魔獣『龍殺し(ドラゴンキラー)』
「だ、大丈夫なのか、フレス!?」
「う、うん……。でも、どうして元に戻れないんだろ……!?」
震える足を抑えて必死に立ち上がろうとするフレスに、ウェイルは肩を貸した。
「身体は無事なのか!?」
「……確かに力は入らないけど、でも大丈夫……! ボクのことより王様を助けないと!! ボクがいかないと!」
「待つんだ、フレス!」
「待てないよ!! このままじゃ王様が!」
ハルマーチに無抵抗に殴られ続けるアレスを、このまま黙って指を咥えて見ているわけにはいかない。
しかしフレスだって深いダメージを残し、さらに龍の姿に戻る術すら失っている。
このまま何の対策も無しに向かっていくのは無謀だ。
「フレス、落ち着くんだ。お前は今、力が出せない。少し体力が回復するまで待つんだ」
「でも、それじゃ間に合わないかも知れないよ!!」
「判ったんだ。お前の魔力が吸われた理由と、あのデーモンの正体が」
「――え!?」
フレスが龍の姿に戻れないその理由。それは敵の能力であった。
「あれはおそらく『龍殺し』と呼ばれる魔獣だ」
「龍殺し!?」
――魔獣『龍殺し』。
アレクアテナ大陸には『龍殺しの英雄』という御伽噺がある。
三日三晩、龍と闘い続け、勝利を収めた戦士の物語だ。
ラルガ教会では龍は神に逆らう異端な存在とされ、忌み嫌われている。
このように龍を悪と考える思想や物語は非常に多い。
それら神話の大半は、人間の英雄が邪悪なる龍を倒したという結末ばかりであるのだが、それは当時の作家が人間の功績を褒め称えるため、都合の良いシナリオに書き換えていただけであり、実際には多くの伝承の裏にはこの『龍殺し』が絡んでいると云われている。
『龍殺し』はデーモン族の一種で、対龍に特化した魔獣である。
如何に神獣最強とされる『龍』であれ、それは決して万能な存在ではない。
そもそも全ての存在には等しくその天敵となる存在があるものだ。
『龍殺し』はその一例で、龍の魔力を封じる能力を持つとされている。
ウェイルはこの『龍殺し』について、プロ鑑定士協会に所蔵されている文献で読んだことがあった。
無論、実際にその姿を見るのは初めてである。
「初めて見たが間違いない。文献で見た特徴と一致しているし、何よりお前の魔力が吸われたのがいい証拠だ……!!」
「そういえばボク、昔あいつらと戦ったことがあるよ……!! あの時は運よく勝てたけど……!!」
『龍殺し』は、龍の持つ魔力を吸い取ると同時に、龍本来の力も封じる。
「だから元の姿に戻れなかったのか……!!」
フレスは自分自身の持つ本来の力を使えず、またウェイルの氷の剣も相手には一切通用しなかった。
状況は万に一つの勝機も見えない。
「どうにかしてあいつらを止めないと、王様を助けに行くことは出来ないよ……!!」
「しかしどうする……!? どうやって奴を倒せばいい……!?」
ウェイルはどうすれば龍殺しを止めることが可能か、己の持つ全ての知識と経験から必死に考察し、解答を探しにいく。
過去に読んだ文献には、その姿や能力までは記載されていたものの、肝心要、龍殺しの弱点までは書かれていなかった。
奴の動きを食い止めるには一体どうしたらよいのだろう。
その問いにウェイルの頭が導き出した結論は――不可能。
「くそっ……!! どうすれば……!! 答えがない……!!」
このままではアレスの身に取り返しのつかないことが起きる。
だが現状を打破する方法は、ウェイルには思いつかなかった。
――その時である。
「――ウェイル! 堪えろ! 堪えるのだ! 必ず、必ず何とかなる!!」
殴られ続けていたアレスが、突如ウェイルに向かって大声で叫んだ。
言葉の意味を察するため、アレスの方を見る。
アレスはウェイルと視線が合うと、そのまま部屋の扉へと視線を移す。
(部屋の入口……? 確かあそこにはフロリアが――)
ウェイルもアレスの視線を追う。
(フロリアは――この場にいない……!!)
「……そうか!!」
ウェイルはアレスの行動の意図に気がついた。この場にフロリアがいない理由を。
「我が逞しき下僕よ! そこの鑑定士二人を、殺さない程度に痛みつけろ」
「……グルルルルル……」
ハルマーチの指示で、静かに停止してた龍殺しが動き始めた。
「フレス。俺から離れるな!」
「う、うん。でもどうするの? 今のボクじゃ奴を倒すのは難しいよ……」
「倒す必要はない。時間を稼ぐだけだ!」
ウェイルはもう一度氷の剣を精製し、刃先を龍殺しへ向ける。
「掛かって来い! 薄汚い魔獣め!!」
ウェイルは高らかに宣言し、腰を低くして剣を構えた。
「グガアアアアアアアアアッ!!」
ウェイルの挑発に腹を立てた龍殺しは、大きく咆哮して、飛び掛かって来た。
「うっ!! あの咆哮が耳に入るだけで力が抜けるよ……!!」
その場で崩れるフレスを抱きかかえ、龍殺しの攻撃を紙一重で避ける。
(氷の剣では歯が立たない。なら――)
ウェイルは剣を構えつつも、自ら攻めることはしなかった。
(――逃げる時間を稼ぐしかない……!!)
腰を下げたのは逃げに徹するためだ。
ウェイルが今、最優先で行うこと。
それはフレスを守りつつ、フロリアを待つことだ。
フロリアはおそらくアレスのコレクションルームへと向かっている。
あそこには珍しい神器がたくさん展示してあった。
その中には――魔封じの能力を持つ神器だってあるはずだ。アレスの表情を見るに、それは確定的である。
フロリアはプロ鑑定士顔負けの知識を持っている。どれが魔封じの能力を持つ神器か、見分けるのは容易いはずだ。
「……急いでくれ、フロリア……!」




