったらすぐにお呼びください」


咲夜はレミリアのもとを立ち去った。

レミリアは悔いていたのだ。

美鈴を拐われたことに気づかなかった鈍感さと、仲間を貶されたことに対する怒りと、映写に適わなかったという自分の非力さと、パチュリーとフランに大怪我を負わせてしまったという責任と…。

打ちひしがれている姿など、仲間に決して見せられない。上に立つ者の最低限のプライドが咲夜を遠ざけた。

咲夜は続いてパチュリーとフランを探した。館内のどこにもいなかった。

最後に訪れた大図書館。先に入っていた魔理沙、妖夢が出迎えた。幽香は一瞬だけ顔を向け、すぐに立ち読みを再開した。


「…酷い顔だな」


魔理沙が言った言葉は単なる形容ではなく、実際に咲夜は取り返しのつかないことをしてしまったと表情で語っていた。


「一旦座りましょうか」


妖夢は咲夜を近くの椅子に座らせた。

咲夜は机に伏し、僅かながら嗚咽をあげ始めた。


「…見ていられないわ」


横目でチラリと咲夜を見た幽香は、読んでいた本を元の場所に戻し、大図書館を後にした。

その足はレミリアのもとに向かっていた。

お気に入りの日傘をさし、ゆったりとした足取りで、レミリアの前に姿を現した。


「ごきげんよう。紅い悪魔さん」


「風見幽香…。何の用…?」


「もう大体分かっているけど、あえて聞くわ。何があったの」


「…鏡乃映写の襲撃を受けた。それだけよ」


「本当にそれだけかしら?」


幽香の言い回しに、レミリアは初めて顔を動かした。


「敗北した屈辱…。それ以外にもあるでしょ?。…そういえば、あなた以外のメンバーを見かけないけど?どこにいるのかしら?」


「…フランとパチェは恐らく永遠亭。美鈴は…」


レミリアは言葉に詰まった。幽香はそれだけで美鈴の身に何が起こったか察しがついた。

幽香はスカートをなびかせ、レミリアに背を向けた。


「映写の手に落ちた…。なるほどねぇ…」


「…アンタ、戦うつもりでしょう」


「あら、よく分かったわね。人の心情なんか読めないお子ちゃまだと思ってたのに」


「目を見れば分かるわ」


「別にお仲間さんを助ける訳では無いわよ。あくまで私利私欲のため」


「頼むつもりもない。…言いたいことはそれだけ?」


「………もう1つあるわよ。身近な人を大切になさい」


幽香はその場を後にした。

当初は映写と戦えればいいと思っていたが、その考えはすぐに変えなければならなかった。

恐らく3対1、しかも実力で言えば幽香に負けず劣らずの3人を相手にして勝利したであろう映写。その映写に対峙する事がどのような意味を持つのか。


―――この感覚…久しぶりね…―――


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夕方。

永遠亭の緊急治療室ではフランが意識を取り戻した。


「……う……ううっ……」


フランが目を開けると、霊夢が、鈴仙が、妹紅が、文が、早苗が、衣玖が、チルノが、永琳が、顔を覗き込んでいた。


「うわあっ?!!」


驚いたフランは何故か飛び起き、額がゴン!と鈍い音をたてて鈴仙と早苗の頭と衝突した。


「いだっ!」


「ぎゃっ!」


フランに攻撃(?)された2人は、その勢いを殺すことなく床に倒された。当のフランもベッドに再び転がる形となった。

その中、永琳は壁にかけてある振り子時計を見て、時刻を確認した。


「17時58分…。流石吸血鬼、たった8時間で意識を回復させるなんてね」


「意識…?そうだパチェは?!」


フランがベッドから飛び降りようとした。起き上がって額を痛そうにさすっていた鈴仙と再び額をゴッツン!!


