四枚の『セルク・オリジン』と妙な違和感
「どうだ? 余の持つ四枚のセルク・オリジンは」
「想像以上だ」
「う、うわあ……!!」
あまり絵画に詳しくないフレスでさえも感嘆した、アレス自慢の『セルク・オリジン』。
三作目『毒』、四作目『燃え盛る都市』、五作目『召喚』、七作目『王の最後』の四枚が、大迫力で壁に掲げられていた。
「これが本物の『セルク・オリジン』か」
名のある画家は、紙と絵具とその手だけで、人々の心を掴み、操るという。
この絵画は、まさに見る者の心を奪う迫力を、惜しみもなく表現されていた。
「素晴らしいだろう?」
アレスの自慢に、ウェイルは無言で頷いた。
皮肉の一つでも言おうかと思ったが、この作品の前ではそんな気持ちも吹き飛び、頷かざるを得なかったのだ。
特に七作目の迫力は、ウェイルの時をしばし止めたほどだ。
「余のお気に入りは特に七枚目でな」
「『王の最後』がか? その立場で悪趣味な奴だ」
「確かに縁起が悪いように思えるが、余はそうは思わない。むしろ民をないがしろにするとこうなるという戒めに思えるのだ。この絵を見るたびに、余は良き王であろうと自らを諭すことが出来るのだよ」
「アレス様はこれ以上ないほど良き王だと思います! 水不足でこの都市が苦しんでいた時、真っ先に指揮を執って井戸を堀り、民を潤したのはアレス様ですから!」
自慢の友人を紹介するかのようにアレスを賞賛するフロリアの姿に、ウェイルはこの二人の信頼関係をうかがい知ることが出来た。
さっきは冗談で腹黒いだのどうだの言っていたが、本当はそうじゃない。
二人はただ単に互いに気を許しあえる親友なのだ。
「さて、ウェイル。『セルク・オリジン』はしっかりと見てくれただろう。事件の話に戻ろう」
「あ、ああ。そうだな」
「それでは説明に戻ります。現在、連続殺人事件は、三作目『毒』まで犯行が行われています」
「三作目、か」
ウェイルは、ふと三作目『毒』の絵画を目に入れた。
「……ふむ」
……何故だろうか。この作品を見ても、七作目を見た時のような気持ちにならないのは。
絵画の内容が内容なので、七作目と同じように見るのは無理といえば無理なのだが、それにしても妙な違和感を覚えたのだ。
詳しく鑑定してみようと顔を近づけると、フロリアが怪訝げな顔を向けてきた。
「……あ、あの、ウェイル様? いかがなされましたか? ここにある作品は本物ですよ? シルグル氏の公式鑑定書もありますし」
「あ、ああ。判ってるさ。鑑定するのはただの癖だ。続けてくれ」
「……判りました。そして次に行われる犯行は、四作目『燃え盛る都市』の再現です。この絵画の意味。それは恐らく――」
「――ヴェクトルビア、燃えちゃうの……?」
フレスが心配そうにフロリアに尋ねる。
フロリアも落ち込んだ様子で俯いていた。
「……はい。今までの例に沿っていけば、間違いなくこのヴェクトルビアに火が放たれることでしょう」
「だが、それは必ず阻止する。いや、せねばならん。民を守ることは、余の最大の責務なのだ」
「……うん。絶対に阻止しなきゃね」
力強く語るアレスに、フレスは若干ではあるが笑顔を取り戻していた。
「五作目『召喚』。この絵の意味することは、悪魔の召喚。悪魔を使って王を討とうとした魔術師の絵画です」
フロリアが説明すると、皆が『召喚』に注視した。
――ただ一人、ウェイルを除いて。
(……おかしい……)
ウェイルがまず気になったのは三作目『毒』。
(……シルグルの鑑定と言ってたが……。だがこれは……?)
ウェイルはさらに五作目『召喚』を、今度は神器『氷石鏡』を取り出して、じっくりと鑑定し始める。
(……おかしい……、どうもおかしいぞ……!)
絵画を注視するウェイルの様子に、アレスは少々不安げな表情を浮かべていた。
プロ鑑定士が怪訝な顔を浮かべて鑑定をしている。
つまりそれは贋作であるかも知れないと疑っているわけだ。
所有者としては気が気ではないはず。
「どうした? もしかしてこの絵画が贋作とでもいうのか……?」
「……いや、どうだろうな。シルグルの鑑定なのだから、間違いはないんだろうが、少し気になることがあってな。三作目『毒』と五作目『召喚』。特に『召喚』については気掛かりな点が多い」
「気掛かりな点だと?」
「ウェイル、何かあったの?」
「なぁ、フレス。この四枚の絵画で、この『召喚』だけに描かれていないものがある。それは何だと思う?」
「描かれていないもの?」
フレスはきょとんとしたものの、なんだろうかと必死に考え始めた。
「う~~ん……。描かれていないもの……?」
「……ウェイルよ。それはどういう意味だ?」
フレスとアレスが考えていた時、フロリアが横から答えた。
「――市民が描かれていない。違いますか? ウェイルさん」
「「――あっ!」」
「正解だ。フロリア。さすが勉強しているだけあるな」
「そんなことないです。普通ですよ」
と言いつつも、フフンとアレスに自慢げな視線を送っている。
気付けなかったことが悔しかったのか、アレスは耳を真っ赤にしていた。
「コホン。それでウェイルよ。確かに五作目『召喚』には市民の姿が描かれていない。だがそれが何だというんだ?」
咳払いして誤魔化しつつ、改めてその意味を尋ねて来た。
「この絵画は七作で一つの物語だ。『召喚』は五作目だろ?」
「ああ、そうだ。六作目は今シルグルのところに鑑定のために預けてあり、ウェイルも見たはずだ。そしてこの『王の最後』が七作目にあたる」
「何か変とは思わないか? これらの絵画が連作だ。だとしたら五作目の『召喚』で描かれているデーモンは六作目、七作目に登場してもおかしくはないだろう? 何せ王を倒すために召喚されたデーモンなのだから」
物語に登場させておいて、その後一切の出番がない。
そんな登場人物のいる物語なんて、違和感を覚えない方がおかしい。
「た、確かにな……。だがその意図はセルクのみが知ること。我々には理解出来ないところで描かれているとは思わぬか?」
「確かにこれが絵画である以上、作者にしかその意味・意図を理解出来ない。だがその指摘は正解でもない」
「……どういうことだ……?」
「何、簡単な話さ。この絵画が実は――」
そこまで話した時だった。
「な、なんなの、この音!?」
ウェイルの言葉を遮らんが如く、城を揺るがすほどの爆発音がこの王都に轟いた。
この場にいる全員が、その音の意味を理解する。
「……フロリア!!」
「はっ!」
「この音は四作目『燃え盛る都市』の再現だ! 急いで対処に向かえ!」
「了解しました!」
アレスは動じることなく、フロリアに命じた。
「ウェイル。話は後だ。この轟音だ。一連の事件に関連しているのは間違いない。もしよければお前も行ってくれんか?」
「うん! 勿論だよ、アレス王! ね、ウェイル?」
ウェイルが返答する前に、フレスが答えた。
そんな期待の眼差しを送られると、師匠としては嫌でも動かざるを得ない。
「任せておけ、アレス。お前は七作目の再現にならぬように警備を強化しておけ」
「言われずともそうするに決まっておろう! 余はまだ死ねんからな! セルクの絵画を全て見るまでは!」
アレスの言葉に苦笑を浮かべながら、フロリアと共に部屋を出たウェイルであった。




