1日目 写された映像はまるで鏡のように
博麗神社は今、3度目の倒壊の危機を迎えている。犯人は不良天人ではない。
「もういっぺん言ってみなさい。あんたの言うことを聞かないと私ごと何だって?」
博麗神社の巫女・博麗霊夢は神社を人質に取られ、怒りを露にしていた。
「あんたごとこの神社をぶっ潰すのさ」
得意気な表情を浮かべて、霊夢を挑発する男は、鏡乃映写である。
足長高身長、さらにはイケメンと容姿だけは文句の付け所がない男性だった。
だが、そのルックスが霊夢のイライラを増幅させているのであった。
「ただの人間が私に敵うと思ってるの?」
「ただの人間じゃなかったら?」
「…話すだけ無駄のようね。『封魔陣』」
霊夢は封魔陣を唱えた。映写の頭上に陣が現れ、映写を押し潰した。
「口ほどにもない…」
「本当にそうかな?」
霊夢は驚愕した。
いくら全力を出してないとはいえ、自分のスペルを食らってまともに立っていられるなど、余程の強者でない限り無理であるためだ。
しかも…。
「あんた…姿を変えられるのね。よりによって紫に化けるなんてね」
映写の能力は『全てをコピーする程度の能力』だ。
映写は八雲紫に姿を変え、霊夢を嘲笑っていた。便宜上、紫映写と呼ぶ。
「そう。俺は今まで見たことある人の姿かたち等、全部コピー出来るのさ」
「で?紫になったからって紫の能力を使える訳じゃないんでしょ?」
「あれ?俺は姿かたち等、ぜ・ん・ぶ、コピー出来るんだよ?」
「…まさか!!」
「遅い!!」
霊夢が気づいたときには時すでに遅し。
霊夢の周囲に空間の裂け目、スキマが隙間なく発生し、霊夢の逃げ場を無くした。
「くっ…!『二重大結k」
「無駄だよ」
十六夜咲夜に化けた映写、咲夜映写がいつの間にか霊夢の背後に回っていた。
「あんた…!」
霊夢は後ろ蹴りを繰り出した。しかし…。
「むきになってるね」
映写はまた姿を変えた。星熊勇儀に化けた。
勇儀映写は霊夢の脚を受け止めると、そのまま持ち上げた。
「このままへし折ってもいいけど、それでは芸がない」
勇儀映写は霊夢を神社のお社に向かってぶん投げた。賽銭箱を、障子を壁を破壊し、霊夢は反対側まで突き抜けた。
「いたたたた…」
霊夢な大きな怪我はしてなかったが、痛そうに腰をさすっていた。
「上等だわ…ここまで私をこけにしたのはあんたが初めてよ!!」
霊夢の怒りが頂点に達した。
「『夢想転せ』っ…?!!」
霊夢がスペルの詠唱をしようとしたとき、小さな虫が霊夢の口の中に飛び込んだ。
「げほっげほっ…!!」
虫の大群が霊夢にまとわりつく。
それもそのはず。リグル・ナイトバグに化けた映写が虫を操って霊夢の妨害をしているからだ。
「このっ!!このっ!!」
霊夢は虫を払ってなんとかスペルの詠唱を試みるが、隙あらば霊夢の口の中に虫が飛び込んでこようとする。
「さて、そろそろ終わりにしよう」
映写は伊吹萃香に化けた。
「こういう芸当も出来るんだよ。『ミッシングパワー』」
萃香映写は萃香のスペルを唱えた。萃香映写は20メートルにまで巨大化した。
「終わりだ。博麗神社」
萃香映写は神社のお社を蹴り壊した。お社は瓦礫の山と化した。
「ああ!私の神社が…!!」
「あんたが俺の言うことを聞かないからだ。その報いを受けるのは当然じゃないか」
萃香映写はもとの姿に戻った。
「じゃあ、ホームレス生活を楽しんでくれたまえ」
射命丸文に化けた映写は、本家顔負けのスピードでどこかに飛び去っていった。
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「うわ…なんじゃこりゃ…」
普通の魔法使い・霧雨魔理沙は言葉を失っていた。
「これはまたひどい有り様ですね…」
伝統の幻想ブン屋・射命丸文はカメラのシャッターを切るのも忘れて神社だったものを眺めている。
