地獄絵図
三人が到着した頃には、すでに王宮は壊滅に近い状態だった。
王宮は西棟と東棟に分かれており、門に近い西棟側は半壊。
また謁見の間やコレクションルームのある東棟は、今のところ無事ではあるものの、それもいつまで耐えるか判らない。
外のあちらこちらには、王宮の兵士達の屍がゴミのように散乱し、その様子はまさに地獄絵図そのものであった。
「……ひ、酷い……!」
フレスの瞳の色が、怒りの色に変わる。
無論ウェイルだって悲惨な光景を前に、怒りで我を忘れそうだった。
「アレス様!!」
フロリアが大声で叫ぶ。
「アレス様!! どこですか!? アレス様!!」
大声で叫びながら走りだすフロリアの後についていくウェイルとフレス。
アレスがいるであろう東棟へ向かうため、半壊した西棟の中を走る三人。
ウェイルの脳裏に最悪の光景がよぎる。
この状況だ。王宮からは生者の気配は全く感じられなかった。
「……もしかしたら、アレスはもう……!!」
「ウェイル、変なこと考えちゃダメだよ! 王様は無事に決まってるよ! 急いで助けに行かないと!」
「……ああ、そうだな」
三人はとにかく走った。
崩壊した壁の破片が散らばる廊下を抜け、フロリアにとっては友人であったかも知れないメイドの躯を超え、とにかく走った。
「ウッ……! みんな……!! アレス様……!!」
フロリアの顔は見えなかったが、その声は嗚咽を含んでいた。
三人が西棟を抜け、今のところ損傷のない東棟へ辿り着く。
西棟と東棟の間の中庭にも、壮絶な光景は広がっていた。
血で真っ赤に染まった池、裸で息絶えているメイド、頭部の無い番犬。
戦場よりも地獄よりも、さらに上の狂気が蔓延する状況に、本来であれば吐き気を催したり、失神してもおかしくない。
三人がそうならなかったのは、それよりもさらに強い憤怒が身を焦がしていたからだろう。
「ウェイル……!! ボク、もう犯人を許せる自信がないよ……!!」
身体をわなわなと震わせ、目に涙まで浮かべて怒りを堪えるフレスの背中からは、この場にはあまりにも似つかわしくない美しい翼が現れていた。
「俺だって似たようなもんだ。俺達がもっと早くここに辿り着いていれば……!!」
この有様を、防ごうとすれば防げたのかも知れない。
何せウェイル達は、王宮が襲われる可能性というのを見出すことが出来る立場にあったから。
当然それはIFの話であり、ウェイル達は最善を尽くしたのは間違いないが、それでもこの惨劇を見れば責任を感じざるを得ないというものだ。
「ボク、前にウェイルと約束したよね? 絶対に『ボクらの復讐に無関係な人』を殺したりしないって。でも、ごめん。ボク、今回はこの約束、守れる自身がないよ。犯人を見たら、迷わず身体が動きそうだ……!!」
震える声でそう語るフレスに、ウェイルは掛ける言葉が見つからなかった。
何せウェイル自身、フレスと同じ気持ちでいたのだから。
視界に犯人が入ったものなら、片っ端から切り捨ててしまうかも知れない。
「……二人とも、急ぎましょう」
ただ一人冷静な面持ちなフロリア。
だがウェイルは見抜いている。そのフロリアの肩も、小刻みに震えていたということを。
表情は冷静さを保っていたが、絞るようにして吐き出した声には、隠しても隠し切れないほどの怒気が孕んでいる。
フロリアのその声で多少の冷静さを取り戻した二人は、無言で頷き、フレスは翼を消し去った。
意を決したように三人は走る。
東棟から王宮へ侵入し、豪華な絨毯を血の付着した靴で汚しながら、ひたすらに上を目指した。
階段を昇る途中、数人の生存者を発見したが、今は彼らを助ける余裕はない。
幸い彼らの傷は軽傷であったので、簡単な安全路を教えるだけに留めて、とにかく謁見の間へと急いだ。
王宮へ入って三分後。
ついに三人は謁見の間へと辿り着き、その扉を開けた。