「いだーっ!!」


「怪我人怪我させてどうすんのよ…。パチュリーなら隣のベッドで寝てるわ。明日か明後日には目を覚ますでしょう。だから、あなたは傷を癒すことに集中してね」


永琳はフランを優しく寝かせ、毛布をかけてあげた。

ここで、疑問を抱えていた衣玖がフランに問いかけた


「ところでフランさん、美鈴さんの身に何かあったのではないですか?うなされてた位でしたし」


「そうだよ美鈴!!あの映写っていう男に捕まったんだ!!」


一同に衝撃が走った。

永琳を含め、映写がどのような人物か、聞かされていたから尚更である。

しかし、ただ1人、真実を知らない者がいた。


「美鈴って捕まってたの?かくれんぼしてると思ってたよ」


チルノの間の抜けた声が響く。


「かくれんぼってアンタねぇ…」


フランは呆れた表情であったが何か大事なことに気づき、ハッとした表情になった。


「アンタ、美鈴がどこにいるか知ってるの?!」


「うん。知ってる」


「今すぐ連れてって!!」


二度あることは三度ある。

フランが飛び起きる。それを予期していた鈴仙がドヤ顔でパッと避ける。その先にあったのは妹紅の顔面。

ゴッ!という鈍い音が鳴った。


「あっ…」


「お前…!!」


妹紅―――鼻からタラリと血を流している―――と鈴仙の間で喧嘩が勃発した。妹紅が一方的に鈴仙を殴っているだけであるが。


「お前はそんなに私を怒らせてぇのかぁ!!」


「もう怒ってるじゃないですかぁ!!」


「うるせえ!!黙って殴られろ!!」


「ごめんなさぁぁぁぁぁい!!!」


フランを再び寝かせた永琳は妹紅と鈴仙を放置し、チルノと視線を合わせた。


「チルノちゃん、詳しく聞かせてくれないかしら?」


「いいよー」


少女説明中…。


「…まずいわね。下手したらもうかなり危険な状態かも…」


チルノから粗方の状況を聞いた永琳は腕を組み、真剣な表情になった。


「どういうことですか?」


困惑している早苗のために、永琳はその理由を話し始めた。


「チルノちゃんの話を聞く限り、美鈴が閉じ込められている場所は、外見は簡素な小屋。そんなものスペルカードで木っ端微塵に出来るわ。それが出来ないからこうして助けを求めてるんだと思う。じゃあ何故出来ないか。自分に甚大な被害が及ぶ可能性があるから。その様な状況になるのは、超至近距離かつ余剰エネルギーが外に漏れ出さない環境下にあること。つまり…」