「どうもこうもないわよ!!あのヤロー、問答無用で神社を壊していって!!あーもー!!ムカツク!!」
霊夢は1人でキレている。
「それはそうと、霊夢さん、近隣の住民の方に話をうかがったのですが、お社を壊したのは伊吹萃香だというのは本当ですか?」
文は手帳とペンを取り出した。手帳にはびっしりと情報がかかれてあった。
「違うわ。萃香に化けた奴が暴れたのよ。萃香は今地底に遊びに行ってるし」
「ってことは、封獣ぬえ?」
「それも違う。犯人は男よ」
男というワードに魔理沙が反応した。
「男?ってことは霖之介か?」
「違う。確か鏡之映写って名乗ってたわ」
文と魔理沙は顔を見合わせた。その正体にピンと来ていないようだった。
「知らないって顔ね」
「実際知らないし」
「私も聞いたことはありません」
「そう…じゃあ知ってそうな人のところに行くわ」
霊夢は2人を押し退け、どこかに飛び去ろうとした。そこを魔理沙に呼び止められた。
「おい、どこ行くんだよ」
「慧音のところよ。紫は宛にならないから」
霊夢はそう言い残し、今度こそ飛び去っていった。
「あの様子だと相当頭に来てるみたいですね」
文は手帳とペンをポケットにしまった。霊夢に対して少々呆れている。
「無理もないんじゃないか。私だって自分の家を壊されたら怒るぜ?」
「確かに。では、この事を新聞記事にまとめましょう。注意喚起の意味も込めて」
「お前がまともな新聞を作るなんて珍しいな。いつもはゴシップや根も葉もない噂ばっかりなのによ」
「火の無いところに煙はたたない、ですよ」
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霊夢は人里にある寺子屋を訪れていた。慧音は今授業中であった。
「慧n…うわっ?!」
霊夢が強引に中に入ろうとすると、腕を引っ張られて阻止された。
「何すんの?!」
霊夢の腕を引っ張ったのは蓬莱の人の形・藤原妹紅であった。妹紅は霊夢に冷たく言い放った。
「子供たちにとって大切な授業の時間だ。邪魔はするな」
「こっちは急いでんのよ。授業中だろうと関係ないわ」
「…何をそんなに急いでいる」
「あんたには関係ないことよ」
霊夢と妹紅が言い争っている声は寺子屋の中まで聞こえていた。
「うるさいぞ!!静かにしたらどうなんだ!!」
障子を勢いよく開け、2人に怒鳴ったのは知識と歴史の半獣・上白沢慧音であった。
「すまん慧音」
妹紅は頭を掻きながら慧音に謝罪の弁を述べた。頭は1ミリも下がっていなかった。
慧音は霊夢の存在に気づくと、視線を向けた。
「霊夢か。そろそろ来る頃だと思っていたぞ」
「あんたいつから占い師にでもなったの?」
「私に占いの趣味はない。お前に話したいことがあるが、見ての通り今は無理だ。夕方に出直してくれないか」
「…仕方ないわね」
霊夢はやれやれとため息をついた。
妹紅は霊夢の異変に気づき、何があったのかと訪ねた。
「様子がおかしいな。何があった」
「知りたい?」
流れたのは一瞬の間。
妹紅は霊夢についていくことに決めた。
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「それは本当なの、魔理沙」
「ああ、この目でしっかりと見たぜ」
魔理沙が訪れていたのは紅魔館の大図書館。
そこのテーブルで魔導書を読んでいるのは動かない大図書館・パチュリー・ノーレッジであった。
パチュリーは博麗神社が破壊されたということを魔理沙から聞き、眉をひそめた。
「非常にまずいわ。神社が破壊されたってことは幻想郷に危険が訪れているということと同じことよ」
「そうだな。どうにかしなくちゃいけない」
「そういえば、前にも似たことが起きたわね。比那名居天子だっけ?神社を壊したの」
「ああ。ちなみにそっちには文が取材に行くってさ」
