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龍と鑑定士 ~ 絵から出てきた美少女は実はドラゴンで、鑑定士の弟子にしてくれと頼んでくるんだが ~  作者: ふっしー
第一部 第三章 王都ヴェクトルビア編  『セルク・オリジン・ストーリー』
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下劣な交換条件

「……う、ウェイルさん……! すみません……、不覚にも、捕まってしまいました……!! ……ああっ!!」


 デーモンは赤い眼を光らせながら、フロリアの身体をギリギリと握り締めていく。

 ミシミシという身体が軋む生々しい音が聞こえる度に、フロリアは小さな悲鳴を上げていた。


「フロリア!!」

「ウェイル、さん……! 早く、ち、治安局に、このことを……!!」

「ハッハッハッ!! 鑑定士殿に館長殿。どうだろうか、そちらの絵画とこのメイドを交換するというのは!」

「見上げた下劣さだな、おい!!」


 ウェイル達よりも先にハルマーチを捜索しに行ったフロリアは、無事その任を果たすも、召喚されたデーモンの前に成す術もなく敗れ、その巨大な腕によって捕えられてしまっていた。

 こうなってしまった以上、ウェイルに交渉の主導権が来ることはない。フロリアの命を助けるため、ハルマーチの要求を飲まざるを得ない。

 とはいえ要求を飲んだところで、ハルマーチが火を消すことはないだろう。

 セルク作品以外に興味がない以上、他の美術品の無事を保証するはずもない。

 しかし今にも殺されてしまいそうなフロリアを助けるには、この不条理な交換条件を受け入れるしかなかった。


「……ウェイルさん……!! わ、私のことは、別に構いませんから……!! こいつの言うことは、き、聞かないでください……!!」

「フロリア……!!」

「どうするのかね? 早く決めんとこのメイドは交換の材料にもならなくなるぞ?」

「……判った。こいつをお前に渡す。シルグルもそれでいいよな?」

「……命には代えられません」

「駄目です! ウェイルさん!!」

「話が判る鑑定士殿で助かる」

「ただし条件が一つある」

「何かね?」

「そっちが先にフロリアを解放しろ。そうしなければこの『セルク・オリジン』を、このまま火の中へ投げ入れる」


 これがウェイルの出来る、現状最大限の脅迫。それもほぼ確実に要求を通せる方法だ。

 ある意味、ハルマーチはウェイルと同じ弱点を抱えている。

 喉から手が出るほど『セルク・オリジン』を欲しているハルマーチは、いくら交渉の主導権を握っているとはいえ、それを失う可能性がわずかでもあるような選択はしないはず。

 とにかくフロリアの救出を最優先に考えての条件だった。


「……それで手を打とう。おい、そのメイドを放してやれ」


 ハルマーチが手を叩くと、デーモンはフロリアをウェイルに向かって投げてきた。

 ウェイルはフロリアを抱きしめるようにしてキャッチし、すぐさま安否を確かめる。


「おい、大丈夫か、フロリア!!」

「ゲホッ、ゲホッ……!! え、ええ、大丈夫です。あ、ありがとうございます、ウェイルさん。……そして、本当にすみません」

「気にするな。とにかく息を整えるんだ」


 咳き込むフロリアの背中を摩ってやり、少しでも楽になるよう促してやる。


「少し楽になりました。ありがとうございます。……しかし、『セルク・オリジン』と『セルク・ラグナロク』はアレス様の宝物……!! 絶対に渡すわけにはいきません……!!」

「今はそれどころじゃないだろう!! これを奴に渡さないと、あの魔獣は容赦なく俺達を襲ってくる!!」

「どっちにしたって襲ってくるんです!! ならいっそ命を懸けてでもこの絵画をアレス様の元へ……!」


 こんな状況であるのにアレスのことを最優先に考えるフロリア。

 メイドの鏡だと言えば聞こえばいいが、今の彼女の状態からすると、その行動は無謀と言わざるを得ない。


「死ぬのが判っている選択肢を選ばせるわけにはいかない。心配すんな。あの二枚は俺が絶対に取り戻してやるから……!」 

「ウェイルさん……」


 フロリアに安心させるために、そう耳打ちしてやった。


「さて、そろそろ二枚を渡していただくとしよう。言っておくが逃げることは敵わんぞ? 貴殿らではこのデーモンに手も足も出ないだろうからな」


 ハルマーチの背後にそびえ立つ、異形なる姿をした魔獣『デーモン』。

 その容姿はサスデルセルで見たものと同一の姿。

 あの時はフレスが一瞬で決着をつけてくれた。

 だがフレスがいない現状、間違いなくここにいる誰よりも圧倒的に力を持っているはずだ。

 だからこそウェイルは余計な抵抗をしなかった。


「……判っているさ。受け取れよ。ここに置いておくから」

「くっ、無念……!」


 ウェイル達は、未だ火災の被害を受けていない机の上に、慎重に絵画を置き、一旦机から離れる。


「交渉成立だ。おお、やはり素晴らしい絵画だ……!! 念願の『セルク・ラグナロク』の方まで手に入ったぞ……!!」


 ハルマーチは机に近寄って二枚の絵画を手にし、恍惚な顔で絵画を眺めていた。

 十分に満足したのか、絵画を両手で抱え込むと、鋭い視線をこちらに向けて言い放つ。


「……それでは撤収としよう。さて、デーモンよ。お前はここの後片付けだ。奴らを始末しろ。決して生きては帰すな」


 予想通り過ぎる台詞に、ウェイルは思わず苦笑を浮かべた。


「とことん、クズだな」

「ああ、私はクズだ。しかしこんなクズでも、セルクの絵を手に入れることが出来る。アレスを殺せばこの都市の王にすらなれる! この世界とはなんと不思議なことか!!」


 ハルマーチの背後にいたデーモンは、大きく翼を広げて咆哮した後、ウェイル達三人の前に立ち塞がった。


「それでは皆さん、ごきげんよう。いつかまたあの世でお会いしよう」


 そう言い残し、ハルマーチは姿を闇に消えていった。


「ウェイルさん、どうします……?」

「どうもこうもな。このままでは全員やられてしまう」


 目前に迫ったデーモンに向けて、ウェイルはナイフを抜いた。


「フロリア、シルグル。ここは俺が時間を稼ぐ。その隙に二人は逃げてくれ」

「そんな! ウェイルさん一人に!?」

「シルグルさん! ここはウェイルさんの言う通りにしましょう!」

「しかしウェイルさんを見捨てるわけには!!」

「見捨てるんじゃない! 助けを呼びに行くんです!!」


 ウェイルの身を案ずるシルグルを無理やり引っ張って、フロリアは走り出した。


「流石19歳でメイド長になっただけのことはあるな。いい判断だ!!」


 そんなことを呟いた後、そして改めて目の前のデーモンを見た。

 目を赤く煌めかせ、腐った翼を広げ、鋭い爪を向けてジリジリと距離を詰めてくる。


「……お前と闘うのは久々だな!! いいぜ、相手してやる!!」


 短剣型神器『氷龍王の牙(ベルグファング)』を覚醒させ、腕に氷の剣を生成させたウェイルは、デーモンへと切り掛かっていった。



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