永琳は顔を上げ、一同―――鈴仙はただのしかばねと化している―――と目線と合わせた。


「美鈴はかなり狭い、それも人1人がやっと動けるか動けるかしかないスペースに閉じ込められている可能性が高いわ」


「よく分かんないんですけど、私には美鈴さんが危険な状態という理由が未だに…」


「うーん…。じゃあこうしましょう。今から幾つかの単語を言うから、その光景を想像してみて。『密室』『白一色』『孤独』『無音』」


「…とても落ち着かなさそうです」


「あなたはその場所に半日いられる?」


「…多分途中で音をあげるかと…」


「そう、無理よね。私だって無理よ。…だだね、今その状況を強いられている人がいるの」


「美鈴さんですか…?」


早苗がやっと話についてきていると判断した永琳は全体に満遍なく視線を向けた。


「心理学の研究でこんなテーマがあるわ。何も無い空間に人を閉じ込めたらどうなるか。途中は省くけど、最終的に行き着く結果は……発狂」


『発狂』という2文字には、事の重大さと、解決が急務である事が示されていた。


「一刻を争うわ。みんなで…といきたい所だけど私とそこでのびてる兎は離れられない」


ここで名乗りを上げたのは文であった。


「なら我々が行きましょう。このお2人を連れてきたのは私たちですし。いいですよね?早苗さん、衣玖さん」


「早く美鈴さんを助けないと!!」


「言われなくとも。早く美鈴さんの元へ」


早苗と衣玖は最初からその気であった。


「決まりですね。ではチルノちゃん、ガイドをお願いします」


「おっけー!」


文、早苗、衣玖、チルノは早足で永遠亭を後にした。

その背中を、霊夢は冷やかな目で見ていた。


「全く…」


そんなに霊夢もまた、永遠亭を後にした。

そして、文たちを尾行し始めた。


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夜。

永琳が言った通り、美鈴はかなり危険な状況であった。


「誰かぁ!!誰か助けて!!お願いだからぁ!!早くここから出してぇ!!!」


半分狂ったように壁を叩き続ける美鈴。密室無音の状況は、温厚な美鈴の精神を蝕んだのだ。

それだけではない。

しつこいようだがこの部屋は完全密室。美鈴が暴れれば暴れるほど酸素が減り、生存できる時間が短くなる。

ぜぇぜぇと荒い呼吸を繰り返す美鈴。目は虚ろで、今にも意識を失いそうであった。むしろ意識を保つために叫んでいるようである。


「お嬢様ぁ!!妹様ぁ!!咲夜さぁん!!パチュリー様ぁ!!誰でもいいから助けてよおおおお!!ああああああああああ!!!」


はたして、美鈴の精神は、生命はいつまで持つのか。


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紅魔館。

パチュリーがいない大図書館が魔理沙たち4人の、臨時の詰所となっている。

そんな中、レミリアは自室で1人、煌々と光る満月を眺めていた。その背後には。両手を前で重ね、メイドらしく立っている咲夜の姿があった。


「…ねえ咲夜」


唐突にレミリアは口を開いた。咲夜は一瞬戸惑ったが、すぐに頭を切り替えた。


「はい、何でしょう」


「私って…主失格だわ…」


「と、突然何を言い出すのですか?!お嬢様はご立派な、唯一無二の紅魔館の主です!!」


「私はみんなを守れなかった…。フランやパチェに大怪我をさせてしまって、美鈴は奴に捕まって…。これでも同じことが言える?」


「お嬢様1人で抱え込まないでください。留守にしていた私も悪いのです」


「あなたに魔理沙を手伝うように言ったのは私よ」


「しかし、あの時はまだ、かの映写という男がどのような男か全くと言っていいほど判明しておりませんでしたし…」


「咲夜」


レミリアは咲夜の方を向き、目を見据えた。その目はどこか悲しそうで、暗闇に吸い込まれそうであった。


「これから起こりうる事件を解決するまで、ここには戻ってこないで」


「えっ?!な、何故ですか?!お嬢様の身も危ないというのに!」


咲夜はさらに続けようとしたが、レミリアの無言の圧力の前に、口をつぐんだ。


「……わかりました」


「で、終わった?」


場の空気も読まずに部屋の中に入ってきたのはうんざりした顔の霊夢であった。


「霊夢…いつからそこに…」


「あんたがレミリアの横に並んだところから。美鈴の居場所がわかったわ。ついて来なさい」


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霊夢はあのまま、文たちを尾行し続け、美鈴が閉じ込められている小屋を特定したのだ。そこまでは良かった。

突如として、どこからともなく現れた妖怪の大軍が、霊夢の前方を行く4人に襲いかかった。チルノはそうでもないが、少なくとも文、早苗、衣玖にとって、その妖怪は取るに足らない相手ではあったが、数が桁違いであったため、かなりの苦戦を強いられていた。

妖怪の群れの一派が霊夢にも襲いかかったが、テキトーに蹴散らし、紅魔館へと飛んできたのだ。

今、霊夢は魔理沙たち4人を連れて、例の小屋に向かっていた。

そして、奇襲を受けてから約20分が経過した今でも、文たちはフィールドを空中から地上へと移し、激しい戦闘を繰り広げていた。


「あら、まだ片付いてなかったのね」


腕を組み、地上を見下ろす霊夢の横で、魔理沙は八卦路を構えた。


「よく分からんがあいつらをぶっ倒せばいい事だけは分かったぜ。食らえ『マスタースパーク』!!」


太さが大木程もある光線を放ち、妖怪の半数を消し炭に変えた。

もちろん、それに気づかない文たちではない。


「あやややや、援軍が来てくれたんですか」


文は目の前の首が2つある妖怪を蹴り飛ばした。


「これ以上長引くと体力が持ちません。ご好意に甘えることにしましょう」


衣玖は雷弾で、腕が6つある妖怪の手を全て潰した。


「あたいは最強なんだよ!援軍なんていらないよ!」


チルノは10数本のつららを飛ばし、空中を浮遊していた妖怪を蜂の巣にした。


「最強でもなんでもいいですから、早く行きますよ」


早苗は起爆性のある札を飛ばし、妖怪を爆死させた。

4人は数えるほどにまで減った妖怪を処理し、霊夢たちの元に飛んでいった。

そのまま、美鈴が閉じ込められている小屋へと飛んでいった。


「この中に美鈴が…」


咲夜はドアノブに手をかけ、扉を開けようとした。しかし、ドアはビクともしなかった。


「鍵がかかってるわね…。仕方ない、私のスペルで…。『操りドール』」


咲夜は10本程度のナイフをばら蒔いた。そのナイフは咲夜の意思によって、小屋の扉に向かって行った。

威力を下げた『操りドール』は小屋のドアを吹き飛ばした。中から座り込んで、ぐったりしている美鈴が姿を表した。透明な壁で仕切られてではあるが。


「美鈴!」


咲夜はナイフを壁に数回突き刺して、透明な壁を破壊した。

咲夜は壁が壊れるとすぐにナイフを投げ捨て、美鈴に駆け寄った。


「美鈴、返事をして!美鈴!」


咲夜は美鈴の肩を激しく揺すった。しかし、美鈴は何の反応も示さなかった。


「美鈴っ!!」


美鈴の命もだが、咲夜の精神状態が危ういと感知した衣玖は、その2人に近づき、咲夜の肩を叩いた。


「咲夜さん、早く永遠亭に行きましょう。その方が美鈴さんが助かる可能性が高いです」


「…そうね。そうするわ」


咲夜は女性の中では大柄な美鈴を1人で抱えることが出来ず、衣玖に手伝ってもらった。


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永琳曰く、後10分遅かったら、長い間低酸素状態であった美鈴の身に障害が残っていたという。

そんな美鈴はフランの隣に寝かされている。


「ひとまずは安心って所ね」


永琳は眠っている美鈴の顔を見て安堵した。

そこに、アザだらけの鈴仙が静かに入ってきた。


「師匠、そこで咲夜さんと衣玖さんが眠ってるんですけど、起こした方がいいですか?」


「そうね…。起きるまでそっとしておいて上げなさい」


時刻は22時。今日1日で色んなことがあった。その疲れが出たのであろう。

この事件はただの幕開け。

安らかな寝顔の咲夜はその事を感づいているのだろうか。

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