「…それで、犯人の特徴とか目的は判明してるの?」
「目的はわからん。だが名前や能力は霊夢から聞いた。奴の名前は鏡之映写。能力は私たちの姿、もしかしたらスペルや能力なんかもコピーできるらしい」
「それは厄介ね。簡単に言えば、幻想郷の全てを相手にするようなものよ。…私も出来る限りでサポートするわ」
「それはありがたいぜ」
魔理沙はパチュリーに笑いかけた。パチュリーは少し顔を赤らめた。
「幻想郷が無くなったら私も困るから手伝うだけよ。…とりあえずレミィにも報告しておくわ」
「その必要はないわ」
本棚の陰から現れたのは、永遠に幼き紅い月・レミリア・スカーレットである。
「話は聞いていたわ。とりあえずその鏡之映写っていうやつを探しましょう。咲夜」
レミリアは紅魔館のメイド・十六夜咲夜を呼び寄せた。咲夜は突如として何もない空間から現れたが、幻想郷の面々にとっては普通の出来事であった。
「はい、お嬢様」
「魔理沙に同行して、鏡之映写という奴を探しなさい」
「はい、お嬢様」
魔理沙と咲夜は紅魔館を後にした。
白玉楼へ飛行中、咲夜は魔理沙に話しかけた。
「ねえ魔理沙」
「何だ?」
「さっきお嬢様が言ってた鏡之映写って誰?」
「私も詳しくはわからん。が、霊夢とタメはれる位に強い奴らしい」
「そう…。霊夢とねぇ…」
「奴は神社をぶっ壊して行方をくらましたらしい。霊夢はマジギレしてたな」
「…霊夢と対等に戦えるって、そいつはどんな能力を持っているの」
「私たちの姿、能力、スペルをコピーできるみたいだ」
「それは厄介ね…」
「もしかしたらお前にも化けてたりな」
「やめて。想像もしたくない」
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天界。天人たちが住む地。
文はかれこれ30分、複数の天人と交渉を続けていた。無許可で天界に入ろうとしたためだ。
「本当に取材をするだけですから、通してくださいよ」
「何度頼んでも駄目だ。帰れ」
「体だけじゃなくて頭も堅いんですね」
「固くて結構」
「じゃあお堅い天人様はこんな写真要らないですよね」
文がニヤニヤしながら取り出したのは、数枚の写真であった。
「こ、これは…!!」
今まで仏頂面だった天人たちの顔が一瞬にして変わった。
「どこかに売っちゃおうかなー。洩矢諏訪子のパンチラ写真」
「ま、待て」
「あや、どうしたんですか?」
「こ…今回だけ特別だぞ!!」
天人たちは道を開けた。文は勝ち誇ったような顔をした。
「話がわかる天人でよかったです。では」
文は写真をばらまいた。天人たちは我先にとそれに飛び付いた。
「さて、合成写真ということがバレぬうちに急ぎますか」
文は幻想郷最速の名に恥じぬスピードで目的の場所に向かった。
ものの数分で、その場所にたどりついた。
「こんにちは。文々。新聞の射命丸文です。突然で申し訳ありませんが、比那名居天子さんに取材をお願いしたいのですが」
やって来たのは比那名居天子が住む屋敷であった。無駄に豪勢な家である。
文の呼びかけに応答するものはいない。どうしたものかと考えている時に、玄関が静かに開かれた。
「申し訳ありませんが、お引き取り願います」
そこから出てきたのは美しき緋の衣・永江衣玖であった。
衣玖は頭を下げて文に帰るよう要求した。
「惣領娘様は今とても忙しいので…。恐らく博麗神社の件で来られたのでしょう」
「はい、そんなところです。しかし、あなたにお伺いしたいことがあります」
文は営業スマイルから険しい顔つきになった。
「何故あなたは博麗神社に何かあったことを知っているんですか?」
「………ふ」
―――やっぱりそうだったのか…!―――
衣玖が顔を伏せてニヤリと笑ったことで、文が思っていた疑問は確信に変わった。
「感がいいね。嫌いじゃないよ」
文の目の前の衣玖は本人ではなく、映写が化けた衣玖映写だった。
