見え透いた卑怯な嘘
「ごきげんよう、館長。そしていつか世話になった鑑定士殿」
「……ハルマーチ! やはりお前か! この一連の事件の犯人は!!」
ウェイルは絵画を抱えたまま、短剣型神器『氷龍王の牙』を抜いて、その刃先をハルマーチへ向けた。
しかし対するハルマーチの顔は、余裕しゃくしゃくといった様子で、不気味な笑みを送り返してくる。
「ハッハッハッ、よくぞ判りましたな、鑑定士殿。私はセルク・オリジンのストーリーをこの現世に再現しているのだよ! 恐らくセルクは当時の王に嫌気が差していたのだ。自らの願望を絵画に託したということだろう! ならばその願いは今、長き時を越えて実現する!! この私が、セルクの願いを成就させてやるのだ!! セルクファンとしては至極当然、いや、もはや必然だ!! ハッハッハッ!!」
「何が必然だ! 本当のファンなら作者の意図を勝手に解釈などしない!」
「どうだかなぁ? 我が妻は賛同してくれたぞ? ファンなら当然だとな」
「……壊れている夫婦だよ、全く……!!」
「我々真のセルクファンと、貴方のようなにわかでは考え方が違うのだよ!!」
ハルマーチの目は狂気に満ちていた。
自分のしていることこそが真のファンたる行動だと、信じて疑っていない。
ハルマーチが突如としてポケットに手を突っ込む。
その手にはガラスの瓶が握られていた。
「……さっき俺に投げたのはそれか……!!」
ハルマーチはそのガラスの瓶を、ウェイルめがけて投げつけてきた。
「――くそっ!」
ウェイルが避けたところに瓶が落ちて割れ、その瞬間小さな爆発が起きた。
小さな爆発は周囲に火をまき散らせ、燃え広がっていく。
おそらく瓶の中には酸素と反応して発火する液体が入っていたのだろう。
「さあ鑑定士殿。貴殿が本当にプロ鑑定士としての誇りを持っているのならば、その『セルク・オリジン』をこちらへ渡すべきだ。このままだとそれが燃えてしまうぞ?」
「……卑劣なやり方だ!」
ハルマーチは実に狡猾な男であった。
セルクの絵画とはこのアレクアテナ大陸の至宝だ。
当然ハルマーチもそれを判っており、絵画を傷つけることはしないはずだ。
彼はそれを所望しているのだから。
だがそれは絶対とは言い切れない。
100%絵画が無事だという保証はない。
たとえ1%でも絵画が焼失する可能性があるのであれば、ウェイルは迂闊に行動することが出来なかった。
芸術を愛す者、すなわち鑑定士にとってこの絵画は何よりも人質になりえるのだ。
「さあ、早く渡すべきだ。さすれば絵画は燃えなくて済む。その絵画をこちらに渡すのであれば、この美術館に広がる炎も、全て消し去って見せよう。さすればここに保管してある他の美術品も全て無事だ。私にとってセルク以外の絵画は興味がない。その二つ以外には手出ししないとお約束しよう」
(……嘘つけ……!!)
ハルマーチの言質。
これは間違いなく嘘だ。
奴にとってセルク以外興味がないのであれば、燃やしてしまってもなんら問題はないということである。
「見え透いた嘘だな!! 俺がお前にこの絵画を渡したところで、お前は火を消さない。セルク以外興味ないのであれば燃やしても問題ないのだろう? それにお前の本性を知った俺達を生かしておく必要はないだろう!!」
ウェイルの指摘に、ハルマーチは一瞬表情を歪めたものの、すぐに高笑いをし始めた。
「ハーーーッハッハッハッハッ!! 流石鑑定士殿!! 名推理だ。まさしくその通り! そもそもここまで燃え広がった火を、どうやって消すというのか! ちょっと考えれば判ることだな!! 正解だよ、鑑定士殿!!」
ハルマーチの高笑いと共に、妙な音が響いてくる。
それはドスドスと、何か巨大な足音のような音だった。
「……この音は、まさか!?」
ウェイルの脳裏に過ったのはセルク・オリジン五作目『召喚』。
「……まさか……!? ……くそ、やはり……!!」
ウェイルの嫌な予感は現実になってしまった。
ある程度予想はしていたものの、現実にそれを見ると驚愕は隠せない。
「さて、私にとってセルク以外の美術品はどうなっても良いが、それは美術品に限ったことではない。例えばこの若いメイドとなんてな」
――足音の主、絵画に描かれていたもの。
そう、ウェイルの目の前には絵画に会った通りの、巨大なデーモンが姿を現したのだ。
そしてそのデーモンは、メイドのフロリアを鷲掴みしていたのだった。