「まさか本人からお伺いできるとは、何たる幸運」
「悪いけどまだ喋るつもりはないから。そうだなぁ…。今から1ヶ月後、全てを打ち明けよう。それまでは…」
衣玖映写は纏っていた羽衣を右手に纏わせ、ドリルのように回転させた。
「幻想郷の英雄たちを狙い続ける。『龍魚ドリル』」
衣玖映写は文に向かって、その右手で殴りかかった。
文はそれを華麗に避けて、天狗が使用する団扇を取り出した。
「私を英雄と認めてくださったのは光栄ですが…。そっちがその気なら私も黙ってはいませんよ。『風神一扇』」
文は団扇で突風を巻き起こした。しかし、その先に衣玖映写はいなかった。
「消えた…?」
文は辺りを見渡した。映写の姿はおろか、気配すら感じ取れなかった。
「逃げられましたか…」
「…『イドの解放』」
「なっ…?!!」
文は何者かに羽交い締めされ、背中から0距離でスペルを受けた。
薄れゆく意識の中、文が目にしたのは、古明地こいしの姿で自身を嘲笑っている映写の姿だった。
―――くっ……!―――
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「こいつは酷いな…」
博麗神社の有様を見て、妹紅が発した第一声がこれであった。
「酷いってもんじゃないわよ。私は住むところも無くなったのよ」
霊夢は妹紅に何かを訴えかけている。
「いいじゃねぇか。元からホームレスみたいなものだからよ」
「うるさい」
2人の間で口喧嘩になりかけたその時、石段を上がってくる1人の兎がいた。
「あっ、やっぱり本当だったんだ」
信じられないといった表情で倒壊した神社を眺めるのは狂気の月の兎・鈴仙・優曇華院・イナバである。
鈴仙の存在に気づいた霊夢と妹紅は、鈴仙の方を向いた。
「あんた、何で来たの?これは見世物じゃないのよ」
霊夢が鈴仙を鋭い眼差しで睨みつけている。
「そもそも何故お前がこのことを嗅ぎつけた」
妹紅は鈴仙が博麗神社を訪れたことに対して疑問を持っている。
「人里で薬を売っている時に、博麗神社が壊されたっていう話を聞いたからです。最初は嘘だと思ったけど、二度あることは三度あるって言うし」
「私の神社を諺の具体例にしないで頂戴」
霊夢の顔にイラつきが見える。主に鈴仙に対して。
「じゃあ三度目の正直ってことで」
「今夜は兎鍋ね」
「すいませんでした」
話が脱線しかけたところで、妹紅が元の路線に戻した。
「そういえば霊夢、誰がこんなことをしたのか検討ついてんのか?」
「犯人は知ってる。ただ目的がよくわからないのよ」
「前に壊された時みたく、遊び半分じゃないのか?」
「だといいんだけど」
霊夢の思わせぶりな言い方に、妹紅と鈴仙は目を合わせて首を傾げるだけであった。
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冥界、白玉楼。
時刻は夕刻であるが、冥界は夜の帳が降りていた。
幽人の庭師・魂魄妖夢は応接間にて、魔理沙と咲夜の話を聞いていた。
「…だいたい分かりました。しかし、なぜわざわざ白玉楼に来られたんですか?」
ここまでの経緯を聞いた妖夢であったか、この点だけは解せなかった。
その事について魔理沙が説明した。
「だってよ、お前も結構異変解決手伝ってくれてるじゃん。だから今回もそのノリでチャチャッと協力してくれないかなーって」
「毎回大変な思いをしてるのに軽い気持ちでそんな事言わないでくださいよ」
妖夢の口から出た言葉は本心である。
「でも聞いてしまった以上はどうにかしないといけませんね。白玉楼や幽々子様、その他幻想郷の住人に被害が及ばないようにしないと」
その時、腹を空かせた白玉楼の主、幽冥楼閣の亡霊少女・西行寺幽々子が襖を開けて応接間に入ってきた。
「妖夢〜、お腹空いたわ〜」
「あ、もうこんな時間でしたか…。お夕飯作りますね。お2人もどうですか?」
魔理沙は二つ返事でOKした。
咲夜は紅魔館の事が気にかかるのか、答えを渋った。
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「……ううっ…ここは………」
映写の襲撃にあった文は、意識を取り戻した。
ボロボロになった服は脱がされ、代わりに包帯でぐるぐる巻きにされていた。さらには布団の上に寝かされており―――背中を怪我しているためうつ伏せである―――、誰かが助けてくれたことは明白であった。
「…あなたが助けてくれたんですか?早苗さん」
文の枕元でうたた寝をしていたのは、祀られる風の人間・東風谷早苗であった。近くには救急箱の様な物があった。
文が声をかけると、早苗は眠そうな目を開いた。
「はい。正確には神社の敷地内で倒れていた文さんたちを救助しただけなんですけどね」
「私…たち?」
文は痛みを堪えながら首を横に向けた。すぐ隣りに文と大差ないほどの怪我をしている衣玖が眠っていた。
―――あの天人の事だ。きっと自分が助けたと悟られたくないのだろう―――
文は天子が自分たちをここまで運んだのだと推理した。
簡単に言えば天子はツンデレである。
「それにしても、文さんがあんな大怪我を負うなんて…。一体何があったんです?」
「博麗神社を倒壊させた犯人の情報を集めていたところ、ご本人から襲撃されました」
「神社が倒壊?!」
早苗は信じられないといった表情で、手で顔を覆った。
ここ、守矢神社は妖怪の山の山頂に存在する。人里から遠く離れたこの神社では、その情報がまだ届いていなかったのだ。
「そ、それで霊夢さんは無事なんですか?!」
「はい。1人でブチギレてましたね。今頃は恐らく慧音さんのお宅にいるのではないのでしょうか」
文が明後日の方向を向いて言った時、隣で寝かされていた衣玖が辛そうに目を覚ました。
「う……ううっ………ここは…はっ!惣領娘様?!」
衣玖は飛び起きてしまったため、全身に激痛が走ってしまった。
「いっ………!!」
悲鳴こそは上げなかったものの、顔を顰めて痛みに耐えていた。
「あっ、まだ寝てないとダメですよ!その怪我じゃ生きてる方が不思議なくらいなんですから!」
早苗はうずくまる衣玖を優しく寝かせ、布団を被せた。
「…竜宮の使いの体は意外と丈夫に出来てるんですよ。助けていただきありがとうございます」
「いえいえ、困った時はお互い様ですよ」
早苗は立ち上がると、2人に話しかけた。
「ちょっとお飲み物とつまむものを持ってきますね」
早苗は部屋を退室した。
取り残されたのは大怪我を負った文と衣玖であった。
「…あなたもやられたのですか。あの変幻自在の男に」
衣玖は天井の方を向いたまま、文に話しかけた。
「悔しいですが」
文も衣玖と視線を合わせることは無かった。
「…博麗神社が倒壊したのはご存知ですか?」
「ええ。あの男が自分が壊したと言ってました。あなたの姿で」
「私にも化けてたのですか…。大方、新聞の取材という名目で現れたのしょう。私も同じ理由でお伺いしましたから。出てきたのは偽物のあなたでしたけどね」
「…惣領娘様はご無事なのでしょうか。今はそれだけが心配です」
「恐らく私たちを守矢神社まで運んだのは天子さんです。少なくとも2人を担げる元気はあるのでしょう」
「そうですか…。大きな怪我がないのなら…いや…」
衣玖はその先の言葉を言わなかった。それは口に出してはいけないと自覚しており、また、文も衣玖が何を思っているか、大体の察しはついていた。
突然、襖が開かれた。夕日に照らされて入ってきたのは早苗ではなく、山坂と湖の権化・八坂神奈子であった。
「やれやれ、あのお強い天狗がやられたと聞いて来てみれば、何やら知らない顔もいるねぇ」
神奈子の知らない顔とは衣玖の事である。
「この様な体であることをお許しください。私は永江衣玖。竜宮の使いをしております」
「私は八坂神奈子だ。まあ、怪我人を追い出すほど私も鬼じゃない。しばらくゆっくりしていくといい」
「はあ…ありがとうございます」
そこに、お盆に2人分の食事を乗せた早苗が部屋に戻ってきた。
「神奈子様、こちらにおられたんですか?諏訪子様が探してましたよ?」
「諏訪子が?わかった、すぐ行こう」
神奈子は去り際に、布団の中の2人にある言葉を残していった。
「……さっき天界の奴と会った。すぐにどっかへ飛んでいってしまったけどね」
やはりツンデレな不良天人であった。
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夜になり、霊夢は慧音の家を訪れていた。妹紅と鈴仙も一緒であった。
慧音は3人を招き入れると、自身の書斎に案内した。壁という壁に本棚が設置されており、書物が所狭しと詰め込まれていた。
「先日、歴史書を調べていたら妙な文献を見つけたんだ」
慧音は一遍の巻物を机の上に広げた。そこには現代の一般の日本人では読むことが難しい日本語が書き連ねてあった。
「かなり古い書物だが、ここの部分」
慧音はその文字の配列の一部分を指さした。
「外界と遮断された楽園にある試練が訪れる…と書かれてある」
その巻物は言わば予言書のようなものであった。
その巻物に対して霊夢が率直な疑問を述べる。
「試練って何よ。紅魔異変とか永夜異変の事じゃないの?」
「いや、過去に起こった異変は記載されていない。まず異変ではなく試練と書かれている」
妹紅はわざわざ『試練』と書かれていることについて引っかかった。
「それを書いたやつは何で試練って書いたんだ?」
「すまん、そこまでは…」
慧音は申し訳なさそうに俯いた。
鈴仙は何かを閃いたようであった。
「もしかして、その試練と、博麗神社が壊されたことって何か関係があるんじゃないんですか?」
「そういえば神社が壊されたらしいな。ここからは推測だが、私は神社を壊したことは一種の合図ではないかと考えている」
「「「合図?」」」
慧音の誰も予想していなかった発言に、3人は首をかしげた。
「言わばスタートのピストルの様なものだ。これから試練を始める…と」
「へぇー…面白そうじゃない」
霊夢は珍しくやる気である。神社を壊されたという怒りが大きいが。
「受けて立ってやるわよ。あんなヤツ、ボッコボコにしてやるんだから」
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白玉楼では幽々子の好意で夕食を共にし、縁側で月を見ながらお茶を飲んでいる魔理沙の姿があった。
「いいねぇ…。たまにはこういうのも。後は団子でもあれば完璧なんだけどな」
「さんざん食べたくせに何言ってるんですか」
魔理沙のボケ―――と言えるのかも怪しい―――に冷静に突っ込むのは妖夢である。
その妖夢は庭の掃除をしていた。
「ほら、デザートは別腹って言うだろ?」
「最高級の羊羹食べたくせに何をほざく」
「『可憐で美人な魔理沙様に是非食べて頂きたいです!!』って言ってたぜ?」
「そのせいで明日の幽々子様のおやつが無くなってしまったんですけどね」
妖夢はこめかみに青筋を浮かべてイラつきを顕にしている。
「その事なら心配いらないわ」
そこに、大きく膨らんだ風呂敷を2つ下げた咲夜が、白玉楼に戻ってきた。
「そんな事だろうと思って紅魔館から色々持ってきたのよ」
咲夜は風呂敷を開いた。中には幽々子のおやつとなりうる大量のお菓子の他に、枕、時計、更には写真なども入っていた。
「おっ、美味そうだな!ひとつ貰っt」
「いい加減にしてくださいね?」
お菓子をつまもうとする魔理沙の首に刀を突きつけたのは殺意に満ちた妖夢であった。
「わ、わかった、わかったからそいつを収めてくれ…。それにしてもよ」
魔理沙は荷物の中で異彩を放っている枕を掴みあげた。
「いるか?これ」
魔理沙の首に今度はナイフが突きつけられた。
咲夜が今にも仕留めそうな雰囲気を醸し出している。
「何か文句でも?」
「ありません…」
魔理沙は一連の騒動が終わるまで、自分の命があるかどうか不安になった。
―――これ私こいつらに殺されるんじゃないか…?―――
杞憂に終わってほしいと願う魔理沙であった。
そこに、幽々子が寝間着姿で縁側を歩いてきた。
「妖夢〜、もう寝るわね〜」
「はい、おやすみなさいませ」
「おやすみ〜」
幽々子はあくびをしながら来た道を戻って行った。
「もうそんな時間なのか」
魔理沙は壁にかけてあった振り子時計に視線を向けた。時刻は11時を軽く回っていた。
帰宅するか宿泊するか、魔理沙と咲夜が悩んでいると、妖夢が口を開いた。
「良かったら泊まっていってください。いや、むしろ泊まるべきです。先程の話から、敵は相当の腕の持ち主かと思われます。もし帰り道に奇襲にでもあったら…」
魔理沙と咲夜は同じことを考えていた。
確かに今すぐにでも帰るべきところへ帰りたいが、霊夢が手こずる相手にいきなり襲われたら一溜りもない。
2人は再び好意に甘えることにした。
しかし…
「「……布団狭くない?」」
寝間着―――浴衣のようなもの―――を借りた魔理沙と咲夜は口を揃えて言った。
同じく寝間着姿の妖夢に案内された部屋は、広さは6畳半と、3人が寝るには丁度いい広さであったが、布団が2人分の広さしかなかった。
「本当は3組あるんですけど、1つが虫に食われてまして…」
妖夢は申し訳ないといった表情である。
幸い冬が近いこの時期だからいいものの、夏場であれば地獄であろう。
「仕方ないか…」
「たまにはいいじゃない。くっついて寝るのも」
「寒い時期で良かったですね」
真ん中に魔理沙、魔理沙の右に咲夜、左に妖夢という形で寝ることになった。
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衣玖は体の痛みで目が覚めた。
早苗から提供された食事を食べると、そのまま眠ってしまったのだ。
隣には文が寝息を立てていた。
―――不意打ちとはいえ、ここまで怪我をさせられるとは…―――
衣玖は自分の不甲斐なさを痛感していた。
全身に巻かれた包帯は視覚的に、全身を襲う痛みは感覚的にそれを増大させていた。
―――これではお目付け役失格ですね…―――
衣玖はため息をついた。
その時障子の外で影が動いた。衣玖は気付いていない。
いや、気付かぬフリをしたのだ。
―――…逆に心配されてどうするんですか、私は…―――
衣玖はそのまま目を閉じた。
守矢神社の縁側に足音が1つ。
衣玖の様子を確認して帰ろうとする人物がいた。非想非非想天の娘・比那名居天子である。
体が丈夫なことで知られる天人であるが、衣玖ほどの重症ではないものの、あちらこちらに怪我を負っていた。
―――…帰るか―――
飛び立とうとした天子を呼び止める人物がいた。
「会っていけばいいのに」
土着神の頂点・洩矢諏訪子がいつの間にか、天子の後ろに立っていた。
「あのピンクの羽衣の人、あなたの所の側近だよね?」
「…だから?」
「勿体ぶらないで顔、見せてあげなよ」
「…嫌よ」
天子は諏訪子と向き合った。
その理由は素っ気ないものだった。
「今は会いたくない。それだけ」
「…ふーん」
「もう話すことはない?そろそろ帰って寝たいんだけど」
「…無いよ」
「そう」
天子は守矢神社から飛び立った。諏訪子には自分から逃げる様に飛んでいると感じられた。
「素直じゃないなぁ…。私も寝よーっと」
諏訪子は欠伸をしながら、寝室に向かった。
はい神社壊れました←
これからどうなっていくんでしょうね|ω・)